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13 幸せを願う
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宮殿の廊下は磨き抜かれていて眩しいくらい光っていた。
上質な石で造られた床は靴音がよく響く。
コツコツと二つの音が折り重なるように響いているのを、ルキオラは不思議な気持ちで聞いていた。
今朝、神殿まで迎えに来てくれたのはオルキヌスだった。
いつもと同じ、黒い騎士服に身を包んでいた。
黒く艶のある髪を後ろに流して、キッチリと整えられた横顔は大人の色気が溢れていた。
馬車に乗る時に手を貸してくれたが、目は伏せたままで一度も合わなかった。
オルキヌスは前に会った時とは違い、騎士としての態度を崩すことなく接してきたので、ルキオラは少し寂しく感じてしまった。
神殿の生活で友人ができたことがないので、彼との仲が友人のようなものだと思い込んでいた自分を恥じた。
気軽に手を振って欲しいとまでは思わなかったが、目が合ったら先日のお礼が言いたかった。
あまりに乾いた態度に、親しくなったと思ったのは自分だけだったのかと思って、ルキオラは馬車の中で唇を強く結んていた。
しかし、長い廊下を歩いて宮殿図書館に向かうドアを通り過ぎると、さっきまで後ろを歩いていたのに、オルキヌスは横に並んできた。
「だいぶ顔色が良くなったな」
「え?」
「この前は死人みたいに白かっただろう。今は頬に赤みがある。こっちの方がよっぽどマシだ」
急に話しかけてきたので、ルキオラは何を考えているのか、オルキヌスの横顔をじっと見てしまった。
「さっきまで何も話さなかったのに、どうしたんです? 急に……」
「あれだけ他のやつらが周りにいるのに、気軽に話しかけられないだろう。俺はいいとしても、お前が周りに色々言われたら悪いと思ったんだ」
「別に……私の方は……」
何をしていても色々言われるので、大丈夫だと言おうとしたら、つい口を尖らせてしまった。
それを見たオルキヌスは口に手を当てて、堪えきれないという顔になって笑い始めた。
「そんな顔をして、寂しかったのか?」
「えっ!? なっ!」
違うと言おうとして顔を上げたルキオラの頭に、オルキヌスの手が伸びてきた。
太い指がわずかに前髪をかすめた時、ガタンと音が鳴って図書館の大扉が開いた。
オルキヌスはビクッと体を揺らして伸ばしていた手を下ろした。
「ああ、ルキオラ様。遅くなりまして申し訳ございません。どうぞ中へお入りください」
ルキオラは頻繁に訪れるわけではないが、見覚えのない司書が出てきた。そして、いつも以上に静かな館内を見渡してしまった。
「何かあったんですか?」
「それが、今日の担当の司書達が全員お腹を壊して休んでしまって……」
「えっ、全員ですか!? それは、大変ですね」
「そうなんです。すみません、私は普段ここの担当ではないので、本のことを質問されても分からないんです。今日は自由に使っていただき、戻られる時は鍵を閉めて、ここを出て左奥にある事務室にお返しください」
「あっ……あ、あの……」
よほど質問されるのを恐れているのか、それとも本当に忙しいのか分からないが、事務官の男はさっさと廊下に出てドアを閉めてしまった。
パタンとドアが閉まる音が聞こえて、視線を巡らすと事務机の上に輝く黄金の鍵が置かれているのが見えた。
自由に使っていいというのは嬉しいが、オルキヌスと本当に二人きりなので緊張してしまった。
しかしオルキヌスの方は、この状況に戸惑うことなく、さっさと館内を歩いて奥へ行ってしまった。
「ちょ、オルキヌス卿! 勝手に歩いては……、そちらは禁書コーナーがありますので、私も入れないんです」
「ちょうどいいじゃないか。皇帝がどんな趣味をしているのか、拝見させてもらおうぜ」
「ええ!? マズいですって! もし勝手に見たことが知られたら……」
「言わなければ大丈夫だろう。ここには、俺達しかいないわけだし、今日は幸運の日だったな」
腹痛で休んでいる彼らには、最悪の日だと思うのだが、オルキヌスはロープで区切られている禁書コーナーに鼻歌を歌いながらズンズン入ってしまった。
何度か宮殿の図書館に入ったことがあるルキオラも、何が置いてあるのか分からない場所だった。
自分の背丈よりもはるかに高い棚には、ズラリと本が並んでいて、そのどれもが分厚くて歴史を感じさせられるものだった。
適当に何冊か選んだオルキヌスは、パラパラとめくって歴史書だと言った。
「こっちは兵法についてだが、こっちは主に帝国史について書かれた歴史書だな。かなり古いものもあるぞ。触っただけで崩れそうな本もある」
「ちょっ、丁寧に扱ってください。ああ、絶対怒られる……」
机の上に本を並べたオルキヌスは、熱心に読み始めてしまった。
今日図書館の利用を申し出たのは自分だったはずなのに、これではオルキヌスが用があって、自分が付いてきたみたいだと思ってしまった。
夢中になって読んでいるオルキヌスを残して、ルキオラはウルガに頼まれた辞典を探した。
幸い辞典は入り口のすぐ近くにあり、貸出可能だったので、本から抜き取ったカードに名前を書いて事務机の上に置いておいた。
すぐに用は済んでしまったので、後はじっくり読書の時間だと、ルキオラは面白そうな本を探して歩き出した。
しばらく色々読んでは元に戻してという流れで時間を過ごしたが、その間オルキヌスの姿は見なかった。
禁書コーナーに戻ると、やはりオルキヌスはまだ歴史書を読んでいた。
「そんなに帝国の歴史に興味があるの? 古代語で書かれた本が多いから、読めないんじゃ……」
「いや、読める。少しかじっただけだが」
驚いたことに、大陸の古代語なんて帝国の貴族はすっかり昔のものだと習いもしないのに、オルキヌスは勉強したようだ。
公爵家での教育はそこまで行き届いているのかと感心してしまった。
「ない」
「え?」
「ないんだ」
「ないって何が?」
「名前だ。英雄様の元になった、帝国を勝利に導いた英雄の名前だよ」
オルキヌスはたくさんの歴史書を読み込んだらしい。机の上に山になっていたが、このどれもに名前が載っていなかったと騒ぎ出した。
「それは……数千年も前の昔の人だから……」
「昔なのは分かるが、英雄様の元になった人だぞ。例えばかつてこの地を救った英雄オルキヌス、彼の魂を百年に一度蘇らせるのだ! とか、そんな記述がどこかにあってもいいはずだ。それなのに、どこを見ても偉大なる英雄様だ。偉大だと思うなら、名前くらい伝わっていてもいいはずだろう」
オルキヌスの言っていることがルキオラには理解できなかった。
古いから、大昔だから。帝国民ならその言葉を繰り返し教わって、そういうものだと納得してきた話だからだ。
オルキヌスは他国の者だから単純に疑問に思っただけだろうか。
どちらにしても、やはり意味のないことのように思えた。
「女神の神託を受けるのは神殿長なので、彼には伝わっているのかも。ただ、尊い名前だとして、外部には知らされないのかもしれない」
「なるほど。と言うことは、神殿長の匙加減で色々と手を加えられるってことだ。他のやつは誰も疑わないし、絶対的な信頼をおいているからな」
「ええと、何が言いたいのか……」
「疑問に思ったことはないか? 英雄様とはなんなのか、なぜ英雄の魂を百年に一度誕生させるのか?」
「え………」
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
当たり前のように教えられて、疑問など持たずに生きてきた。
オルキヌスに言われても、帝国民じゃないから分からないだろうとしか思えなかった。
黙ってしまったルキオラを見て、オルキヌスはすまないと謝ってきた。
「お前は今、大変な状況だったな。悪いな、疑問に思うと色々考えてしまうのが俺の悪い癖なんだ」
「いえ、別に……」
「そうだ、お前の方は探し物は見つかったのか?」
「ええ、それはすぐに」
オルキヌスは有り余る探究心が落ち着いたのか、脚立に乗って重ねていた本をまた元の位置に戻し始めた。
変な空気になってしまったが、いちおう丁寧に戻しているので、ホッとしながらルキオラはその様子を見ていた。
「ルキオラは英雄様に選ばれたら、皇帝の側近になるんだよな」
オルキヌスは片付ける手を止めて、頭だけ振り返ってルキオラを見てきた。
また、例の探究心が出てきたのかと、ルキオラは思った。
「そうなりますけど……、ヘルトと私では力の差が歴然ですから。選ばれるのはヘルトで、私の残った力はヘルトに吸収されると思います」
「となると、英雄様でなくなったルキオラはどうするんだ?」
「神殿からは、恩給が出てるので地方の教会に行けばいいと言われています。ファルコン殿下が側にいてほしいと言ってくださったので、私は宮殿で側仕えとして何か力になれたらと……」
「またファルコン殿下か……」
話しながら本を棚に戻し終わったオルキヌスだったが、脚立から降りるとすぐに机を回り込んでルキオラの側までやってきた。
「宮殿に行けば、ヘルトとずっと比べられて争うことになるぞ。それに殿下は妃を迎える。仲睦まじく幸せになる姿を側で見守るというのか?」
オルキヌスの声はとても悲しげだったので、ルキオラの胸にじんと響いてきた。
心配してくれているのだろうと感じたルキオラは、素直な気持ちを話すことにした。
「殿下は辛い時に側にいてくれたんです。今度は私が、殿下が来て欲しいと言ってくれるならお側にいたいのです。殿下はお父様との関係に悩んでいます。気持ちの捌け口になれたらいいと思っています」
「本当に……それで幸せなのか?」
オルキヌスの問いが重く響いてきた。
自分の幸せ、それはどこにあるのか分からない。
手にしたことなどないから……。
だから自分に優しくしてくれる人は、幸せになって欲しかった。
「はい」
胸の痛みは消えなかったが、ルキオラは精一杯の笑顔を見せた。
悲しい雰囲気にはなりたくなかった。
「そうか……」
ルキオラの思いが通じたのか分からないが、オルキヌスの答えに悲しい色はなかった。
ただ、無機質で何の感情もこもっていない音に聞こえた。
□□□
上質な石で造られた床は靴音がよく響く。
コツコツと二つの音が折り重なるように響いているのを、ルキオラは不思議な気持ちで聞いていた。
今朝、神殿まで迎えに来てくれたのはオルキヌスだった。
いつもと同じ、黒い騎士服に身を包んでいた。
黒く艶のある髪を後ろに流して、キッチリと整えられた横顔は大人の色気が溢れていた。
馬車に乗る時に手を貸してくれたが、目は伏せたままで一度も合わなかった。
オルキヌスは前に会った時とは違い、騎士としての態度を崩すことなく接してきたので、ルキオラは少し寂しく感じてしまった。
神殿の生活で友人ができたことがないので、彼との仲が友人のようなものだと思い込んでいた自分を恥じた。
気軽に手を振って欲しいとまでは思わなかったが、目が合ったら先日のお礼が言いたかった。
あまりに乾いた態度に、親しくなったと思ったのは自分だけだったのかと思って、ルキオラは馬車の中で唇を強く結んていた。
しかし、長い廊下を歩いて宮殿図書館に向かうドアを通り過ぎると、さっきまで後ろを歩いていたのに、オルキヌスは横に並んできた。
「だいぶ顔色が良くなったな」
「え?」
「この前は死人みたいに白かっただろう。今は頬に赤みがある。こっちの方がよっぽどマシだ」
急に話しかけてきたので、ルキオラは何を考えているのか、オルキヌスの横顔をじっと見てしまった。
「さっきまで何も話さなかったのに、どうしたんです? 急に……」
「あれだけ他のやつらが周りにいるのに、気軽に話しかけられないだろう。俺はいいとしても、お前が周りに色々言われたら悪いと思ったんだ」
「別に……私の方は……」
何をしていても色々言われるので、大丈夫だと言おうとしたら、つい口を尖らせてしまった。
それを見たオルキヌスは口に手を当てて、堪えきれないという顔になって笑い始めた。
「そんな顔をして、寂しかったのか?」
「えっ!? なっ!」
違うと言おうとして顔を上げたルキオラの頭に、オルキヌスの手が伸びてきた。
太い指がわずかに前髪をかすめた時、ガタンと音が鳴って図書館の大扉が開いた。
オルキヌスはビクッと体を揺らして伸ばしていた手を下ろした。
「ああ、ルキオラ様。遅くなりまして申し訳ございません。どうぞ中へお入りください」
ルキオラは頻繁に訪れるわけではないが、見覚えのない司書が出てきた。そして、いつも以上に静かな館内を見渡してしまった。
「何かあったんですか?」
「それが、今日の担当の司書達が全員お腹を壊して休んでしまって……」
「えっ、全員ですか!? それは、大変ですね」
「そうなんです。すみません、私は普段ここの担当ではないので、本のことを質問されても分からないんです。今日は自由に使っていただき、戻られる時は鍵を閉めて、ここを出て左奥にある事務室にお返しください」
「あっ……あ、あの……」
よほど質問されるのを恐れているのか、それとも本当に忙しいのか分からないが、事務官の男はさっさと廊下に出てドアを閉めてしまった。
パタンとドアが閉まる音が聞こえて、視線を巡らすと事務机の上に輝く黄金の鍵が置かれているのが見えた。
自由に使っていいというのは嬉しいが、オルキヌスと本当に二人きりなので緊張してしまった。
しかしオルキヌスの方は、この状況に戸惑うことなく、さっさと館内を歩いて奥へ行ってしまった。
「ちょ、オルキヌス卿! 勝手に歩いては……、そちらは禁書コーナーがありますので、私も入れないんです」
「ちょうどいいじゃないか。皇帝がどんな趣味をしているのか、拝見させてもらおうぜ」
「ええ!? マズいですって! もし勝手に見たことが知られたら……」
「言わなければ大丈夫だろう。ここには、俺達しかいないわけだし、今日は幸運の日だったな」
腹痛で休んでいる彼らには、最悪の日だと思うのだが、オルキヌスはロープで区切られている禁書コーナーに鼻歌を歌いながらズンズン入ってしまった。
何度か宮殿の図書館に入ったことがあるルキオラも、何が置いてあるのか分からない場所だった。
自分の背丈よりもはるかに高い棚には、ズラリと本が並んでいて、そのどれもが分厚くて歴史を感じさせられるものだった。
適当に何冊か選んだオルキヌスは、パラパラとめくって歴史書だと言った。
「こっちは兵法についてだが、こっちは主に帝国史について書かれた歴史書だな。かなり古いものもあるぞ。触っただけで崩れそうな本もある」
「ちょっ、丁寧に扱ってください。ああ、絶対怒られる……」
机の上に本を並べたオルキヌスは、熱心に読み始めてしまった。
今日図書館の利用を申し出たのは自分だったはずなのに、これではオルキヌスが用があって、自分が付いてきたみたいだと思ってしまった。
夢中になって読んでいるオルキヌスを残して、ルキオラはウルガに頼まれた辞典を探した。
幸い辞典は入り口のすぐ近くにあり、貸出可能だったので、本から抜き取ったカードに名前を書いて事務机の上に置いておいた。
すぐに用は済んでしまったので、後はじっくり読書の時間だと、ルキオラは面白そうな本を探して歩き出した。
しばらく色々読んでは元に戻してという流れで時間を過ごしたが、その間オルキヌスの姿は見なかった。
禁書コーナーに戻ると、やはりオルキヌスはまだ歴史書を読んでいた。
「そんなに帝国の歴史に興味があるの? 古代語で書かれた本が多いから、読めないんじゃ……」
「いや、読める。少しかじっただけだが」
驚いたことに、大陸の古代語なんて帝国の貴族はすっかり昔のものだと習いもしないのに、オルキヌスは勉強したようだ。
公爵家での教育はそこまで行き届いているのかと感心してしまった。
「ない」
「え?」
「ないんだ」
「ないって何が?」
「名前だ。英雄様の元になった、帝国を勝利に導いた英雄の名前だよ」
オルキヌスはたくさんの歴史書を読み込んだらしい。机の上に山になっていたが、このどれもに名前が載っていなかったと騒ぎ出した。
「それは……数千年も前の昔の人だから……」
「昔なのは分かるが、英雄様の元になった人だぞ。例えばかつてこの地を救った英雄オルキヌス、彼の魂を百年に一度蘇らせるのだ! とか、そんな記述がどこかにあってもいいはずだ。それなのに、どこを見ても偉大なる英雄様だ。偉大だと思うなら、名前くらい伝わっていてもいいはずだろう」
オルキヌスの言っていることがルキオラには理解できなかった。
古いから、大昔だから。帝国民ならその言葉を繰り返し教わって、そういうものだと納得してきた話だからだ。
オルキヌスは他国の者だから単純に疑問に思っただけだろうか。
どちらにしても、やはり意味のないことのように思えた。
「女神の神託を受けるのは神殿長なので、彼には伝わっているのかも。ただ、尊い名前だとして、外部には知らされないのかもしれない」
「なるほど。と言うことは、神殿長の匙加減で色々と手を加えられるってことだ。他のやつは誰も疑わないし、絶対的な信頼をおいているからな」
「ええと、何が言いたいのか……」
「疑問に思ったことはないか? 英雄様とはなんなのか、なぜ英雄の魂を百年に一度誕生させるのか?」
「え………」
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
当たり前のように教えられて、疑問など持たずに生きてきた。
オルキヌスに言われても、帝国民じゃないから分からないだろうとしか思えなかった。
黙ってしまったルキオラを見て、オルキヌスはすまないと謝ってきた。
「お前は今、大変な状況だったな。悪いな、疑問に思うと色々考えてしまうのが俺の悪い癖なんだ」
「いえ、別に……」
「そうだ、お前の方は探し物は見つかったのか?」
「ええ、それはすぐに」
オルキヌスは有り余る探究心が落ち着いたのか、脚立に乗って重ねていた本をまた元の位置に戻し始めた。
変な空気になってしまったが、いちおう丁寧に戻しているので、ホッとしながらルキオラはその様子を見ていた。
「ルキオラは英雄様に選ばれたら、皇帝の側近になるんだよな」
オルキヌスは片付ける手を止めて、頭だけ振り返ってルキオラを見てきた。
また、例の探究心が出てきたのかと、ルキオラは思った。
「そうなりますけど……、ヘルトと私では力の差が歴然ですから。選ばれるのはヘルトで、私の残った力はヘルトに吸収されると思います」
「となると、英雄様でなくなったルキオラはどうするんだ?」
「神殿からは、恩給が出てるので地方の教会に行けばいいと言われています。ファルコン殿下が側にいてほしいと言ってくださったので、私は宮殿で側仕えとして何か力になれたらと……」
「またファルコン殿下か……」
話しながら本を棚に戻し終わったオルキヌスだったが、脚立から降りるとすぐに机を回り込んでルキオラの側までやってきた。
「宮殿に行けば、ヘルトとずっと比べられて争うことになるぞ。それに殿下は妃を迎える。仲睦まじく幸せになる姿を側で見守るというのか?」
オルキヌスの声はとても悲しげだったので、ルキオラの胸にじんと響いてきた。
心配してくれているのだろうと感じたルキオラは、素直な気持ちを話すことにした。
「殿下は辛い時に側にいてくれたんです。今度は私が、殿下が来て欲しいと言ってくれるならお側にいたいのです。殿下はお父様との関係に悩んでいます。気持ちの捌け口になれたらいいと思っています」
「本当に……それで幸せなのか?」
オルキヌスの問いが重く響いてきた。
自分の幸せ、それはどこにあるのか分からない。
手にしたことなどないから……。
だから自分に優しくしてくれる人は、幸せになって欲しかった。
「はい」
胸の痛みは消えなかったが、ルキオラは精一杯の笑顔を見せた。
悲しい雰囲気にはなりたくなかった。
「そうか……」
ルキオラの思いが通じたのか分からないが、オルキヌスの答えに悲しい色はなかった。
ただ、無機質で何の感情もこもっていない音に聞こえた。
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