28 / 32
本編
にじゅうはち 愛を恐れる男②
しおりを挟む
ぽたぽたと、どこかで水の落ちる音がする。
湿気が混じった空気が流れて来て、ビリジアンは汗を拭った。
自分の着ていたシャツは破いてしまったので上半身には何も纏っていない。
破いたシャツはマゼンダの腕に巻いた。
ただ圧迫するくらいの応急処置しかできなかった。
流れ出る血が止まらなくて、何度か交換してやっと落ち着いたのでホッとしたところだった。
マゼンダは眠っていた。
先ほどまで苦しそうに息を吐いていたが、今は穏やかな顔で寝息を立てている。
ビリジアンは寝ているマゼンダの横に腰掛けて、マゼンダの頭を撫でた。
狩り大会で魔獣に襲われたビリジアンは、崖から落ちるところをマゼンダに助けられた。
しかし怪我を負ったマゼンダは、ビリジアンを掴むだけで精一杯だった。
このままだと二人で落ちてしまうと悟ったビリジアンは、自ら力を抜いて下に落ちることを選んだ。
しかしその時、ビリジアンの名前を呼びながら、マゼンダも飛び降りてしまった。
まさかそんな行動に出ると思わなくて、空中で唖然としたビリジアンに向かって、マゼンダは手を伸ばしてきた。
二人の指が重なった時、奇跡のようなことが起きた。
ビリジアンは今でも夢だったんじゃないかと思いながら、腰に下げている鞄を見た。
今生きているということは、記憶が間違いではない、ということなのだが、信じられなくて鞄の上を撫でるように触れた。
空中で突然ビリジアンの鞄が強く光り出した。
間もなくして鞄の留め具が外れて、中から出て来たのは、真っ白な蝶だった。
いや、蝶のように見えたが別の生き物なのかもしれない。
なぜなら、その蝶には人のように顔があり、ビリジアンと目が合うと、ニコッと笑ったように見えた。
その蝶の力で、ビリジアンとマゼンダは落下することなく、空中で動きを止めた。
この時すでにマゼンダは意識を失っていて、ぐったりとしていた。
蝶は近くの崖の中腹にあった洞窟に、ビリジアンとマゼンダを運んだ。
そこで力が尽きたように、蝶は輝きを失い消えてしまった。
地面には、ロクローが転がっていて、スヤスヤと眠っていた。
ということで、崖下への落下は避けられたが、怪我を負ったマゼンダと洞窟の中で救助を待つ、という状況になった。
どう考えても蝶はロクローが変化したものだと考えるしかないのだが、今はそんな場合ではない。
ビリジアンはロクローを鞄に戻して、マゼンダの手当てをすることになった。
「……ん……っっ」
マゼンダが眠る横で、ウトウトとしていたビリジアンは、わずかな声でハッと気がついて顔を上げた。
「マゼンダ、起きたのか?」
「んん……せんせ……?」
マゼンダは薄く目を開けた。
その金色の瞳に再び自分が映ったことに、ビリジアンは嬉しくなった。
ぼんやりした様子でビリジアンを見ていたマゼンダだったが、ようやく気がついたのか、驚いた顔になって息を吸い込んで、起き上がろうとした。
「ああ、起きなくていい。無理はするな、ここはとりあえず大丈夫だから」
「ここは? 私達は崖の下に落ちて……」
「落ちたには落ちたんだが、よく分からないことが起きて、今は崖の途中にあった穴、洞窟にいる。奥まで続いている感じがするが、お前を置いていけないから奥までは入っていない」
「ぼんやりと……何かが光っていたのは覚えています。ただ、そこで意識を失って……、ここは……昔、水が流れていて滝になっていた場所でしょう。水脈、古い水の流れを感じます。ただ、今は塞がっているようですね」
「さすが、水属性。とりあえず救援を呼ばないといけないんだが、何か方法はないだろうか……」
ビリジアンがそう言うと、マゼンダはすでに連絡済みだと教えてくれた。
ただ、首からかけていたはずの魔法具がないらしく、崖から落ちた際になくしてしまったようだ。
おそらくミモザも、あの場に残った負傷者達から、魔法具を借りて連絡を入れていると考えれば、救助は早そうだと思った。
「問題はここにいることをどう知らせるか、だな」
マゼンダが目覚めたことで、状況は一歩前進したが、厳しいものであることは変わりなかった。
マゼンダは起き上がってビリジアンと同じように岩壁に背を預けて座った。
マゼンダは自分が着ていたシャツを脱いで、ビリジアンの肩にかけてきた。
マゼンダのシャツは腕のところが切れていて、血で染まっていた。
「いいって、俺は大丈夫だよ」
「私が大丈夫じゃないです。先生がそんな格好でいるなんて……、私は下着もありますから。汚れていて申し訳ないのですが、そちらを羽織っていてください」
