生まれ変わって愛を知る

朝顔

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⑨妹の婚約者

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「よろしかったのですか?途中で抜け出したりして?」

「心配ない。もう、挨拶はすませたし、後は自由解散だ」

 パーティー会場はお城からは少し離れたところに建っていて、お城までは豪華な薔薇が咲き誇る庭園が続いていた。
 奥にいけば池があるらしく、時間があったらぜひ見てみたいとソフィアは眺めていた。

 薔薇の回廊と言われる歩廊を二人で歩いていく。辺りは静かで虫の鳴き声が聞こえてくるだけだった。

「…先程は、取り乱してすまない。カルロスがソフィアに何かするとは思っていなかったが、どうしても気が立ってしまって……」

「他国へ行かれた使者からは、良いお返事が来ていないそうですね」

「ああ。カルロスから聞いたのか…、確かにその通りだ。それなんだが…実は…」

 そう言ったまま、ランドールはまた考えるように黙りこんでしまった。なんとなく、気まずい沈黙が二人の間にながれた。

 その時、何人かの話し声と楽しげに笑う声が聞こえてきた。
 二人して急に聞こえてきた声に驚いて、回廊の端に逃れて隠れるように身を縮ませた。

「……あの、なぜ隠れる必要が…?普通に歩いているだけなので、堂々としていて問題ないのでは?」

「あっああ。そうだったな……」

 ランドールの方を見上げると、思いのほか近い距離であったので、ソフィアの心臓はトクンと鳴った。
 しかもその距離はゆっくりと近づいているように思えた。

「…ランドール様。どうして…そんなにこちらを…」

 ランドールの目はソフィアを見つめて離さなかった。その視線の熱に気がついたとき、ソフィアは後戻りが出来ないところにいると感じた。

「…だめです。これ以上は…、戻れなくなります。私達は仮の…関係で…」

「ソフィア…」

 続きの言葉を紡ぐ前に、ソフィアの唇はランドールの唇で塞がれた。
 軽く触れるだけの優しいキス。
 肩を押し返せばすぐに離れることができるだろう。
 けれど、ランドールの唇は少し震えていて、ソフィアの強ばっていた体は自然と力が抜けていった。

 わずかな時間重なってから、ランドールの唇はゆっくりと離れた。
 結局目を閉じることもできずに、ソフィアはずっと目を開けたままだった。

 近すぎてぼやけていた視界にランドールの瞳が見えて、そこに自分が映っているのが嘘みたいで不思議な光景だった。

「……すまない。ソフィア……俺は……」

 苦しげに眉をひそめて、言葉を飲み込んだランドールは、ゆっくりとソフィアから離れて、先に戻ると言い残し、身を翻して足早に行ってしまった。

 一人残されたソフィアは、呆然と立ち尽くしまい足が動かなかった。

 月明かりの下、母が残してくれたという薄いピンクのドレスは白く光って見えた。
 混じりけのない純粋な輝きは、自分の歩んできた過去を思うと眩しすぎて、しばらく目を開けることはできなかった。



 □□


「たかがキス一つ。しかもちょっと触れただけよ。しっかりしなさい私!」

 お城で開かれたパーティーの夜、不意にランドールとキスをしてしまった。
 あの後は控え室に戻って着替えて、すぐ屋敷へ帰ってしまった。
 帰りの馬車に乗っているときは、まるで夢から覚めたシンデレラのような気分だった。

 思えばところどころ、ランドールの好意を感じるような視線を感じるときはあった。
 それに気づかないふりをして、考えないようにしていた。
 女性との交流が少なかったランドールが一緒に過ごすことで、ただ気持ちが引っ張られただけの一過性のものだろうと考えていた。

 ここは多少の物事が分かっている立場として、冷静さを保ち正しい方向へ導いてあげるのが、自分があるべき姿だろうソフィアは思っている。

 だがソフィアは、あの拙い子供のようなキスに動揺して、昨日からほとんど眠れていなかった。
 激しくもなく、蕩けるようなものでもない、ただ触れただけの行為が、ソフィアの体に根をはってどこまでも伸びていくようだった。

 休みは終わり、今日から学校であるのに、ソフィアのもやもやとした心は晴れない。
 玄関で悶々としながら唸っていると、後ろからどうしたのと声をかけられた。
 振り向くと、いつも仕事で早く出るはずの兄、ヘインズが立っていた。

「ソフィア、顔色が悪いよ。昨日はパーティーだったんだろう。無理はしていない?」

「……お兄様、大丈夫です。少し疲れているだけです」

「いや、しかし……」

 ヘインズの話が終わらないうちに、迎えの馬車が来たと声がかけられた。
 ヘインズも挨拶をするつもりなのだろう。ソフィアと一緒に玄関を出て馬車へ向かった。

「今日は仕事を遅らせてどうしても殿下にご挨拶したくて待っていたんだ」

「え…それは…そうですか」

 またややこしいタイミングだとソフィアは軽く頭痛を覚えた。しかもヘインズは背中に手を回してきてベタベタとくっついてきたので、ソフィアは軽く睨み付けたが、ヘインズは逆に反応してくれて嬉しいみたいにニヤニヤと笑いだした。

「ちょっと!お兄様…、離して…」

「ソフィア、そちらは…?」

 ヘインズと揉めていたら、なかなか来ないからかランドールが下りてきてしまった。

「これはこれは、わざわざありがとうございます殿下!私、ソフィアの兄のヘインズと申します!初めまして!」

「あっ…ああ」

 ヘインズの場違いな明るさに、ランドールは若干引き気味に答えた。

「昨夜のパーティーには出席出来ず、申し訳ございませんでした。改めてお祝い申し上げます。うちの可愛い妹をどうぞよろしくお願いします」

「ああ、それなんだが……」

「ああ!!どうぞよろしくには色々な意味がありましてね。妹の将来を約束して頂いた殿下に私から一言よろしいでしょうか?」

 異様なテンションとゴリ押しで、ランドールの言葉は封じられて、ヘインズが喋り続けている。まだ喋り足りないらしく、ランドールも驚きつつ、勢いに促されるように頷いた。

「妹は殿下の前では強がっているかもしれませんが、繊細で傷つきやすいです。もちろん、優しくて可愛い自慢の妹でありますが、そういう意味でまずよろしくという事と、うちは父が頼りにならないので、長男の私から言わせて頂きますが、中途半端に妹を弄ぶようなことをしたら、私は決して許さないです。と、いうことでどうぞよろしくお願いします」

 今までヘラヘラとしていたくせに、急に真面目な顔になって、ヘインズは弾丸のようにランドールに向かって言葉を撃ち込んだ。

 もちろん、ヘインズは仮の婚約者であることは知らない。昨日の今日で微妙な問題ではあるが、ランドールなら、この場を上手くごまかすように兄の言葉に了承してくれると思った。

 しばらく考えるように下を向いて沈黙していたランドールだが、決意を込めたような目をしてヘインズに向き合った。

「……俺は今、申し訳ないがその約束に胸を張って分かったと言うことはできない」

 ランドールのまさかの答えにソフィアは頭が真っ白になった。
 自分の兄など適当にごまかしておけばいいものと思っていたが、ランドールもまた兄のように真剣な目をしていた。

「……まだ、ソフィアとの間にはお互いの考えの溝を埋めたり、俺のことを知ってもらったりソフィアのことをもっと知ったり、必要なことがたくさんあるんだ。今はまだ軽々しく言うことはできない。けれど、俺は……、ソフィアを……大切にしたい。傷つきやすくて強がりなソフィアを大切に包んであげたいと思っている」

 ソフィアはランドールが言った言葉が信じられなかった。なぜそんな事を言うのだろう、これはごまかすための演技なのかと、どくどくと心臓がうるさく騒いでいた。

 そして、ソフィアの胸に込み上げてきた震えるような喜び、それが何より信じられなかった。

「んー……。まぁ合格かな。一応兄として妹を守る騎士だったわけだから。その役目を簡単に譲るわけにはいかないしねー。まだ二人は足並みが揃っていないみたいだから、そこはしっかり話し合ってね」

「お兄様……」

 いつもヘラヘラしていて頼りない兄だと思っていたが、ちゃんと見るところは見ていたし、ランドールの前でも怯むことなく挑んでいったその男らしさにソフィアは感動していた。

「あぁ!ソフィア…!たまらない!お兄ちゃんをそんな目で見てくれるなんて!」

「え…」

「あーもう!頬っぺたにキスしたい!ガブガブかぶりつきたい!さぁ兄と妹のスキンシップだよ。ソフィア!さぁおいで!」

「い……いやよ!行くわけないでしょう!」

 ソフィアは兄の元から離れて、ランドールの方にかけよった。困惑するランドールに、さっさと行きましょうと声をかける。

「あ!そうだ、殿下!」

 馬車まで走り出そうかというソフィアとランドールに向かって、ヘインズはしつこく声をかけてきた。仕方なく二人の足が止まった。

「いつか、妹を奪おうという男が出てきたら、これを言おうと決めていたんですよ。ソフィアのファーストキスの相手は俺なので!じゃよろしく!」

 ぽかんとして思考が止まった二人に向かって、ヘインズはウィンクしながら手をヒラヒラと振って、屋敷に戻っていってしまった。

「……なんだあれは?本当にソフィアの兄か?」

「………のはずなんですけど」

 強烈すぎる兄の勢いに押されながら、始終圧倒されてしまったが、そのおかげもあってか、二人の間にあったわだかまりはいつの間にか溶けているように感じた。

 ソフィア行くぞと言って、ランドールが手を差し出してきた。
 ソフィアはランドールの目を見つめ返して、その手に自分の手をゆっくり重ねたのだった。




 □□□
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