18 / 32
本編
じゅうはち 顔のいい男①
しおりを挟む
「名声もあり、相手にも不自由していない男が、次に欲するものといえばなんでしょう?」
「そりゃ、地位だろうな」
ですよね、と言って腕を組んだマゼンダを見ながら、ビリジアンは絶対間違いだろうと今でも思って馬車に揺られていた。
今日はミモザから指定された顔合わせの日だ。
キャメルの推薦状には、間違いなくビリジアンの情報が書かれていたはずだ。
話を盛っていないかキャメルに何度も確認したが、年齢や仕事、似顔絵までそれっぽくよく描けた物を送っていた。
たくさん応募があったはずだから、返事をする相手を間違えましたと連絡が来るのを待っていたがが来ず、ついに当日を迎えてしまった。
今日は休演日らしいが、稽古場となる劇場近くの建物に呼ばれていた。
本宅は別にあるらしいが、ミモザはほとんどそこで寝起きして暮らしているらしい。
「中まで付いて行かなくて大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だろう。向こうの目的が分からんが、話を聞いてすぐ帰る」
今日も上から下まで、マゼンダに準備を手伝ってもらったが、馬車に乗り込むとマゼンダまで一緒に乗ってきてしまった。
いつも失敗ばかりなので、心配してくれたのだなと思った。
「それにしても、お前がここまで反対するなんて、どうしてなんだ?」
「……彼、ミモザ氏とは、パーティーで何度か会ったことがあります。確かに見た目は良いですが、いつもたくさんの女性に囲まれて、何人も周りに侍らせて好き放題……」
「お前のライバルみたいだな」
「そ……それは、確かにありますけど。彼の場合、かなり自分勝手に見えます。自分が一番好きで、他の人はどうでもいいという感じで……」
「まぁ、役者だからな。そういう面がないと、のし上がって行けないだろう。そういえば、演技の方はどうなんだ?」
「演技ですか?」
見た目が良くても、実力が伴わないとやっていけない世界だ。
その辺りを聞いてみたが、マゼンダは首を傾げた。
「私は公演を観たことがないのでなんとも。ただ、彼の舞台は話題に上がりますが、彼の演技が話題に上がることは少ないですね」
見た目だけで人気を保っているとは、それはそれで大したものだと思った。
それほどのスターがどういう人間で、何を考えているのか、少し興味が湧いてしまった。
「とにかく、変な動きをされたり、急に襲ってきたらすぐに逃げてください」
「お前なぁ……猛獣じゃねーんだから」
「……心配、なんです」
マゼンダにしては珍しく、やけに感情的に見えてしまった。馬車が止まって、ビリジアンが降りようとすると、腕を掴んできた。
「……友人、ですから」
マゼンダの口から友人という言葉が出てきて、驚いた。
ビリジアンの想像する友人とは、少し違ったが、そんな風に言って心配してくれるのは素直に嬉しかった。
「大丈夫、上手くやるよ」
ぽんぽんとマゼンダの頭を撫でてから、ビリジアンは馬車を降りた。
振り返ると複雑な気持ちになる気がして、ビリジアンは真っ直ぐ前を見たまま歩き出した。
マゼンダの心配そうに見つめてくる目が、胸に残って離れなかった。
豪邸だったエボニーの時とは違うが、さすが人気者であるからか、建物に入る時には警備員にチェックを受けた。
それなりに広い敷地に、稽古用の建物と居住用の建物が二つ建っていた。
ミモザは居住用の建物にいるらしく、中に入ると彼の秘書だという男性が案内してくれた。
「あの、ここまで来ておいてなんですけど、本当に私が選ばれたのでしょうか……」
「え、ええ……そうです」
彼の秘書は、丸メガネをかけた、いかにも苦労人みたいなヒョロっとした男だ。
困ったように眉尻を下げながら、いきなりすみませんと謝ってきた。
「詳しくはミモザから話があると思いますが、彼はすごく気まぐれで、自分勝手なところがあるので、今回のお話はコンドルトさんにとって、良いお話とは……」
「ああ、それは大丈夫です。俺もここへ来るまで半信半疑だったし、何か事情がありそうだとは思っていました」
「……よかったです。すごく期待されていたらどうしようかと……。あの、一応お話ししておきますが、中では何があっても驚かないでください。特殊な世界で生きている人なので」
