異世界モブおじセンセーの婚活大作戦

朝顔

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本編

さん 彼は攻略対象者

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「ねぇ先ほどの、ご覧になりました?」
「ええ、中庭の……。羨ましいわ、バイオレットさん」
「私も、殿下とお近づきになりたい」

 ため息をつきながら、廊下を歩く女子生徒達とすれ違った。
 軽く会釈をされて返したが、漏れ聞こえてきた会話から、主人公が順調にゲームを進めていることが分かった。

 おそらく今は、バーミリオン王子との出会いイベントの真っ最中、中庭のベンチで初めての会話をしているところだろう。

 ベンチで昼寝をしていたバイオレットだったが、気がつくと横にバーミリオンが座っていた。
 貴族や王族なんて性格が悪いと思い込んでいるバイオレットは、喧嘩腰で話しかけて、初対面はあまりいい雰囲気にはならない。
 それは他の対象者も同じで、まずは全員険悪な雰囲気で、好感度はマイナス状態からスタートになるのだ。

 入学式から一か月、授業も開始して落ち着いた頃、ようやく恋愛ゲームが動き出したようだ。

 そっちは順調でもこっちはそうではない。
 ビリジアンは、ゲームのことなど頭になかった。
 どうせ自分には関係のないことだし、もっと大変な状況になっているのだ。

 生物科準備室にたどり着いたビリジアンは、ドアを開けて中に入ると、机の上にある書類の山を見て倒れそうになった。
 三日前、学園長が準備室を訪ねてきて、嬉々とした顔で、やったぞと言いながら机の真ん中に置いていった書類の山だ。
 見ないようにして押していたら、ついに机の端になって、今にも崩れそうになっていた。

 丁寧にまとめてくれたようだが、中を開いて見る気にならなくて、仮眠用のソファーに転がった。

「はぁ……どうすりゃいいんだ」

 勘弁してくれと、天井を見ながらため息をついた。

 学園長に結婚しろと言われて困りますと返したが、当たり前だがそれで解決する問題ではなかった。
 ソファーに転がりながら、ビリジアンは事務机の方に視線を送った。
 現実から目を逸らしたい。
 この三日間、あれを全部燃やしてしまいたい衝動に駆られて、ダメだと我に返るの繰り返しだった。

 もう一度大きなため息を吐こうとしたら、コンコンと準備室のドアがノックされた。
 ビリジアンは時計を見て、もうそんな時間だったかと慌てて起き上がった。
 生徒と面談の予定を入れていたのをすっかり忘れていた。

「どうぞ、入って」

 彼をここに呼ぶことになるとは、これまたよく分からない状況だ。
 しかし、ここゲームの世界で登場人物だなんて、そんなものは本人達は知らないし、誰も信じないだろう。
 だからビリジアンも、自分のやるべきことをちゃんとやらなくてはいけない。
 教師としての顔になって声をかけた。

 返事をしてから間もなく、失礼しますと聞こえてドアが開けられた。
 見えてきたのは銀色のふわりとした髪に、鮮やかなピンク色、色白で彫刻のように整った美しい顔立ちの男子生徒、攻略対象者のひとりである、マゼンダだった。

「そこに座って」

「はい」

「ええと、マゼンタ・グラスだね」

「はい」

 対面のソファーに座ったマゼンタは、見れば見るほど整った顔をしていた。
 確か彼は、女性にモテモテで、恋愛の魔術師と呼ばれると書かれていたが、その通りに、ビリジアンとは対極にいるような存在に見えた。

「ここに呼ばれたわけはわかるかな?」

「……魔法生物学の授業に出席していないからですよね」

「ああ、その通りだね。君は一度も出ていないね、何か事情でもあるのかな?」

 出席簿を確認しながら、ビリジアンが声をかけると、マゼンタは人形のような顔でどこか遠くを見ていた。
 部屋に入ってきて、ソファーに座り、少し会話をしているが、彼は全くこちらを見ようとしていない。
 関心がないのだなというのは、一目瞭然だった。

「生き物が苦手なんです」

「苦手……か」

「ええ、生き物全般、興味がないんです」

 そう言ってマゼンタはふわりと笑った。
 なかなか可愛らしい笑顔だったが、作り物みたいで胡散臭く感じてしまった。

「そうは言ってもね。君だけ特別扱いするわけにいかない。関心がなくとも、出席だけはしてくれないと……」

「あれ? でも私、免除されている授業はありますよ。先生によっては、君は出なくてもいいって」

「出なくてもいい? それはどういう……」

「恋愛学です。私、一通り経験済みですし、二十歳入学ですから」

「ああ……」

 入学時の年齢は十八からなので、ほとんどの生徒がそうだが、家の事情などで入学を遅らせることもできる。今年の二十歳入学の生徒は何人かいると聞いていた。

「異性との手の繋ぎ方とか、私に必要そうに見えますか?」

 そう言ったマゼンタは、目を細めてまたふわりと微笑んだ。
 胡散臭さにプラスして、変な色気まで醸し出してきたので、攻略対象者の存在感の恐ろしさに引いてしまった。

「なさそうだ」

「でしょう! 自慢と取っていただいて結構ですけど、社交界では浮名を流してきました。この私が恋愛を学ぶ学園なんて、正直赤ん坊の格好でおしめを着せられている気分です。殿下から指名されて、父もうるさいので入学しましたが、早く卒業したくてたまりません」

 どの世界にも異分子というか、変わった者が生まれてくることがある。
 恋愛に奥手な人間がほとんどでも、彼のように積極的で、性の魅力に溢れる人間もいる。
 そっちの立場からしたら、みんなが恥ずかしがっている状況では窮屈な思いをするのだろう。

「君の言いたいことは分かった」

「では……」

「でも授業は受けてもらう」

 調子よく胡散臭い笑顔を振り撒いていたマゼンタの顔が固まった。
 マゼンタの金色に輝いている瞳がゆっくりと動いて、ビリジアンを捉えたのが分かった。
 しばらく二人きりで話していたが、この時、初めて彼が自分を見てきたと感じた。

「義務、だからですか?」

「それもあるがなぁ。可愛いんだよ」

「はい? 何がですか?」

「魔法生物に決まってるだろっ、俺だって初めは苦手だったんだ。だけど、何も知る前から苦手だと決めつけるのは、悪い気がしてさ。とりあえず、知ることから始めた。それでハマったワケだが、知識だけでもあれば、何かの役に立つこともあるかもしれない。なかなか俺と同じ気持ちになってくれる人はいないけど、少しでも知って欲しいんだ」

 マゼンタは目を丸くしていた。
 言葉を失っている様子だったが、ビリジアンは魔法生物のことなので、つい熱くなって語ってしまった。

「失敗作とか、出来損ないとか言われているのは分かっている。だけど、アイツらだって可愛いところがあって、癒されるっていうか……、話し相手にもなるし、一概に悪く言われるような……」

「分かりました。分かりましたから」

 手をグーにして演説でも始める勢いだったが、やっと冷静になったのか、マゼンタの方から手を開いて落ち着いて合図されてしまった。

「確かに一度も授業を受けたことがないのに、偉そうなことを言ってしまいました。すみません、次回は出席します」

 頑なに拒否していたように見えたが、マゼンタは意外と素直に従ってくれた。
 考えたら彼はまだ二十歳になったばかり、まだまだ反抗的になってみたい年頃だと思った。
 実際モテるし、授業なんてつまらないと思ってしまうところはあるが、根は素直な子なのだろうと、少し微笑ましい気持ちになった。

「よかった。少しでも興味を持ってくれると嬉しいよ」

「まぁ、それは約束はできませんけど。それにしても、先生、魔法生物が話し相手なんですか?」

「へ?」

「まさか、家で飼育して、毎日話しかけているなんてことは……」

「そっ、それは……、おはようとか、おやすみくらいだ! 愚痴を聞いてもらうなんてことはない!」

 マゼンダがまた驚いたように目を開いて、微妙な空気が流れた。
 強めに否定したつもりだったが、これでは家で飼っているのと、挨拶をしていることがバレてしまった。

 気まずい空気を破るように、マゼンダがぷっと噴き出して、次の瞬間、大口を開けて笑い出した。

「ははっははははっっ、傑作、面白すぎ。先生、こんな人だったんだ。いいじゃないですか、大人だって愚痴りたい時はありますよね」

「だから、愚痴ってはない! い、いいから、話は終わったし、もう帰ってくれ」

 余裕のある大人どころか、いい歳して変人だと思われてしまったと、ビリジアンは心の中で頭を抱えた。
 独身だからと政府から目を付けられているのに、これに変人が加わったら、保護者から辞めろとクレームが入ってしまうかもしれない。

 これ以上、面倒そうな男には関わりたくないと、ビリジアンは慌てて立ち上がった。
 ドアを開けて、マゼンダの退出を促そうとしたら、動かした手があの書類の山に当たってしまった。

「うぉっ、イテェ!!」

 バサバサと書類が落ちて床に広がった。
 それを見て、マゼンダが立ち上がったのが見えた。

「先生、大丈夫ですか? 私が拾います」

「えっ! ちょっ、ちょっと、ダメだ! それは国家の機密事項で、一般人が見ては命に関わる危険な秘密が……!!」

 嘘をついて何とか止めようとしたが、マゼンダは床に散らばった書類を手に取ってしまった。

「え、これって……」

「ああーー」

「釣書……ですか? それも、男ばかり……」

 マズイやつにマズイものを見られてしまった。
 慌ててマゼンタの近くにあった書類をかき集めたが、どの書類も男の似顔絵と名前がででんと載っていて、いよいよ苦しくなってきた。

「そ、それは……、友達の女の子に頼まれて……」

「ビリジアンへ、釣書を集めたから好みの人を選んで教えてね。頑張って集めたから、選ばないと怒るからね、by学園長」

「なっ……」

 マゼンタが書類の中から一枚の紙を取り出して、読み上げた後、ぺらりと指で掴んで見せてきた。
 それは馴染みのある、学園長の書いた丸文字で、自分の似顔絵まで描かれていた。

「何だか、すごく面白そうなんですけど」

 恐る恐る顔を上げる、間近でマゼンタがニヤリと笑ってビリジアンを見てきた。

 ビリジアンの頭の中にガラガラと、何かが終わった音が聞こえてきた。






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