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本編
じゅうご 変な嵐
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麗らかな午後の日差しが廊下を照らして、運動場からは生徒達の声が聞こえてくる。
のどかで穏やかな空気が溢れていて、自分の状況など忘れてビリジアンは足を止めた。
「平和だなぁ……」
口にしてみると、いっそう力が抜けてしまい、ぼけっとしながら窓の外に目を向けた。
エボニーとの見合いがだめになってしまい、事情を知らない学園長からは、もっとしっかりしろとお叱りを受けてしまった。
エボニーは急いで国を出たので、こちらの都合で申し訳ないと謝罪の手紙があったそうだが、学園長からしたら断りの常套句なので、また何かビリジアンが失敗をしたのだと思っているらしい。
訂正するのも面倒なので、はいはいと謝っておいた。
相性があるから仕方がないが、相手をもっと考えて選ぶようにと言われてしまった。
この話をしたらマゼンダは慎重になって、吟味すると言って、次の情報を集めてくれている。
ということで、今のところ、会わなければいけない相手もいない。
心に余裕ができたつもりだったが、なんとも言い表せない焦りを感じる時があった。
窓の外には、様々な花が咲き誇る庭園があり、その花のアーチをくぐって親しげに歩いている男女の姿が見えた。
今日は紫色の髪を高く上で結んで、可愛らしい頸を披露しているのは、このゲーム世界の主人公であるバイオレットだ。
彼女は日々、攻略対象者達と親交を深めている。
まだ付き合っているという噂は聞かないし、誰が一人に絞ったようには見えない。
よく一緒にいるのはバーミリオンだが、最近になって頻繁に一緒にいるところを目撃する相手ができた。
今一緒に花を眺めながら談笑しているのがその相手、マゼンダだ。
これ以上、お似合いという相手がいるだろうか。
ゲームでは、奥手でお子ちゃまな王子とは対照的に、マゼンダはあの手この手とバイオレットを誘惑して、二人のイベントシーンは常に濡れ場の連続だった気がする。
二人が歩く光景は、花をバックに絵に描いたような美しさだった。
最初のイベントをスキップしたとしても、王子の取り巻きであるマゼンダと絡むことは、ほぼ強制だったのかもしれない。
ビリジアンの知らない場所で、二人は出会いを果たして、いつの間にかゲームの通りに仲良くなっていた。
しかし、それはゲームのモブであるビリジアンには関係のないことで、主人公は勝手に幸せになってくれと願うだけの話だったはずだ。
それなのに、二人が仲睦まじく歩く姿を見て、胸がモヤモヤしてしまうのはなぜだろう。
今や自分にとってのお助けキャラであるマゼンダが、他に興味を持ってしまうのが惜しいと思うだけなのか、それとも……
その時、何かに躓いたバイオレットが、マゼンダの方に倒れて、マゼンダが抱き止めて二人は急接近した。
それを見ていたビリジアンは、心臓がドキッと跳ねて、思わず窓枠を掴んでしまった。
近づいた二人は、後ほんの少し動けばキスをする距離だった。
いかにもゲームにありがちなハプニングである。
ビリジアンはもう、あの唇の柔らかさと熱さを知っている。
いつも冷めた態度でマイペース、頼りになるけどいじわる。エボニーの話に感動して、泣きそうになっていた横顔を、ビリジアンは知っている。
バイオレットは、そんなマゼンダのことをどれくらい知っているのだろう。
二人の唇が重なるところを見たくなくて、ぎゅっと目をつぶったら、コンドルト先生と背中に声をかけられた。
「わっ、キャメル先生」
話しかけてきたのは、同僚の巨乳セクシー教師、キャメル先生だった。
呼びかけても反応しなかったからか、ポンと肩を叩かれたので、ビクッと体を揺らしてしまった。
「こんなところで何を……、あっ、生徒を見ていたのですね」
「あ……ああ、そう、です」
窓の外をチラリと見ると、二人はすでに離れていて立ち話をしていた。
あれからキスをしたのかどうかは、結局分からなかった。
モテ男のマゼンダのことだ。
可愛いバイオレットを前にして、こんなチャンス、絶対に逃さなかっただろうなと思うと、胸がチクリと痛んだ。
「あーバイオレット・レオニーですか。モテますよね、あの子。人気のある男子生徒と全員仲がいいですから。いるんですよね、あのタイプ。とびきり可愛いわけじゃないけど、愛嬌があって満遍なく気を持たせるようなことをして上手いこと飼い殺す……あっ、すみませーん、生徒のことを、失礼しました。まぁ、それが魅力なんですよね」
同性であるからか、キャメルはバイオレットには意外と辛辣な意見だった。
しかし、バイオレットの魅力は認めているようで、すごい子だと頷いていた。
「一緒にいるのはマゼンダ君か。これまた、男女のモテ二人組ですね」
「マゼンダは……その、本当にモテるのですか?」
「それはもう! 入学前から社交界の薔薇として年上の女性達からモテモテでした。恋愛学も実技も必要ないって免除するくらいです」
分かってはいたが、他の人の口から聞くとより現実になって胃の辺りが重くなった。
なぜ自分がこんなに動揺しているのか、ビリジアンにはさっぱり分からなかった。
「でもー、私はちょっと苦手ですわ」
「え……それはなぜ?」
「人間味がないっていうか、よくできたお人形さんみたいじゃないですか。そういうお遊びが好きなお姉様方にはウケると思いますけど、結局人形は物ですから、心を通わせることはできません。ああいうタイプとの恋愛は、苦しいだけです」
鼻の奥をツーンとした痛みが走った。
自分が悪く言われたわけではないのに、無性に悲しくなって口の奥に苦味が溢れてきた。
「で、でも、いいやつですよ。私の授業はしっかり受けてくれますし、準備とか後片付けも積極的に……困っている生徒を助けてあげることも……それに……」
「生徒のことで、そんなに必死になって、コンドルト先生は優しいですね」
どうしても我慢できなくて、マゼンダのことを熱弁していたら、フッと笑ったキャメルがビリジアンの頭を撫でてきた。
「えっっ」
「ちょっとじっとしてください。髪に埃が入り込んでいますよ。資料室で物探しでもしてきました?」
「ああ、先ほど……教頭に頼まれて……」
「あれっ、もう少し屈んでくれますか? つむじの奥に入ってしまいました」
撫でられたと慌ててしまったが、頭のゴミを取ってくれようとしていただけのようだ。
屈んでくれた言われて膝を折ったら、キャメルの豊満な胸の谷間が目の前になってしまった。
これはマズいと離れようとしたが、動かないでと怒られてしまった。
「あー、やっと取れました。頑固な埃でしたね」
ほらと指でつまんで見せられたが、それどころじゃなくて頭がクラクラしてしまった。
こんな場面を他人が見たら、キャメルの胸に顔を埋めようとしていたと大騒ぎになるだろう。
幸い廊下を通った生徒はいなかったようで、変な誤解をされずにすんだと、ホッとして息を吐いた。
「そうだ、学園長から聞きましたけど、お見合い上手くいかなかったそうですね」
「ま、またあの人は……」
「それで、良かったら、私の紹介なんてどうかなと思って、話を持ってきたんです」
「え? キャメル先生の?」
「ええ、ある人が結婚相手を募集していて、男でも女でもいいって話を聞いたのです。これはもしかしたら、シャイなコンドルト先生にはピッタリかもって」
学園長のお見合いリストから考えていたが、それ以外にも単純な紹介という手があるのかと初めて気がついた。
しかし、もし上手くいかなければキャメルに迷惑がかかってしまう気がして、どうにも気まずい気持ちになった。
「ああ、私のことは気にしないでください。その方は有名人なので、たまたま私の耳に入っただけですから。でも、こんな機会滅多にないと思うんですよ。だってあの、ミモザ・シャルトルーズですよ。応募だけでも、してみませんか?」
「ん? 有名な方ですか?」
「ご存知ないのですか!? 社交界の天使、王国一顔のいい男、絶世の美男と呼ばれて、目が合うだけで、相手を妊娠させることができるなんて言われている、今最も注目されている方です!!」
「……ドン・ファン」
「え?」
「いえ、なんでも……」
「とにかく、みんな殺到すると思いますけど、連絡だけはしてみませんか? 本当に、こんな機会ないですからっ!」
困りますと答える前に、キャメルは私に任せてくださいと言って、ビリジアンの手を握ってから走って行ってしまった。
とんでもない勢いに唖然としてしまったが、どう考えても、国中の女性達が殺到しそうな話で、自分に連絡が来るわけがない。
よく分からないが、イケメンを利用した宣伝でもしようっていう、何かのイベントかもしれない。
勘弁してくれと小さくこぼして、ビリジアンは頭をかきながらやっと歩き出した。
平和な一日に思えたのに、キャメルのおかげで変な嵐に巻き込まれたような気分だった。
一気に肩が凝ってしまい、首を回しながら準備室まで来るとドアの前に足が見えて、誰かが立っていることに気がついた。
「お……」
顔を上げるとそこに立っていたのはマゼンダだった。
いつも好き勝手に訪れては暇を潰していくので、今日もそんな感じかと思った。
しかし、すぐに話しかけてくることなく、ドアに背をもたれて無言でいるので、どうしたのだろうと思ってしまった。
目は細く、口はキュッと結ばれていて、なんとなく雰囲気が機嫌が悪そうというか、怒っているようなオーラが漂っていた。
「どうした? なんか怒ってるのか? とりあえず、突っ立てないで入れよ」
カチャカチャと鍵を開けて、ドアノブを回して中に入ると、視界がぐるりと回ってしまった。
何が起きたのか、一瞬理解できなかったが、いつのまにかソファーの上に転がっていた。
自分を見下ろしているマゼンダの姿を見て、押されたのだと遅れてやっと気がついた。
「なっ、どうしたんだよ。何をするんだ」
「先生……さっき見てしまったんですよ」
「へ? 何を?」
「キャメル先生の胸に、顔を埋めていらっしゃいましたね」
「はあ!?」
「ちょうど庭園にいて、下から校舎の中がよく見えました。キャメル先生が手で押し付けているようにも見えましたが……」
「そっ、それは………」
上の階にいたので、まさか下から見られていたなんて思わなかった。
というか、自分はバイオレットと楽しくお喋りしていたんじゃないのかとイラッとしてしまい、誤解だと言うことを忘れてしまった。
「男性とお見合い中であるのに、既婚者の女性の胸に誘惑されるとは……、先生には、自分がメスであることを分からせないといけないですね」
「は……なっ……メス?」
お怒り顔のマゼンダがポケットから取り出したのは、前に使われたあの張形だった。
「そっ、それは……!!」
「先生、今日はとっても、悪い先生ですね」
そう言ってマゼンダは妖艶に笑った。
近くの水差しに入ってきた水がスルスルと飛んできて、ビリジアンの手首に紐のように巻き付いた。
「う……そ」
さっきの変な嵐はまだ序章に過ぎなかった。
これから本格的に荒れる予感がして、ビリジアンは首を振ってやめろと掠れた声を上げた。
⬜︎⬜︎⬜︎
のどかで穏やかな空気が溢れていて、自分の状況など忘れてビリジアンは足を止めた。
「平和だなぁ……」
口にしてみると、いっそう力が抜けてしまい、ぼけっとしながら窓の外に目を向けた。
エボニーとの見合いがだめになってしまい、事情を知らない学園長からは、もっとしっかりしろとお叱りを受けてしまった。
エボニーは急いで国を出たので、こちらの都合で申し訳ないと謝罪の手紙があったそうだが、学園長からしたら断りの常套句なので、また何かビリジアンが失敗をしたのだと思っているらしい。
訂正するのも面倒なので、はいはいと謝っておいた。
相性があるから仕方がないが、相手をもっと考えて選ぶようにと言われてしまった。
この話をしたらマゼンダは慎重になって、吟味すると言って、次の情報を集めてくれている。
ということで、今のところ、会わなければいけない相手もいない。
心に余裕ができたつもりだったが、なんとも言い表せない焦りを感じる時があった。
窓の外には、様々な花が咲き誇る庭園があり、その花のアーチをくぐって親しげに歩いている男女の姿が見えた。
今日は紫色の髪を高く上で結んで、可愛らしい頸を披露しているのは、このゲーム世界の主人公であるバイオレットだ。
彼女は日々、攻略対象者達と親交を深めている。
まだ付き合っているという噂は聞かないし、誰が一人に絞ったようには見えない。
よく一緒にいるのはバーミリオンだが、最近になって頻繁に一緒にいるところを目撃する相手ができた。
今一緒に花を眺めながら談笑しているのがその相手、マゼンダだ。
これ以上、お似合いという相手がいるだろうか。
ゲームでは、奥手でお子ちゃまな王子とは対照的に、マゼンダはあの手この手とバイオレットを誘惑して、二人のイベントシーンは常に濡れ場の連続だった気がする。
二人が歩く光景は、花をバックに絵に描いたような美しさだった。
最初のイベントをスキップしたとしても、王子の取り巻きであるマゼンダと絡むことは、ほぼ強制だったのかもしれない。
ビリジアンの知らない場所で、二人は出会いを果たして、いつの間にかゲームの通りに仲良くなっていた。
しかし、それはゲームのモブであるビリジアンには関係のないことで、主人公は勝手に幸せになってくれと願うだけの話だったはずだ。
それなのに、二人が仲睦まじく歩く姿を見て、胸がモヤモヤしてしまうのはなぜだろう。
今や自分にとってのお助けキャラであるマゼンダが、他に興味を持ってしまうのが惜しいと思うだけなのか、それとも……
その時、何かに躓いたバイオレットが、マゼンダの方に倒れて、マゼンダが抱き止めて二人は急接近した。
それを見ていたビリジアンは、心臓がドキッと跳ねて、思わず窓枠を掴んでしまった。
近づいた二人は、後ほんの少し動けばキスをする距離だった。
いかにもゲームにありがちなハプニングである。
ビリジアンはもう、あの唇の柔らかさと熱さを知っている。
いつも冷めた態度でマイペース、頼りになるけどいじわる。エボニーの話に感動して、泣きそうになっていた横顔を、ビリジアンは知っている。
バイオレットは、そんなマゼンダのことをどれくらい知っているのだろう。
二人の唇が重なるところを見たくなくて、ぎゅっと目をつぶったら、コンドルト先生と背中に声をかけられた。
「わっ、キャメル先生」
話しかけてきたのは、同僚の巨乳セクシー教師、キャメル先生だった。
呼びかけても反応しなかったからか、ポンと肩を叩かれたので、ビクッと体を揺らしてしまった。
「こんなところで何を……、あっ、生徒を見ていたのですね」
「あ……ああ、そう、です」
窓の外をチラリと見ると、二人はすでに離れていて立ち話をしていた。
あれからキスをしたのかどうかは、結局分からなかった。
モテ男のマゼンダのことだ。
可愛いバイオレットを前にして、こんなチャンス、絶対に逃さなかっただろうなと思うと、胸がチクリと痛んだ。
「あーバイオレット・レオニーですか。モテますよね、あの子。人気のある男子生徒と全員仲がいいですから。いるんですよね、あのタイプ。とびきり可愛いわけじゃないけど、愛嬌があって満遍なく気を持たせるようなことをして上手いこと飼い殺す……あっ、すみませーん、生徒のことを、失礼しました。まぁ、それが魅力なんですよね」
同性であるからか、キャメルはバイオレットには意外と辛辣な意見だった。
しかし、バイオレットの魅力は認めているようで、すごい子だと頷いていた。
「一緒にいるのはマゼンダ君か。これまた、男女のモテ二人組ですね」
「マゼンダは……その、本当にモテるのですか?」
「それはもう! 入学前から社交界の薔薇として年上の女性達からモテモテでした。恋愛学も実技も必要ないって免除するくらいです」
分かってはいたが、他の人の口から聞くとより現実になって胃の辺りが重くなった。
なぜ自分がこんなに動揺しているのか、ビリジアンにはさっぱり分からなかった。
「でもー、私はちょっと苦手ですわ」
「え……それはなぜ?」
「人間味がないっていうか、よくできたお人形さんみたいじゃないですか。そういうお遊びが好きなお姉様方にはウケると思いますけど、結局人形は物ですから、心を通わせることはできません。ああいうタイプとの恋愛は、苦しいだけです」
鼻の奥をツーンとした痛みが走った。
自分が悪く言われたわけではないのに、無性に悲しくなって口の奥に苦味が溢れてきた。
「で、でも、いいやつですよ。私の授業はしっかり受けてくれますし、準備とか後片付けも積極的に……困っている生徒を助けてあげることも……それに……」
「生徒のことで、そんなに必死になって、コンドルト先生は優しいですね」
どうしても我慢できなくて、マゼンダのことを熱弁していたら、フッと笑ったキャメルがビリジアンの頭を撫でてきた。
「えっっ」
「ちょっとじっとしてください。髪に埃が入り込んでいますよ。資料室で物探しでもしてきました?」
「ああ、先ほど……教頭に頼まれて……」
「あれっ、もう少し屈んでくれますか? つむじの奥に入ってしまいました」
撫でられたと慌ててしまったが、頭のゴミを取ってくれようとしていただけのようだ。
屈んでくれた言われて膝を折ったら、キャメルの豊満な胸の谷間が目の前になってしまった。
これはマズいと離れようとしたが、動かないでと怒られてしまった。
「あー、やっと取れました。頑固な埃でしたね」
ほらと指でつまんで見せられたが、それどころじゃなくて頭がクラクラしてしまった。
こんな場面を他人が見たら、キャメルの胸に顔を埋めようとしていたと大騒ぎになるだろう。
幸い廊下を通った生徒はいなかったようで、変な誤解をされずにすんだと、ホッとして息を吐いた。
「そうだ、学園長から聞きましたけど、お見合い上手くいかなかったそうですね」
「ま、またあの人は……」
「それで、良かったら、私の紹介なんてどうかなと思って、話を持ってきたんです」
「え? キャメル先生の?」
「ええ、ある人が結婚相手を募集していて、男でも女でもいいって話を聞いたのです。これはもしかしたら、シャイなコンドルト先生にはピッタリかもって」
学園長のお見合いリストから考えていたが、それ以外にも単純な紹介という手があるのかと初めて気がついた。
しかし、もし上手くいかなければキャメルに迷惑がかかってしまう気がして、どうにも気まずい気持ちになった。
「ああ、私のことは気にしないでください。その方は有名人なので、たまたま私の耳に入っただけですから。でも、こんな機会滅多にないと思うんですよ。だってあの、ミモザ・シャルトルーズですよ。応募だけでも、してみませんか?」
「ん? 有名な方ですか?」
「ご存知ないのですか!? 社交界の天使、王国一顔のいい男、絶世の美男と呼ばれて、目が合うだけで、相手を妊娠させることができるなんて言われている、今最も注目されている方です!!」
「……ドン・ファン」
「え?」
「いえ、なんでも……」
「とにかく、みんな殺到すると思いますけど、連絡だけはしてみませんか? 本当に、こんな機会ないですからっ!」
困りますと答える前に、キャメルは私に任せてくださいと言って、ビリジアンの手を握ってから走って行ってしまった。
とんでもない勢いに唖然としてしまったが、どう考えても、国中の女性達が殺到しそうな話で、自分に連絡が来るわけがない。
よく分からないが、イケメンを利用した宣伝でもしようっていう、何かのイベントかもしれない。
勘弁してくれと小さくこぼして、ビリジアンは頭をかきながらやっと歩き出した。
平和な一日に思えたのに、キャメルのおかげで変な嵐に巻き込まれたような気分だった。
一気に肩が凝ってしまい、首を回しながら準備室まで来るとドアの前に足が見えて、誰かが立っていることに気がついた。
「お……」
顔を上げるとそこに立っていたのはマゼンダだった。
いつも好き勝手に訪れては暇を潰していくので、今日もそんな感じかと思った。
しかし、すぐに話しかけてくることなく、ドアに背をもたれて無言でいるので、どうしたのだろうと思ってしまった。
目は細く、口はキュッと結ばれていて、なんとなく雰囲気が機嫌が悪そうというか、怒っているようなオーラが漂っていた。
「どうした? なんか怒ってるのか? とりあえず、突っ立てないで入れよ」
カチャカチャと鍵を開けて、ドアノブを回して中に入ると、視界がぐるりと回ってしまった。
何が起きたのか、一瞬理解できなかったが、いつのまにかソファーの上に転がっていた。
自分を見下ろしているマゼンダの姿を見て、押されたのだと遅れてやっと気がついた。
「なっ、どうしたんだよ。何をするんだ」
「先生……さっき見てしまったんですよ」
「へ? 何を?」
「キャメル先生の胸に、顔を埋めていらっしゃいましたね」
「はあ!?」
「ちょうど庭園にいて、下から校舎の中がよく見えました。キャメル先生が手で押し付けているようにも見えましたが……」
「そっ、それは………」
上の階にいたので、まさか下から見られていたなんて思わなかった。
というか、自分はバイオレットと楽しくお喋りしていたんじゃないのかとイラッとしてしまい、誤解だと言うことを忘れてしまった。
「男性とお見合い中であるのに、既婚者の女性の胸に誘惑されるとは……、先生には、自分がメスであることを分からせないといけないですね」
「は……なっ……メス?」
お怒り顔のマゼンダがポケットから取り出したのは、前に使われたあの張形だった。
「そっ、それは……!!」
「先生、今日はとっても、悪い先生ですね」
そう言ってマゼンダは妖艶に笑った。
近くの水差しに入ってきた水がスルスルと飛んできて、ビリジアンの手首に紐のように巻き付いた。
「う……そ」
さっきの変な嵐はまだ序章に過ぎなかった。
これから本格的に荒れる予感がして、ビリジアンは首を振ってやめろと掠れた声を上げた。
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