百年の愛は、運命の輪で踊る

朝顔

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前編

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 初めて君に会った時のことを覚えている。
 まるで親の仇でも見るような目をしていた。
 一緒に過ごすうちに、だんだんと和らいでいき、目の奥に本来の優しさが見えた時は、嬉しかった。
 悲しい運命に引き裂かれて、終わってしまった人生を今でも思い出すのは、君がいたからだろう。
 血に染まった体を抱いて、涙を流す君を忘れることはできない。
 もっと早く、素直になることができていたなら、今になってそんな後悔をしてもどうにもならない。

 なぜならそれは前世の記憶だから。
 
 かつての自分、エヴァンがこの世を去ってから百年。

 
 この世界の創生神メネス。
 古から伝わる、神の力を持って生まれたエヴァンは、幼くして神殿に帰し、国の平和と発展のために祈りを支える神官となった。
 神の力とは、病や傷を治す治癒力と、神の声を聞き、神と対話することができるものだ。
 人々の暮らしを支え、国王に神の言葉を伝える存在として尊ばれてきたが、時の王は平和よりも戦いを好んだ。
 何度も和平への道を進言したが、聞き入れてもらえることはなく、戦火は至る所で上がっていった。
 すでにその頃になると、エヴァンは神の声を聞いて自分の死を予期していた。
 戦火はついに神殿を取り囲み、攻め込んできた敵国の兵に殺されてエヴァンは生涯を終えた。

 死の後は闇で、その中で神の声を聞いた。
 長年に渡り、神の声を聞いた者として、百年後、次の生を約束する。
 次生では、お前の希望を叶えようと言われたのを覚えている。
 争いのない、平和な人生を歩みたいと伝えた。
 願わくば、愛する人と共に……

 その時、目に浮かんできたのが誰だったのか、神がどう答えてくれたのかは覚えていない。

 こうして、エヴァンの人生は終わり、百年後、別の人間として新たに生を受けた。
 
 今度は、神の力を持たない平凡な人間として……

 

「リッツさん! 出番です」

 鏡の前で髪を整えていたリッツは、名前を呼ばれて分かったと返事をした。
 口元に薄っすらと紅をのせると、顔色が良く見える。
 舞台の上では、これくらい派手にしないと目立たない。
 
 鏡に映っているのは前世のエヴァンか、今世のリッツか。
 時々分からなくなる時がある。
 なぜなら神の悪戯なのか、姿形は前世と全く同じままだからだ。
 透けるような白い肌、銀色の髪、晴れた空のような青い瞳。
 前世で死んだ歳が近くなるにつれて、ますますおかしな気分になる。
 平和な人生をと望んだはずなのに、今世もなかなか大変な人生だ。
 リッツという名は、拾い親が付けてくれた。
 生まれてすぐ、道端に捨てられたが、珍しい銀髪だったこともあり、旅芸人の一座に拾われた。
 座長は自分の息子として、可愛がり育ててくれた。
 物心ついた時には前世の記憶があったが、神官であった頃の知識など、客商売では何の役にも立たなかった。
 一座は国を跨いで旅をして、各地で夜店を開いて金を得ていた。

 リッツは今年、前世で死んだ歳と同じ二十五を迎えた。十の頃には舞台で踊り始めて、花は過ぎたと言われるが、今も人気の踊り子だ。
 前世では神官として、儀式で踊ることがあったので、その頃の経験が少しは活かされているのかもしれない。
 芸事を学ばされる時に、一番踊ることが体に合った気がした。
 もちろん神に捧げる荘厳な踊りとは違い、酔客を楽しませないといけない。
 リッツが踊るのは、愛を主題とした誘惑のダンスだ。
 子供の頃は、楽しげに踊っていればお客も笑ってくれたが、この歳になると色気のあるものを求められる。
 衣装もそれに合わせて、透ける素材で艶かしいものを身に着けている。
 腰まで伸びた髪を緩く結んだリッツは、よしと声を上げて立ち上がった。

「今夜のお客様は?」

「この国の騎士団の方々です。何でも賊の討伐が終わったとかで、ずっと貸し切りで飲み食いをして盛り上がっていますよ」

「……男の集まりか。厄介だな」

「リッツさん、性別関係なくモテますけど、特に男からは……すごいですよね」

 リッツを呼びにきた団員が、大変そうだなという顔をして頭をかいているのをみて、リッツは息を吐いた。

「悪いけど、舞台終わりの挨拶回りはしないから」

「ええっ、勘弁してくださいよぉ。座長から、絶対やらせろって言われて……。そりゃ毎回狙われて、断るのが大変だと思いますけど……」

 舞台終わりは、演者達が客席に出て、挨拶回りをする。
 酒を注ぎ、時には体に触れて、機嫌を取ってより多くの金をもらうのが恒例だ。
 客から希望があれば一夜を買われることもある。
 だが、リッツはどんなにしつこい客がいても、今まで一度も、誰とも一夜を過ごしていない。
 稼ぎ頭であることと、座長のお気に入りということもあり、今まで逃れてきたが、年齢的に春を過ぎた今、それがどこまで通用するか、覚悟を決めなくてはいけない段階であった。
 だが、どうしても気が向かないのだ。
 
 頭に浮かぶのは、小さく震える手。
 それを優しく包んで、頭を撫でてあげた。
 切なく胸に響く声で、エヴァンと名前を呼ばれた時の記憶が、これ以上はダメだと足を止めてきた。

「考えておく……。とにかく、まずは舞台だから」

 舞台の上は照明で光り輝いて見える。
 小さな鈴を両手首にはめたリッツは、息を吸い込んでから、光の海に飛び込んだ。



 弦楽器のムード溢れる音楽に合わせて、リッツは舞台の上で踊る。
 指先まで意識を集中させて、背をそらして、しなやかに体を動かす。
 鈴の音色に合わせて、髪を靡かせて、くるりと回転すれば、客席から歓声の拍手が沸き起こった。
 今夜のダンスも上手くいった。
 そう思いながら、目線を客席に向けたリッツは、ある男と目が合うと、体がビリッと痺れてしまった。
 体を射抜くほどの強い視線。
 その向こうにあったのは、見覚えのある金色の瞳だった。
 客席の中央に座っている男。
 肩を組んで馬鹿騒ぎしている連中とは違い、一人で静かに飲んでいるように見える。
 ノリが悪いと茶化すヤツがいないのは、彼が位の高い人物であるからだろう。
 浅黒い肌に、漆黒の髪が目に入ってから離せなくなった。
 彫刻のように男らしく整った顔立ちが、どことなく懐かしく感じてしまう。
 なぜこんなに心が掻き乱されるのか。
 動揺してリズムがズレてしまったリッツは、慌てて回転してなんとかソレをごまかした。

 おかしい……
 見覚えがある気がする……
 でも……
 そんなはずはない……

 だって彼は……

 ピタリと音楽が止まって、リッツの踊りも終わった。
 それらしくポーズを取れば、一斉に拍手が沸き起こった。
 頭を下げたリッツは、急いで舞台袖にかけていった。
 心臓がバクバクと鳴って、足に力が入らない。
 舞台の上で倒れてしまいそうだった。

 舞台袖の椅子に座り込んだリッツは、ポタポタと汗が額から流れ落ちるのを感じながら、まさかそんなはずはないと言って頭を抱えた。


 彼の名はジェイ。
 本名はジェラルドだったが、呼ぶなと言われたので、ジェイと呼ぶことにした。

 前世の神官時代、エヴァンのいた国に、敗戦国の王子が戦利品として持ち帰られた。
 残党勢力を制圧できなかったために、捕虜として生かしておくことになった。
 何かあった時に、交渉の道具に使えると考えたのだろう。
 神殿を訪れた王の軍隊が、小さな子供を足蹴にして転がしたことを今でも覚えている。
 殺さない程度に生かしておけとのご命令だと言って、兵士達はニヤニヤと笑っていた。

 神殿には保護がかけられていて、中にいる者は、自由に出入りすることができない。
 つまり、王にとっては都合のいい大きな牢といったところなのだろう。
 神殿の意見など聞くことがないくせに、後始末だけは押し付けてくる。
 エヴァンはため息をつきたくなったが、地面に転がった哀れな少年を見て、仕方なく頷いた。
 他の神官は関わりたくないと逃げてしまったので、エヴァンが面倒を見ることになった。
 ジェラルドと名前を呼んでみると、少年は俺の名を呼ぶなとエヴァンを睨みつけてきた。
 目だけはギラギラとしていたが、体は汚れていて傷だらけで、手足が折れているようにも見えた。
 恨まれることは、仕方がないことだと思った。
 彼にとって自分は、自国を滅ぼした敵国の人間。
 特にエヴァンの国は、国王と神殿が二大勢力として、政治を執り行うとされていた。
 実際は形だけで、神殿の意見など全く取り入れられることはないのだが、今それを説明したとしても信じてもらえないだろう。
 エヴァンは少年をジェイと呼ぶことにした。
 きっと言葉にし尽くせない辛い経験をしてきたに違いない。
 せめて、ここにいる間だけでも穏やかに過ごしてほしい。
 そう思って面倒を見ることにした。

 ジェイは一日中、部屋の奥にうずくまり、歯を剥き出しにして威嚇し、人が近づくことを拒否した。
 エヴァンは毎日話しかけて、少しずつ距離を縮めた。
 近くまで行けたので、手足の治療をしようとしたが、腕を噛まれてしまった。
 見習い達が慌てて引き剥がそうとしたが、エヴァンはそのままいいと言った。
 痛みを感じないわけではなかったが、誰かに怒りをぶつけたいなら、その相手に自分がなろうと思った。
 そんなエヴァンを見て、ジェイはしばらくすると素直に治療を受けてくれるようになった。
 そして回復した次の日には、ポツリと一言、悪かったと謝ってきた。
 
 少しずつ、少しずつ、そうやって日々を重ねていった。
 
 ジェイが神殿に来てから五年の歳月が流れた。
 十歳だったジェイは十五の歳を迎えた。
 やっとジェイの誕生日を聞き出したエヴァンは、その日、ささやかだが、料理を用意してジェイの誕生日を祝ってあげた。
 ジェイは必要ないと言って不満げな顔をしていたが、少しだけ嬉しそうでもあった。
 そこに飛び込んできたのが、国が東と西、双方の国から同時に攻め込まれたという知らせだった。
 
 長年強国として名を馳せていたが、長く続く戦争で国民は疲弊しきっていた。
 王は神殿をただの厄介な存在だと軽んじていて、戦いを続けると国は滅びるという神言を聞き入れなかった。
 戦火はあちこちで上がり、あっという間に神殿の周りは火で囲まれた。
 実際には権限などなかったが、二大勢力として知れ渡っていたので、神殿は間違いなく落とされるだろうと分かっていた。
 エヴァンは神との対話で、この国も神殿も長くないことを知っていた。
 
 神殿を取り囲む勢力が、ジェイの祖国の生き残りが集まった連合軍だと聞いて、良かったと息を吐いた。
 きっとジェラルドが、神殿に閉じ込められているという話が漏れていたのだろう。
 これでジェイが殺されることはないと胸を撫で下ろした。

 間もなく、敵軍は神殿に乗り込んできた。
 危機を察した神官や見習いは慌てて逃げていったが、エヴァンは責任者として前に出た。
 対応に出たエヴァンに向かって、彼らはジェラルドを渡すように要求してきたので、エヴァンは抵抗することなくジェイを呼んだ。
 外の様子も何も聞かされていなかったジェイは、戸惑っている様子だった。
 敵軍の男が、ジェラルド様と名前を呼び、ジェイもその男を覚えていたようで名前を呼び返した。
 信用できる者かと聞くと、ジェイは頷いたので、エヴァンはジェイの背中を押した。
 行きなさい。
 強く生きるんだよ。
 そう言って背中から手を離すと、少し歩いた後、振り返ったジェイは、何かを悟ったように大きく目を開いた。
 その瞬間、無数の矢が放たれて、エヴァンの体を貫いた。
 王の汚い政治に手を貸して、大陸を恐怖に陥れた。
 神殿の人間を許すはずがない。
 仲間の元に歩いていたはずのジェイが、何かを叫びながら、走ってくるところが見えたが、地面に倒れたエヴァンは強い衝撃に声を上げることもできなかった。
 ただ体中が焼けるように痛くて、おそらくこの痛みも、少しすれば何も感じなくなるだろうと分かった。
 それが死だということも。

 血だらけになったエヴァンを抱いたジェイは、何かを叫んでいた。
 聴覚は一番最初に機能を失い、何の音も聞こえなかった。
 ジェイは泣いていた。
 今まで辛い目に遭っていても涙を流さなかった。
 泣いていいんだよと声をかけたこともあった。
 国を取り返すまで泣かないと、歯を食いしばっていた男の子を泣かせてしまった。
 ごめんと口を開いたが、声が出ていたかは分からない。
 ただ、ジェイに包まれた温かさだけを感じて、エヴァンは目を閉じた。
 


 久々に思い出した前世の最期に、頭痛がしてしまった。
 あの客席に座っていた男は、ジェイによく似ていた。
 いや、記憶にあるジェイはもっと子供だった。
 客席は薄暗かったが、それでも大きくて立派な体格をした男が座っているのが分かった。

 あれはジェイ?
 いや、ありえない。

 かつてエヴァンのいた国がどうなったのか分からない。今いる大陸からは離れていて、ただの踊り子であるリッツに、詳しい情報は手に入らないからだ。
 ジェラルドの祖国もまた、名前だけは地図で見つけたが、現在どういう状況なのかは不明だ。
 旅をしながら情報を集めていたが、ジェラルドという名は出てこなかった。
 きっとあの後、王となり国を再建したに違いないと、そう信じていた。
 あそこに座っている男は、よく似ているが別人だ。
 神は、人は死ぬと百年は生まれ変わることができないと言っていた。
 年齢的に考えても、ジェイより年上の青年に見えるあの男が、ジェイであるはずがない。

 よく似た別人。
 そう結論づけると、リッツはやっと落ち着いて呼吸ができるようになった。

「リッツさん。あのー、座長から客席の方に行くようにと……」

 いつもなら、断りにくそうな連中の集まりには、なるべく近づかないようにしていた。
 腹が痛いとか、足が痛いとか、適当に言って自分のテントに引っ込んでしまう。
 今日もそのつもりだったが、あの男と少し話してみようかと思った。
 話してみて、やっぱり全然違うと分かれば、この変に揺れている胸も静かになるだろう。
 確かめるだけ。
 そう思って、リッツは立ち上がった。

 
 
「リッツ、こっちだ」

 客席に降りると、場を仕切っている座長と目が合った。
 さっそく酒でも運ばされるなと思いながら近づいていくと、座長は小声で話しかけてきた。

「酒運びはいい。指名だ、あのテーブルに行ってくれ」

 座長が指差したのは、例の男が座るテーブルだった。

「……誰? 有力者なの?」

「この国で最年少騎士になり、現在は国王を警護する近衛騎士長をされているガラハット様だ。ケイジン公爵家のご令息でもあり、この国の富と名誉を全て持っているお方だと言っていい」

「へぇ」

「興味なさそうな顔をするなっ! 今夜はあの方が全て金を出しているんだぞ。この国にはしばらくいるつもりだから、……とにかく! 気に入られるんだ!」

 うるさい座長の肩を叩いて、分かったと言ったリッツは、髪を靡かせながら、優雅に歩き出した。

 興味がない、わけではない。
 富と名誉の方はどうでもいいが、興味があるのは彼がどういう人物であるかだ。
 すぐに話が聞けるならちょうどいいと思ったリッツは、使い慣れた安っぽい笑顔を浮かべて、ガラハットの座るテーブルの前に立った。

「はぁい、初めまして。色男さん。踊り子のリッツと申します。ご指名いただき、ありがとうございます」

 誰もがうっとりと見つめてくるいつもの笑顔で、慣れた挨拶をしたが、ガラハットは眉をピクッと動かして不満げな顔をした。
 
「ガラハットだ。先ほどの踊り、見事だった」

 くだけた挨拶をして失敗したかと思ったが、褒めてくれたので、リッツはまた笑顔を作り直した。

「ありがとうございます。お酒は進んでいますか? よかったら、お注ぎしますよ」

「ああ、頼む」

 少し気難しい人なのかもしれない。
 ぶすっとした顔が、どことなく不機嫌な時のジェイを思い出してしまい、リッツの胸はチクっと痛んだ。

「最年少で騎士になられたと聞きました。歳はおいくつなんですか?」

「二十四」

「お……お若い……ですね。すごくしっかりされているので、もっと年上かと……、あ……失礼しました」

「別にいい」

 貫禄のある佇まいから、どう見ても年上だろうと思っていたが、年下だったのでリッツは驚いてしまった。
 人生経験というか、場数が違いすぎるのかもしれない。
 前世持ちのリッツだが、前世は人生のほとんどが神殿での暮らしだった。
 関わるのは関係者のみで、神に一生を捧げる身なので、恋愛や結婚は許されない。
 世界についての知識は本で読むだけに留まり、実際に目にしたことはなかった。
 人生経験で言ったら、旅をして色々な人と関わることができたので、リッツになってからの方が多いくらいだ。
 ガラハットの、険のある目をじっと見ていたら、その目がスッと細められた。
 
「君を買いたい」

「……ずいぶんとハッキリ言うね」

「いくらでも払うつもりだ」

 ここまで直接的に言われたことはないが、目の前でそれっぽく金を積まれるようなことは何度もあった。
 その全てをリッツは断ってきた。
 今まで通り、リッツは手を挙げてひらひらと振った。

「そういうのはお断り」

「なぜだ?」

「俺を拾ってくれた一座に恩はあるけど、嫌な方法で返さなくていいって言われているから」

「……ということは、今まで一度も? 誰にも捧げてないのか!?」

 そこまで聞いてくるのかと思ったが、リッツは素直に頷いた。
 いつもの調子が乱れて、頬が熱くなってしまったのを感じた。

「ますます、興味を持った」

「めげないねぇ、お客さん」

 ここで近くで聞き耳を立てていたのか、部下の騎士達が、団長がフラれたぞと言いながら、わらわらと集まってきた。
 
「あのどんな美しい令嬢にもなびかない、鋼鉄のお方が……まさか踊り子に……」

「へぇ、この団長様、そんなにモテるの?」

「そりゃ、男だって惚れるくらいの英雄ですよ! 剣一筋、男の中の男です! よぉし、みんな団長の応援隊として一緒に飲みましょうよ! なんでも話しますよー!」

 出番だとばかりに、部下達がガラハットの戦歴や功績について口々に語り始めた。
 誇張されていそうな話や、面白おかしくされている話もあったが、部下達は目を輝かせて話してくれた。
 今まで恋人もなく、遊んだ相手すらいない、なんてこともペラペラ話してくれた。
 そんな部下達のことを諌めるわけでもなく、ガラハットは大人しく酒を飲んでいた。
 部下から愛されるということは、いい上司であるのだろう。
 もっと年若い頃は、部下を引き連れて、様々な国に修行の旅に行っていたと聞いて、やはり場数が違うなと考えてしまった。

「それで? 戦いに勝利したのは、団長様が雄叫びを上げて、川の水を逆流させたからってこと?」

「そうなんです! それはもう見事に……って、信じてないですねー。嘘じゃないんですよ、これは一年国の話と同じくらい、その地方では有名に……」

「一年国?」

「ああ、東の大陸の話なので、こっちでは馴染みがないですよね。東の大陸に昔、国を奪われた王子がいて、両親を殺された復讐を果たしたって話です。子守唄にもなっているんですよ」

 何となく流して聞いていた話に、ゾクっと体が震えて、わずかな酔いが飛んでいった。
 もしかしてそれは、ジェイの話かもしれないと全身から汗が噴き出した。
 リッツが身を乗り出して詳しく教えてと言うと、部下の男は記憶を辿りながら口を開いた。

「確か、国を奪われた王子は、幽閉されていたんですが助け出されるんです。そこからなんと、少ない仲間とともに、わずか一年で敵を倒して国を奪い返したっていう話ですよ。だから一年国って言われているんです」

 この話が本当なのか、ジェイのことなのかも、まだハッキリとは分からない。
 だが、リッツの胸には旗を掲げ、勝利の雄叫びを上げるジェイの姿が浮かんだ。
 彼ならきっと、強く生きていけると信じていた。
 念願を果たし、王として立派に生き抜いたに違いない。
 きっとそうだと胸が熱くなった。
 感動で目頭が熱くなり、リッツの目からポロリと涙がこぼれ落ちた。

「でも、この話には続きがあって……え?」

 話を続けようとした部下の男は、リッツがいきなり泣いたので、驚いた顔で話を止めてしまった。
 リッツは慌てて涙を拭こうとしたら、その腕を掴まれてしまった。

「行くぞ」

「え?」

 リッツの腕を掴んでいたのは、ガラハットだった。
 いつの間に横に立っていたのか、立ち上がった気配すらなかった。
 リッツの腕を掴んで立ち上がらせた後、そのまま客席の出口まで連れて行かれてしまった。

「ちょ、ちょっと、場が白けたからって強引じゃない? 話の続きが聞きたいのに」
 
「俺が話してやる。あそこだとうるさくて話ができない。静かに話せる場所は?」

「……じゃ、俺のテントに」

 自分のテントに誰かを呼ぶなんて、今までのリッツからしたら、絶対にありえないことだった。
 しかし、ジェイの話を聞いて、ジェイによく似た男に触れられたら、心臓が壊れそうに揺れてしまった。
 もう少し、幻でもいいから、この夢みたいな偶然の出会いに浸っていたい。
 そう思って、自分のテントにガラハットを招き入れた。



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