19 / 23
本編
⑲ 一人の力、みんなの力、大きな力
しおりを挟む
魔法剣術大会当日。
朝からたくさんの人が通りに溢れ、熱気と興奮に包まれている。試合会場前には次々と人が押しかけて、会場を今か今かと待っていた。
異世界部は全員駆り出され、もぎりと入口の整理を任されている。カガミは会場入り口近くで、観客のチケットを確認し、注意事項を説明して会場を案内していた。
純粋に楽しみにしている人もいれば、目が血走っている人もいた。年に一度、貴族も平民も熱狂するイベントなので、優勝者を賭けることも許されているのだ。
アレクサンドルの人気が一番と言いたいところだが、一番人気は大会の常連で、毎回優勝を決めている火の魔力使い、近衛騎士団長のポルカだ。
数々の戦で輝かしい戦績を挙げてきた伝説の英雄。
貴族のほとんどは彼に賭けており、優勝間違いないと言われていた。
カガミの応援で人気の出たアレクサンドルは、貴族票がないためオッズが高く、ダークホースと呼ばれている。
カガミはアレクサンドルの優勝を信じているが、更なる強者がいるのも分かっている。彼は優勝すると言っていたが、それは難しいだろうと思っていた。
「カガミさーん、本当に会場に入らないんですか? せっかくチケットがあるのに……」
「俺はいい。試合中もここの仕事があるし、フジタさんと行ってくれ」
アズマから視線を感じたが、カガミは客の対応に集中して、そちらに顔を向けなかった。
徐々に人が集まりだし、開場の時間となれば辺りは大騒ぎで、別のことを考える時間はなかった。
しばらくすると、ラッパの音が聞こえてくる。試合が始まったようだ。この頃になると、みんな中へ入っているので、観客をさばく必要がなくなる。
机と椅子を並べた簡易受付で、カガミは頬杖をつき、時間が過ぎるのを待った。
中へ入ったのはアズマだけ。フジタとカミムラはカガミの様子を心配そうな顔で見ていた。
時折聞こえてくる歓声や悲鳴、その度に立ち上がり入口の大きな鉄扉を見つめる。アズマが飛んで来て、首を振る様子を想像してしまい、右手で顔を覆った。
時間が過ぎるのを待っているが、怖くて仕方がない。だけど、少しでもアレクサンドルの側にいたくて、ここから離れることができない。
怪我をしないで、頑張って欲しい。
祈りながらまた椅子に座る、その繰り返しだ。
地獄のような時間を過ごしていると、会場からアズマが走ってくるのが見えた。
「カガミさん!! 決勝です! アレクさん、決勝まで進みましたよ」
「あ、相手は!?」
アズマの話を聞き、カガミは椅子から立ち上がった。アレクサンドルが頑張っている姿が目に浮かび、目頭が熱くなる。
「なんかすごい火をブワッって使うオジサンです。ポルなんとかって言う、恐い顔の……」
「ポルカ近衛騎士団長だ……やはりきたか……」
行きたい。
中へ入って応援したい。だけど、自分はファンとして超えてはいけない線を超えてしまった。本当は今すぐ消えないといけないくらいだと思っていた。
だけど、胸にある想いが足を引き留めている。
ただ、側にいたいと……。
まだ迷っているカガミの肩を、ポンと叩いたのはフジタだった。
「カガミくん。行った方がいいよ。彼、待ってるんじゃない?」
「そうですよ、カガミさん! 俺、仲良くなっていく二人を見て、自分のことじゃないのに、すごい嬉しかったんです」
走ってきたのか、息を切らしながら、アズマはカガミの手を掴んできた。
「俺、嘘ついてました。この世界に来たの、友達とお茶している時って言いましたけど、本当は嘘です」
「え……?」
「俺の両親、ハリウッドスターなんです!」
「はっっ!?」
話が冗談みたいな方向に飛んでいるが、アズマは冷静で真剣な顔をしている。
「二人とも何人も愛人がいて、世界中を飛び回る生活で、俺には贅沢な家と使いきれないくらいの金を置いて、ほとんど帰らなくなりました。だから、愛とか信じられなくて、彼氏持ちの女の子ばかり狙い寝取って捨てて、やりたい放題していました。いつも最後は虚しくて、愛なんてクソだって……。あの日、適当に遊んで捨てた女の子と喧嘩になって、駅のホームから落ちたんです」
「えええっ!?」
「それでここに……。カッコ悪くて嘘ついてました。カガミさんの推しへの愛も、本当はバカにしていて……婚約者選びに名前を入れたのも、遊びみたいな気持ちでした。カガミさんの推しへの愛が、粉々になったら楽しいかもって……」
「アズマ……」
「だけど、本当、カガミさん頑張って……何の見返りもないのに、泥だらけで、バカみたいに頑張るから。それで二人が仲良くなっていく姿を見るのが、嬉しくなって……。これが愛なんだ……自分もこんな風に誰かと愛し合いたい、そう思えたんです。だから……だから……」
咽び泣きながら、必死に思いを伝えてくるアズマに心を打たれ、気付いたらカガミの目からも涙が溢れていた。
「アズマ、でも……俺とアレクサンドル様は愛し合うとか……」
「何言ってんですか! 素直になってください! ファンなんてどうでもいいですよ。あんなに幸せそうに笑い合っていたくせに、いつまで自分をごまかすんですか!? なくしてもいいんですか? 大事な人なんでしょう?」
ついに核心を突かれて、カガミの心臓は激しく揺れる。超えてはダメ、超えたらダメと、カガミの中で、必死にかけていたブレーキが軋んだ音を立てた。
「カガミくん」
その声が聞こえてきて、カガミはハッと息を呑む。フジタとアズマも、驚いた顔で声の方向を見た。
いつもニコニコしていて、ほとんど喋ることのないカミムラが、静かに立ち上がりカガミのことを見ていた。
「目立ちたくないと、人生を諦めていたアレクサンドルさんが、決勝に行ったんだ。彼の背中を押したのは、カガミくん、君だよ。君の応援で、今彼は、人生を取り戻そうとしている。君はファン失格なんかじゃない。立派な、誰よりも立派な一番のファンだよ」
「カミムラさん……」
そこで、一際大きな歓声が会場から聞こえてきた。おそらく両者が入場した時の歓声だろう。まもなく試合が始まるのだと分かり、カガミは会場に目を向ける。
「行きましょう! カガミさん!」
アズマに手を引かれ、カガミは走り出した。
もう迷わない。
この目でアレクサンドルの勇姿を見届けたい。
決して目を逸らさず、応援し続ける。
この会場で、誰よりも、自分が彼の一番のファンなのだから。
会場に入ったカガミは、スタッフ用の席に行こうとしたが、見覚えのある屈強な男二人組に道を阻まれた。有無も言わさず、アズマと二人首根っこを掴まれ、連れて行かれたのは、上階の王族用特別席だ。
そこで優雅に座っていたのは王太子のトリスタンだった。
「遅いじゃないか。せっかくカガミのために席を用意していたんだ。ほら、ここが一番よく見えるから座ってくれ」
「トリスタン殿下……お心遣い、ありがとうございます」
まだ試合は開始していないようだが、早くアレクサンドルの姿が見たくて、挨拶もそこそこに席へ向かう。
「あら、あなた……」
そこでトリスタンの横に女性が座っているのが見えた。その顔に見覚えがあり、カガミは、アッと声を漏らす。するとその横で、なぜかアズマもアッと声を上げる。
「なんだ、エリス嬢と知り合いか?」
「は、はい。先日、宮殿でぶつかりそうになって……」
「カガミに、道案内をしてもらいましたの。父に会いに行って迷ってしまったのですわ」
そこにいたのは、先日宮殿で会った美しい女性だった。貴族の令嬢だと思っていたが、トリスタンの横にいるなんて、相当な家柄の女性のようだ。
