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本編
に ピンチ到来
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桜の花びらが舞っている中、期待に胸を膨らませた様子の男女が、魔法学園の校門をくぐっている。
誰もがまだ幼さの残る顔をしていて、緊張した様子で学園の制服を着ていた。
政府の改革で、超奥手だった国民の意識はだいぶ改善したが、成人と呼ばれる十八歳までは恋愛を禁止にしている家も多いそうだ。
学園では解放的すぎる授業が待っているのだが、形だけはその名残を見せているのか、制服はかなり禁欲的な作りになっている。
女子は首まで詰まった白いブラウスに、黒のロングスカート、男子もシャツのボタンを首まで留めて、タイはなしで黒いコートに黒いズボンという格好だ。
「キラキラしてんねぇ、こっちは目が痛いってのに」
生徒達のキラキラした瞳を見ながら、ビリジアンは目を擦った。
三階にある魔法生物室の窓からは、校門の様子がよく見える。
ゲームの始まりをこれ以上ないベストポジションで見学できるのは、これじゃないという特典のようだ。
今はその特典より、特別休暇が欲しい。
前日の夜に、魔法省に送る研究書類の作成をすっかり忘れていて、徹夜をするはめになった。
おかげで提出は間に合ったが、朝から意識が飛びそうだった。
この歳になって、徹夜なんてするもんじゃない。
目はすっかり充血しているし、肩は何人か乗せているんじゃないかというくらいに重い。
正確にはイチローの頃だが、二十代までは無茶しても寝たら翌日には回復していた。
それが三十を超えたら下り坂で、這い上がれない。
どうやらビリジアンの体も、異世界だから特別仕様というわけではなく、しっかり年相応に作られているようだった。
窓に映る自分の顔を見たら、目の下に特大のクマができているので、こりゃひどいと口にしてしまった。
魔法目薬を入れて、ぱちぱちしていたら、ぼやけた視界がクリアになってきて、そこに元気に走る女の子の姿が見えた。
「あ……主人公」
思わず一人で呟いてしまったが、紫の長い髪を靡かせて校内に飛び込んできたのは、ゲームの世界の主人公であるバイオレットだった。
色白の肌に、桃色の頬、ぷっくりとした唇は薔薇の花のように赤く、薄緑色の大きな瞳をしていた。
お人形のような可愛らしい顔と紹介に載っていたが、まさにその通りで、童顔で可愛らしいタイプの主人公だった。
古いゲームなので、ゲーム内の画像は鮮明ではなく、顔がよく分からなかったが、実際に見てみるとアイドルのような輝きで、周囲の女子生徒の中でも抜群に可愛かった。
「可愛さチート級ってか。こりゃゲームじゃなくてもモテるだろうな」
主人公は十九となっていた。
確かに可愛いが、ビリジアンからしたら、かなりの年下で娘と言っても過言ではない。
ここはモブとして、主人公の恋愛を陰ながら応援して、攻略対象者と結ばれるようにサポートを……
「するわけないだろ」
口に出してから苦笑してしまった。
ゲームの展開なんてどうでもいい。
主人公が誰と結ばれようが、勝手にしろという話だ。
この手の話にありがちな、主人公の恋愛が成就したら、元の世界に戻れるのだとしても、正直どちらでもよかった。
どちらの生活も身寄りがなく、孤独で気ままな独身生活であるし、ビリジアンの方がまだ職があるというだけ助かるというくらいだ。
「ふぁぁぁああ」
この後、入学式で職員紹介があるので、どうしても出席しなければいけないが、それが終わったら本気でここで寝ようとビリジアンは考えていた。
いつの間にか主人公は校門を通り抜けて、校舎の中に消えて行ってしまった。
ゲームのオープニングイベントを、最高の席で大あくびしながら鑑賞したビリジアンは、肩をぐるぐると回した。
ボキボキと骨が鳴る音が部屋に響いた。
「顔洗うか、さすがにこの顔で紹介されたら、悲鳴が上がりそうだ」
のっそり立ち上がったビリジアンは、ちょうどその時、外で歓声が上がったので目を向けた。
集まってきた女子生徒達が黄色い声を上げて、さかんに手を振っていた。
