生まれ変わって愛を知る

朝顔

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⑬愛される約束

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 週末、お城のガーデンパーティーに出席したソフィアは、ランドールと共に挨拶におわれていた。
 前回の婚約祝いのパーティーは第一弾みたいなもので、しばらく集まりに顔を出しては紹介し合うみたいな流れが続くらしい。

 一通り挨拶が終わったあと、ソフィアは貴族の奥様会の会長だというパレット公爵夫人に捕まって、女性同士の話があると言って、女性陣の輪に連れていかれた。ということは、王妃とも確実に繋がりがあるだろうからとソフィアは緊張していた。

「このドレス、テリーナのお店で作りましたのよ。レースの繊細さには定評がありましたけど、今の流行の形は……」

「香水は何をお使いになって?薔薇は少し匂いがきつくて……」

 さすが、女性同士である。ドレスがどうとか、髪型やメイクの話で盛り上がっている。
 今日のソフィアは、なんとか新しく注文したドレスが間に合ったので、そちらを着用した。
 流行がよく分からなかったのでおまかせだったが、レモンイエローに小花柄が入って、細かいレースがたくさん付いているドレスだ。
 胸元は四角く開いていて、谷間がしっかり見えている。
 髪の毛はアップにしてゆるくまとめた。
 胸がちょっと見えすぎな気がしたが、アンナにはこれくらい普通ですと言われてしまった。

「大丈夫かしら?少し緊張されているようね」

 テーブルに並べられた色とりどりのお菓子には手もつけず、ひたすらお茶を飲んでいるソフィアに気づいた隣の女性が声をかけてきた。
 確か、最近結婚されたばかりの伯爵夫人アリスナという方だった。

「す…すみません。こういった集まりにまだ慣れなくて……」

「あら、社交デビュー前だったのですものね。大丈夫よ、これから慣れていきますから。殿下とは学校でお会いになったそうね」

「は…はい」

「幸運な方ね。でも殿下が見初められたのも分かるわ。可愛らしい方、それにとても綺麗な瞳ね。吸い込まれそう」

 そんな風に褒めてきたアリスナこそ、吸い込まれそうな大きな瞳をしている。お礼を言いつつ、どう反応していいのか困っていると、別の女性がアリスナに話しかけてきた。

「アリスナ様は、体調は大丈夫ですの?いつ生まれる予定なの?」

「ええ、おかげさまで。順調ですわ、秋には会えると思います」

 話の流れから、結婚したばかりと聞いていたが、どうもアリスナは妊娠しているようだった。

「まぁ喜ばしいことね。ソフィア様は殿下にもう愛されていらっしゃるの?早く子種をたくさん頂けるといいわね」

 突然向けられた直接的な話題に、ソフィアは飲んでいたお茶を噴き出して、ゲホゲホとむせた。

「そっ…そんな、まだ婚約したばかりで…」

 アリスナに背中をさすってもらいながら、確かに盛り上がってしまい、近いところまであるにはあったが、さすがにそこまではと思ってソフィアは困惑していた。
 だが、ソフィアの言葉に、女性陣は皆ポカンと口を開けて固まってしまった。

「……ソフィア様ったら、何を仰っているの?」

「ソフィア様はお母様を亡くされて……」

「あぁ、そういうことね」

 ソフィアは女性陣に同情の目で見られて、では私達に任せてとなぜか、皆気合いが入った目になりニヤリと微笑んだ。



「婚約というのは、ただの結婚の約束だけではなく、愛されることも良しとされるのよ」

「つまりこの期間にたくさん子種を頂けて、子供が出来た方が流れとしてはスムーズなの」

「子孫を残すことが大事ですからね!子供は特に月のモノのタイミングと、お互いの愛がちゃんと伴うことと、授かるには色々と条件が必要だから、結婚してからなんて悠長なことを言っていられませんのよ。あっという間に歳をとってしまいますからね」

 彼女達の話をまとめると、この世界の女性達の妊娠期間は限られていて、だいたい二十代で終わってしまうそうだ。しかも受精するには、愛がどうとか、タイミングがどうとか色々と条件があって、のんびりしていると、あっという間に期間を過ぎてしまうため、婚約中から積極的に励むらしい。

「その…、そしたら、婚約破棄なんてことになったら……」

「それは、大変なことよ…。若ければ需要はあるけど、もう傷物としか見られないわ」

 カルロスが婚約破棄について、やけに深刻な顔をしていたのはそのせいだったのかと悟った。

「ランドール殿下は女性はどうも避けていらっしゃるみたいでしたから、みんな心配していたのよ」

「……まぁ、王妃殿下が……ねぇ、大きな声では言えないけれど……」

「ギデオン様なんて、お相手の女性とはまだ一度もお会いしてないそうよ」

 ソフィアはこぼれ聞いた話に驚いて耳を傾けた。

「一度も?確かにあの方はパーティーにも式典にもお顔をだされないですけど……、確か、ロンディア公爵家の令嬢でしたわよね」

「ええ、リネット様よ。どうも色々と噂があって……」

 耳を大きくして聞きたいところだったが、その先の話は声が小さくなってしまい、聞き取れなかった。

「失礼、私のソフィアをそろそろ返していただけるかな」

 そこに王子らしい微笑を浮かべて、ランドールがやってきた。キラキラと金色の髪と青い目が光っていて、改めて見ると綺麗だなとソフィアはついつい見入ってしまった。

「まぁ、ソフィア様ったら、ランドール様のこと、うっとり見つめていて。仲がおよろしいことで」

 惚けていたらしく、女性陣にクスクスと笑われてしまった。
 なぜかランドールの方が、作っていた微笑みが壊れて真っ赤になっていて、大変気まずい空気でソフィアは慌てて立ち上がって、奥様達にお礼を言ってその場を離れた。

「ずいぶんと熱心に話し込んでいたな…。いつ話しかけていいか困っていたんだ」

「奥様方に色々と人生の手解きを……。気づかずにすみません、何かご用でしたか?」

「ああ、少し疲れただろう。休まなくて大丈夫か?」

「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です」

 心配をかけないようにと微笑んだソフィアの頬に、ランドールは優しく触れてきた。

「こら!作り物みたいに笑うな……。俺の前では…、いつもみたいに……」

「ランドール様?」

 会場のど真ん中、大勢の人の視線がある中でランドールはソフィアに熱く見つめてきた。
 そこだけまるで、二人の空間になってしまったようだった。
 ランドールの指がソフィア唇をなぞって、甘い時間の始まりみたいに心臓はドキドキと鳴って揺れだした。

 そこにランドールの知り合いらしき男性が、殿下ちょっとよろしいですかと空気を読まずに話しかけてきたので、それに驚いた二人はぱっと離れた。

「ああ、その件か……、ソフィア、少し離れるから……」

「ええ、大丈夫です。お腹が空いたので、少し料理をいただきますので」

 ランドールが歩いていく背中を見ながら、ソフィアは熱くなった頬に手を当てた。
 こんな人目のある場所で自分は何を考えてしまったのかと。
 まるで、初めて知った恋で頭がいっぱいになったような自分が信じられなくて、悩ましいため息をつきながら、少し頭を冷そうと軽食コーナーへ向かったのだった。


 □□


「ソフィア様」

 皿に盛った軽食をつまんでいたら、突然後ろから声をかけられて、ソフィアは葡萄酒でもかけられるのかと思って身構えた。

 だが、そこにいたのは、先ほど奥様会にいた女性だった。確か端の方に座っていて、ほとんど会話らしい会話もしていない。

「良かったらこちらをいかがですか?うちの領地で取れた果物をつけたもので、今皆様にお配りしているのですが……」

 それは小さいグラスに入れられたピンク色液体で、果実酒のようだった。
 毒でも入れられていたら困ると思ったが、テーブルの上にたくさん並べられて、そこから周りの皆は勝手に取って飲んでいた。

「あ……私……」

 どう断ろうかと考えていたが、皆がランダムに取っているなら、何か仕込むのは難しいだろうとソフィアは思った。

「ランドール殿下も気に入っていただいているものですわ。ぜひ、ソフィア様にも味わっていただきたいです」

 そう言われて仕方なく一つ手に取った。
 ペロリと舐めると、爽やかな柑橘系の香りが口に広がった。痺れなどは感じなかったので、ソフィアはそのまま一気にグラスを飲みほした。

 菜々美の時は、ワインなんてつまみなしで、二、三本空けても酔いを感じなかった。
 果実酒など、甘い水のような感覚だった。

 果実酒が喉を通りすぎていくと直ぐに焼けるような熱さが胃から上がってきた。

「うっ……なに…これ」

「ソフィア様……、マンダリンは少しずつ飲むものですよ。しかも強いお酒ですので、女性はあまり飲まれないのですわ」

 酒を進めてきた女は、小さな声でそう呟いてクスリと笑った。
 視界が霞んできてやけに眩しく感じた。
 そう言えば、周囲で飲んでいたのは男性だけたったと、ソフィアは今さら気がついた。

「大丈夫ですか?あちらに椅子がありますので、ご案内しますわ」

 女はソフィアを支えながら、背中を押して歩き出した。

 当然ながら、奈々美とソフィアの体質は違うのだ。しかし、お酒をなめていた奈々美の感覚だったので、弱い体質だったらしいソフィアは完全に酔いがまわってしまった。
 しかも、胃の辺りが焼けるように熱く、立っているだけで気持ちが悪くて仕方がない。
 せめて、どこかに座りたかったソフィアは、女に促されるまま、ふらつきながら足を進めた。

「こちらですわ」

 女がどこかの扉を開けたらしいが、その時点で視界は嵐の船に乗っているように揺れていた。
 どこかの部屋に入ったようなところまで見えて扉がしまった音がした後、ソフィア視界は真っ暗になった。

 女が笑う声がぼんやりと聞こえてからソフィアの意識は完全になくなってしまったのだった。






 □□□
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