「エリスはあそこにいる、私の護衛兼教育係の、ポルカの娘だ」
「えっ!?」
「まさか、あの二人が戦うことになるなんて、私どうしましょう。困ってしまいますわ」
何を困るのかよく分からないが、エリスの継父がポルカだと知って驚いた。彼を通じて、二人が仲の良い関係になったのなら頷ける。
今もトリスタンとエリスは肩を寄せ合い、楽しそうに語らい合っている。
その様子を横目で見ながら、カガミはアズマと席に座る。すると、アズマがすぐに小声で話しかけてきた。
「あの子、あれです。主人公ちゃんです」
「は?」
「この世界の元になったゲームのですよ。確か、母親が再婚して王都に住まいを移すんです。そこで、色々なイケメンと出会うんですけど、あの感じだと、王太子ルートを進んでいるみたいですね」
「それは……真のルートとやらではないのか? その……相手がアレクサンドル様かもという……?」
「違ったみたいです。邪魔が入らなそうでよかったですね」
気がかりだったことが無事に終わりそうで、カガミは安堵した。主人公なんて絶対チートがありそうだし、あんなに魅惑的な人にウロウロされたら、気になってしまうからだ。
そこで選手の紹介が終わり、いよいよ試合開始になる。選手が剣を合わせ、カチッと音が響いてから、戦いは始まった。
今までの試合で、アレクサンドルに疲弊した様子はない。着ているのは大会用の軽装備だが、破損や汚れたような箇所もない。アズマの話から、アレクサンドルはほぼ無傷で、あっという間に試合を終わらせてきたそうだ。
しかし今回は強敵だ。
二人とも自分の剣に触れ、柄から剣先まで手を滑らせる。すると、ポルカの剣は赤く、アレクサンドルの剣は緑に輝いた。
「魔力を込めたぞ、二人とも最初から本気でいくようだ」
トリスタンが興奮したように身を乗り出したのが見えた。カガミも試合についてもちろん調べてはいたが、実際に見るとゾクゾクするほどの威圧を感じる。
この国の剣術は、ノーマルと魔法剣に分かれる。ノーマルはその名の通り、魔力を込めず通常の剣技のみで戦うこと。長期戦が可能で、安定した戦いができるが、攻撃力は弱く、大型の魔獣相手では通用しない。
一方、魔法剣は、魔力を使いながらの攻撃を繰り出す。剣に魔力を込めると、通常の攻撃の数倍の威力を得られる。一振りで衝撃波が巻き起こり、離れた敵、広範囲に攻撃が可能だ。
魔力には属性があり、短期決戦で特性を活かし、相手より優位に立つことが勝利の絶対条件となる。
「アレクには分が悪いな。魔力には相性がある。苦手な属性相手だと、通常より弱体化してしまう。風は火に弱いんだ」
トリスタンの解説に、カガミの心臓は一気に冷えてしまう。
ポルカが円を描くように剣を回すと、大きな炎の輪ができて、容赦なくアレクサンドルに向かって放たれた。
アレクサンドルは俊敏に動き、炎の輪を避けるが、炎がわずかに触れた腕が燃え上がった。
「ああっ」
アレクサンドルは機転を効かせ地面に転がり、炎を消したが、腕から煙が立っている。ひどい火傷をしたように見えた。
いきなりの大技に会場から大きな歓声が上がるが、カガミは見ていられなくて、顔を覆う。
ポルカは短期決戦の体勢に入っている。怪我を負ったアレクサンドルに向かって、剣を振り、次々と炎の柱を繰り出し一気に襲いかかった。
「ひぃぃ、なんて攻撃……どうして、アレクさんは魔法剣で返さないのですか?」
「風魔法だからだ……。中途半端に風を返せば……」
「そうだ、カガミの言う通り。風にあおられ、炎はもっと巨大になり襲ってくる」
一つ二つ、アレクサンドルは炎の柱を避けていくが、その度に傷を負っていく。肩、耳、肘、膝、足、次々に燃えがり、何とか火を払って防御の体勢を取る。足がフラつき始め、どう見ても倒れてしまいそうだ。
