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第一章

3、豪快な食事会

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「そこへ座ってくれ」

 テーブルの上に並んだ豪華な料理を見て、リカルドは目を瞬かせた。
 これが帝国流の捕虜への扱いなのかと、背中にじっとりと汗が噴き出して来た。
 
 リカルドが連れて行かれたのは城の中にある一室だった。
 部屋に入ってすぐ、大きな長テーブルが目に入った。
 そして次に肉から魚、色とりどりの野菜を使った、見た目にも美しく涎が出そうな料理の数々が、視覚と嗅覚に襲いかかってきた。

 テーブルの向こうには団長と呼ばれていた男、セイブリアンが座っていて、その横には遠征部隊では見かけなかった、長髪で眼鏡をかけた、いかにも頭が良さそうな顔をした男が立っていた。
 座ってくれと声をかけて来たのは、長髪の男の方だった。

 床に座らされて、団長が美味そうな料理で腹を満たすところを、じっと見続けさせる。
 まずは精神的な責苦から始まる………

 そう思って腹が鳴りそうなのを堪えた時、アルジェンが椅子を引いてくれたので、リカルドは無意識にそこに座ってしまった。

「うわぁっ、すみません!」

 慌てて立とうとしたら、何がだと言われて、視線を集めてしまったので、リカルドは仕方なく椅子に浅く座り直した。

「名前はリカルド、フランティアでは第二騎士団に所属、階級は見習い騎士で間違いないか?」

「はい」

「我々は、ベイリーを中心とした北部の守護する部隊で、赤火の騎士団と言われているが、正式な名称は、帝国北部領騎士団だ。ここにいるお方が、セイブリアン団長、副団長は私、ルーセントだ。形式的なものになるが、質問に答えてもらう必要がある。いいかな?」

 捕虜なんて縛り付けて口を割らせてばいいのに、質問に答えてくれるかとわざわざ聞いてくるなんて、ずいぶんとお上品な騎士様だと思った。
 リカルドは首を傾げる角度で、ゆっくり頷いた。

「家族は?」

「……いません」

「我々は敵国の人間を捕らえたとしても、暴力で屈服させるようなことはしない。ここまで連れ帰って来たのは、君の安全上のためだ」

「えっ……?」

「フランティアでは、敵に捕まった兵士は、逃げ帰ったとしても処罰されると聞いている。それにあの辺りは、狼の生息地になっているから、取り残されるということは、死を意味する」

 副団長のルーセントという男が淡々と話すのを、リカルドは口を半開きにして聞いていた。
 何を言われているのだろうと、別の誰かに言っていることを、ただ聞いているような気持ちだった。

「ベイリーだけで行われていることだが、捕虜は一度領に連れ帰って治療した後、本人の意思を聞くことにしている。国に帰りたいなら、解放することもできる。家族がいる、という者は、だいたいはその選択をする。止めはしない」

「解放……? 捕らえたまま交渉の道具にすることはないのですか?」

「我が国とフランティアは、長年交戦状態だが、昨今は良好な関係に変わりつつある。末端の方では、まだ険悪な空気があるが、国の上層部は友好国として交流を進めている。その上で帝国は有利な立場にあるので、こちらから交渉をする必要などない」

「……なるほど、そう……ですか」

 末端の中の末端であるリカルドには、少しも聞こえてこない話だった。
 長い歴史の中で戦い続けてきた両国が、友好的な道を進むというのは、にわかには信じ難い話だった。

「むしろ、今回の北東部地域急襲については、国が主導したというより、そちらの騎士団が単独で動いたと情報が入っている。帝都には正式な謝罪をしたいと連絡が来ているそうだ」

「えっ………」

 確かに今回の作戦は、手柄を立てたいミケーレ団長の単独行為だった。
 そこまで知られているなら、下手なことを言っても不利になるだけだと、リカルドは素直に話すことにした。

「仰る通りです。今回の作戦は第二騎士団団長のミケーレ団長が、強行したものです。国境付近に砦を建てて、難攻不落と呼ばれた地域を攻める足掛かりにしたいと……。上層部が終結に動いていたとしても、ミケーレ団長は好戦的な人ですから、納得しなかったのかもしれません。私は補給部隊として遅れて参加したために、作戦の詳しい概要については不明で……」

 ここでずっと黙ってリカルドに厳しい視線を送っていたセイブリアンが、ゴホンと咳払いをした。
 それが合図のように、ルーセントは顎を引いて口を閉じた。
 厳しい目線がより強いものになって、リカルドは心臓が冷えてぶるっと震えてしまった。

「もう充分だ。帝国の情報部隊からある程度の報告は入ってくる。正確に答えてくれてありがとう。感謝する」

「へっ………? あ、いえ、そ、そんな……」

 この場に全くそぐわない、感謝という言葉が飛び出して、リカルドは思わず間の抜けた声を上げてしまった。慌てて言い直したが、聞き間違いではないかと混乱してしまった。

「危険を承知で国へ帰りたいならそれでいい。もし、居場所がないと言うなら、ここへ残る、という選択肢もある」

 セイブリアンの低い声で言われると、まるで怒られているように怯えてしまったが、実際に聞こえてきたのは、思いもよらない提案だった。

「え…………?」

「フランティア人向けの労働所がある。肉体労働が中心だけど、仕事や住まいも斡旋してもらえるから、それほど悪い条件じゃない」

 夢でも見ているのかと、ポカンとするリカルドの後ろから、アルジェンが話しかけてきた。
 牢屋に入れられると思っていたのだが、ちゃんと人としての暮らしを用意されているなんて、聞いていた話とは全然違った。
 
 いや、安心するのはまだ早い。
 もしかしたら肉体労働というのは、極寒の地のような過酷な環境で、倒れて死ぬまで働かされるのでは……

 リカルドは頭の中で凍って死ぬ自分を想像してしまった。
 怯えながら顔を上げると、セイブリアンの金色の目とバッチリ視線が合ってしまい、声を上げそうになった。

「すぐに答えを出せとは言わない。希望はなるべく叶えるつもりだ。しばらくここに滞在して、どうするか考えてみろ」

「は……はい」

 まるで大きな獣だ。
 森で出会ったら気絶する自信がある。
 セイブリアンの顔が恐ろしくて、リカルドは早くこの場から立ち去りたかった。

「話は以上だ。まともな食事を取れなかったから腹が減っただろう。好きなだけ食べていけ」

 またもやセイブリアンからありえない言葉が飛び出して、今度は椅子から滑り落ちそうになった。
 食べろと言うのは、目の前の料理で間違いがないのか、ぶんぶん首を振って辺りを見回すと、セイブリアンとルーセント、そして、いつの間にかアルジェンも隣に座って、食事を始めていた。

「食べないのか? 他の人達は食堂で同じ料理を食べているから気にしなくていいよ」

 アルジェンに肘で小突かれて、リカルドは慌てて目の前に置いてあるフォークとナイフを手に取った。
 長い間、手掴みで食べられるものしか口にしていないので、食事の作法なんて分からない。
 どう扱えばいいのか、フォークだけでもいいのか、正解が分からない。
 リカルド以外の三人は、流れるようにフォークとナイフを使って、次々と料理を口に運んでいた。

 リカルドは混乱で冷や汗をかきながら、ゴクっと喉を鳴らした。
 すると、リカルドの様子を見ていたセイブリアンが、突然フォークとナイフをテーブルに置いた。
 無作法なリカルドを見て、腹を立てたのかもしれない。
 リカルドがビクッと肩を揺らした時、セイブリアンはパンを手に取って、皿に載っていたソースをつけた後、そのままがぶりと口に入れた。

 さっきまで上品に食べていた人が、急に豪快に食べ始めたので、ルーセントもアルジェンもポカンとしていた。
 リカルドはその様子を見て、もしかしたら、自分に合わせてくれたのかもしれないと気がついた。
 近くにあった籠からパンを一つ手に取ったリカルドは、セイブリアンがやったのと同じように、ソースにつけてから、ガブッとパンにかぶりついた。

「ん……」

 移動中は硬くて土の味しかしないパンを食べていたので、口に広がった柔らかい食感と、濃い味のソースが体に染み込んだ。
 一気に唾液が放出されて、頭の中に幸福感が溢れた。
 喜びが表情に現れていたのかもしれない。
 隣に座っているアルジェンにクスッと笑われてしまった。

「うまいだろう。ここの食事は地下の厨房で作られていて、出来立てのものを提供している」
 
 ここの城主であるからか、セイブリアンは誇らしげに言った後、今度は林檎を手で掴んで、バクバクと食べ始めた。

「………セイブリアン様」

「遠征帰りで腹が空いているんだ。こんな物を使ってお上品に食べていられるか」

 となりに座っているルーセントが眉間を手で押さえながら呆れた声を上げたが、セイブリアンはお構いなしに今度は肉を手掴みで食べた。
 それを見たルーセントとアルジェンは、やれやれといった様子で、フォークとナイフをテーブルに置くと、上司に続いて手掴みで食事を始めた。
 リカルドはまたどうしていいか分からずに視線を泳がせていたら、アルジェンが目を瞬きして促してきたので、同じように手で掴んで食べ物を口に運んだ。
 もぐもぐと咀嚼しながら、セイブリアンは気を遣ってくれたのだろうかと考えていた。
 拾った敵兵にわざわざ気を遣うなんて考えられないが、部下二人の態度を見ていると、もしかしたら悪い人ではないのかもと思ってしまった。
 

 食事は美味しかったが、あの状況では気まずくて、よく味わうこともできずにとにかく口に入れて流し込んだ。
 食事を終えると、リカルドとアルジェンは部屋を出た。

 話の流れから、しばらくこの城にいることになったようだが、まさか捕虜にそこまでの温情をかけるなど、聞いたことがない。
 眉を寄せながら考えていると、先を歩いていたアルジェンが足を止めて振り返ってきた。

「拾われたのが、セイブリアン様でよかったな。捕虜といっても、あの方はきちんとした待遇で扱うように日頃から指示されている。だから、よく話に聞くような、暴力なんてなかっただろう?」

「うん、驚いたよ……。解放するから家に帰ってもいい……なんて……」

「そういう人なんだよ。あの風格で怯えるなってのは無理な話だけど、優しい方なんだ。大変な立場の人だし、ここにいる連中は、みんな尊敬している」

 あの鋭い目には慣れないが、優しいという意見は心に入れておこうと思った。
 ただ、自国で散々帝国人は冷酷だとすり込まれて来たので、実際は優しいですと言う話は、素直には飲み込めなかった。

「これまでの捕虜にもみんな同じような扱いを……」

「ん? ああ、そうだな。同じだけど……」

 そうだと言われて終わると思ったのに、アルジェンが言葉を濁したので、リカルドはアルジェンの目を覗き込んだ。
 アルジェンは気まずそうに目線を逸らして、何でもないと言って話を終わらせた。
 明らかに変な態度が気になってしまった。

「リ、リカルドは、どうするんだ? 家族はいないと言っていたけど、国に戻るのか?」

 戻ったとして、帝国人が恐くて逃げ帰ったと言われて、バカにされるだろう。
 降格は確実で、見習い騎士の身分すら怪しい。
 かと言って、知り合いすらいない、しかも今のところはまだ敵国で、どうやって生きていくのか、これ幸いと留まる気持ちにはなれなかった。

「少し……考える」

「分かった。部屋に案内するよ。聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ。とりあえずは、ここでは簡単な仕事をやってもらうから」

 そう言ってまた歩き出したアルジェンは、城の入り口近くにある、使用人が寝泊まりする部屋まで案内してくれた。
 しかも一人部屋でしっかりしたベッドまで用意されている。
 信じられない環境に、リカルドはまた驚いてしまった。

「狭くて悪いな。兵舎の方には空きがなくてさ。着替えや使えそうな物は予め用意されているから、自由に使っていい。良さそうな部屋が空いたら知らせるよ」

「あ……ありがとう」

「長旅で疲れただろう。お湯は共同だけど、さっき案内した地下厨房の横に用意してある。また朝に声をかけるから、ゆっくり休んで」

 パタンとドアが閉まってからも、リカルドはその場で立ったまま動けずにいた。
 
 全部嘘かもしれない。
 気を許したら、すぐに兵士が飛び込んできて、バカなフランティア人だと言って八つ裂きに……

 ぶるっと身を震わせたリカルドは、物音一つしない室内の静寂を受けて、ぷっと噴き出して笑ってしまった。

 わざわざ生かしてから、殺すほどの価値が自分にあるだろうか。
 騎士見習いなどと言われていても、所属が違うだけでその辺りの兵士と変わらない。
 機密事項なんて知る立場になく、軍地の詳細は、敵国の人間の方が、リカルドより詳しく知っていそうだった。

 それなら、捕虜を丁重に扱うという、彼らの説明を信じるべきか……
 しかし、それも完全に信用できなくて困ってしまった。

「……仕事をしながら情報を集めてみるか」

 体をお湯で流したいところだが、あまりに疲れてしまったリカルドは、そのまま崩れ落ちるようにベッドに転がった。
 考えたいことはたくさんあったが、どれもぼんやりと浮かんでは消えて、やがて深い眠りに入ってしまった。

 

 
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