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第二章
⑥告白
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「シャツを……失礼します」
恐る恐る声をかけると目の前の男は、優雅に座ったまま慣れた様子で目で返事をしてきた。
俺のような身分の者が近づくことなど許されない人なのに、呼吸が感じられるくらい間近にいるのが信じられなかった。
失礼のないようにと冷や汗をかきながら、ボタンを外していくと鍛えられた体が出てきたので、なるべく見ないようにしながら、濡れた箇所を拭いた。
「今日はさ、君に会いに来たんだ」
「ええ…!?」
「上手く行っただろう。わざと自分が汚れるように演出するのもなかなか……」
動揺しながら後ろに回ってシャツを脱がせると、わざわざ振り返ってまで俺の様子を見ようとしてくるので、冗談はおやめくださいと小さな声で弱々しい抗議をした。
「冗談ではないよ。君に昔話を聞かせたかったんだ」
新しいシャツを着せて、前のリボンを結んでいると、相変わらず俺の目を遠慮なしに覗き込んでくるキリシアンは謎の微笑みを顔に浮かべていた。
キリシアンは俺が着替えに集中して何も言わないのをいいことに勝手に話を進め始めた。
「むかしむかし、あるところに一人の王さまがいました。王さまには三人の王子がいて、王さまは特に二番目の王子を愛していました。そうなると一番目の王子はとっても気に入らなくて、二番目の王子をずっと憎らしく思っていました」
急にお伽話みたいなものが始まって、目を丸くしたが、キリシアンは俺の様子に構うことなく、淡々と話し始めたので、俺はとりあえず止めていた手を再び動かし始めた。
「大きくなって、このままだと自分は王にはなれないと思った一番目の王子は、侍女に罪をなすりつけて、二番目の王子を毒殺します。二番目の王子を失った悲しみで王さまは病に倒れて死んでしまいます。そうして、一番目の王子は上手く王さまになりました」
キリシアンはペラペラと喋っていたのに突然黙ってしまい、辺りが静かになったので俺は、え? っと聞き返してしまった。
「それで…終わりですか?」
いくらなんでも味気ない終わり方につい声が出てしまったが、キリシアンはそれを待っていたように笑った。
「…ミケイド、君ならこの続きはどんなお話だと思う?」
楽しそうにそう言われて俺は考え込んだ。これでは毒殺されてしまった二番目の王子が可哀想だと思ってしまった。
「実は二番目の王子が生きていて…とかですか?」
「残念ながらそれはない。龍石になってしまったからな」
龍石と聞いて、ポンと思い浮かんだのは龍王様の伝記に出てきた言葉だった。
「確か……、龍の血を継ぐ方は、亡くなると目だけが結晶化して宝石のようになって残るとか…」
「そうだ。通常の状態の時の色がそのまま宝石のようになる。さぁミケイド、続きだ。二番目の王子が可哀想なら復讐をするか? 誰を動かして? どこまでやる?」
キリシアンにぐいぐいと答えを迫られて俺はごくりと唾を飲んだ。いったい何をしているのか疑問しかなかったが、思ったことを素直に言うことにした。
「そ…その……、俺は……悲しいことはもう終わりにしたいです。龍石がこの世に残るのは…きっと後の人達の幸せを見届けたいと思うからじゃないでしょうか……争う心を捨てて……悲しみを解放してもらいたいと……」
俺が拙い意見でそう言うと、キリシアンは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにニヤッと口の端を上げて笑った。
「君は甘いね。テーブルに並んだ砂糖菓子みたいに甘い……。現実はさ、もっと冷たくて暗いものだ。例えば登場人物が全員死んでしまう話なんてどうかな? それで、黒龍の一族が政権を取るとか?」