なぜかちょっと怒っている様子のマゼンダに押し切られて、ビリジアンは大人しくマゼンダのシャツを借りることにした。
何だがすごく疲れてしまい、しばらく二人で無言になってしまった。
色々なことがありすぎて、喉の渇きすら忘れてしまった。
洞窟内には、ポタポタという水音だけが響いていた。
「なんで飛び降りた?」
「え?」
しばらくして沈黙を破るようにビリジアンが口を開いた。
どれくらい時間が経っているのか分からないし、これからどうなるかも不明だ。
まだ頭のハッキリしているうちに、ちゃんと聞いておきたかった。
「俺の手が離れた後、自分から飛び降りただろう。……助かったけどさ。どうしてあんなことを……」
「あの時は、ああするしか……」
「ああするしかってお前……」
「分かっています! でも先生がいなくなった世界なんて、どうでもいいと思ってしまったんです。このまま終わりなんて絶対に嫌だった。最期は先生と手を繋いで……そうじゃなきゃいられなかった」
「マゼンダ……」
マゼンダは黄金色の瞳を潤ませて、唇を震わせながらビリジアンに向き合っていた。
初めて見る、壊れそうなくらい必死な表情に、ビリジアンの胸はビリビリと痺れた。
「私は……本当にどうしようもない男です。自分のせいで母が死んで、それを責められていると思って家族とは距離を取り、優しくしてくれる人に甘やかされて、生きている実感を得ていました。しかしそれも一時だけで、すぐに乾いた地面のようになり、満たされないと嘆く日々……、そんな日々を変えてくれたのは先生です」
「お……俺?」
「そうです。初めて会った時、人々から失敗作、使えないと嫌われている魔法生物を、本当に愛おしそうな顔で可愛いと言う先生に興味を持ちました。先生は魔法生物をまるで家族のように大切にして、育てている。実際にそれを見た時、私もあんな風に優しくされたいと思うようになりました。だって、私は魔法生物と同じ、失敗作で厄介者で……どうしようもなかったから」
「どうしようもないって……お前が失敗作? どういうことだ?」
悲しげに目を伏せるマゼンダを見て、もう迷ってなどいられなかった。
ビリジアンは身を乗り出してマゼンダの腕を掴んだ。
そんなビリジアンの様子を見て、目を細めて笑ったマゼンダは、自分の生い立ちについて話してくれた。
反属性という、偶然のように稀な確率で、火同士の両親から生まれて来てしまったこと。
そのせいで母が亡くなり、父の再婚後、新しい家族ができても、自分だけ馴染めなくなってしまったこと。
反属性の子は魔力過多症という病になってしまう。
通常より多くの魔力が体に作られることで、強い魔法を使えるが、体に蓄積されやすく、それが害になることがある。
小さい頃から減力剤と呼ばれる薬によって、内部に溜まった魔力を発散させていたそうだ。
それはとても苦くて、子供が飲めるようなものではないらしい。
マゼンダは魔力過多に苦しみながら成長した。
大きくなってからは、愛情を求めることに疲れてしまったそうだ。
都合のいい相手を選んで渡り歩き、愛を拒絶して、一夜の温もりばかり求めていたら、何が愛なのか分からなくなってしまった。
空虚な日々が、ビリジアンに出会ったことで、変わったと教えてくれた。
マゼンダの話を聞いて、両親に自由に生きていいと言われたのが、逆に突き放されたように感じたのではないかとビリジアンは思った。
一緒にいるのに孤独を感じる日々、それはとても悲しく思えた。
攻略対象者達はそれぞれ大変な境遇を生きてきたという設定だったが、こりゃあんまりだろうも思うくらい、マゼンダの境遇は悲しくて苦しいものだと感じた。
何より、母のことでずっと苦しんでいるのに、まるで腫れ物で、誰一人、手を差し伸べすらしないことが、ビリジアンは許せなかった。
「そうか……色々大変だったと思うが、第一にお母さんが亡くなったのは、お前のせいじゃない」
「ありがとうございます……それは、父もそう言って……」
「そうだ、不幸な事故だ。反属性だかなんだか知らないが、そんなもん、お前にはどうしようもできなかっただろう。それはお前の父親や母親も同じだ。誰にも責任はない。ただ、お前は背負わなくてはいけない」
「え……」
「母ちゃんの分も、幸せになることだよ。母ちゃんはきっと、大きく育って、色んなことを経験して、いい出会いに恵まれて、幸せになってもらいたいと考えただろう。今も心配して見守ってくれているに違いない。そんな母ちゃんに、胸張って幸せだよって言える、そんな人生を歩むんだ。それがお前が背負っているもんだ」
「幸せだと……母に……」
「別に世界中の富を手にするような大きな話じゃない。日々の小さいことでも、嬉しいことがあったら、幸せだよって心の中で報告してやれよ。死んでから親孝行なんてできないって思いがちだが、子供が幸せでいてくれたら、それだけで俺は、じゅうぶん親孝行だと思う」
マゼンダに伝えながら、ビリジアンは自分にも言い聞かせていた。
小さな幸せに囲まれて生きること。
一つ一つが集まれば、大きな幸せに包まれて生きているのと同じだと思った。
涙を堪えるようにマゼンタは唇を噛んで顔を下に向けた。
ビリジアンはマゼンダの背中に手を当てて撫でてあげた。
マゼンダの心が少しでも温かくなるように、癒してあげたかった。
「それにしても、そろそろ救助が来てもよさそうだが、ここにいることをどうやって伝えるかだな。この辺いったいが魔法が使えないなんて困ったもんだ」
「ええ……大会終了後もしばらくは影響があるそうです。水魔法を使えば水脈を利用してここから出ることも……」
「水の属性は便利だなぁ。土はこんな時でも役立たずで……大会主催者の侯爵には土はいいとかナントカ言われたのに……」
「それだ!」
「え?」
「そうですよ! 先生は土属性じゃないですか!」
さっきまでうるうるしていたマゼンダが、ガッと顔を上げて勢いよくビリジアンの肩を掴んできた。
期待がこもった目で見つめられて、ビリジアンは訳が分からず困惑の声を漏らした。
⬜︎⬜︎⬜︎
湿気が混じった空気が流れて来て、ビリジアンは汗を拭った。
自分の着ていたシャツは破いてしまったので上半身には何も纏っていない。
破いたシャツはマゼンダの腕に巻いた。
ただ圧迫するくらいの応急処置しかできなかった。
流れ出る血が止まらなくて、何度か交換してやっと落ち着いたのでホッとしたところだった。
マゼンダは眠っていた。
先ほどまで苦しそうに息を吐いていたが、今は穏やかな顔で寝息を立てている。
ビリジアンは寝ているマゼンダの横に腰掛けて、マゼンダの頭を撫でた。
狩り大会で魔獣に襲われたビリジアンは、崖から落ちるところをマゼンダに助けられた。
しかし怪我を負ったマゼンダは、ビリジアンを掴むだけで精一杯だった。
このままだと二人で落ちてしまうと悟ったビリジアンは、自ら力を抜いて下に落ちることを選んだ。
しかしその時、ビリジアンの名前を呼びながら、マゼンダも飛び降りてしまった。
まさかそんな行動に出ると思わなくて、空中で唖然としたビリジアンに向かって、マゼンダは手を伸ばしてきた。
二人の指が重なった時、奇跡のようなことが起きた。
ビリジアンは今でも夢だったんじゃないかと思いながら、腰に下げている鞄を見た。
今生きているということは、記憶が間違いではない、ということなのだが、信じられなくて鞄の上を撫でるように触れた。
空中で突然ビリジアンの鞄が強く光り出した。
間もなくして鞄の留め具が外れて、中から出て来たのは、真っ白な蝶だった。
いや、蝶のように見えたが別の生き物なのかもしれない。
なぜなら、その蝶には人のように顔があり、ビリジアンと目が合うと、ニコッと笑ったように見えた。
その蝶の力で、ビリジアンとマゼンダは落下することなく、空中で動きを止めた。
この時すでにマゼンダは意識を失っていて、ぐったりとしていた。
蝶は近くの崖の中腹にあった洞窟に、ビリジアンとマゼンダを運んだ。
そこで力が尽きたように、蝶は輝きを失い消えてしまった。
地面には、ロクローが転がっていて、スヤスヤと眠っていた。
ということで、崖下への落下は避けられたが、怪我を負ったマゼンダと洞窟の中で救助を待つ、という状況になった。
どう考えても蝶はロクローが変化したものだと考えるしかないのだが、今はそんな場合ではない。
ビリジアンはロクローを鞄に戻して、マゼンダの手当てをすることになった。
「……ん……っっ」
マゼンダが眠る横で、ウトウトとしていたビリジアンは、わずかな声でハッと気がついて顔を上げた。
「マゼンダ、起きたのか?」
「んん……せんせ……?」
マゼンダは薄く目を開けた。
その金色の瞳に再び自分が映ったことに、ビリジアンは嬉しくなった。
ぼんやりした様子でビリジアンを見ていたマゼンダだったが、ようやく気がついたのか、驚いた顔になって息を吸い込んで、起き上がろうとした。
「ああ、起きなくていい。無理はするな、ここはとりあえず大丈夫だから」
「ここは? 私達は崖の下に落ちて……」
「落ちたには落ちたんだが、よく分からないことが起きて、今は崖の途中にあった穴、洞窟にいる。奥まで続いている感じがするが、お前を置いていけないから奥までは入っていない」
「ぼんやりと……何かが光っていたのは覚えています。ただ、そこで意識を失って……、ここは……昔、水が流れていて滝になっていた場所でしょう。水脈、古い水の流れを感じます。ただ、今は塞がっているようですね」
「さすが、水属性。とりあえず救援を呼ばないといけないんだが、何か方法はないだろうか……」
ビリジアンがそう言うと、マゼンダはすでに連絡済みだと教えてくれた。
ただ、首からかけていたはずの魔法具がないらしく、崖から落ちた際になくしてしまったようだ。
おそらくミモザも、あの場に残った負傷者達から、魔法具を借りて連絡を入れていると考えれば、救助は早そうだと思った。
「問題はここにいることをどう知らせるか、だな」
マゼンダが目覚めたことで、状況は一歩前進したが、厳しいものであることは変わりなかった。
マゼンダは起き上がってビリジアンと同じように岩壁に背を預けて座った。
マゼンダは自分が着ていたシャツを脱いで、ビリジアンの肩にかけてきた。
マゼンダのシャツは腕のところが切れていて、血で染まっていた。
「いいって、俺は大丈夫だよ」
「私が大丈夫じゃないです。先生がそんな格好でいるなんて……、私は下着もありますから。汚れていて申し訳ないのですが、そちらを羽織っていてください」
なぜかちょっと怒っている様子のマゼンダに押し切られて、ビリジアンは大人しくマゼンダのシャツを借りることにした。
何だがすごく疲れてしまい、しばらく二人で無言になってしまった。
色々なことがありすぎて、喉の渇きすら忘れてしまった。
洞窟内には、ポタポタという水音だけが響いていた。
「なんで飛び降りた?」
「え?」
しばらくして沈黙を破るようにビリジアンが口を開いた。
どれくらい時間が経っているのか分からないし、これからどうなるかも不明だ。
まだ頭のハッキリしているうちに、ちゃんと聞いておきたかった。
「俺の手が離れた後、自分から飛び降りただろう。……助かったけどさ。どうしてあんなことを……」
「あの時は、ああするしか……」
「ああするしかってお前……」
「分かっています! でも先生がいなくなった世界なんて、どうでもいいと思ってしまったんです。このまま終わりなんて絶対に嫌だった。最期は先生と手を繋いで……そうじゃなきゃいられなかった」
「マゼンダ……」
マゼンダは黄金色の瞳を潤ませて、唇を震わせながらビリジアンに向き合っていた。
初めて見る、壊れそうなくらい必死な表情に、ビリジアンの胸はビリビリと痺れた。
「私は……本当にどうしようもない男です。自分のせいで母が死んで、それを責められていると思って家族とは距離を取り、優しくしてくれる人に甘やかされて、生きている実感を得ていました。しかしそれも一時だけで、すぐに乾いた地面のようになり、満たされないと嘆く日々……、そんな日々を変えてくれたのは先生です」
「お……俺?」
「そうです。初めて会った時、人々から失敗作、使えないと嫌われている魔法生物を、本当に愛おしそうな顔で可愛いと言う先生に興味を持ちました。先生は魔法生物をまるで家族のように大切にして、育てている。実際にそれを見た時、私もあんな風に優しくされたいと思うようになりました。だって、私は魔法生物と同じ、失敗作で厄介者で……どうしようもなかったから」
「どうしようもないって……お前が失敗作? どういうことだ?」
悲しげに目を伏せるマゼンダを見て、もう迷ってなどいられなかった。
ビリジアンは身を乗り出してマゼンダの腕を掴んだ。
そんなビリジアンの様子を見て、目を細めて笑ったマゼンダは、自分の生い立ちについて話してくれた。
反属性という、偶然のように稀な確率で、火同士の両親から生まれて来てしまったこと。
そのせいで母が亡くなり、父の再婚後、新しい家族ができても、自分だけ馴染めなくなってしまったこと。
反属性の子は魔力過多症という病になってしまう。
通常より多くの魔力が体に作られることで、強い魔法を使えるが、体に蓄積されやすく、それが害になることがある。
小さい頃から減力剤と呼ばれる薬によって、内部に溜まった魔力を発散させていたそうだ。
それはとても苦くて、子供が飲めるようなものではないらしい。
マゼンダは魔力過多に苦しみながら成長した。
大きくなってからは、愛情を求めることに疲れてしまったそうだ。
都合のいい相手を選んで渡り歩き、愛を拒絶して、一夜の温もりばかり求めていたら、何が愛なのか分からなくなってしまった。
空虚な日々が、ビリジアンに出会ったことで、変わったと教えてくれた。
マゼンダの話を聞いて、両親に自由に生きていいと言われたのが、逆に突き放されたように感じたのではないかとビリジアンは思った。
一緒にいるのに孤独を感じる日々、それはとても悲しく思えた。
攻略対象者達はそれぞれ大変な境遇を生きてきたという設定だったが、こりゃあんまりだろうも思うくらい、マゼンダの境遇は悲しくて苦しいものだと感じた。
何より、母のことでずっと苦しんでいるのに、まるで腫れ物で、誰一人、手を差し伸べすらしないことが、ビリジアンは許せなかった。
「そうか……色々大変だったと思うが、第一にお母さんが亡くなったのは、お前のせいじゃない」
「ありがとうございます……それは、父もそう言って……」
「そうだ、不幸な事故だ。反属性だかなんだか知らないが、そんなもん、お前にはどうしようもできなかっただろう。それはお前の父親や母親も同じだ。誰にも責任はない。ただ、お前は背負わなくてはいけない」
「え……」
「母ちゃんの分も、幸せになることだよ。母ちゃんはきっと、大きく育って、色んなことを経験して、いい出会いに恵まれて、幸せになってもらいたいと考えただろう。今も心配して見守ってくれているに違いない。そんな母ちゃんに、胸張って幸せだよって言える、そんな人生を歩むんだ。それがお前が背負っているもんだ」
「幸せだと……母に……」
「別に世界中の富を手にするような大きな話じゃない。日々の小さいことでも、嬉しいことがあったら、幸せだよって心の中で報告してやれよ。死んでから親孝行なんてできないって思いがちだが、子供が幸せでいてくれたら、それだけで俺は、じゅうぶん親孝行だと思う」
マゼンダに伝えながら、ビリジアンは自分にも言い聞かせていた。
小さな幸せに囲まれて生きること。
一つ一つが集まれば、大きな幸せに包まれて生きているのと同じだと思った。
涙を堪えるようにマゼンタは唇を噛んで顔を下に向けた。
ビリジアンはマゼンダの背中に手を当てて撫でてあげた。
マゼンダの心が少しでも温かくなるように、癒してあげたかった。
「それにしても、そろそろ救助が来てもよさそうだが、ここにいることをどうやって伝えるかだな。この辺いったいが魔法が使えないなんて困ったもんだ」
「ええ……大会終了後もしばらくは影響があるそうです。水魔法を使えば水脈を利用してここから出ることも……」
「水の属性は便利だなぁ。土はこんな時でも役立たずで……大会主催者の侯爵には土はいいとかナントカ言われたのに……」
「それだ!」
「え?」
「そうですよ! 先生は土属性じゃないですか!」
さっきまでうるうるしていたマゼンダが、ガッと顔を上げて勢いよくビリジアンの肩を掴んできた。
期待がこもった目で見つめられて、ビリジアンは訳が分からず困惑の声を漏らした。
⬜︎⬜︎⬜︎
33
お気に入りに追加
659
あなたにおすすめの小説
猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…
えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。
水瀬かずか
BL
ルカは、革命軍を支援していた父親が軍に捕まったせいで、軍から逃亡・潜伏中だった。
どうやって潜伏するかって? 女装である。
そしたら女装が美人過ぎて、イケオジの大佐にめちゃくちゃ口説かれるはめになった。
これってさぁ……、女装がバレたら、ヤバくない……?
ムーンライトノベルズさまにて公開中の物の加筆修正版(ただし性行為抜き)です。
表紙にR18表記がされていますが、作品はR15です。
illustration 吉杜玖美さま
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)
九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。
半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。
そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。
これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。
注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。
*ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
********
小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる