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本編
⑬ ゆっくりお茶を飲んでいられないのです!
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不可能なことを可能にするには、事前準備を念入りにすることだ。何度も頭の中でシミュレーションをし、あらゆることを想定して、それに備える。
そう、今できることはそれしかない。
慣れない正装に身を包んだカガミは、鏡の中に映る自分を見てため息をついた。
突然の指名依頼は、バスチンが恋人からもらった指輪を探すこと。それはいいのだが、場所が場所だけに、軽い気持ちで行くことなどできない。
たった一度きりの特別切符に加えて、誰にも知られずに見つけて回収する必要があるのだ。
「よく似合っているじゃないか。やはり白にして正解だったな」
隣に立って鏡を覗き込んできたのはアレクサンドルだ。彼は上下黒の騎士服をカッコよく着こなしているが、カガミは上下真っ白のスーツだ。お貴族様のコートと呼ばれる上着は、裾に金糸の刺繍があり、丈も長めにできている。貧相な体でも少しだけ立派に見える気がした。
バスチンが言った通り、王太子からのお茶会の誘いはその日の夜に邸へ届いた。当然出席しなければいけないことになったが、着ていけるような服がない。どうしようかと悩むカガミに、アレクサンドルがプレゼントしてくれたのがこの服だ。
推しに服を貰えるなんて、こんなに嬉しいことはない。すぐ踊り出したい気分だが、今は複雑すぎる思いに涙が出そうだ。
まさか、白を選択されると思わなかった。これで庭に出て探し物なんてしたら、すぐに汚れてしまう。
「どうした? 何か嫌なことでもあったのか?」
「え? いや、違うんです。ちょっと緊張して……」
「そうか。一度会ったとは思うが、悪い人ではない。カガミは適当に話を合わせておけばいい。受け答えは俺がするから、心配しないでくれ」
アレクサンドルは微笑んで元気づけるように背中を叩いてくれた。その優しさにも目が潤んでしまう。
色々考えたが、アレクサンドルには言えなかった。彼を巻き込んで、今後の昇進に何かあったら大変なことになってしまう。誰よりも高みに上ってほしい人に傷はつけられない。
指輪を探したことにして、やはりなかったと返事をするのも考えた。
しかし、泣きながら助けてくれと訴えてきたバスチンの顔を思い出すと、切り捨てることができない。
それほど親しくはなかったが、好きな人に嫌われたくないという彼の姿に心を打たれた。
やれるだけ、やってみよう。
それがカガミの出した答えだった。
「カガミ、ちょっと頭を上げてくれ」
「はい」
アレクサンドルに声をかけられ、考え込んでいたカガミはハッとして顔を上げる。すると、ゴソゴソとポケットから何か取り出したアレクサンドルは、カガミの前髪に触れた。
「ん? 何ですか?」
「その、う、上手く切れなかったのが、悪いと思ってな……よかったら使ってくれ」
鏡の中の自分に目線を送ると、おでこが出ており、前髪がピンで留められているのが見えた。
「あれ? 髪留め……ですか?」
「そうだ。どこにでもある、大したものじゃない」
それはシンプルな丸い形の髪留めで、最初は白く見えたが、だんだんと緑色に変化した。
「あれ、色が変わりました」
「あ……ああ、俺の魔力に反応したのか……」
「魔力? 本当にどこにでもある物ですか? こんなの見たことが……」
「さっ、そろそろ行くぞ。今日は馬車だから……おっと、来たみたいだ」
色が変化するなんて、まるで魔法具みたいだ。
カガミは髪留めに触れた。どんな品物でも、気にして買ってきてくれたのだと思うと嬉しくなる。
照れたように鼻を擦りながら、アレクサンドルは先に部屋を出ていく。
耳が赤くなっていたのが見えて、照れ屋で優しい人なんだなと思うと、胸はトクンと鳴って熱くなる。
カガミも赤くなった頬を隠すように下を向き、先に行ってしまったアレクサンドルの後を追った。
カガミが知っている宮殿庭園は、どこもかしこも美しかったが、もっと美しいものがあることを知った。
美しく計算されて切られた葉、成長する角度まで揃えられているかのような植物達。中心にある噴水からは、キラキラと輝く水が流れ、自然の中にいるのに、何一つ自然を感じさせない場所という不思議な空間に思えた。
カガミとアレクサンドルは、王太子のトリスタンに呼ばれ、王族専用の庭園に足を踏み入れた。
木々を見上げると、遊びに来ているのか、鳥さん達が枝に留まっているのが見えた。オレンジ色の長い羽根を持つ、これまた珍しくて美しい鳥だ。王族のための庭園に合わせて作られたかのような存在感に圧倒されてしまう。
「どうだ? 気に入ったか?」
「え? あ、はい! どこを見ても優雅で気品があって……美しいしか……言えないです……すみません」
「はははっ、反応がいい。私の周りは人形のような連中ばかりだから、新鮮でいいな。異世界部ではなく、私の下で働かないか?」
「ええ!?」
先に庭園を散歩していたトリスタンが近づいてきて、挨拶をしたら早速変な冗談を言われてしまう。
何と返せばいいのか頭がぐるぐるになっていると、トリスタンとの間に、スッとアレクサンドルが入ってきた。
「殿下、お戯れが過ぎます。カガミを困らせないでください」
アレクサンドルが平然と庇ったので、カガミもトリスタンも目を丸くして驚く。
そんな言い方をして大丈夫なのかとカガミは青くなったが、トリスタンの方は、これは面白いと言い、吹き出して笑った。
「思っていた以上の成果だ。もう愛情が芽生えたのか? 婚約者として認めたのだな」
「殿下、カガミとは友人として友好的な関係を築いています。気を回してくださりありがたいのですが、結婚に関しては、家門との関係を考慮し、諸々の問題が片付いた後にでも……」
「まだそんなことを……! カガミはただの友人、結婚相手は後々と言いながら一生一人でいるつもりだろう!!」
「……必要とあればします」
「いや、お前のことだから、いつ死んでもいいなどと思っているのだろう! 危険とあれば、止められても飛び込んでいく男だ。そんな生き方をしていてはいけない!」
二人の間に険悪な空気が流れるが、カガミは一人、嬉しさが爆発しそうで無表情を保つのに必死だ。
アレクサンドルが自分を友人だと言ってくれた。
推しから友人認定をもらえたのだ。飛び上がって叫びたいくらいなのにそれができない。
手を震わせ唇を噛んでいると、振り返ったアレクサンドルが肩を叩いてきた。
「殿下、カガミが怖がっています。ここであまり言い争うのは……」
「……そうだったな。カガミ、せっかく来てもらったのに申し訳ない」
「いえ……はい、え……いや……」
よく分からないが二人が勘違いしてくれたらしく、ニヤつきそうになる顔を見られずにすんだ。
アレクサンドルが言ってくれた友人という言葉が頭を回り、ふわふわとした気持ちになる。ガゼボにお茶の用意があるとかで、場所を移動することになった。
「到着早々、変なところを見られてしまったな。気を悪くしていなければいいが」
「い、いえ。そんな……」
カガミが持つカップの中には花びらが浮いている。どう飲んだらいいか分からず、ぐるぐると回してしまう。そこで、対面に座っているトリスタンに話しかけられ、慌てて姿勢を正した。
変なところと言われたが、学生時代からの仲だという二人の空気が感じられた一幕だった。トリスタンは少し横暴な印象があったが、あの様子だと、彼なりにアレクサンドルのことを気遣っているように思える。
アレクサンドルはカガミの隣に座り、優雅にお茶を口にしている。微妙な空気だったが、ようやく落ち着いたようだ。
「友人か……。どうやら仲良くはなったようだな」
「カガミは古くなった邸を修理し、綺麗にしてくれたのです。使用人にと知り合いを紹介してくれて、やっと人も居着いてくれるようになりました。彼にはとても感謝をしているのです」
「いえ……あの、異世界部の仕事でも色々やっておりまして……趣味というか、つい手が出てしまう性格でして……」
推しの友人にまで友人認定をしてもらい、つい顔が綻んでしまう。カガミの浮かれている様子をトリスタンはじっと見つめてきた。
「うーん、何とも言えん。ただ明らかに違う反応ではあるが……」
「え?」
何やら独り言を呟きながら、トリスタンは額に手を当てる。少し考えた後、そうだと言って座り直した。
「カガミ、十五の女性にプレゼントを贈ろうと思うのだが、どんなものがいいと思うか?」
「え? 十五歳……の子ですか?」
「殿下の婚約者であらせられる、隣国のユリス王女だ。再来月誕生日をお迎えになる」
その時カガミは、アズマから聞いていた、この世界の元であるゲームの中のトリスタンルートを思い出した。トリスタンにはもともと決められた婚約者がいた。婚約当時、相手はまだ幼く二人には年齢差があった。それからは似姿絵を交わす程度の関係。そこに主人公が現れて惹かれ合うが、婚約者の存在が二人を苦悩させることとなる。
そんな話だったなと頷いたカガミだが、ティーンへのプレゼントを聞かれて首を傾げた。
日本にいた頃にティーンのアイドルを推していた身からすると、考えられるものもある。
「ドレスとかはどう思う?」
衣服は好きなブランドを把握していても、形やサイズ、着心地、全てをクリアしないと本当に喜ばれない。
カガミはメガネのブリッジを指で押し上げ、キラリと光らせた。
「それは難しいと思います。好みや流行があるので、避けた方が無難かと。メイク用品も男は詳しくないのでやはり避けるべきです。香水も好みが大きく出ますのでよろしくないですね」
「そうか……やけに詳しいな……」
「お客には若い女性も多いので、話を聞く機会がたくさんありまして……。無難なところはやはり装飾品でしょう。多少好みから外れても、服装に合えば使ってもらえます」
「装飾品か。帽子や首飾り……」
「そうですね。後は腕輪や指…………指輪!?」
調子良くトリスタンの話に乗っていたら、すっかり忘れていたことを思い出す。緊張と友人認定に喜び過ぎて、バスチンに頼まれた指輪探しが頭の中から消えていた。
「ああ、指輪もいいな。マジックリングではなく、まずは親愛の指輪を贈るとかはどうだろう?」
「い……いい、ですね。いいと思います」
もうトリスタンの話が耳に届かない。頭の中は、どう指輪探しをするかでいっぱいだ。適当に相槌を打ちながら、カガミは庭園を見渡した。
バスチンから詳細は聞いている。
庭園警備に就いたバスチンは、入口付近に立っていたそうだ。庭園内は頑丈な建物に囲まれており、特殊な魔法がかけられているため侵入者が入る隙はない。
警備の騎士は必要以上に近寄らないそうだ。壁の花になっていたと彼は語っていた。
しかし一度だけその場から離れた。それはトリスタンが持ってきていた書類が地面に落ちたからだ。
数枚散らばって風に乗り、バスチンの方まで飛んできた。そのためバスチンは書類を拾い、急いでトリスタンに手渡した。
壁から離れたのはその一度だけ。
つまり、ポケットからこぼれ落ちたならその時だ。バスチンが書類を拾ったとされる場所を中心に探せばいい。
「あ……あの、ちょっと庭園の中を散歩してもいいですか? 植物に興味がありまして、植木のカットも綺麗なので勉強したいです」
「ああ、構わない。好きに回ってくれ。私はこちらでアレクと少し話をしよう」
二人で話があるようなのでちょうどいい。完全にフリーになったカガミは、逸る気持ちを抑えながらゆっくり立ち上がる。
のんびり散歩中ですという空気を出し、軽く葉に触れたり、花の匂いを噛んでみたりしながら、聞かされていた場所に近づく。
すると幸運なことにそこはガゼボからは死角になり、見えない位置にあった。今だと息を呑んだカガミは、腰を下ろして地面を丹念に調べていく。
パッとみた感じだと、草は綺麗にカットされており、ゴミはおろか落ち葉すらない。
――ない
――ない、ない
――どこにも見つからない
指輪は転がる可能性が高い。転がったとしたらと仮定し、それらしい場所をしらみ潰しに確認していく。
汚れないようにと気をつけていたが、いっこうに見つからない。カガミは苛立ち、いつしか地面に膝をつき、必死になって草を分けていた。
「カガミ? どうした? 泥だらけだぞ」
夢中になり過ぎていて、後ろの気配に気づかなかった。話し合いが終わったのか、いつの間にか二人が背後に立っていた。
――やばい……
「はっ、はははっ、すみません。私、良い土を見ると触らないと気が済まなくなるタチでして」
苦し紛れの言い訳を飛び出すと、二人とも目を丸くして驚いている。
「殿下、カガミは真面目な男なのです。ここでも仕事のことを考えてしまったのでしょう」
「そうか、そんなに土が気に入ったなら袋に入れて送ろう。それより着替えだ。部屋を貸すからそこで……」
アレクサンドルがナイスフォローをしてくれたが、さすがにマズい状況だ。
着替えろと言われて、これ以上引き延ばせない。庭園を出たら、戻っては来られないだろう。
もう、無理だ。
そう思った瞬間、カガミの頭上に影が落ちてきた。何だろうと顔を上げたカガミは、うわぁぁッと悲鳴を上げた。
そう、今できることはそれしかない。
慣れない正装に身を包んだカガミは、鏡の中に映る自分を見てため息をついた。
突然の指名依頼は、バスチンが恋人からもらった指輪を探すこと。それはいいのだが、場所が場所だけに、軽い気持ちで行くことなどできない。
たった一度きりの特別切符に加えて、誰にも知られずに見つけて回収する必要があるのだ。
「よく似合っているじゃないか。やはり白にして正解だったな」
隣に立って鏡を覗き込んできたのはアレクサンドルだ。彼は上下黒の騎士服をカッコよく着こなしているが、カガミは上下真っ白のスーツだ。お貴族様のコートと呼ばれる上着は、裾に金糸の刺繍があり、丈も長めにできている。貧相な体でも少しだけ立派に見える気がした。
バスチンが言った通り、王太子からのお茶会の誘いはその日の夜に邸へ届いた。当然出席しなければいけないことになったが、着ていけるような服がない。どうしようかと悩むカガミに、アレクサンドルがプレゼントしてくれたのがこの服だ。
推しに服を貰えるなんて、こんなに嬉しいことはない。すぐ踊り出したい気分だが、今は複雑すぎる思いに涙が出そうだ。
まさか、白を選択されると思わなかった。これで庭に出て探し物なんてしたら、すぐに汚れてしまう。
「どうした? 何か嫌なことでもあったのか?」
「え? いや、違うんです。ちょっと緊張して……」
「そうか。一度会ったとは思うが、悪い人ではない。カガミは適当に話を合わせておけばいい。受け答えは俺がするから、心配しないでくれ」
アレクサンドルは微笑んで元気づけるように背中を叩いてくれた。その優しさにも目が潤んでしまう。
色々考えたが、アレクサンドルには言えなかった。彼を巻き込んで、今後の昇進に何かあったら大変なことになってしまう。誰よりも高みに上ってほしい人に傷はつけられない。
指輪を探したことにして、やはりなかったと返事をするのも考えた。
しかし、泣きながら助けてくれと訴えてきたバスチンの顔を思い出すと、切り捨てることができない。
それほど親しくはなかったが、好きな人に嫌われたくないという彼の姿に心を打たれた。
やれるだけ、やってみよう。
それがカガミの出した答えだった。
「カガミ、ちょっと頭を上げてくれ」
「はい」
アレクサンドルに声をかけられ、考え込んでいたカガミはハッとして顔を上げる。すると、ゴソゴソとポケットから何か取り出したアレクサンドルは、カガミの前髪に触れた。
「ん? 何ですか?」
「その、う、上手く切れなかったのが、悪いと思ってな……よかったら使ってくれ」
鏡の中の自分に目線を送ると、おでこが出ており、前髪がピンで留められているのが見えた。
「あれ? 髪留め……ですか?」
「そうだ。どこにでもある、大したものじゃない」
それはシンプルな丸い形の髪留めで、最初は白く見えたが、だんだんと緑色に変化した。
「あれ、色が変わりました」
「あ……ああ、俺の魔力に反応したのか……」
「魔力? 本当にどこにでもある物ですか? こんなの見たことが……」
「さっ、そろそろ行くぞ。今日は馬車だから……おっと、来たみたいだ」
色が変化するなんて、まるで魔法具みたいだ。
カガミは髪留めに触れた。どんな品物でも、気にして買ってきてくれたのだと思うと嬉しくなる。
照れたように鼻を擦りながら、アレクサンドルは先に部屋を出ていく。
耳が赤くなっていたのが見えて、照れ屋で優しい人なんだなと思うと、胸はトクンと鳴って熱くなる。
カガミも赤くなった頬を隠すように下を向き、先に行ってしまったアレクサンドルの後を追った。
カガミが知っている宮殿庭園は、どこもかしこも美しかったが、もっと美しいものがあることを知った。
美しく計算されて切られた葉、成長する角度まで揃えられているかのような植物達。中心にある噴水からは、キラキラと輝く水が流れ、自然の中にいるのに、何一つ自然を感じさせない場所という不思議な空間に思えた。
カガミとアレクサンドルは、王太子のトリスタンに呼ばれ、王族専用の庭園に足を踏み入れた。
木々を見上げると、遊びに来ているのか、鳥さん達が枝に留まっているのが見えた。オレンジ色の長い羽根を持つ、これまた珍しくて美しい鳥だ。王族のための庭園に合わせて作られたかのような存在感に圧倒されてしまう。
「どうだ? 気に入ったか?」
「え? あ、はい! どこを見ても優雅で気品があって……美しいしか……言えないです……すみません」
「はははっ、反応がいい。私の周りは人形のような連中ばかりだから、新鮮でいいな。異世界部ではなく、私の下で働かないか?」
「ええ!?」
先に庭園を散歩していたトリスタンが近づいてきて、挨拶をしたら早速変な冗談を言われてしまう。
何と返せばいいのか頭がぐるぐるになっていると、トリスタンとの間に、スッとアレクサンドルが入ってきた。
「殿下、お戯れが過ぎます。カガミを困らせないでください」
アレクサンドルが平然と庇ったので、カガミもトリスタンも目を丸くして驚く。
そんな言い方をして大丈夫なのかとカガミは青くなったが、トリスタンの方は、これは面白いと言い、吹き出して笑った。
「思っていた以上の成果だ。もう愛情が芽生えたのか? 婚約者として認めたのだな」
「殿下、カガミとは友人として友好的な関係を築いています。気を回してくださりありがたいのですが、結婚に関しては、家門との関係を考慮し、諸々の問題が片付いた後にでも……」
「まだそんなことを……! カガミはただの友人、結婚相手は後々と言いながら一生一人でいるつもりだろう!!」
「……必要とあればします」
「いや、お前のことだから、いつ死んでもいいなどと思っているのだろう! 危険とあれば、止められても飛び込んでいく男だ。そんな生き方をしていてはいけない!」
二人の間に険悪な空気が流れるが、カガミは一人、嬉しさが爆発しそうで無表情を保つのに必死だ。
アレクサンドルが自分を友人だと言ってくれた。
推しから友人認定をもらえたのだ。飛び上がって叫びたいくらいなのにそれができない。
手を震わせ唇を噛んでいると、振り返ったアレクサンドルが肩を叩いてきた。
「殿下、カガミが怖がっています。ここであまり言い争うのは……」
「……そうだったな。カガミ、せっかく来てもらったのに申し訳ない」
「いえ……はい、え……いや……」
よく分からないが二人が勘違いしてくれたらしく、ニヤつきそうになる顔を見られずにすんだ。
アレクサンドルが言ってくれた友人という言葉が頭を回り、ふわふわとした気持ちになる。ガゼボにお茶の用意があるとかで、場所を移動することになった。
「到着早々、変なところを見られてしまったな。気を悪くしていなければいいが」
「い、いえ。そんな……」
カガミが持つカップの中には花びらが浮いている。どう飲んだらいいか分からず、ぐるぐると回してしまう。そこで、対面に座っているトリスタンに話しかけられ、慌てて姿勢を正した。
変なところと言われたが、学生時代からの仲だという二人の空気が感じられた一幕だった。トリスタンは少し横暴な印象があったが、あの様子だと、彼なりにアレクサンドルのことを気遣っているように思える。
アレクサンドルはカガミの隣に座り、優雅にお茶を口にしている。微妙な空気だったが、ようやく落ち着いたようだ。
「友人か……。どうやら仲良くはなったようだな」
「カガミは古くなった邸を修理し、綺麗にしてくれたのです。使用人にと知り合いを紹介してくれて、やっと人も居着いてくれるようになりました。彼にはとても感謝をしているのです」
「いえ……あの、異世界部の仕事でも色々やっておりまして……趣味というか、つい手が出てしまう性格でして……」
推しの友人にまで友人認定をしてもらい、つい顔が綻んでしまう。カガミの浮かれている様子をトリスタンはじっと見つめてきた。
「うーん、何とも言えん。ただ明らかに違う反応ではあるが……」
「え?」
何やら独り言を呟きながら、トリスタンは額に手を当てる。少し考えた後、そうだと言って座り直した。
「カガミ、十五の女性にプレゼントを贈ろうと思うのだが、どんなものがいいと思うか?」
「え? 十五歳……の子ですか?」
「殿下の婚約者であらせられる、隣国のユリス王女だ。再来月誕生日をお迎えになる」
その時カガミは、アズマから聞いていた、この世界の元であるゲームの中のトリスタンルートを思い出した。トリスタンにはもともと決められた婚約者がいた。婚約当時、相手はまだ幼く二人には年齢差があった。それからは似姿絵を交わす程度の関係。そこに主人公が現れて惹かれ合うが、婚約者の存在が二人を苦悩させることとなる。
そんな話だったなと頷いたカガミだが、ティーンへのプレゼントを聞かれて首を傾げた。
日本にいた頃にティーンのアイドルを推していた身からすると、考えられるものもある。
「ドレスとかはどう思う?」
衣服は好きなブランドを把握していても、形やサイズ、着心地、全てをクリアしないと本当に喜ばれない。
カガミはメガネのブリッジを指で押し上げ、キラリと光らせた。
「それは難しいと思います。好みや流行があるので、避けた方が無難かと。メイク用品も男は詳しくないのでやはり避けるべきです。香水も好みが大きく出ますのでよろしくないですね」
「そうか……やけに詳しいな……」
「お客には若い女性も多いので、話を聞く機会がたくさんありまして……。無難なところはやはり装飾品でしょう。多少好みから外れても、服装に合えば使ってもらえます」
「装飾品か。帽子や首飾り……」
「そうですね。後は腕輪や指…………指輪!?」
調子良くトリスタンの話に乗っていたら、すっかり忘れていたことを思い出す。緊張と友人認定に喜び過ぎて、バスチンに頼まれた指輪探しが頭の中から消えていた。
「ああ、指輪もいいな。マジックリングではなく、まずは親愛の指輪を贈るとかはどうだろう?」
「い……いい、ですね。いいと思います」
もうトリスタンの話が耳に届かない。頭の中は、どう指輪探しをするかでいっぱいだ。適当に相槌を打ちながら、カガミは庭園を見渡した。
バスチンから詳細は聞いている。
庭園警備に就いたバスチンは、入口付近に立っていたそうだ。庭園内は頑丈な建物に囲まれており、特殊な魔法がかけられているため侵入者が入る隙はない。
警備の騎士は必要以上に近寄らないそうだ。壁の花になっていたと彼は語っていた。
しかし一度だけその場から離れた。それはトリスタンが持ってきていた書類が地面に落ちたからだ。
数枚散らばって風に乗り、バスチンの方まで飛んできた。そのためバスチンは書類を拾い、急いでトリスタンに手渡した。
壁から離れたのはその一度だけ。
つまり、ポケットからこぼれ落ちたならその時だ。バスチンが書類を拾ったとされる場所を中心に探せばいい。
「あ……あの、ちょっと庭園の中を散歩してもいいですか? 植物に興味がありまして、植木のカットも綺麗なので勉強したいです」
「ああ、構わない。好きに回ってくれ。私はこちらでアレクと少し話をしよう」
二人で話があるようなのでちょうどいい。完全にフリーになったカガミは、逸る気持ちを抑えながらゆっくり立ち上がる。
のんびり散歩中ですという空気を出し、軽く葉に触れたり、花の匂いを噛んでみたりしながら、聞かされていた場所に近づく。
すると幸運なことにそこはガゼボからは死角になり、見えない位置にあった。今だと息を呑んだカガミは、腰を下ろして地面を丹念に調べていく。
パッとみた感じだと、草は綺麗にカットされており、ゴミはおろか落ち葉すらない。
――ない
――ない、ない
――どこにも見つからない
指輪は転がる可能性が高い。転がったとしたらと仮定し、それらしい場所をしらみ潰しに確認していく。
汚れないようにと気をつけていたが、いっこうに見つからない。カガミは苛立ち、いつしか地面に膝をつき、必死になって草を分けていた。
「カガミ? どうした? 泥だらけだぞ」
夢中になり過ぎていて、後ろの気配に気づかなかった。話し合いが終わったのか、いつの間にか二人が背後に立っていた。
――やばい……
「はっ、はははっ、すみません。私、良い土を見ると触らないと気が済まなくなるタチでして」
苦し紛れの言い訳を飛び出すと、二人とも目を丸くして驚いている。
「殿下、カガミは真面目な男なのです。ここでも仕事のことを考えてしまったのでしょう」
「そうか、そんなに土が気に入ったなら袋に入れて送ろう。それより着替えだ。部屋を貸すからそこで……」
アレクサンドルがナイスフォローをしてくれたが、さすがにマズい状況だ。
着替えろと言われて、これ以上引き延ばせない。庭園を出たら、戻っては来られないだろう。
もう、無理だ。
そう思った瞬間、カガミの頭上に影が落ちてきた。何だろうと顔を上げたカガミは、うわぁぁッと悲鳴を上げた。
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