特殊かどうかは分からないが、ビリジアンも別の世界から来た人なので、多少のことでは動じないつもりでいた。
長い廊下を歩いて、一番奥の大きな扉の部屋の前に立った。
秘書がコンコンとノックをしても返事がなく、失礼しますと言ってドアを開けた。
ビリジアンはその後ろから中の様子を目にしたが、驚いて息を吸い込んでまま吐き出すことができなかった。
部屋の中には巨大なベッドが中心に置かれていたので、ここは寝室なのだろうと思った。
まず目に飛び込んできたのは、裸の女の人で、しかも一人ではなく何人もベッドの上に寝そべっていた。
そのベットの中央で、こちらも裸の女性が座り込んで艶かしい声を上げていた。
まるでAVの乱行パーティーでも見ているような光景だった。
恥ずかしそうに喘いでいる女性の下から、むくりと男が起き上がってこちらを見てきた。
「ミモザさん、コンドルトさんがいらっしゃいました」
「ん? ああ、もうそんな時間か……、とりあえず応接で待たせてくれ。今終わらせるから」
耳を疑うような言葉が聞こえてきて、女性がアンアンと大きく喘ぎ始めた。
これ以上は見てはいけないと、ビリジアンが目をつぶった時、失礼しましたと言って秘書が扉を閉めた。
今度は変なAVの世界に入ってしまったのだろうか。
応接室に通されたビリジアンは、放心状態で椅子に座っていた。
特殊な世界と前置きされたが、特殊すぎるだろうと目眩がした。
何のためにお見合いなんてするつもりなのかと、ますます怪しく思っていたら、カチャっとドアが開いて部屋の中に香水の強い香りが漂ってきた。
「すまないな、全員イかせていたら遅くなってしまった」
そんな言い訳あるのかという台詞を口にしながら、のんびり入ってきたのはミモザだった。
くるくるとパーマがかかったような髪は、眩しいくらい鮮やかな黄色、陶器のように白い肌、黄金比の整った顔には、薄緑色の瞳が浮かんでいた。聞いていた通り、天使のように美しかった。
「知っていると思うが、ミモザ・シャルトルーズだ。驚かせて悪かったな」
「……ビリジアン・コンドルト、魔法学園で魔法生物学の教師をしている」
立ち上がっていたが、まぁ座ってくれと言われて椅子に座った。
対面の椅子に座ったミモザは、薄手のガウン一枚で、はだけた胸元からは、割れた腹筋が見えている。
舞台俳優というか、AV男優にしか見えなくて、ビリジアンは目の前に出されたお茶をごくりと飲み込んだ。
「最初に言っておくが、俺は美しいものが好きなんだ。女も男も美しいものなら何でも好きだ。ただ、究極を言うとまだ自分より美しい存在に出会ったことがない。美しいものこそ、私の世界の全てだ」
ミモザは想像していた通り、絵に描いたようなナルシストのようだ。部屋の壁にかかっている鏡を見ながら、髪をかき上げてうっとりと微笑んだ。
おいおいと顔を引き攣らせるビリジアンなど、まったく目もくれずに、ミモザは鏡を見ながら話し始めた。
「それで、だ。こんな私の完璧な美の世界の招待客に、君を選んだのは理由がある。それは、君なら都合がいいと思ったからだ。聞けば、政府から結婚を迫られているらしいな。それで思いついたんだ。君なら側にいたとしても、厄介な問題が起きることはない」
「厄介な問題とは?」
「まず、簡単に言うと、結婚は爵位のためだ。私の場合、今は準男爵だ。貧乏な平民の家庭で生まれ、ここまで上り詰めたが、貴族ではないことが、私の汚点になっている。王国からは、国の至宝と呼ばれたが、結婚していないことが問題で男爵にはなれないと言われた。しかし、私の人気を考えれば分かるだろう? 結婚はマイナスでしかないんだ」
「確かに絶世の美男なのに、所帯じみた印象が付いて、役の幅が狭まる可能性があるな」
「そうなんだよ。それに熱狂的なファンは、俺が美女の中から一人選んだら、相当な嫉妬の嵐が巻き起こる。その点、凡庸そうな君なら……」
「誰も嫉妬しないってやつか」
ミモザは指を弾いてピンッと音を鳴らした。
軽くウィンクして、正解という顔をしたので、口に出して言えよと心の中でツッコんでしまった。
何と言うか、何と言っていいのか分からず、ビリジアンは頭に手を当てて息を吐いた。
これまた強烈な男だと目眩がしてしまった。
「ということは、つまり、俺とは見合い交渉や、その後も体の関係を望んではないのか?」
「は? 君と?」
ミモザはその美しいお顔を崩して、頬をぷっと膨らませた後、一気に噴き出して腹を抱えて笑った。
「はははっ、じょ、冗談はよしてくれよ。君、もしかして私のファンなの? 悪いけど、美しいものにしか惹かれないんだよ。君では勃つモノも勃たない。そっちだって、結婚の事実が欲しいだけだろう。変な気は起こさないでくれ」
ミモザの提案は、いつだったかビリジアンがマゼンダに語った、プラトニックな協力関係に一番近いものだった。
結婚の事実だけあって、お互い仕事を守ることができる、考え方としてはビリジアンの理想だ。
しかし、言い方ってものがあるだろうと、ビリジアンはあまりいい気分ではなかった。
「結婚しても、私の交遊関係は変わらない。毎日女性をベッドに呼ぶし、そっちに流れる金も多いだろう。一緒に暮らす必要はないし、君も君で、好きに遊んでくれて構わない。どうだ、魅力的な提案じゃないか?」
頭では分かっている。
これだけハッキリ線引きした関係なら、間違いなんて起こるはずもなく、ただの協力者として関係を続けていけるだろう。
分かっている。
この提案に乗れば、すべての問題が解決することを……
生活を守るための、唯一の近道であるということ……
形だけの結婚という切符を手に入れて、その先に進めると分かったのに、ビリジアンの足は止まってしまった。
これが本当に正解なのか、分からなくなった。
人を愛すること、愛されることからも背を向けて、この先にあるのは今までと変わらない未来で、孤独で寂しいものに思えた。
無性に会いたくなって、マゼンダの顔が思い浮かんだ。
どうすればいいんだと、手を伸ばしたい気持ちになってしまった。
「少し、考えさせてほしい」
ビリジアンがそう言うと、ミモザは不思議そうな顔をした。
スターに近づける絶好の機会なのに、まさか、保留にされるとは思わなかったのだろう。
希望の叶う相手と出会ったのに、なぜ自分はマゼンダのことを考えてしまうのか。
ビリジアンは混乱の広がる胸を指で掻きながら、待ってほしいと言って、ミモザに頭を下げた。
⬜︎⬜︎⬜︎
「そりゃ、地位だろうな」
ですよね、と言って腕を組んだマゼンダを見ながら、ビリジアンは絶対間違いだろうと今でも思って馬車に揺られていた。
今日はミモザから指定された顔合わせの日だ。
キャメルの推薦状には、間違いなくビリジアンの情報が書かれていたはずだ。
話を盛っていないかキャメルに何度も確認したが、年齢や仕事、似顔絵までそれっぽくよく描けた物を送っていた。
たくさん応募があったはずだから、返事をする相手を間違えましたと連絡が来るのを待っていたがが来ず、ついに当日を迎えてしまった。
今日は休演日らしいが、稽古場となる劇場近くの建物に呼ばれていた。
本宅は別にあるらしいが、ミモザはほとんどそこで寝起きして暮らしているらしい。
「中まで付いて行かなくて大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だろう。向こうの目的が分からんが、話を聞いてすぐ帰る」
今日も上から下まで、マゼンダに準備を手伝ってもらったが、馬車に乗り込むとマゼンダまで一緒に乗ってきてしまった。
いつも失敗ばかりなので、心配してくれたのだなと思った。
「それにしても、お前がここまで反対するなんて、どうしてなんだ?」
「……彼、ミモザ氏とは、パーティーで何度か会ったことがあります。確かに見た目は良いですが、いつもたくさんの女性に囲まれて、何人も周りに侍らせて好き放題……」
「お前のライバルみたいだな」
「そ……それは、確かにありますけど。彼の場合、かなり自分勝手に見えます。自分が一番好きで、他の人はどうでもいいという感じで……」
「まぁ、役者だからな。そういう面がないと、のし上がって行けないだろう。そういえば、演技の方はどうなんだ?」
「演技ですか?」
見た目が良くても、実力が伴わないとやっていけない世界だ。
その辺りを聞いてみたが、マゼンダは首を傾げた。
「私は公演を観たことがないのでなんとも。ただ、彼の舞台は話題に上がりますが、彼の演技が話題に上がることは少ないですね」
見た目だけで人気を保っているとは、それはそれで大したものだと思った。
それほどのスターがどういう人間で、何を考えているのか、少し興味が湧いてしまった。
「とにかく、変な動きをされたり、急に襲ってきたらすぐに逃げてください」