こんな試合、見ていられない。
「もう……いいじゃないですか! 勝敗は十分につきました。これ以上やったら、死んじゃいます!」
「カガミ、これは真剣な勝負だ。誰にも止められない。勝利を祈れ、それしかできない」
「そんな……!」
カガミは立ち上がり、観客席の柵にしがみついた。
――何もできない。自分にできることが祈るだけなんて、それしかないなんて……。
「いや……ある。応援だ。応援するんだ。……アズマ!」
「はい、準備バッチリです」
全部キャンセルしたはずだ。
けれど一縷の望みにかけて、アズマを見ると、彼はニヤリと笑って懐から何かを取り出し、さっと柵の外に向かって投げた。
それは緑の旗だった。
風に舞って会場の上を飛んでいく。
それを皮切りに会場中で一際大きな歓声が響いた。
「す……すごい……」
至る所で緑色の旗が大きく開かれ、会場を緑に染めていく。そこには、アレクサンドル頑張れの文字が書かれていた。異世界部のみんなと町の人達で制作した旗だ。途中で終わらせたはずなのに、みんなちゃんと用意してきてくれたのだ。
通路には緑色の衣装を着た、ハンナ率いるダンスチームが走ってきて、応援歌を歌いながら、ダンスを始める。会場の壁には、カガミが特別に発注していた横断幕がかかる。アレクサンドルの似顔絵がデカデカと描かれていた。
黄色い声援部隊が至る所からアレクサンドル様頑張れーと声を上げる。
何もかも、予定していた通りの応援。全部ダメにしたはずなのに、それが完璧に行われている。
「どうして……みんな……」
「みんな、楽しかったって言っていました。カガミさんの一生懸命な熱意に惹かれて、とても楽しかったって。だから、ダメでもいいから、準備してくれたんです」
今まで、ポルカを応援する声が溢れていた会場が、アレクサンドル一色に染まる。
こんな光景を夢見ていた。感動して、涙が溢れてきた。
柵越しに対戦中の二人の姿を見る。
ポルカは圧倒されて攻撃の手が止まっていたが、一転歯を食いしばり、渾身の力を込めて炎の玉を作り出した。一点集中でそれを叩き込むようだ。
アレクサンドルは微動だにせず、直立不動でポルカを見ていたが、ふっと顔を上げた。
「…………!」
視線がぶつかる。
アレクサンドルはカガミのことを見ていた。
「な、なんで……こっちを……、アレクサンドル様、危ない……前を前を見てください!」
今まで大きな声援が耳に入っていたが、それが全部聞こえなくなる。対戦中に余所見なんてしたら、大怪我を負ってしまう。
カガミは柵から身を乗り出し、前を見てほしいと合図する。
ポルカの手から、大きな炎の玉がアレクサンドルに向かって放たれた。
アレクサンドルはまだ前を見ない。それどころかカガミのことを見て、微笑んだ。
来てくれてありがとう。
そう口元が動いたように見えて、カガミは絶叫した。
「アレクサンドル様――――!!」
朝からたくさんの人が通りに溢れ、熱気と興奮に包まれている。試合会場前には次々と人が押しかけて、会場を今か今かと待っていた。
異世界部は全員駆り出され、もぎりと入口の整理を任されている。カガミは会場入り口近くで、観客のチケットを確認し、注意事項を説明して会場を案内していた。
純粋に楽しみにしている人もいれば、目が血走っている人もいた。年に一度、貴族も平民も熱狂するイベントなので、優勝者を賭けることも許されているのだ。
アレクサンドルの人気が一番と言いたいところだが、一番人気は大会の常連で、毎回優勝を決めている火の魔力使い、近衛騎士団長のポルカだ。
数々の戦で輝かしい戦績を挙げてきた伝説の英雄。
貴族のほとんどは彼に賭けており、優勝間違いないと言われていた。
カガミの応援で人気の出たアレクサンドルは、貴族票がないためオッズが高く、ダークホースと呼ばれている。
カガミはアレクサンドルの優勝を信じているが、更なる強者がいるのも分かっている。彼は優勝すると言っていたが、それは難しいだろうと思っていた。
「カガミさーん、本当に会場に入らないんですか? せっかくチケットがあるのに……」
「俺はいい。試合中もここの仕事があるし、フジタさんと行ってくれ」
アズマから視線を感じたが、カガミは客の対応に集中して、そちらに顔を向けなかった。
徐々に人が集まりだし、開場の時間となれば辺りは大騒ぎで、別のことを考える時間はなかった。
しばらくすると、ラッパの音が聞こえてくる。試合が始まったようだ。この頃になると、みんな中へ入っているので、観客をさばく必要がなくなる。
机と椅子を並べた簡易受付で、カガミは頬杖をつき、時間が過ぎるのを待った。
中へ入ったのはアズマだけ。フジタとカミムラはカガミの様子を心配そうな顔で見ていた。
時折聞こえてくる歓声や悲鳴、その度に立ち上がり入口の大きな鉄扉を見つめる。アズマが飛んで来て、首を振る様子を想像してしまい、右手で顔を覆った。
時間が過ぎるのを待っているが、怖くて仕方がない。だけど、少しでもアレクサンドルの側にいたくて、ここから離れることができない。
怪我をしないで、頑張って欲しい。
祈りながらまた椅子に座る、その繰り返しだ。
地獄のような時間を過ごしていると、会場からアズマが走ってくるのが見えた。
「カガミさん!! 決勝です! アレクさん、決勝まで進みましたよ」
「あ、相手は!?」
アズマの話を聞き、カガミは椅子から立ち上がった。アレクサンドルが頑張っている姿が目に浮かび、目頭が熱くなる。
「なんかすごい火をブワッって使うオジサンです。ポルなんとかって言う、恐い顔の……」
「ポルカ近衛騎士団長だ……やはりきたか……」
行きたい。
中へ入って応援したい。だけど、自分はファンとして超えてはいけない線を超えてしまった。本当は今すぐ消えないといけないくらいだと思っていた。
だけど、胸にある想いが足を引き留めている。
ただ、側にいたいと……。
まだ迷っているカガミの肩を、ポンと叩いたのはフジタだった。
「カガミくん。行った方がいいよ。彼、待ってるんじゃない?」
「そうですよ、カガミさん! 俺、仲良くなっていく二人を見て、自分のことじゃないのに、すごい嬉しかったんです」
走ってきたのか、息を切らしながら、アズマはカガミの手を掴んできた。
「俺、嘘ついてました。この世界に来たの、友達とお茶している時って言いましたけど、本当は嘘です」
「え……?」
「俺の両親、ハリウッドスターなんです!」
「はっっ!?」
話が冗談みたいな方向に飛んでいるが、アズマは冷静で真剣な顔をしている。
「二人とも何人も愛人がいて、世界中を飛び回る生活で、俺には贅沢な家と使いきれないくらいの金を置いて、ほとんど帰らなくなりました。だから、愛とか信じられなくて、彼氏持ちの女の子ばかり狙い寝取って捨てて、やりたい放題していました。いつも最後は虚しくて、愛なんてクソだって……。あの日、適当に遊んで捨てた女の子と喧嘩になって、駅のホームから落ちたんです」
「えええっ!?」
「それでここに……。カッコ悪くて嘘ついてました。カガミさんの推しへの愛も、本当はバカにしていて……婚約者選びに名前を入れたのも、遊びみたいな気持ちでした。カガミさんの推しへの愛が、粉々になったら楽しいかもって……」
「アズマ……」
「だけど、本当、カガミさん頑張って……何の見返りもないのに、泥だらけで、バカみたいに頑張るから。それで二人が仲良くなっていく姿を見るのが、嬉しくなって……。これが愛なんだ……自分もこんな風に誰かと愛し合いたい、そう思えたんです。だから……だから……」
咽び泣きながら、必死に思いを伝えてくるアズマに心を打たれ、気付いたらカガミの目からも涙が溢れていた。
「アズマ、でも……俺とアレクサンドル様は愛し合うとか……」
「何言ってんですか! 素直になってください! ファンなんてどうでもいいですよ。あんなに幸せそうに笑い合っていたくせに、いつまで自分をごまかすんですか!? なくしてもいいんですか? 大事な人なんでしょう?」
ついに核心を突かれて、カガミの心臓は激しく揺れる。超えてはダメ、超えたらダメと、カガミの中で、必死にかけていたブレーキが軋んだ音を立てた。
「カガミくん」
その声が聞こえてきて、カガミはハッと息を呑む。フジタとアズマも、驚いた顔で声の方向を見た。
いつもニコニコしていて、ほとんど喋ることのないカミムラが、静かに立ち上がりカガミのことを見ていた。
「目立ちたくないと、人生を諦めていたアレクサンドルさんが、決勝に行ったんだ。彼の背中を押したのは、カガミくん、君だよ。君の応援で、今彼は、人生を取り戻そうとしている。君はファン失格なんかじゃない。立派な、誰よりも立派な一番のファンだよ」
「カミムラさん……」
そこで、一際大きな歓声が会場から聞こえてきた。おそらく両者が入場した時の歓声だろう。まもなく試合が始まるのだと分かり、カガミは会場に目を向ける。
「行きましょう! カガミさん!」
アズマに手を引かれ、カガミは走り出した。
もう迷わない。
この目でアレクサンドルの勇姿を見届けたい。
決して目を逸らさず、応援し続ける。
この会場で、誰よりも、自分が彼の一番のファンなのだから。
会場に入ったカガミは、スタッフ用の席に行こうとしたが、見覚えのある屈強な男二人組に道を阻まれた。有無も言わさず、アズマと二人首根っこを掴まれ、連れて行かれたのは、上階の王族用特別席だ。
そこで優雅に座っていたのは王太子のトリスタンだった。
「遅いじゃないか。せっかくカガミのために席を用意していたんだ。ほら、ここが一番よく見えるから座ってくれ」
「トリスタン殿下……お心遣い、ありがとうございます」
まだ試合は開始していないようだが、早くアレクサンドルの姿が見たくて、挨拶もそこそこに席へ向かう。
「あら、あなた……」
そこでトリスタンの横に女性が座っているのが見えた。その顔に見覚えがあり、カガミは、アッと声を漏らす。するとその横で、なぜかアズマもアッと声を上げる。
「なんだ、エリス嬢と知り合いか?」
「は、はい。先日、宮殿でぶつかりそうになって……」
「カガミに、道案内をしてもらいましたの。父に会いに行って迷ってしまったのですわ」
そこにいたのは、先日宮殿で会った美しい女性だった。貴族の令嬢だと思っていたが、トリスタンの横にいるなんて、相当な家柄の女性のようだ。
「エリスはあそこにいる、私の護衛兼教育係の、ポルカの娘だ」
「えっ!?」
「まさか、あの二人が戦うことになるなんて、私どうしましょう。困ってしまいますわ」
何を困るのかよく分からないが、エリスの継父がポルカだと知って驚いた。彼を通じて、二人が仲の良い関係になったのなら頷ける。
今もトリスタンとエリスは肩を寄せ合い、楽しそうに語らい合っている。
その様子を横目で見ながら、カガミはアズマと席に座る。すると、アズマがすぐに小声で話しかけてきた。
「あの子、あれです。主人公ちゃんです」
「は?」
「この世界の元になったゲームのですよ。確か、母親が再婚して王都に住まいを移すんです。そこで、色々なイケメンと出会うんですけど、あの感じだと、王太子ルートを進んでいるみたいですね」
「それは……真のルートとやらではないのか? その……相手がアレクサンドル様かもという……?」
「違ったみたいです。邪魔が入らなそうでよかったですね」
気がかりだったことが無事に終わりそうで、カガミは安堵した。主人公なんて絶対チートがありそうだし、あんなに魅惑的な人にウロウロされたら、気になってしまうからだ。
そこで選手の紹介が終わり、いよいよ試合開始になる。選手が剣を合わせ、カチッと音が響いてから、戦いは始まった。
今までの試合で、アレクサンドルに疲弊した様子はない。着ているのは大会用の軽装備だが、破損や汚れたような箇所もない。アズマの話から、アレクサンドルはほぼ無傷で、あっという間に試合を終わらせてきたそうだ。
しかし今回は強敵だ。
二人とも自分の剣に触れ、柄から剣先まで手を滑らせる。すると、ポルカの剣は赤く、アレクサンドルの剣は緑に輝いた。
「魔力を込めたぞ、二人とも最初から本気でいくようだ」
トリスタンが興奮したように身を乗り出したのが見えた。カガミも試合についてもちろん調べてはいたが、実際に見るとゾクゾクするほどの威圧を感じる。
この国の剣術は、ノーマルと魔法剣に分かれる。ノーマルはその名の通り、魔力を込めず通常の剣技のみで戦うこと。長期戦が可能で、安定した戦いができるが、攻撃力は弱く、大型の魔獣相手では通用しない。
一方、魔法剣は、魔力を使いながらの攻撃を繰り出す。剣に魔力を込めると、通常の攻撃の数倍の威力を得られる。一振りで衝撃波が巻き起こり、離れた敵、広範囲に攻撃が可能だ。
魔力には属性があり、短期決戦で特性を活かし、相手より優位に立つことが勝利の絶対条件となる。
「アレクには分が悪いな。魔力には相性がある。苦手な属性相手だと、通常より弱体化してしまう。風は火に弱いんだ」
トリスタンの解説に、カガミの心臓は一気に冷えてしまう。
ポルカが円を描くように剣を回すと、大きな炎の輪ができて、容赦なくアレクサンドルに向かって放たれた。
アレクサンドルは俊敏に動き、炎の輪を避けるが、炎がわずかに触れた腕が燃え上がった。
「ああっ」
アレクサンドルは機転を効かせ地面に転がり、炎を消したが、腕から煙が立っている。ひどい火傷をしたように見えた。
いきなりの大技に会場から大きな歓声が上がるが、カガミは見ていられなくて、顔を覆う。
ポルカは短期決戦の体勢に入っている。怪我を負ったアレクサンドルに向かって、剣を振り、次々と炎の柱を繰り出し一気に襲いかかった。
「ひぃぃ、なんて攻撃……どうして、アレクさんは魔法剣で返さないのですか?」
「風魔法だからだ……。中途半端に風を返せば……」
「そうだ、カガミの言う通り。風にあおられ、炎はもっと巨大になり襲ってくる」
一つ二つ、アレクサンドルは炎の柱を避けていくが、その度に傷を負っていく。肩、耳、肘、膝、足、次々に燃えがり、何とか火を払って防御の体勢を取る。足がフラつき始め、どう見ても倒れてしまいそうだ。
こんな試合、見ていられない。
「もう……いいじゃないですか! 勝敗は十分につきました。これ以上やったら、死んじゃいます!」
「カガミ、これは真剣な勝負だ。誰にも止められない。勝利を祈れ、それしかできない」
「そんな……!」
カガミは立ち上がり、観客席の柵にしがみついた。
――何もできない。自分にできることが祈るだけなんて、それしかないなんて……。
「いや……ある。応援だ。応援するんだ。……アズマ!」
「はい、準備バッチリです」
全部キャンセルしたはずだ。
けれど一縷の望みにかけて、アズマを見ると、彼はニヤリと笑って懐から何かを取り出し、さっと柵の外に向かって投げた。
それは緑の旗だった。
風に舞って会場の上を飛んでいく。
それを皮切りに会場中で一際大きな歓声が響いた。
「す……すごい……」
至る所で緑色の旗が大きく開かれ、会場を緑に染めていく。そこには、アレクサンドル頑張れの文字が書かれていた。異世界部のみんなと町の人達で制作した旗だ。途中で終わらせたはずなのに、みんなちゃんと用意してきてくれたのだ。
通路には緑色の衣装を着た、ハンナ率いるダンスチームが走ってきて、応援歌を歌いながら、ダンスを始める。会場の壁には、カガミが特別に発注していた横断幕がかかる。アレクサンドルの似顔絵がデカデカと描かれていた。
黄色い声援部隊が至る所からアレクサンドル様頑張れーと声を上げる。
何もかも、予定していた通りの応援。全部ダメにしたはずなのに、それが完璧に行われている。
「どうして……みんな……」
「みんな、楽しかったって言っていました。カガミさんの一生懸命な熱意に惹かれて、とても楽しかったって。だから、ダメでもいいから、準備してくれたんです」
今まで、ポルカを応援する声が溢れていた会場が、アレクサンドル一色に染まる。
こんな光景を夢見ていた。感動して、涙が溢れてきた。
柵越しに対戦中の二人の姿を見る。
ポルカは圧倒されて攻撃の手が止まっていたが、一転歯を食いしばり、渾身の力を込めて炎の玉を作り出した。一点集中でそれを叩き込むようだ。
アレクサンドルは微動だにせず、直立不動でポルカを見ていたが、ふっと顔を上げた。
「…………!」
視線がぶつかる。
アレクサンドルはカガミのことを見ていた。
「な、なんで……こっちを……、アレクサンドル様、危ない……前を前を見てください!」
今まで大きな声援が耳に入っていたが、それが全部聞こえなくなる。対戦中に余所見なんてしたら、大怪我を負ってしまう。
カガミは柵から身を乗り出し、前を見てほしいと合図する。
ポルカの手から、大きな炎の玉がアレクサンドルに向かって放たれた。
アレクサンドルはまだ前を見ない。それどころかカガミのことを見て、微笑んだ。
来てくれてありがとう。
そう口元が動いたように見えて、カガミは絶叫した。
「アレクサンドル様――――!!」
182
お気に入りに追加
284
あなたにおすすめの小説
このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。
嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。
イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。
娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。
愛しのお姉様(悪役令嬢)を守る為、ぽっちゃり双子は暗躍する
清澄 セイ
ファンタジー
エトワナ公爵家に生を受けたぽっちゃり双子のケイティベルとルシフォードは、八つ歳の離れた姉・リリアンナのことが大嫌い、というよりも怖くて仕方がなかった。悪役令嬢と言われ、両親からも周囲からも愛情をもらえず、彼女は常にひとりぼっち。溢れんばかりの愛情に包まれて育った双子とは、天と地の差があった。
たった十歳でその生を終えることとなった二人は、死の直前リリアンナが自分達を助けようと命を投げ出した瞬間を目にする。
神の気まぐれにより時を逆行した二人は、今度は姉を好きになり協力して三人で生き残ろうと決意する。
悪役令嬢で嫌われ者のリリアンナを人気者にすべく、愛らしいぽっちゃりボディを武器に、二人で力を合わせて暗躍するのだった。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる