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本編

にじゅうご 追い詰められて

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 恐怖と緊張で喉がカラカラだ。
 手を強く握り込んでいたので、力が入らなくなって小刻みに震えていた。

 悲鳴が聞こえた瞬間、ビリジアンは目をつぶった。
 身を縮こませて、これが現実ではないことを祈りながらゆっくり目を開けると、そこには怪我を負って呻いている男の姿が見えた。
 血が滲んだ背中、腕の辺りを押さえて、苦しそうな声を上げる者。
 辺りは血の匂いに溢れていた。

 おそらく噛まれたり、鋭い爪で攻撃されたのだろう。
 動かない者もいるので、生死の確認はできない。
 とにかく男達は全員魔獣に襲われて倒れていた。

 彼らのすぐ近くでは、黒い塊、毛むくじゃらの熊型魔獣が次の獲物求めて唸り声を上げて、地面を引っ掻いていた。
 興奮冷めやらぬ様子で顔を上げた魔獣と、ビリジアンの視線がバッチリ合ってしまった。

 息を呑んだビリジアンの横で、木の根元に座り込んだミモザは、深く息を吐いた。

「よく聞け、ビリジアン。私がここでヤツに矢を命中させる。魔力が少ないし皮膚は硬そうだから、おそらく一瞬気をそらせる程度だろう。お前はその隙に逃げるんだ」

「ミモザ……」

「よく考えろ、あれだけ怪我人がいる。お前の腕ではヤツに矢を当てることは難しい。ならば、まともに動けて救援を呼べるのはお前しかいない!」

 魔獣は今にも走り出しそうな勢いで土を蹴っていた。負傷者が多く、すぐにでも手当が必要だった。
 彼らが救助信号を送れる魔法具を持っている可能性はある。
 もしかしたら、今の襲撃ですでに送っているかもしれない。
 しかし、そうだとしても、すぐに飛んで来れるわけではない。

 今、この状況を脱する必要があった。

「心配するな、自分の身は自分で守れる」

 ミモザは大丈夫だと笑顔を見せてきた。
 息を吐いたビリジアンは、分かったと言って頷いた。

 まるで二人の息が揃うのを待っていたかのように、低い唸り声を上げた魔獣が、また二人の元に突進して来た。
 ビリジアンは後退して茂みに入り、ミモザから距離を取った。
 ミモザは座った状態で魔獣に向かって矢を射った。
 ミモザの属性である火をまとった矢は、一直線に飛んでいき、魔獣の眉間に命中した。
 グオッと声を上げて魔獣が足を止めた瞬間、ビリジアンは今だと茂みから飛び出して走り出した。

 他の参加者を探して救援を頼み、すぐに引き返して救助に向かう。
 複数人で行動しているグループが多いと聞いていた。全員で一斉に攻撃すれば、倒すことができる。
 この広い森で参加者を見つけるのは難しい。
 それでも早く、早く見つけないとと、頭の中で繰り返した。

 ミモザは魔獣の気を引きつけようと、ここだ、こっちへ来いと大声で叫んでいた。
 何本も矢を射ち込んでいる様子で、果敢に戦いを挑んでいた。

 しかし、攻撃を受けて怒っていたように見えた魔獣だったが、自分を攻撃しているミモザの方には向かわずに、方向を変えてビリジアンを追ってきてしまった。
 ミモザとの戦いを避けて、魔獣は逃げる方を先に狙ったのか、これで救援を呼ぶ作戦は失敗になってしまった。

 それならば、ビリジアンはなんとか逃げて時間を稼ぐのみだ。

 ビリジアンは時々振り返りながら、全速力で走った。
 走り出した方向は、先ほど逃げた時とは違い、木々が少なく徐々に開けた場所になっていき、このままではビリジアンの足だと追いつかれてしまう。
 それでも行かなければと、ビリジアンは必死になって走った。

 走り続けていると、もっと開けた場所に出たが、ビリジアンは、ハッと気がついて急いで足を止めた。

「嘘だろ……道が……ない」

 道が途中で切り取られたように消えていて、その向こうに青い空が見えた。

「崖だ」

 水の音はこれだったのかと気がついた。
 目の前は切り立った崖になっていて、近くには滝があり崖下には川が流れていた。
 目が眩むような高さだった。
 ここから落ちたら間違いなく命はないだろう。

 崖の下を覗き込んで震えた時、後ろからグルルルと低い唸り声がした。
 恐る恐る振り返ると、飛びかかりそうなくらいの距離に魔獣の姿があった。
 追いつかれるのは時間の問題だと思っていた。
 不運にも逃げた方向が、崖に続いていたなんて思わなかった。
 魔獣はミモザの攻撃に目もくれずに、一目散にビリジアン目掛けて走って来たように見えた。

 窮地に立たされて、もしかしたら魔獣は初めから自分を狙っているのではないかと、ビリジアンは気がついた。

 獰猛な熊の形をしているが、魔獣の正体は使い古した魔力の塊なので、意思疎通はできない。
 それは分かっているが、何とか手懐けることができないかと、ビリジアンは手を伸ばそうとした。
 しかし鋭い牙を向けられて、唸り声を上げられたらもう無理だと諦めるしかなかった。

 人数合わせのパートナーとして参加した狩り大会で、急遽狩りに参加することになり、変な男達に追われ、魔獣に会ってしまい、人は滅多に襲わないと聞いていた魔獣に襲われた。

 もう考えるだけでも自分はどれだけツイていないのか、悲しすぎて泣くこともできない。

 前にも後ろにも逃げることはできず、絶望的な状況だ。
 こんなことなら、ちゃんと話しておけばよかったと、今さらになってマゼンダの顔が浮かんできた。

 歳の差、教師と生徒、そして主人公との関係。
 考えれば考えるほど問題はたくさんある。
 それにマゼンダは気まぐれに手を出しているだけで、愛はいらないし、ビリジアンの想いなど迷惑だと言われるかもしれない。

 それでもちゃんと言えばよかったとビリジアンは後悔した。

 変なゲームの世界に入って、婚活なんかさせられることになり、戸惑いしかなかった自分の側にいてくれたのはマゼンダだった。

 イチローだった前の世界のことなんて、もうどうでもよくなっていた。

 ピンク色の夕日に染まるマゼンダの顔が目に浮かぶ。
 無駄に歳だけとって、心はちっとも成長していない自分だけど、マゼンダを笑顔にしたい。

 マゼンダに愛を教えてあげたい。
 自分だって失敗して、上手くできないけれど。

 それでも、主人公ではなく、自分が……

 世間体とか色々悩んだが、そんな問題なんて些細なことだった。
 本当はマゼンダに気持ちを伝えて拒絶されるのが恐かった。
 好きだと伝えて、嫌だと言われるのが恐かった。

 なんて単純な悩みだったんだと、ビリジアンは笑ってしまった。

 ビリジアンは最後と抵抗にと弓を構えたが、じりじりと距離を詰められて、崖の近くまで来てしまった。

 後ろは崖で逃げ場はない状態、ミモザと違って、もともと下手くそなビリジアンの腕では弓が上手く当たるかすら分からない。
 手が震えて照準が定まらないビリジアンに向かって、魔獣は大きく吼えた後、強く地面を蹴った。

 絶体絶命、ビリジアンが絶望の目で魔獣を見た時、突然青い閃光が走って魔獣を貫いた。
 ビリジアンに向かって宙を飛んでいた魔獣は、光に押されるように、横に吹っ飛んでいった。
 その光景がスローモーションで見えて、全ての音が消えてしまったように静かになった。
 魔獣姿が目の前から消えしまい、何が起こったのか分からなくてビリジアンは呆然としてしまった。

 辺りに砂埃が舞い上がる中、耳に馴染みのある声が飛び込んできた。







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