「お前なぁ……猛獣じゃねーんだから」
「……心配、なんです」
マゼンダにしては珍しく、やけに感情的に見えてしまった。馬車が止まって、ビリジアンが降りようとすると、腕を掴んできた。
「……友人、ですから」
マゼンダの口から友人という言葉が出てきて、驚いた。
ビリジアンの想像する友人とは、少し違ったが、そんな風に言って心配してくれるのは素直に嬉しかった。
「大丈夫、上手くやるよ」
ぽんぽんとマゼンダの頭を撫でてから、ビリジアンは馬車を降りた。
振り返ると複雑な気持ちになる気がして、ビリジアンは真っ直ぐ前を見たまま歩き出した。
マゼンダの心配そうに見つめてくる目が、胸に残って離れなかった。
豪邸だったエボニーの時とは違うが、さすが人気者であるからか、建物に入る時には警備員にチェックを受けた。
それなりに広い敷地に、稽古用の建物と居住用の建物が二つ建っていた。
ミモザは居住用の建物にいるらしく、中に入ると彼の秘書だという男性が案内してくれた。
「あの、ここまで来ておいてなんですけど、本当に私が選ばれたのでしょうか……」
「え、ええ……そうです」
彼の秘書は、丸メガネをかけた、いかにも苦労人みたいなヒョロっとした男だ。
困ったように眉尻を下げながら、いきなりすみませんと謝ってきた。
「詳しくはミモザから話があると思いますが、彼はすごく気まぐれで、自分勝手なところがあるので、今回のお話はコンドルトさんにとって、良いお話とは……」
「ああ、それは大丈夫です。俺もここへ来るまで半信半疑だったし、何か事情がありそうだとは思っていました」
「……よかったです。すごく期待されていたらどうしようかと……。あの、一応お話ししておきますが、中では何があっても驚かないでください。特殊な世界で生きている人なので」
特殊かどうかは分からないが、ビリジアンも別の世界から来た人なので、多少のことでは動じないつもりでいた。
長い廊下を歩いて、一番奥の大きな扉の部屋の前に立った。
秘書がコンコンとノックをしても返事がなく、失礼しますと言ってドアを開けた。
ビリジアンはその後ろから中の様子を目にしたが、驚いて息を吸い込んでまま吐き出すことができなかった。
部屋の中には巨大なベッドが中心に置かれていたので、ここは寝室なのだろうと思った。
まず目に飛び込んできたのは、裸の女の人で、しかも一人ではなく何人もベッドの上に寝そべっていた。
そのベットの中央で、こちらも裸の女性が座り込んで艶かしい声を上げていた。
まるでAVの乱行パーティーでも見ているような光景だった。
恥ずかしそうに喘いでいる女性の下から、むくりと男が起き上がってこちらを見てきた。
「ミモザさん、コンドルトさんがいらっしゃいました」
「ん? ああ、もうそんな時間か……、とりあえず応接で待たせてくれ。今終わらせるから」
耳を疑うような言葉が聞こえてきて、女性がアンアンと大きく喘ぎ始めた。
これ以上は見てはいけないと、ビリジアンが目をつぶった時、失礼しましたと言って秘書が扉を閉めた。
今度は変なAVの世界に入ってしまったのだろうか。
応接室に通されたビリジアンは、放心状態で椅子に座っていた。
特殊な世界と前置きされたが、特殊すぎるだろうと目眩がした。
何のためにお見合いなんてするつもりなのかと、ますます怪しく思っていたら、カチャっとドアが開いて部屋の中に香水の強い香りが漂ってきた。
「すまないな、全員イかせていたら遅くなってしまった」
そんな言い訳あるのかという台詞を口にしながら、のんびり入ってきたのはミモザだった。
くるくるとパーマがかかったような髪は、眩しいくらい鮮やかな黄色、陶器のように白い肌、黄金比の整った顔には、薄緑色の瞳が浮かんでいた。聞いていた通り、天使のように美しかった。
「知っていると思うが、ミモザ・シャルトルーズだ。驚かせて悪かったな」
「……ビリジアン・コンドルト、魔法学園で魔法生物学の教師をしている」
立ち上がっていたが、まぁ座ってくれと言われて椅子に座った。
対面の椅子に座ったミモザは、薄手のガウン一枚で、はだけた胸元からは、割れた腹筋が見えている。
舞台俳優というか、AV男優にしか見えなくて、ビリジアンは目の前に出されたお茶をごくりと飲み込んだ。
「最初に言っておくが、俺は美しいものが好きなんだ。女も男も美しいものなら何でも好きだ。ただ、究極を言うとまだ自分より美しい存在に出会ったことがない。美しいものこそ、私の世界の全てだ」
ミモザは想像していた通り、絵に描いたようなナルシストのようだ。部屋の壁にかかっている鏡を見ながら、髪をかき上げてうっとりと微笑んだ。
おいおいと顔を引き攣らせるビリジアンなど、まったく目もくれずに、ミモザは鏡を見ながら話し始めた。
「それで、だ。こんな私の完璧な美の世界の招待客に、君を選んだのは理由がある。それは、君なら都合がいいと思ったからだ。聞けば、政府から結婚を迫られているらしいな。それで思いついたんだ。君なら側にいたとしても、厄介な問題が起きることはない」
「厄介な問題とは?」
「まず、簡単に言うと、結婚は爵位のためだ。私の場合、今は準男爵だ。貧乏な平民の家庭で生まれ、ここまで上り詰めたが、貴族ではないことが、私の汚点になっている。王国からは、国の至宝と呼ばれたが、結婚していないことが問題で男爵にはなれないと言われた。しかし、私の人気を考えれば分かるだろう? 結婚はマイナスでしかないんだ」
「確かに絶世の美男なのに、所帯じみた印象が付いて、役の幅が狭まる可能性があるな」
「そうなんだよ。それに熱狂的なファンは、俺が美女の中から一人選んだら、相当な嫉妬の嵐が巻き起こる。その点、凡庸そうな君なら……」
「誰も嫉妬しないってやつか」
ミモザは指を弾いてピンッと音を鳴らした。
軽くウィンクして、正解という顔をしたので、口に出して言えよと心の中でツッコんでしまった。
何と言うか、何と言っていいのか分からず、ビリジアンは頭に手を当てて息を吐いた。
これまた強烈な男だと目眩がしてしまった。
「ということは、つまり、俺とは見合い交渉や、その後も体の関係を望んではないのか?」
「は? 君と?」
ミモザはその美しいお顔を崩して、頬をぷっと膨らませた後、一気に噴き出して腹を抱えて笑った。
「はははっ、じょ、冗談はよしてくれよ。君、もしかして私のファンなの? 悪いけど、美しいものにしか惹かれないんだよ。君では勃つモノも勃たない。そっちだって、結婚の事実が欲しいだけだろう。変な気は起こさないでくれ」
ミモザの提案は、いつだったかビリジアンがマゼンダに語った、プラトニックな協力関係に一番近いものだった。
結婚の事実だけあって、お互い仕事を守ることができる、考え方としてはビリジアンの理想だ。
しかし、言い方ってものがあるだろうと、ビリジアンはあまりいい気分ではなかった。
「結婚しても、私の交遊関係は変わらない。毎日女性をベッドに呼ぶし、そっちに流れる金も多いだろう。一緒に暮らす必要はないし、君も君で、好きに遊んでくれて構わない。どうだ、魅力的な提案じゃないか?」
頭では分かっている。
これだけハッキリ線引きした関係なら、間違いなんて起こるはずもなく、ただの協力者として関係を続けていけるだろう。
分かっている。
この提案に乗れば、すべての問題が解決することを……
生活を守るための、唯一の近道であるということ……
形だけの結婚という切符を手に入れて、その先に進めると分かったのに、ビリジアンの足は止まってしまった。
これが本当に正解なのか、分からなくなった。
人を愛すること、愛されることからも背を向けて、この先にあるのは今までと変わらない未来で、孤独で寂しいものに思えた。
無性に会いたくなって、マゼンダの顔が思い浮かんだ。
どうすればいいんだと、手を伸ばしたい気持ちになってしまった。
「少し、考えさせてほしい」
ビリジアンがそう言うと、ミモザは不思議そうな顔をした。
スターに近づける絶好の機会なのに、まさか、保留にされるとは思わなかったのだろう。
希望の叶う相手と出会ったのに、なぜ自分はマゼンダのことを考えてしまうのか。
ビリジアンは混乱の広がる胸を指で掻きながら、待ってほしいと言って、ミモザに頭を下げた。
⬜︎⬜︎⬜︎
23
お気に入りに追加
659
あなたにおすすめの小説
ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~
てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」
仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。
フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。
銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。
愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。
それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。
オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。
イラスト:imooo様
【二日に一回0時更新】
手元のデータは完結済みです。
・・・・・・・・・・・・・・
※以下、各CPのネタバレあらすじです
①竜人✕社畜
異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――?
②魔人✕学生
日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!?
③王子・魔王✕平凡学生
召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。
④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――?
⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
召喚先は腕の中〜異世界の花嫁〜【完結】
クリム
BL
僕は毒を飲まされ死の淵にいた。思い出すのは優雅なのに野性味のある獣人の血を引くジーンとの出会い。
「私は君を召喚したことを後悔していない。君はどうだい、アキラ?」
実年齢二十歳、製薬会社勤務している僕は、特殊な体質を持つが故発育不全で、十歳程度の姿形のままだ。
ある日僕は、製薬会社に侵入した男ジーンに異世界へ連れて行かれてしまう。僕はジーンに魅了され、ジーンの為にそばにいることに決めた。
天然主人公視点一人称と、それ以外の神視点三人称が、部分的にあります。スパダリ要素です。全体に甘々ですが、主人公への気の毒な程の残酷シーンあります。
このお話は、拙著
『巨人族の花嫁』
『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』
の続作になります。
主人公の一人ジーンは『巨人族の花嫁』主人公タークの高齢出産の果ての子供になります。
重要な世界観として男女共に平等に子を成すため、宿り木に赤ん坊の実がなります。しかし、一部の王国のみ腹実として、男女平等に出産することも可能です。そんなこんなをご理解いただいた上、お楽しみください。
★なろう完結後、指摘を受けた部分を変更しました。変更に伴い、若干の内容変化が伴います。こちらではpc作品を削除し、新たにこちらで再構成したものをアップしていきます。
猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…
えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。
祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
神様ぁ(泣)こんなんやだよ
ヨモギ丸
BL
突然、上から瓦礫が倒れ込んだ。雪羽は友達が自分の名前を呼ぶ声を最期に真っ白な空間へ飛ばされた。
『やぁ。殺してしまってごめんね。僕はアダム、突然だけど......エバの子孫を助けて』
「??あっ!獣人の世界ですか?!」
『あぁ。何でも願いを叶えてあげるよ』
「じゃ!可愛い猫耳」
『うん、それじゃぁ神の御加護があらんことを』
白い光に包まれ雪羽はあるあるの森ではなく滝の中に落とされた
「さ、、((クシュ))っむい」
『誰だ』
俺はふと思った。え、ほもほもワールド系なのか?
ん?エバ(イブ)って女じゃねーの?
その場で自分の体をよーく見ると猫耳と尻尾
え?ん?ぴ、ピエん?
修正
(2020/08/20)11ページ(ミス) 、17ページ(方弁)
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる