異世界モブおじセンセーの婚活大作戦

朝顔

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本編

にじゅうに 顔のいい男③

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「参ったな……こんな時に……」

 ビリジアンは周りに見られないように、鞄の中を開けて中身を確認した。
 見間違いではないことが分かって、あぁと声を漏らして頭を抱えた。

 鞄の中には、最近引き取ったばかりの魔法生物で、ロクローと名付けた子が入っていた。
 ロクローは黄緑色で側面に目玉のような派手な模様が付いているが、魔法生物の中でも珍しく擬態するタイプなので、今は鞄の中の赤い裏地と同じような色に変わっている。
 ビリジアンと目が合うと、どことなく嬉しそうに頭を上げてモゾモゾと手を動かした。

 ビリジアンは魔法生物を鞄に入れて持ち歩きはしない。
 魔法生物は繊細な生き物で、環境の変化で弱ってしまうこともあるし、グルメなくせに自分で食物を見つけられないので、人の手がないと死んでしまう。
 召喚魔法の失敗で生まれてくるので、生殖能力もない。
 人と同じくらいの寿命と言われているが、個体によって差があるのでなんとも言えない。
 ビリジアンの研究対象兼、愛しのペットだが、一般の人には嫌われていて、使い道としても微量な魔力を提供してもらうくらいしかない。

 召喚魔法は大魔法師と呼ばれる、国でも数人しかいない階級の魔法使いが、何年も魔力を蓄えて挑むもので、成功すれば立派な猛獣の外見をした魔獣を召喚して使役できる。
 そして上手くいかなければ、ただの失敗か、イモムシ型の魔法生物が誕生するというわけだ。

 基本的には無害で大人しいのだが、今回新しく入ったばかりのロクローはとっても活発な子だった。
 初日にゲージを脱出して、寮の廊下を這っているところを発見し、翌日は気がついたらビリジアンのベッドに潜り込んで寝ていた。
 餌もたくさん食べて元気なのはいいが、このヤンチャぶりはどうしようかと思っていたところだった。
 そして今日は、ミモザに頼まれたキャンバス侯爵主催の狩り大会当日。
 王国南部に広がる森林地帯が会場となり、ビリジアンは迎えの馬車に乗って、何事もなく会場までたどり着いた。
 しかし、降りようと鞄を掴んだ時に、もそもそと動く気配に気がついて、恐る恐る鞄を開けるとそこには、やぁと声を上げそうな顔でロクローが入っていた。
 出かける前に餌をあげるために、ゲージの部屋に鞄を置いたまま、バタバタと支度をしていた。
 その時にまた脱出したロクローが、勝手に鞄の中に入り込んでいたのだと気がついた。

 魔法生物の研究者とはいえ、仕事のため以外で外に出さない決まりになっている。
 万が一、一般の人に見られたら、大騒ぎになってしまう。
 特に貴族のご婦人方など、卒倒するかもしれない。
 管理が甘いと言われて、お見合いどころではなく、クビになる可能性がある。

 このまま帰りたかったが、家に戻っていたら、遅くなってしまう。
 ビリジアンは、昨夜ゲージの鍵を交換しなかった自分を恨んだ。

「コンドルトさん? 大丈夫ですか?」

 ミモザの秘書の声がして、迎えにきてくれたのだと分かった。
 慌ててロクローを鞄の奥に押し込んだビリジアンは、出てくるなよと声をかけて鞄の留め具を閉めた。使い込んだ鞄はちょうどよく小さな穴が多数空いているので、息はできる状態だ。
 日中はほとんど寝ているので、お願いだからこのまま寝ていてくれと願った。

「な、なんでもないです。遅くなってスミマセン」

「いえ、まだ時間は大丈夫です。出てこられないので、ご気分でも悪いのかと……。元気そうですね、よかったです」

 降りた後、馬車がどこに行くのかも分からないので、鞄を置いていくわけにいかない。
 ビリジアンはキョロキョロと辺りを見回しながら、鞄を抱えて馬車から降りた。

「鞄、お持ちしましょうか? 荷物を預けるところもありますが……」

「いや、だっ、大丈夫。仕事の大事な資料が入っていて、人に預けるわけにいかないんだ」

 なぜそんなものを持ってきたのかという目で見られたが、ビリジアンは引き攣った笑顔で誤魔化した。

「会場への入場は必ずパートナーが必要になります。会場へ入ったら紳士用のテントがありますから、そこで自由にお過ごしください。朝から日暮れまでの長丁場です。仮眠をとれるようにベッドも用意されています」

 待っている側は、ずいぶんと至れり尽くせりの状況に、本来なら喜ぶところなのだが、鞄を放置して寝るわけにもいかず、悩ましい状況になってしまった。

 会場の入口近くまで来ると、名前を呼ばれる順番待ちの列が出来ていた。

「今日はなんと、バーミリオン殿下も参加するそうですよ」

 その名前を聞いて、ビリジアンは胸が詰まるような気持ちになった。
 あの劇場でバーミリオンと会った日以来、マゼンダとは気まずい状態が変わらないでいる。
 とにかくビリジアンは、マゼンダを避けて職員室で過ごしているので、会話らしい会話はなかった。
 ただ一度だけ、廊下ですれ違った時に、ミモザが言っていたあの話とはなんだと聞かれたので、緊張した勢いで、この狩り大会の話をした。
 そうですかと言われてそれで終わったが、何か考えるような顔をしていたのを覚えている。

「殿下の……パートナーは……?」

「確か、ご学友の方、数名と聞いております」

「ああ、ご学友ですか……ん?」

 頭に思い浮かんだのは、バーミリオンと取り巻きのイケメン軍団だ。
 狩りなんて、あの年頃なら、男同士の勝負だと喜んで参加しそうだ。

 ということはもしかして……
 頭に銀色とピンク色の髪の毛が思い浮かんだ。

「ビリジアン、遅かったな」

 キャアと黄色い声が上がって、参加者用の待機テントから出てきたのはミモザだった。
 狩りということもあって、他の参加者達はみんな地味で動きやすそうな装いだが、この男は森の中で舞台でもやるような派手な格好だった。
 緑と赤と青の羽がついた帽子が、なんとも言えないダサさがあるが、それを打ち消してしまう美貌はなんとも羨ましい限りだ。

「遅れてすまない。一緒に入場だけすれば、あとは待っていていいんだよな?」

「ああ、その通りだ。俺が大物を狩ってくるのを祈りながら、酒でも飲んでいてくれ」

 貴族がたくさん参加していて、ずいぶんと大掛かりなイベントのようだ。
 鞄の中を見られるわけにいかないので、さっさと隠れられる場所に行きたかった。

 ミモザの隣にビリジアンが並ぶと、どう見てもおかしな組み合わせだった。
 国で一番のイケメンの隣に、鞄を抱えた猫背の地味な男、会場にいる者達があれは誰だとザワザワとし始めた。

「ミモザ! 元気そうだな。この前の公演は良かったぞ」

 やけに明るくて調子のいい声が聞こえてきた。
 群衆の中から、いかにも貴族という上等な服に、高級そうな宝石のついたマントを翻した男が颯爽と現れた。
 口元には皺があり、黒髪の頭に白いものが混じっているが、立派な体格で力強い足取りの健康そうな男性だった。

「キャンバス侯爵、先日はお越しいただきありがとうございます。侯爵も変わらずお元気そうで羨ましいです」

「国の宝と呼ばれる男が、何を言うんだ。はははっ、相変わらず面白いやつだ。ん? 今日のパートナーは……」

 このマッチョなおじ様がキャンバス侯爵のようだ。ミモザとしっかりと握手をした後、お互い肩を叩き合った。
 ミモザが王都に来てからのファンで、多くの支援をしてくれている人だと聞いた。
 そんな人の前で失礼はいけないと思ったビリジアンは、緊張しながら背筋を伸ばした。

「彼です。魔法学園で教師をしているビリジアン・コンドルト。今、お見合いをしている最中なので、彼にパートナーを頼みました」

「なんと……!? あの見合い相手を募集した話は本当だったのか……それで、君が選ばれたと……」

「は……はい」

 キャンバス侯爵の鋭い視線を受けて、ビリジアンは息を吸い込みながら、やっと頷いた。
 ビリジアンの様子を見た侯爵は、何か気がついたようにニヤッと笑った。

「君も、悪い男だな。遊んでばかりいると、いつか痛い目にあうぞ」

「そうですね、はははっ」

 長い付き合いなのか、侯爵はミモザの考えをすぐに理解したようだった。
 二人で笑い合っている姿に、入場してからやってくれないかなとビリジアンが思っていると、何を間違えたのか侯爵は、ぱっとビリジアンの方を見てきた。

「この時期はウサギや鳥が多く出るから、なかなか楽しめると思うぞ。パートナーが男ならビリジアン君も、もちろん参加するんだろう?」

「いえ、彼は……」

 何を余計なことを言い出すのかと、ビリジアンは慌てた。
 すかさずミモザが、ずいっと前に出て手を振って違うと訴えてくれた。
 しかし、侯爵はすでに狩人の目になっていた。

「参加者は多い方がいいんだ。それと、ビリジアン君の属性を教えてくれるか?」

「……土ですけど」

「それなら、なおさらいいじゃないか。君は特別に参加費は無料だ。ぜひ参加して、大会を盛り上げてくれ」

「いや、それは……」

「まさか……この私がぜひ、と言っているのに、断ると言うのかね?」

 侯爵がカッと目を見開いた。
 目力に負けてビリジアンは後ろに下がってしまったが、もう一人負けた男がいた。

「……彼は出ます」

 唯一の頼りだったミモザが完全に折れたので、ビリジアンは心の中で、嘘だろと叫んだ。

 その時、会場にワッと歓声と拍手の音が鳴り響いた。
 群衆の中、手を上げてにこやかに登場したのは、バーミリオン王子だった。
 そしてその後ろに、ご学友の方数名が続いていたが、その最後に見慣れた姿を見つけてしまった。

「あ………」

 思わず手を上げて、名前を呼んでしまいそうな衝動に駆られてしまった。
 中途半端な状態で上がった手を、さっと掴んできたのは侯爵だった。

「乗り気になってくれて嬉しいよ。無理強いはしたくなかったからね。二人の腕前、期待しているよ」

「え、ええっ」

 いつの間にか、同意したみたいになっているので、ビリジアンが慌てていると、横から手を出してきたミモザが侯爵と固い握手を交わした。

「二人で伝説を作るつもりでいきます。ご期待ください」

「ミモザ! おまえっ!」

 ミモザの腕を引こうとしたら、小脇に抱えていた鞄を落としそうになって、ビリジアンは出遅れた。
 その間に、ミモザと侯爵は肩を組みながら楽しそうに歩いて行ってしまった。

 バーミリオン王子と仲間達のグループも会場に入って行き、その後方にいた男が振り返ってビリジアンを見てきた。

「マゼンダ……」

 何か言いたげな目で見つけられて、ビリジアンが動けないでいると、ミモザに入場するから早くしろと呼ばれてしまった。

 食って寝るつもりで参加した狩り大会、何かとんでもないことが起こりそうな予感にビリジアンはぶるっと震えた。






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