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第一章
7、真っ直ぐな瞳
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「すごいじゃないか。団長の朝練に参加できるなんて!」
パンにかじり付いたアルジェンは、興奮した様子で、口をモグモグと動かしながら声を上げた。
「俺がこの国で剣を持つなんて……本当にいいのかどうか……」
「許可したのはセイブリアン様なんだからいいんだよ。よかったじゃないか。ここに来る道中も、ずっと騎士になりたかったって言っていただろう」
そう言って自分で持ってきた昼食をペロリと平らげたアルジェンは、嬉しそうに笑った。
昼食時、様子を見にきたぞと言って、アルジェンが厨房からもらってきたパンを抱えてやって来た。
リカルドはいつも昼食を食堂でとっていたが、アルジェンと一緒に飼育小屋の近くに座って食べることにした。
手にマメができているところを見られて、どうしたのかと聞かれてしまった。
リカルドは素直にセイブリアンと朝練を始めたと話したら、アルジェンは自分のことのように喜んでくれた。
「その……なんか悪いなと思っていて……。あの方に個人的に教えてもらえるなんて、みんな望んでいることだろう? それなのに、後から来た他所の人間が勝手に割り込んで教えてもらうなんてさ」
セイブリアンがみんなに尊敬されているのは、リカルドもよく分かっていた。
自分のような人間を個人的に指導するなど、反発が大きいのではないかと心配していた。
「まぁ確かに。みんなが知るところになったら、文句を言う人はいると思う。だけど、俺はいいと思うよ。そりゃ俺だって、羨ましいけど、団長の考えたことは支持したいし、リカルドのことも応援したいんだよね」
「え? 俺を……?」
「そっ、世話役を押し付けられたって、初めはいい気分じゃなかったけど。俺さ、前の隊で揉めて追い出されたんだよ。団長に拾ってもらったんだけど、みんなに置いて行かれる気分ってやつ? 状況は違うけど、リカルドとちょっと似てるなって」
「でも……俺は、……敵国の兵で……」
「国は違えど、立場は同じじゃないか。それに、もうすぐ帝国とフランティアは終戦協定を結ぶために、友好関係樹立に向けて動いているみたいだし」
ここに来てすぐの食事会でそんな話を聞いた気がするが、勝手に砦を作って進軍したことで両国に亀裂が入らなかったのか、その後の話が気になっていた。
「本当に友好に向けて動いているのか? あんな事があったのに……」
「実は帝国内も一枚岩じゃない。長い間の勢力争いの末、やっと新皇帝の即位が決まったんだ。だからこの時期に、余計な戦いが起こって、内部が分裂するのは避けたいんだよ。おそらく、フランティアの方で、誰かを処分して話が終わったんじゃないかな」
詳しくは分からないと言って、アルジェンは首を振った。
処分と聞いて、リカルドはミケーレ団長の顔を思い浮かべたが、責任を取るような男ではないと思い直した。
彼らがどうなったのか、気にはなるが、もう考えないようにしようとリカルドは心に決めた。
自分を囮にして、置いていった連中のことなど考えても仕方がない。
今は、ずっと触りたかった剣に触れることができて、訓練に参加させてもらえるのが嬉しくてたまらなかった。
「団長には敵が多いんだ。首都では数多くの派閥に睨まれて、裏切りの連続で、戦いの多い北部に追いやられた。団長はもしかしたら、自国の人間といるより他国の人間と話す方が気が休まるのかもしれない。直接聞けるわけじゃないけど、俺はそう思うんだ。だから……」
そこまで話してからアルジェンは、やっぱりこれ以上は俺が話す事じゃないと言って首を振った。
セイブリアンの事情はリカルドもよく知らないので、それ以上突っ込んでは聞かなかった。
ただ、部下にここまで思ってもらえるということは、良き指導者なのだなと思った。
食事を終えてしばらく二人でぼんやりしていたら、木の上からぴょんと降りてきたウメが、リカルドの膝に乗ってきた。
いつもはシマの方が遊んで欲しいと木の棒を持って近づいて来るが、ウメはどちらかと言うと猫らしい猫で、マイペースにのんびりしている。
でも、ちょっと落ち込んだ時やしんみりした気持ちになった時は、空気を読んでくれるのか、こうやって降りてきて甘えてくる。
ふわふわした毛の中に指を入れて、撫でてやると、ウメは喉をコロコロと気持ち良さそうに鳴らした。
「すっかり仲良しになったな、世話の方は上手くいっているか?」
「もう一ヶ月だから、やっと顔を覚えてもらって、鳥達に糞をかけられることはなくなったよ。猫達はそれなりに遊んでくれるし、犬達にはベロベロに舐められて大変だ」
「そうか……。いきなり任せてしまったから、心配していたんだ。俺も手伝いに来るよ。掃除は好きだし、大変だったら呼んでくれ」
アルジェンにありがとうと言って、リカルドは笑った。
同じ騎士見習いで、初めはぎこちない関係だったが、今では友人のように打ち解けたと思っている。
複雑な関係ではあるが、アルジェンが向けてくれる厚意が素直に嬉しかった。
思えば、自国でも、こんな風に気軽に話せるような相手はほとんどいなかった。
ある時から、誰もがリカルドのことを冷たい目で見て避けるようになった。
その事を思い出したら、チクンと胸が痛んだ。
「とにかく、頑張れよ。団長の訓練はキツいぞー」
「おう、精一杯やるよ」
アルジェンにパンと肩を叩かれて、リカルドは力を入れて答えた。
まだ砂袋を背負っての走り込みをして、筋肉をつける動きの繰り返しだが、気がつけば、ひどいと想像していた捕虜生活が、驚くほど充実した毎日になっていた。
※※※
「まだ、十周だ。息が上がるには早いぞ」
そう言って声をかけると、汗を流しながら走っているリカルドは、ハイと言って足を早めた。
個人練習場はセイブリアンが早朝練習に使用しているが、そこにリカルドが参加するようになった。
来いと言ってから毎朝、欠かすことなくセイブリアンより早く来て、体を動かしている。
初日に剣を振らせてから、それ以降は触らせていないが、リカルドは文句ひとつ言う事なく、言われた通りの練習をこなしていた。
体格に恵まれているわけではない。
背もそれほど大きくないし、筋肉がつきやすい体でもない。
それでも、セイブリアンは一度、自分が指導してみようと考えた。
それはリカルドが、自国での話をしている時、ひどく寂しそうな顔をしていたからだ。
事情を少し聞いただけだが、フランティアでは、見習い騎士として長い間、こき使われてきたようだ。
それでも、逃げ出すことなく、ずっと耐えてきたのは、騎士になりたいという強い思いがあったからだろう。
それを思ったら、自然と誘う言葉が出ていた。
個人指導をすることになり、ルーファスには小言を言われたし、他の団員からもあまりいい顔はされなかったが、どうしてもそのままにはしておけなかった。
リカルドがどの道を選んだとしても、剣がやりたいと思うなら、くすぶっていた分、使えるようになって欲しいと思っていた。
それに本格的な指導ではなく、朝稽古に参加させているだけの話だ。
いつやめると言い出すかと思っていたが、リカルドはもともと努力家だったようで、キツい練習も歯を食いしばって続けていた。
そんな様子を見ていると、昔の自分を思い出して、セイブリアンは目を細めた。
何でもいいから、全て忘れて打ち込みたいと、朝から晩まで剣を振っていた時期が自分にもあった。
リカルドの真剣な様子をかつての自分と重ねてしまった。
「よし、もういいだろう。剣を持て、今日から実戦だ」
走り終えて、息を切らしながら額から流れる汗を拭っていたリカルドが、セイブリアンの言葉にパッと顔を上げた。
セイブリアンが持っていた剣をリカルドに投げると、リカルドはそれを片手で受け取った。
「練習用の小剣だ。俺も同じものを使う。一太刀でも当てることが出来たら、お前を俺の隊に入れてやる」
「なっ……え? ど、どういう事ですか!?」
「……まぁ、別に俺の隊じゃなくてもいいが……、剣を扱える仕事を紹介してやる。もし、自国に帰ることを選んでも、使えるようになって損なことはない」
リカルドは信じられないという顔で口をパクパクと動かして、言葉が出てこないようだった。
セイブリアンも、自分で言った言葉に、正直なところ驚いていた。
捕虜の待遇について、彼らにも自由に選択して生きる権利を与えようというのは、セイブリアンが昔から唱えていたことだ。
それは、父親の政権時代、ひどく扱われる捕虜達の姿を見ていたからだ。
まだ帝都では偏見が根強く残っているが、せめて自分の治める領では、適切に扱うように制度を変えてきた。
しかし、さすがに武器を持たせて、軍隊に入れるというのは前例のないことだ。
本人が望んだとしても、申し訳ないがそれはできないと言うのは、自分の立場のはずだ。
それなのに、自分からどうだと誘っていることに、いよいよおかしくなったかと唖然とした。
リカルドの大きく開いた黒い瞳が、自分を見つめていることに気がつくと、セイブリアンの胸はチクッと痛んだ。
だめだ、あの目がいけない。
正常な判断ができずに、特別視してしまう。
放っておけなくて、つい訓練の面倒まで見ることになり、今度は自分の側におこうとまで……
セイブリアンが頭の中でブンブンと首を振った時、カチャリと剣を構える音がした。
「……正直、ソードマスター相手に、一太刀なんて、百年経ってもできる気がしないですけど、全力でやらせてもらいます!」
リカルドの目は輝いていた。
戦場で会った時も、ここへ運ばれてきた時も、ぼんやりと沈んでいた瞳に、活き活きとした光が見えた。
まるで枯れていた花が、水を得て息を吹き返したように、リカルドは雄叫びを上げながら、左足を前に出して、剣を上段に構えて走り出した。
なかなかいい速さだが、隙がありすぎて話にならない。
だが、気迫だけは、鍛え抜かれた隊員と比べても引けを取らなかった。
セイブリアンはひらりとリカルドの攻撃をかわして、体勢が崩れたリカルドの背中に剣をピタリと当てた。
「脇が甘い、足も遅い! 戦場で一番先に狙われるぞ! もう一度!」
地面に膝をついて、歯を食いしばったリカルドは、すぐに立ち上がり、再び打ち込んできた。
リカルドの攻撃を受けながら、セイブリアンは迷っていた気持ちが、どんどん消えていくのが分かった。
真っ直ぐに、何も恐れずに向かってくる相手と対峙したのは久しぶりで、自分の中で迷いより、ワクワクとする気持ちの方が膨れ上がっていく。
捕らえた時は、火はやめてくれと、弱気な様子だったのに、今は大違いだ。
それとも、火が苦手になるような、何かがあったのだろうか……
リカルドの攻撃は空振りばかりで、少しも当たらず、ソードマスターの力を使うまでもなく、セイブリアンは剣を動かした。
リカルドは圧倒的な力の差を、感じてはいるだろうが、諦めることはない。
地面に転がる度に、体には傷ができていったが、お願いしますと言って立ち上がった。
いつの間にか朝の訓練は日が高くなっても終わらず、頭を抱えて訓練所に入ってきたルーセントが、いい加減にしてくださいと叫んで強制的に終わるまで続いた。
※※※
パンにかじり付いたアルジェンは、興奮した様子で、口をモグモグと動かしながら声を上げた。
「俺がこの国で剣を持つなんて……本当にいいのかどうか……」
「許可したのはセイブリアン様なんだからいいんだよ。よかったじゃないか。ここに来る道中も、ずっと騎士になりたかったって言っていただろう」
そう言って自分で持ってきた昼食をペロリと平らげたアルジェンは、嬉しそうに笑った。
昼食時、様子を見にきたぞと言って、アルジェンが厨房からもらってきたパンを抱えてやって来た。
リカルドはいつも昼食を食堂でとっていたが、アルジェンと一緒に飼育小屋の近くに座って食べることにした。
手にマメができているところを見られて、どうしたのかと聞かれてしまった。
リカルドは素直にセイブリアンと朝練を始めたと話したら、アルジェンは自分のことのように喜んでくれた。
「その……なんか悪いなと思っていて……。あの方に個人的に教えてもらえるなんて、みんな望んでいることだろう? それなのに、後から来た他所の人間が勝手に割り込んで教えてもらうなんてさ」
セイブリアンがみんなに尊敬されているのは、リカルドもよく分かっていた。
自分のような人間を個人的に指導するなど、反発が大きいのではないかと心配していた。
「まぁ確かに。みんなが知るところになったら、文句を言う人はいると思う。だけど、俺はいいと思うよ。そりゃ俺だって、羨ましいけど、団長の考えたことは支持したいし、リカルドのことも応援したいんだよね」
「え? 俺を……?」
「そっ、世話役を押し付けられたって、初めはいい気分じゃなかったけど。俺さ、前の隊で揉めて追い出されたんだよ。団長に拾ってもらったんだけど、みんなに置いて行かれる気分ってやつ? 状況は違うけど、リカルドとちょっと似てるなって」
「でも……俺は、……敵国の兵で……」
「国は違えど、立場は同じじゃないか。それに、もうすぐ帝国とフランティアは終戦協定を結ぶために、友好関係樹立に向けて動いているみたいだし」
ここに来てすぐの食事会でそんな話を聞いた気がするが、勝手に砦を作って進軍したことで両国に亀裂が入らなかったのか、その後の話が気になっていた。
「本当に友好に向けて動いているのか? あんな事があったのに……」
「実は帝国内も一枚岩じゃない。長い間の勢力争いの末、やっと新皇帝の即位が決まったんだ。だからこの時期に、余計な戦いが起こって、内部が分裂するのは避けたいんだよ。おそらく、フランティアの方で、誰かを処分して話が終わったんじゃないかな」
詳しくは分からないと言って、アルジェンは首を振った。
処分と聞いて、リカルドはミケーレ団長の顔を思い浮かべたが、責任を取るような男ではないと思い直した。
彼らがどうなったのか、気にはなるが、もう考えないようにしようとリカルドは心に決めた。
自分を囮にして、置いていった連中のことなど考えても仕方がない。
今は、ずっと触りたかった剣に触れることができて、訓練に参加させてもらえるのが嬉しくてたまらなかった。
「団長には敵が多いんだ。首都では数多くの派閥に睨まれて、裏切りの連続で、戦いの多い北部に追いやられた。団長はもしかしたら、自国の人間といるより他国の人間と話す方が気が休まるのかもしれない。直接聞けるわけじゃないけど、俺はそう思うんだ。だから……」
そこまで話してからアルジェンは、やっぱりこれ以上は俺が話す事じゃないと言って首を振った。
セイブリアンの事情はリカルドもよく知らないので、それ以上突っ込んでは聞かなかった。
ただ、部下にここまで思ってもらえるということは、良き指導者なのだなと思った。
食事を終えてしばらく二人でぼんやりしていたら、木の上からぴょんと降りてきたウメが、リカルドの膝に乗ってきた。
いつもはシマの方が遊んで欲しいと木の棒を持って近づいて来るが、ウメはどちらかと言うと猫らしい猫で、マイペースにのんびりしている。
でも、ちょっと落ち込んだ時やしんみりした気持ちになった時は、空気を読んでくれるのか、こうやって降りてきて甘えてくる。
ふわふわした毛の中に指を入れて、撫でてやると、ウメは喉をコロコロと気持ち良さそうに鳴らした。
「すっかり仲良しになったな、世話の方は上手くいっているか?」
「もう一ヶ月だから、やっと顔を覚えてもらって、鳥達に糞をかけられることはなくなったよ。猫達はそれなりに遊んでくれるし、犬達にはベロベロに舐められて大変だ」
「そうか……。いきなり任せてしまったから、心配していたんだ。俺も手伝いに来るよ。掃除は好きだし、大変だったら呼んでくれ」
アルジェンにありがとうと言って、リカルドは笑った。
同じ騎士見習いで、初めはぎこちない関係だったが、今では友人のように打ち解けたと思っている。
複雑な関係ではあるが、アルジェンが向けてくれる厚意が素直に嬉しかった。
思えば、自国でも、こんな風に気軽に話せるような相手はほとんどいなかった。
ある時から、誰もがリカルドのことを冷たい目で見て避けるようになった。
その事を思い出したら、チクンと胸が痛んだ。
「とにかく、頑張れよ。団長の訓練はキツいぞー」
「おう、精一杯やるよ」
アルジェンにパンと肩を叩かれて、リカルドは力を入れて答えた。
まだ砂袋を背負っての走り込みをして、筋肉をつける動きの繰り返しだが、気がつけば、ひどいと想像していた捕虜生活が、驚くほど充実した毎日になっていた。
※※※
「まだ、十周だ。息が上がるには早いぞ」
そう言って声をかけると、汗を流しながら走っているリカルドは、ハイと言って足を早めた。
個人練習場はセイブリアンが早朝練習に使用しているが、そこにリカルドが参加するようになった。
来いと言ってから毎朝、欠かすことなくセイブリアンより早く来て、体を動かしている。
初日に剣を振らせてから、それ以降は触らせていないが、リカルドは文句ひとつ言う事なく、言われた通りの練習をこなしていた。
体格に恵まれているわけではない。
背もそれほど大きくないし、筋肉がつきやすい体でもない。
それでも、セイブリアンは一度、自分が指導してみようと考えた。
それはリカルドが、自国での話をしている時、ひどく寂しそうな顔をしていたからだ。
事情を少し聞いただけだが、フランティアでは、見習い騎士として長い間、こき使われてきたようだ。
それでも、逃げ出すことなく、ずっと耐えてきたのは、騎士になりたいという強い思いがあったからだろう。
それを思ったら、自然と誘う言葉が出ていた。
個人指導をすることになり、ルーファスには小言を言われたし、他の団員からもあまりいい顔はされなかったが、どうしてもそのままにはしておけなかった。
リカルドがどの道を選んだとしても、剣がやりたいと思うなら、くすぶっていた分、使えるようになって欲しいと思っていた。
それに本格的な指導ではなく、朝稽古に参加させているだけの話だ。
いつやめると言い出すかと思っていたが、リカルドはもともと努力家だったようで、キツい練習も歯を食いしばって続けていた。
そんな様子を見ていると、昔の自分を思い出して、セイブリアンは目を細めた。
何でもいいから、全て忘れて打ち込みたいと、朝から晩まで剣を振っていた時期が自分にもあった。
リカルドの真剣な様子をかつての自分と重ねてしまった。
「よし、もういいだろう。剣を持て、今日から実戦だ」
走り終えて、息を切らしながら額から流れる汗を拭っていたリカルドが、セイブリアンの言葉にパッと顔を上げた。
セイブリアンが持っていた剣をリカルドに投げると、リカルドはそれを片手で受け取った。
「練習用の小剣だ。俺も同じものを使う。一太刀でも当てることが出来たら、お前を俺の隊に入れてやる」
「なっ……え? ど、どういう事ですか!?」
「……まぁ、別に俺の隊じゃなくてもいいが……、剣を扱える仕事を紹介してやる。もし、自国に帰ることを選んでも、使えるようになって損なことはない」
リカルドは信じられないという顔で口をパクパクと動かして、言葉が出てこないようだった。
セイブリアンも、自分で言った言葉に、正直なところ驚いていた。
捕虜の待遇について、彼らにも自由に選択して生きる権利を与えようというのは、セイブリアンが昔から唱えていたことだ。
それは、父親の政権時代、ひどく扱われる捕虜達の姿を見ていたからだ。
まだ帝都では偏見が根強く残っているが、せめて自分の治める領では、適切に扱うように制度を変えてきた。
しかし、さすがに武器を持たせて、軍隊に入れるというのは前例のないことだ。
本人が望んだとしても、申し訳ないがそれはできないと言うのは、自分の立場のはずだ。
それなのに、自分からどうだと誘っていることに、いよいよおかしくなったかと唖然とした。
リカルドの大きく開いた黒い瞳が、自分を見つめていることに気がつくと、セイブリアンの胸はチクッと痛んだ。
だめだ、あの目がいけない。
正常な判断ができずに、特別視してしまう。
放っておけなくて、つい訓練の面倒まで見ることになり、今度は自分の側におこうとまで……
セイブリアンが頭の中でブンブンと首を振った時、カチャリと剣を構える音がした。
「……正直、ソードマスター相手に、一太刀なんて、百年経ってもできる気がしないですけど、全力でやらせてもらいます!」
リカルドの目は輝いていた。
戦場で会った時も、ここへ運ばれてきた時も、ぼんやりと沈んでいた瞳に、活き活きとした光が見えた。
まるで枯れていた花が、水を得て息を吹き返したように、リカルドは雄叫びを上げながら、左足を前に出して、剣を上段に構えて走り出した。
なかなかいい速さだが、隙がありすぎて話にならない。
だが、気迫だけは、鍛え抜かれた隊員と比べても引けを取らなかった。
セイブリアンはひらりとリカルドの攻撃をかわして、体勢が崩れたリカルドの背中に剣をピタリと当てた。
「脇が甘い、足も遅い! 戦場で一番先に狙われるぞ! もう一度!」
地面に膝をついて、歯を食いしばったリカルドは、すぐに立ち上がり、再び打ち込んできた。
リカルドの攻撃を受けながら、セイブリアンは迷っていた気持ちが、どんどん消えていくのが分かった。
真っ直ぐに、何も恐れずに向かってくる相手と対峙したのは久しぶりで、自分の中で迷いより、ワクワクとする気持ちの方が膨れ上がっていく。
捕らえた時は、火はやめてくれと、弱気な様子だったのに、今は大違いだ。
それとも、火が苦手になるような、何かがあったのだろうか……
リカルドの攻撃は空振りばかりで、少しも当たらず、ソードマスターの力を使うまでもなく、セイブリアンは剣を動かした。
リカルドは圧倒的な力の差を、感じてはいるだろうが、諦めることはない。
地面に転がる度に、体には傷ができていったが、お願いしますと言って立ち上がった。
いつの間にか朝の訓練は日が高くなっても終わらず、頭を抱えて訓練所に入ってきたルーセントが、いい加減にしてくださいと叫んで強制的に終わるまで続いた。
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