突然何を言い出すのかと俺は後ろに一歩引いた。キリシアンが作ったお伽話だと思っていたのに、その言い方はまるで……。
「もしかして……それは…ただのお伽話ではないのですか?」
「さあね、どうだろう」
キリシアンはおかしそうな顔になって、クスクスと笑った。こっちは胃の辺りが冷えてとても楽しい気分にはなれなかった。
「そういえば、三番目の王子だけど、彼は二番目の王子をとても愛していた。彼がいなくなった後も龍石を隠して手放さないくらい。三番目の王子の息子はずっと疑問だった。なぜそこまでと……。でもある日その龍石をこっそり見てしまった……。その龍石の美しさに息子もまた心を奪われた。どうしても気になって二番目の王子のことを調べ出したら、あることが分かった……」
キリシアンの話の方向が急に変わったので、俺はついつい、聞き入ってしまった。
何が語られるのかと、ドキドキしながら続きを待っていたが、キリシアンは優雅に微笑んだ後、今日はここまでと言った。
真剣に気になってしまった俺がバカだった。次などあるはずがない。さすがにため息はつけないので分かったという意味を込めて下を向いて目を伏せた。
「さて……。上は着替えられたが、下にも数滴飛んでいるな。もちろん、これも替えの服と交換してくれ」
「は…はい、すぐに…」
立ち上がったキリシアンの側に寄ってズボンを脱がせた。下着姿など直視できないので、手早く着替えに取り掛かろうとしたら、バタバタと足音が聞こえてきて、お待ちくださいという複数の声が聞こえてきた。
誰が何を待つ必要があるのかとポカンとしていたら、ドンドンと激しめのノックの音が聞こえてきた。
「殿下! 失礼します! ベルナ宰相より急な案件でお話がしたいとのことです。至急王城へお戻りください!」
どうやら伝令のようだが、聞き覚えのある声に体がピクリと反応してしまった。
「……来るとは思っていたが、早かったな。俺が寄り道していると聞いて飛んできたんだろう。最もらしい話を持ってくるのがヤツらしい」
ニヤニヤと楽しそうに笑いながら、キリシアンはボソリと呟いた後、入れと声をかけてしまった。
まだ下着姿なので俺は慌てたが、大勢の使用人がいるキリシアンは、これもまた慣れているのかもしれない。
失礼しますと返事があってドアが開けられると、中に入ってきたのはカルセインだった。
いつも完璧な髪が少し乱れていて、疲れているように見えた。
今日は確か王城で会議のはずだった。
まさかキリシアンを呼び出すために、わざわざ公爵であるカルセインが伝えにくるなんて考えられなかった。
下着姿のキリシアンの目の前に、俺はちょうど膝を曲げてしゃがんでいたので、誤解はしないと思うが気まずい格好だった。
カルセインはわずかに眉を動かしたが、いつも通りの冷静な様子に見えた。
「カルセイン、君がわざわざ伝えにくるなんて、よほどのことなんだろうな」
「……たまたま、同じ会議に私がおりましたので、殿下が突然パーティーに寄られたとお聞きして、帰り道でしたから私から申し出たのです。宰相がずいぶんとお困りのようでしたので。ただ、内容については伏せられておりました」
キリシアンに目で合図をされて、俺は代わりの服をサッと足に通した。
ベストやコート付けてから綺麗に整えたら身支度は完了した。
「メイズ嬢の婚約が決まったらしいな。すぐに結婚の予定もあるとか?」
「ええ……。その通りです」
「彼女は特別な女性だからな。メイズ嬢が産む子供は確実にヴァルトデイン王国の行末を左右するような力を持つことになる。それをよく思わない勢力があることは……まあ、分かっているだろう」
「……はい。最強の騎士団を付けております」
過去に何度も暗殺の危機に合ったというメイズ。無事に成長することができたが、このタイミングで何か仕掛けようとするのは当然だろう。
……そう、ここにいる俺のような存在はその一端かもしれない。
第二第三の手が用意されていても不思議ではない。
「カルセイン、君とはもっと深い話がしたいと思っていたんだ。城では耳が多くてね。こちらから連絡するよ」
分かりましたと言ってカルセインは頭を下げた。
なんとも言えない空気が流れた。お互い腹の中を探り合うようなピリピリとする空気だった。
「それじゃあ、ミケイド。今日は助かったよ」
「いい…いえ、そんな…私のことなど」
もう声などかけられないと思っていたのに、キリシアンは一歩下がっている俺の方へ近づいてきて、自然に手を取った後、口元を寄せてきて甲にキスをした。
音を立てないことが礼儀というか美徳とされているのに、チュッと高い音を立ててきた。
錯覚かもしれないが、まるで見せつけるようにという言葉が頭に浮かんだ。
言葉をなくして口を開けたまま固まる俺に、微笑んだキリシアンは、ではまたと言いながらウィンクしてから俺に背を向けた。
カルセインが声をかけると、外にいる使用人がドアを開けて、キリシアンは頷いた後、颯爽と部屋を出て行った。
まったく嵐のような人だった。
ドアが閉まった後、力が抜けて足から崩れそうにだった。
それに今カルセインと二人というのは、なぜかとっても気まずかった。
メイズのところへ戻らないといけないので、それを口実に出て行こうしたら、いつのまにかすぐ側に来ていたカルセインにぐっと腕を掴まれた。
「……カルセイン様……あの、もう戻らないと……」
「メイズなら大丈夫だ。まだ、パーティーは続いている」
引き寄せられて、カルセインの腕の中に捕らわれた。カルセインに抱きしめられる度に、喜びと不安が胸によぎる。
この温もりが永遠ではないことは分かっている。つかの間の熱に溺れて消えてしまいたいと思いながら、カルセインの背中に手を回した。
「部屋に入った時、キリシアン殿下と一緒にいるミケイドを見て、頭に血が上った。腹が熱くて怒りでおかしくなりそうだ。もう少しで殿下を殴ってしまいそうだった」
冷静に見えたカルセインだったが、ようやく緊張が解けたのか、俺の頭に顔を擦り寄せてきた。こんな時、彼が年下だということを意識してしまう。
そしてもっと甘えて欲しいと思う自分がいることも……。
ツンツンと唇を指で叩かれて顔を上げたら、すぐにカルセインの唇が落ちてきて重なった。
こうやって隠れて触れ合うようになってから、もう数えきれないくらいキスをしている。
いつもキスをすると、激しく求められて、それだけで体も心もトロトロになってしまう。
しかし今日はやけに長く唇を合わせてから、わずかに吸い付く音を立ててカルセインは唇を離した。もっと濃厚なキスを期待していたのに、離れていってしまったカルセインを寂しく思いながら見上げたら、やけに真剣な視線が俺に降り注いでいた。
まさかと思いながら俺の体は痺れた。真剣に思い詰めたような瞳。わずかに開いた唇から息を吸い込んだ音を聞いた時、これから何を言われるのか悟ってしまった。
「ミケイドを…誰にも取られたくない。俺は……」
「だっ…カルセイン様!」
本当は気がついていた。
キスをする度、体を重ねる度、舌を指を絡めて快感に熱に震えながら、カルセインから漏れ出した思いが俺を包んでいた。
知らない知らない
そんなのは知らない
だってそんな気持ち向けられたことなんてなかったから。
いつだって偽りでかりそめで、本物なんて俺には手に入らない。
雲のずっとずっと上にあって、見ることすら叶わない。
身分も立場も何もかも違いすぎる。
こんなに遠い人を求めてはいけない。
自分に何ができる、傷つけようとしている自分は彼にとって悪でしかない。
必死に押し込めていた。
見ないように気づかないように。
俺はいつかきっとこの人の全てを裏切って恨まれることになる。
だから言わないで
それを聞いたら戻れない
「お前が……好きだ」
だって
俺も同じだから
□□□
恐る恐る声をかけると目の前の男は、優雅に座ったまま慣れた様子で目で返事をしてきた。
俺のような身分の者が近づくことなど許されない人なのに、呼吸が感じられるくらい間近にいるのが信じられなかった。
失礼のないようにと冷や汗をかきながら、ボタンを外していくと鍛えられた体が出てきたので、なるべく見ないようにしながら、濡れた箇所を拭いた。
「今日はさ、君に会いに来たんだ」
「ええ…!?」
「上手く行っただろう。わざと自分が汚れるように演出するのもなかなか……」
動揺しながら後ろに回ってシャツを脱がせると、わざわざ振り返ってまで俺の様子を見ようとしてくるので、冗談はおやめくださいと小さな声で弱々しい抗議をした。
「冗談ではないよ。君に昔話を聞かせたかったんだ」
新しいシャツを着せて、前のリボンを結んでいると、相変わらず俺の目を遠慮なしに覗き込んでくるキリシアンは謎の微笑みを顔に浮かべていた。
キリシアンは俺が着替えに集中して何も言わないのをいいことに勝手に話を進め始めた。
「むかしむかし、あるところに一人の王さまがいました。王さまには三人の王子がいて、王さまは特に二番目の王子を愛していました。そうなると一番目の王子はとっても気に入らなくて、二番目の王子をずっと憎らしく思っていました」
急にお伽話みたいなものが始まって、目を丸くしたが、キリシアンは俺の様子に構うことなく、淡々と話し始めたので、俺はとりあえず止めていた手を再び動かし始めた。
「大きくなって、このままだと自分は王にはなれないと思った一番目の王子は、侍女に罪をなすりつけて、二番目の王子を毒殺します。二番目の王子を失った悲しみで王さまは病に倒れて死んでしまいます。そうして、一番目の王子は上手く王さまになりました」
キリシアンはペラペラと喋っていたのに突然黙ってしまい、辺りが静かになったので俺は、え? っと聞き返してしまった。
「それで…終わりですか?」
いくらなんでも味気ない終わり方につい声が出てしまったが、キリシアンはそれを待っていたように笑った。
「…ミケイド、君ならこの続きはどんなお話だと思う?」
楽しそうにそう言われて俺は考え込んだ。これでは毒殺されてしまった二番目の王子が可哀想だと思ってしまった。
「実は二番目の王子が生きていて…とかですか?」
「残念ながらそれはない。龍石になってしまったからな」
龍石と聞いて、ポンと思い浮かんだのは龍王様の伝記に出てきた言葉だった。
「確か……、龍の血を継ぐ方は、亡くなると目だけが結晶化して宝石のようになって残るとか…」
「そうだ。通常の状態の時の色がそのまま宝石のようになる。さぁミケイド、続きだ。二番目の王子が可哀想なら復讐をするか? 誰を動かして? どこまでやる?」
キリシアンにぐいぐいと答えを迫られて俺はごくりと唾を飲んだ。いったい何をしているのか疑問しかなかったが、思ったことを素直に言うことにした。
「そ…その……、俺は……悲しいことはもう終わりにしたいです。龍石がこの世に残るのは…きっと後の人達の幸せを見届けたいと思うからじゃないでしょうか……争う心を捨てて……悲しみを解放してもらいたいと……」
俺が拙い意見でそう言うと、キリシアンは少し驚いたように目を見開いたが、すぐにニヤッと口の端を上げて笑った。
「君は甘いね。テーブルに並んだ砂糖菓子みたいに甘い……。現実はさ、もっと冷たくて暗いものだ。例えば登場人物が全員死んでしまう話なんてどうかな? それで、黒龍の一族が政権を取るとか?」
突然何を言い出すのかと俺は後ろに一歩引いた。キリシアンが作ったお伽話だと思っていたのに、その言い方はまるで……。
「もしかして……それは…ただのお伽話ではないのですか?」
「さあね、どうだろう」
キリシアンはおかしそうな顔になって、クスクスと笑った。こっちは胃の辺りが冷えてとても楽しい気分にはなれなかった。
「そういえば、三番目の王子だけど、彼は二番目の王子をとても愛していた。彼がいなくなった後も龍石を隠して手放さないくらい。三番目の王子の息子はずっと疑問だった。なぜそこまでと……。でもある日その龍石をこっそり見てしまった……。その龍石の美しさに息子もまた心を奪われた。どうしても気になって二番目の王子のことを調べ出したら、あることが分かった……」
キリシアンの話の方向が急に変わったので、俺はついつい、聞き入ってしまった。
何が語られるのかと、ドキドキしながら続きを待っていたが、キリシアンは優雅に微笑んだ後、今日はここまでと言った。
真剣に気になってしまった俺がバカだった。次などあるはずがない。さすがにため息はつけないので分かったという意味を込めて下を向いて目を伏せた。
「さて……。上は着替えられたが、下にも数滴飛んでいるな。もちろん、これも替えの服と交換してくれ」
「は…はい、すぐに…」
立ち上がったキリシアンの側に寄ってズボンを脱がせた。下着姿など直視できないので、手早く着替えに取り掛かろうとしたら、バタバタと足音が聞こえてきて、お待ちくださいという複数の声が聞こえてきた。
誰が何を待つ必要があるのかとポカンとしていたら、ドンドンと激しめのノックの音が聞こえてきた。
「殿下! 失礼します! ベルナ宰相より急な案件でお話がしたいとのことです。至急王城へお戻りください!」
どうやら伝令のようだが、聞き覚えのある声に体がピクリと反応してしまった。
「……来るとは思っていたが、早かったな。俺が寄り道していると聞いて飛んできたんだろう。最もらしい話を持ってくるのがヤツらしい」
ニヤニヤと楽しそうに笑いながら、キリシアンはボソリと呟いた後、入れと声をかけてしまった。
まだ下着姿なので俺は慌てたが、大勢の使用人がいるキリシアンは、これもまた慣れているのかもしれない。
失礼しますと返事があってドアが開けられると、中に入ってきたのはカルセインだった。
いつも完璧な髪が少し乱れていて、疲れているように見えた。
今日は確か王城で会議のはずだった。
まさかキリシアンを呼び出すために、わざわざ公爵であるカルセインが伝えにくるなんて考えられなかった。
下着姿のキリシアンの目の前に、俺はちょうど膝を曲げてしゃがんでいたので、誤解はしないと思うが気まずい格好だった。
カルセインはわずかに眉を動かしたが、いつも通りの冷静な様子に見えた。
「カルセイン、君がわざわざ伝えにくるなんて、よほどのことなんだろうな」
「……たまたま、同じ会議に私がおりましたので、殿下が突然パーティーに寄られたとお聞きして、帰り道でしたから私から申し出たのです。宰相がずいぶんとお困りのようでしたので。ただ、内容については伏せられておりました」
キリシアンに目で合図をされて、俺は代わりの服をサッと足に通した。
ベストやコート付けてから綺麗に整えたら身支度は完了した。
「メイズ嬢の婚約が決まったらしいな。すぐに結婚の予定もあるとか?」
「ええ……。その通りです」
「彼女は特別な女性だからな。メイズ嬢が産む子供は確実にヴァルトデイン王国の行末を左右するような力を持つことになる。それをよく思わない勢力があることは……まあ、分かっているだろう」
「……はい。最強の騎士団を付けております」
過去に何度も暗殺の危機に合ったというメイズ。無事に成長することができたが、このタイミングで何か仕掛けようとするのは当然だろう。
……そう、ここにいる俺のような存在はその一端かもしれない。
第二第三の手が用意されていても不思議ではない。
「カルセイン、君とはもっと深い話がしたいと思っていたんだ。城では耳が多くてね。こちらから連絡するよ」
分かりましたと言ってカルセインは頭を下げた。
なんとも言えない空気が流れた。お互い腹の中を探り合うようなピリピリとする空気だった。
「それじゃあ、ミケイド。今日は助かったよ」
「いい…いえ、そんな…私のことなど」
もう声などかけられないと思っていたのに、キリシアンは一歩下がっている俺の方へ近づいてきて、自然に手を取った後、口元を寄せてきて甲にキスをした。
音を立てないことが礼儀というか美徳とされているのに、チュッと高い音を立ててきた。
錯覚かもしれないが、まるで見せつけるようにという言葉が頭に浮かんだ。
言葉をなくして口を開けたまま固まる俺に、微笑んだキリシアンは、ではまたと言いながらウィンクしてから俺に背を向けた。
カルセインが声をかけると、外にいる使用人がドアを開けて、キリシアンは頷いた後、颯爽と部屋を出て行った。
まったく嵐のような人だった。
ドアが閉まった後、力が抜けて足から崩れそうにだった。
それに今カルセインと二人というのは、なぜかとっても気まずかった。
メイズのところへ戻らないといけないので、それを口実に出て行こうしたら、いつのまにかすぐ側に来ていたカルセインにぐっと腕を掴まれた。
「……カルセイン様……あの、もう戻らないと……」
「メイズなら大丈夫だ。まだ、パーティーは続いている」
引き寄せられて、カルセインの腕の中に捕らわれた。カルセインに抱きしめられる度に、喜びと不安が胸によぎる。
この温もりが永遠ではないことは分かっている。つかの間の熱に溺れて消えてしまいたいと思いながら、カルセインの背中に手を回した。
「部屋に入った時、キリシアン殿下と一緒にいるミケイドを見て、頭に血が上った。腹が熱くて怒りでおかしくなりそうだ。もう少しで殿下を殴ってしまいそうだった」
冷静に見えたカルセインだったが、ようやく緊張が解けたのか、俺の頭に顔を擦り寄せてきた。こんな時、彼が年下だということを意識してしまう。
そしてもっと甘えて欲しいと思う自分がいることも……。
ツンツンと唇を指で叩かれて顔を上げたら、すぐにカルセインの唇が落ちてきて重なった。
こうやって隠れて触れ合うようになってから、もう数えきれないくらいキスをしている。
いつもキスをすると、激しく求められて、それだけで体も心もトロトロになってしまう。
しかし今日はやけに長く唇を合わせてから、わずかに吸い付く音を立ててカルセインは唇を離した。もっと濃厚なキスを期待していたのに、離れていってしまったカルセインを寂しく思いながら見上げたら、やけに真剣な視線が俺に降り注いでいた。
まさかと思いながら俺の体は痺れた。真剣に思い詰めたような瞳。わずかに開いた唇から息を吸い込んだ音を聞いた時、これから何を言われるのか悟ってしまった。
「ミケイドを…誰にも取られたくない。俺は……」
「だっ…カルセイン様!」
本当は気がついていた。
キスをする度、体を重ねる度、舌を指を絡めて快感に熱に震えながら、カルセインから漏れ出した思いが俺を包んでいた。
知らない知らない
そんなのは知らない
だってそんな気持ち向けられたことなんてなかったから。
いつだって偽りでかりそめで、本物なんて俺には手に入らない。
雲のずっとずっと上にあって、見ることすら叶わない。
身分も立場も何もかも違いすぎる。
こんなに遠い人を求めてはいけない。
自分に何ができる、傷つけようとしている自分は彼にとって悪でしかない。
必死に押し込めていた。
見ないように気づかないように。
俺はいつかきっとこの人の全てを裏切って恨まれることになる。
だから言わないで
それを聞いたら戻れない
「お前が……好きだ」
だって
俺も同じだから
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