彼女達の視線の先、校門に颯爽と登場したのは、五人の男子生徒だった。
他の生徒とは別格の、後光を放って登場した彼らを見て、これはもう間違いないなと思ってしまった。
ビリジアンは、あぁあれかとまた一人で呟いた。
横一列に並んでいるのは、攻略対象者である五人組のイケメン集団で、五人は幼少期からの幼馴染という設定だった。
一番真ん中、一足先を歩いて一番注目を浴びているのが、この国の王子であるバーミリオンだろう。
目立つ赤い髪に青い瞳、ちょっと生意気そうな顔で強気な性格と書かれていたので間違いなさそうだ。
彼がメインシナリオのヒーローくん、ということになる。
バーミリオンの右隣りが、知的イケメン青髪のセルリアン、運動系イケメン茶色髪のブロンズ。
左隣りが、可愛い系イケメン金髪のライム、そしてセクシー系モテ男イケメンのマゼンダ。
マゼンダは銀髪だが、毛先がピンク色になっていて、さすがモテ男枠だからか、おしゃれな仕上がりになっていた。
それぞれ個性はあるが、全員揃いも揃って、完璧に計算されて作られたような顔で、眩しいくらいのイケメンだった。
ビリジアンは自分と同じモブ位置でありながら、彼らと同じ生徒として歩いているモブ生徒に同情してしまった。
どう考えても、あの五人に全て持っていかれる可能性しかない。
自分が同級生なら発狂していたなと思いながら、またあくびをした。
高みからの見物だが、こうして登場人物達を見たら、やはりこの世界はゲームの世界なのだと実感してしまった。
そして、あのイケメン集団の一人にならなくて良かったとホッとした。
あの中の誰になったとしても、中身が自分なら全てぶち壊せる自信がある。
「……まぁ、俺にはどうでもいいことだ」
恋愛ゲームの立ち位置から、遥か遠いところにいるセンセーモブ。
次の瞬間には眠気しか頭に残らなくて、ビリジアンは窓をピシャリと閉めた。
こうして、ビリジアンはストーリーに全く絡むことなく、オープニングイベントは終わった。
そのまま入学式も無事に終わり、主人公の学校生活は順調にスタートした。
ゲームは主人公バイオレットが、それぞれ五人との出会いシナリオを終えた後、学園生活の一日を誰と過ごすのか選択して進める。
彼らがいそうな場所を選んで、対象者を見つけたら声をかける。
会話を通して好感度を上げていくと、個別のイベントが出てくるらしい。
最終的に一番好感度が高い相手のルートに入り、一定基準を満たせばハッピーエンドとなる。
一見するとよくある攻略系のゲームだが、このゲームが発売停止になったのは、ただ恋愛するだけではなく、18禁要素もあるからだ。
もちろんこの学園の特色でもある、性学を学ぶことに直結する。
エッチな実践授業もあってこれは問題だとなった。
ルートによっては、対象者全員と体の関係を持つ、なんてパターンもあるので、それが今で言う大炎上となったらしい。
バイオレットがどの道を選ぶのか、ビリジアンは頑張れと心の中でエールを送ることしかできなかった。
ゲームが開始してもビリジアンの生活は変わらなかった。
このまま地味に静かに、日々は過ぎていくのだと思われたが、新年度が始まってしばらく経った頃、ビリジアンは学園長に呼び出された。
授業が終わったらすぐ来るようにと言われて、何事かと思いながら、学園長室のドアを叩いた、
「あのー、お呼びですか?」
部屋に入ると、後ろは壁のはずだが、外を見るように座っている背中が見えて、恐る恐る声をかけた。
くるりと椅子を回転させて、ビリジアンの方に体を向けたのは、この学園のトップであるホワイト学園長だ。
フサフサの白髪に、フサフサ髭は毛先がくるんと上を向いていて、優しい顔のダンディーなおじいちゃんといった風貌だが、目はやけにギラリと光っていた。
「私がどういう人間か知っているのか?」
「はい? 何ですか、その質問?」
斬新な角度からの質問なんて、ビリジアンに分かるはずもなく、顔を顰めて返事をすると、ホワイト学園長は眉間に皺を寄せた。
「お前の父親、パロットが亡くなる時、手を握られて、息子のことはよろしく頼むと約束されてから、もう二十年だ。その間、私は研究の虫だったお前の就職の世話をして、真っ当な人間にしようと努力してきた。色んな場所に連れて行き、色んな人間を紹介したが、お前から出た返事は、私は魔法生物と結婚します、だったな」
「え……」
まさか元のビリジアンがそこまでいっていたとは思っていなかったので、思わず言葉を失ってしまった。
「学園はラブマジック王国の未来を担う若者を、健全に育てるための重要な機関、私はその最高位の学園長。そして、王国仲人協会の理事を長年務めて、最強の縁結び請負人と称された男、そんな……そんな私が、亡き親友に頼まれたはずなのに、その親友の息子が……独身のままここまで来てしまうなんて……」
ホワイト学園長は悔しいのか、ドンッと机の上を叩いた。
載っていた書類やペンが落ちてしまった。
ビリジアンは膝を折って、散らばった書類を集めたが、その書類に自分の名前が書かれているのを見つけて、手を止めて見入ってしまった。
「それは、王国からの手紙だ。学園は性を学ぶ重要な機関であるが、生徒の見本となる教師が独身で少子化に貢献していないのはいかがなものかと問われてしまった。このままだと、お前は学園をクビになり、私も王国仲人協会の理事から永久追放になる」
「ええ!? クビですか!?」
「そうだ、ここはあくまで王国の機関だから、私も含めお前も雇われなんだ。あぁ、これは大変なことになった。どうにかしなければ……」
学園長は頭を抱えた。
どうやらピンチらしいが、ビリジアンも頭を抱える事態だった。
クビだ。
この世界にいる最大の利点、職を失うことになってしまう。
ここでの再就職事情が分からないが、魔法生物学なんて需要のない分野、どう考えても簡単にできるとは思えない。
「い……いやです。困ります、そんなの。この歳で再就職なんて勘弁してください」
「だったら結婚しろ」
「へ?」
「お前が結婚すれば丸くおさまる話なんだ。今の住居を見てみろ、お前しかいないじゃないか。みんな結婚して残されたのはお前だけなんだよ」
独身男の城がグラグラと揺れ出した。
今までのビリジアンの平凡で穏やかな生活が、今まさに危機に面していた。
「幸い、頭を打ってから、生活が少し改善したように見える。これはチャンスだ。私が相手を見つけてくるから、直接会って結婚を決めてくるんだ!」
「……え、いっ、そっ……急にそんな……」
「急じゃない! もう十年近くこの話をしては、やだやだと逃げてきたじゃないか! だいたいお前はいつもやる前から諦めて、一切動こうとしなかったんだぞ」
ピシャリと言われてしまい、自分がやってきたわけでもないのに、胸が痛くなった。
それはまさに、イチローの人生と重なるものがあった。
仕事も彼女からも、面倒だと思うことから逃げてきた。
前向きになろうと言ってもらっても、自分には無理だとやる前からそう言っていた気がする。
総じてそんな人生だった。
その結果、両方とも手からこぼれ落ちて消えてしまった。
「で、でも……結婚か……」
「お前は女にモテないし、今まで会わせてもお互い引いて全然ダメだったからな。男にしたらどうだ?」
「はい!? 冗談ですよね?」
「冗談な訳があるか! 少子化対策で同性婚の研究が進んで、同性同士でも子孫を残すことが可能になったじゃないか。確かに少ないが、男同士で結婚するカップルはいる。私が本気を出せば、男でもいいと言ってくれる相手はごろごろ出てくるはずだ!」
とんでもない変化球が飛んできて、ビリジアンはまともに顔にくらってしまった。
口をぱくぱくして声を出せないでいると、私は本気だからなと学園長はダメ押しのような一撃を加えてきた。
もうゲームの展開とかは完全に関係のない世界に突入してしまった。
ビリジアンとして、職と住まいを失う危機だ。
そして可愛い魔法生物との癒しの日々も終わりを迎えてしまう。
そんなのは絶対に嫌なのに、その条件が結婚だということに、頭が追いついていかなかった。
本気モードに入った学園長は、好みのタイプはとか、どんな男ならイケそうかとか、男のグッとくる部分はとか、よく分からない質問をしてきた。
完全に混乱モードに入ったビリジアンは、クラクラしながら、分かりませんとしか答えられず、学園長はこうなったらやってやると、逆に火がついてしまった。
ピンチに燃えるタイプのようだ。
ピンチに回復機能のないビリジアンは、想像もできなかった展開に、倒れるようにその場に座り込むことしかできなかった。
⬜︎⬜︎⬜︎
誰もがまだ幼さの残る顔をしていて、緊張した様子で学園の制服を着ていた。
政府の改革で、超奥手だった国民の意識はだいぶ改善したが、成人と呼ばれる十八歳までは恋愛を禁止にしている家も多いそうだ。
学園では解放的すぎる授業が待っているのだが、形だけはその名残を見せているのか、制服はかなり禁欲的な作りになっている。
女子は首まで詰まった白いブラウスに、黒のロングスカート、男子もシャツのボタンを首まで留めて、タイはなしで黒いコートに黒いズボンという格好だ。
「キラキラしてんねぇ、こっちは目が痛いってのに」
生徒達のキラキラした瞳を見ながら、ビリジアンは目を擦った。
三階にある魔法生物室の窓からは、校門の様子がよく見える。
ゲームの始まりをこれ以上ないベストポジションで見学できるのは、これじゃないという特典のようだ。
今はその特典より、特別休暇が欲しい。
前日の夜に、魔法省に送る研究書類の作成をすっかり忘れていて、徹夜をするはめになった。
おかげで提出は間に合ったが、朝から意識が飛びそうだった。
この歳になって、徹夜なんてするもんじゃない。
目はすっかり充血しているし、肩は何人か乗せているんじゃないかというくらいに重い。
正確にはイチローの頃だが、二十代までは無茶しても寝たら翌日には回復していた。
それが三十を超えたら下り坂で、這い上がれない。
どうやらビリジアンの体も、異世界だから特別仕様というわけではなく、しっかり年相応に作られているようだった。
窓に映る自分の顔を見たら、目の下に特大のクマができているので、こりゃひどいと口にしてしまった。
魔法目薬を入れて、ぱちぱちしていたら、ぼやけた視界がクリアになってきて、そこに元気に走る女の子の姿が見えた。
「あ……主人公」
思わず一人で呟いてしまったが、紫の長い髪を靡かせて校内に飛び込んできたのは、ゲームの世界の主人公であるバイオレットだった。
色白の肌に、桃色の頬、ぷっくりとした唇は薔薇の花のように赤く、薄緑色の大きな瞳をしていた。
お人形のような可愛らしい顔と紹介に載っていたが、まさにその通りで、童顔で可愛らしいタイプの主人公だった。
古いゲームなので、ゲーム内の画像は鮮明ではなく、顔がよく分からなかったが、実際に見てみるとアイドルのような輝きで、周囲の女子生徒の中でも抜群に可愛かった。
「可愛さチート級ってか。こりゃゲームじゃなくてもモテるだろうな」
主人公は十九となっていた。
確かに可愛いが、ビリジアンからしたら、かなりの年下で娘と言っても過言ではない。
ここはモブとして、主人公の恋愛を陰ながら応援して、攻略対象者と結ばれるようにサポートを……
「するわけないだろ」
口に出してから苦笑してしまった。
ゲームの展開なんてどうでもいい。
主人公が誰と結ばれようが、勝手にしろという話だ。
この手の話にありがちな、主人公の恋愛が成就したら、元の世界に戻れるのだとしても、正直どちらでもよかった。
どちらの生活も身寄りがなく、孤独で気ままな独身生活であるし、ビリジアンの方がまだ職があるというだけ助かるというくらいだ。
「ふぁぁぁああ」
この後、入学式で職員紹介があるので、どうしても出席しなければいけないが、それが終わったら本気でここで寝ようとビリジアンは考えていた。
いつの間にか主人公は校門を通り抜けて、校舎の中に消えて行ってしまった。
ゲームのオープニングイベントを、最高の席で大あくびしながら鑑賞したビリジアンは、肩をぐるぐると回した。
ボキボキと骨が鳴る音が部屋に響いた。
「顔洗うか、さすがにこの顔で紹介されたら、悲鳴が上がりそうだ」
のっそり立ち上がったビリジアンは、ちょうどその時、外で歓声が上がったので目を向けた。
集まってきた女子生徒達が黄色い声を上げて、さかんに手を振っていた。
彼女達の視線の先、校門に颯爽と登場したのは、五人の男子生徒だった。
他の生徒とは別格の、後光を放って登場した彼らを見て、これはもう間違いないなと思ってしまった。
ビリジアンは、あぁあれかとまた一人で呟いた。
横一列に並んでいるのは、攻略対象者である五人組のイケメン集団で、五人は幼少期からの幼馴染という設定だった。
一番真ん中、一足先を歩いて一番注目を浴びているのが、この国の王子であるバーミリオンだろう。
目立つ赤い髪に青い瞳、ちょっと生意気そうな顔で強気な性格と書かれていたので間違いなさそうだ。
彼がメインシナリオのヒーローくん、ということになる。
バーミリオンの右隣りが、知的イケメン青髪のセルリアン、運動系イケメン茶色髪のブロンズ。
左隣りが、可愛い系イケメン金髪のライム、そしてセクシー系モテ男イケメンのマゼンダ。
マゼンダは銀髪だが、毛先がピンク色になっていて、さすがモテ男枠だからか、おしゃれな仕上がりになっていた。
それぞれ個性はあるが、全員揃いも揃って、完璧に計算されて作られたような顔で、眩しいくらいのイケメンだった。
ビリジアンは自分と同じモブ位置でありながら、彼らと同じ生徒として歩いているモブ生徒に同情してしまった。
どう考えても、あの五人に全て持っていかれる可能性しかない。
自分が同級生なら発狂していたなと思いながら、またあくびをした。
高みからの見物だが、こうして登場人物達を見たら、やはりこの世界はゲームの世界なのだと実感してしまった。
そして、あのイケメン集団の一人にならなくて良かったとホッとした。
あの中の誰になったとしても、中身が自分なら全てぶち壊せる自信がある。
「……まぁ、俺にはどうでもいいことだ」
恋愛ゲームの立ち位置から、遥か遠いところにいるセンセーモブ。
次の瞬間には眠気しか頭に残らなくて、ビリジアンは窓をピシャリと閉めた。
こうして、ビリジアンはストーリーに全く絡むことなく、オープニングイベントは終わった。
そのまま入学式も無事に終わり、主人公の学校生活は順調にスタートした。
ゲームは主人公バイオレットが、それぞれ五人との出会いシナリオを終えた後、学園生活の一日を誰と過ごすのか選択して進める。
彼らがいそうな場所を選んで、対象者を見つけたら声をかける。
会話を通して好感度を上げていくと、個別のイベントが出てくるらしい。
最終的に一番好感度が高い相手のルートに入り、一定基準を満たせばハッピーエンドとなる。
一見するとよくある攻略系のゲームだが、このゲームが発売停止になったのは、ただ恋愛するだけではなく、18禁要素もあるからだ。
もちろんこの学園の特色でもある、性学を学ぶことに直結する。
エッチな実践授業もあってこれは問題だとなった。
ルートによっては、対象者全員と体の関係を持つ、なんてパターンもあるので、それが今で言う大炎上となったらしい。
バイオレットがどの道を選ぶのか、ビリジアンは頑張れと心の中でエールを送ることしかできなかった。
ゲームが開始してもビリジアンの生活は変わらなかった。
このまま地味に静かに、日々は過ぎていくのだと思われたが、新年度が始まってしばらく経った頃、ビリジアンは学園長に呼び出された。
授業が終わったらすぐ来るようにと言われて、何事かと思いながら、学園長室のドアを叩いた、
「あのー、お呼びですか?」
部屋に入ると、後ろは壁のはずだが、外を見るように座っている背中が見えて、恐る恐る声をかけた。
くるりと椅子を回転させて、ビリジアンの方に体を向けたのは、この学園のトップであるホワイト学園長だ。
フサフサの白髪に、フサフサ髭は毛先がくるんと上を向いていて、優しい顔のダンディーなおじいちゃんといった風貌だが、目はやけにギラリと光っていた。
「私がどういう人間か知っているのか?」
「はい? 何ですか、その質問?」
斬新な角度からの質問なんて、ビリジアンに分かるはずもなく、顔を顰めて返事をすると、ホワイト学園長は眉間に皺を寄せた。
「お前の父親、パロットが亡くなる時、手を握られて、息子のことはよろしく頼むと約束されてから、もう二十年だ。その間、私は研究の虫だったお前の就職の世話をして、真っ当な人間にしようと努力してきた。色んな場所に連れて行き、色んな人間を紹介したが、お前から出た返事は、私は魔法生物と結婚します、だったな」
「え……」
まさか元のビリジアンがそこまでいっていたとは思っていなかったので、思わず言葉を失ってしまった。
「学園はラブマジック王国の未来を担う若者を、健全に育てるための重要な機関、私はその最高位の学園長。そして、王国仲人協会の理事を長年務めて、最強の縁結び請負人と称された男、そんな……そんな私が、亡き親友に頼まれたはずなのに、その親友の息子が……独身のままここまで来てしまうなんて……」
ホワイト学園長は悔しいのか、ドンッと机の上を叩いた。
載っていた書類やペンが落ちてしまった。
ビリジアンは膝を折って、散らばった書類を集めたが、その書類に自分の名前が書かれているのを見つけて、手を止めて見入ってしまった。
「それは、王国からの手紙だ。学園は性を学ぶ重要な機関であるが、生徒の見本となる教師が独身で少子化に貢献していないのはいかがなものかと問われてしまった。このままだと、お前は学園をクビになり、私も王国仲人協会の理事から永久追放になる」
「ええ!? クビですか!?」
「そうだ、ここはあくまで王国の機関だから、私も含めお前も雇われなんだ。あぁ、これは大変なことになった。どうにかしなければ……」
学園長は頭を抱えた。
どうやらピンチらしいが、ビリジアンも頭を抱える事態だった。
クビだ。
この世界にいる最大の利点、職を失うことになってしまう。
ここでの再就職事情が分からないが、魔法生物学なんて需要のない分野、どう考えても簡単にできるとは思えない。
「い……いやです。困ります、そんなの。この歳で再就職なんて勘弁してください」
「だったら結婚しろ」
「へ?」
「お前が結婚すれば丸くおさまる話なんだ。今の住居を見てみろ、お前しかいないじゃないか。みんな結婚して残されたのはお前だけなんだよ」
独身男の城がグラグラと揺れ出した。
今までのビリジアンの平凡で穏やかな生活が、今まさに危機に面していた。
「幸い、頭を打ってから、生活が少し改善したように見える。これはチャンスだ。私が相手を見つけてくるから、直接会って結婚を決めてくるんだ!」
「……え、いっ、そっ……急にそんな……」
「急じゃない! もう十年近くこの話をしては、やだやだと逃げてきたじゃないか! だいたいお前はいつもやる前から諦めて、一切動こうとしなかったんだぞ」
ピシャリと言われてしまい、自分がやってきたわけでもないのに、胸が痛くなった。
それはまさに、イチローの人生と重なるものがあった。
仕事も彼女からも、面倒だと思うことから逃げてきた。
前向きになろうと言ってもらっても、自分には無理だとやる前からそう言っていた気がする。
総じてそんな人生だった。
その結果、両方とも手からこぼれ落ちて消えてしまった。
「で、でも……結婚か……」
「お前は女にモテないし、今まで会わせてもお互い引いて全然ダメだったからな。男にしたらどうだ?」
「はい!? 冗談ですよね?」
「冗談な訳があるか! 少子化対策で同性婚の研究が進んで、同性同士でも子孫を残すことが可能になったじゃないか。確かに少ないが、男同士で結婚するカップルはいる。私が本気を出せば、男でもいいと言ってくれる相手はごろごろ出てくるはずだ!」
とんでもない変化球が飛んできて、ビリジアンはまともに顔にくらってしまった。
口をぱくぱくして声を出せないでいると、私は本気だからなと学園長はダメ押しのような一撃を加えてきた。
もうゲームの展開とかは完全に関係のない世界に突入してしまった。
ビリジアンとして、職と住まいを失う危機だ。
そして可愛い魔法生物との癒しの日々も終わりを迎えてしまう。
そんなのは絶対に嫌なのに、その条件が結婚だということに、頭が追いついていかなかった。
本気モードに入った学園長は、好みのタイプはとか、どんな男ならイケそうかとか、男のグッとくる部分はとか、よく分からない質問をしてきた。
完全に混乱モードに入ったビリジアンは、クラクラしながら、分かりませんとしか答えられず、学園長はこうなったらやってやると、逆に火がついてしまった。
ピンチに燃えるタイプのようだ。
ピンチに回復機能のないビリジアンは、想像もできなかった展開に、倒れるようにその場に座り込むことしかできなかった。
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