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第二章

(12)分かれ道

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「別にいいんじゃないのか? どうせ性格の悪い能無しだ。引き取ってもらって構わない」

 久々に会ったくせに、いきなりとんでもない発言が飛び出してきたので、みんなの視線がベルトランに集中した。
 ヨハネスの指示てベルトランはしばらく魔塔にこもっていた。
 もちろん呼べば来てくれるだろうけど、ランスロットとエドワードがいて、今までは特に何事もなく穏やかに過ごしていたので、そんな機会もなかった。

「それは…まあ、そうなんだが、彼女は一応イシスに祝福を受けて可能性を認められている。これから力が発動するかもしれないし、そうなると他国に捕らわれるのは厄介だ」

 エドワードがため息混じりに説明したが、ベルトランはどうでもよさそうに顔をそむけた。見た目が子供なので、反抗期の男の子にしか見えない。

 皇宮からの連絡が来てから、ベルトランを呼び、屋敷に集まって話し合う事になった。
 ヨハネスは対応に追われているらしく、こちらには向かえないと返事が来た。

「聖女代行じゃなくて、アリサがそのまま聖女になればいい。力は十分にあるんだ」

「ベルトラン…それは……」

 ベルトランの意見にエドワードが言葉を詰まらせた。私が元の世界に戻ることが前提だと、それでは聖女の力が帝国から消えてしまう。
 エドワードはその先を言わなかったが、誰もが理解していた。

「聖下は? 祈りの部屋に入ったのか?」

「ああ、そうらしい。とりあえずこの事態に動けるのはここにいる人間だけだ」

 ランスロットは神殿と連絡を取っていた。帝国に不測の事態が起きた場合、祈りの部屋に入りイシスに祈りを捧げ続けるのが聖下の役目だ。今回ヨハネスを頼ることはできない。かと言ってどうすればいいのか、みんな頭を悩ませた。

「とりあえず、状況を確認しよう。セイラを攫ったのはエルジョーカーの手の者で間違いないだろう。セイラが修行で訪れた地、ここからもっと国境に近い場所、リティアの付近で馬車が狙われて護衛は全滅。セイラの姿が消えた。魔導士が痕跡を辿っているが、向こうも上手く消しているらしい」

「エルジョーカーは何も知りませんで通しているらしいが、帝国はすぐにでも攻め入る準備をしている。特に皇子殿下はどんな手を使っても奪い返せと取り乱しているみたいだな。そうなったらこちらとしては厄介だ」

 ランスロットの言葉に私は息を呑んだ。
 向こうだって準備はしているだろう。むしろ感情的に動くと向こうの思う壺になるかもしれない。

「アリサを…、どんな手をという事は、アリサの力を使おうとするかもしれない」

 ついに来たと体が震えた。
 ヨハネスに任されて皇家とは離れた関係になっていたが、こんな事態になったら、ありとあらゆる手を尽くす可能性が高い。
 と言う事は、何かしらの協力を求められるか、強制的に何かさせられるか……。

「アリサにミルドレッドの力が受け継がれている事を知っているのは、御神託の場にいた少数の人間に限られる。問題なのは、エルジョーカーがあの能無しに今すぐどうにかできる力がないという事に気がついた時だ。御神託の結果をどうやっても知ろうとするだろう。そして…それが知られた時には……」

 淡々と話しているが、ベルトランの声はやはりいつもとどこか違い、不快と不安の入り混じったように聞こえた。

「次に狙われるのはアリサだ」

 部屋の中にベルトランの声が響いた。
 聖女というよりは複雑で、むしろ力がありすぎて持て余された存在。他国からノーマークであることが唯一の救いだったが、それが変わりつつあることが恐ろしく感じた。

「あの女もバカじゃない。力がない事を知られたら即殺されることはすぐに察知したはずだ。となれば、なんとか知られないように、ごまかして引き伸ばすだろう。向こうも聖女相手に対応が不慣れであるから、すぐには判断できないはず」

 誰かがごくりと唾を飲み込む音がした。最悪の事態を想像してしまったのだろう。

「怪しいと感じれば、イシスの御神託について調べ出すだろう。御神託の場にいた全員には沈黙の魔法がかかっている。あの場の出来事や内容を他言しないようになる魔法だ。だが、向こうの魔導士で力のある者なら聞き出す事は可能、王は残酷な男だ。代償を払うことなど厭わないだろう。セイラが調べられたらそこで終わりだ」

「かつては名を馳せたけど、今は聖女頼りで平和ボケしたうちの国と違って、度重なる戦いで強くなったエルジョーカーであれば、むしろ聖女の加護よりも、ミルドレッドの力を欲しがる可能性が高い」

 ベルトランの説明を補足するように、ランスロットは机に身を乗り出した。

「アリサ、実際君の血を飲んでから、信じられないような回復力と、強い力が底なしに湧いてくるように感じるんだ。もし、向こうの兵士達が全員そうなったら、一国を滅ぼすことなど容易いだろう」

 エドワードは吸血した後、三日三晩寝ずに動き続けることができたと話してくれた。
 かつて、ミルドレッドは自分の血を与え、最強の兵隊を作り出し、他国に攻め入り領土を大きく広げた。
 ミルドレッドの力を、残酷だと称されるエルジョーカーの王ならばどう使うのか、それは簡単な答えに思えた。

「帝国からの要請で全騎士はセイラの捜索に招集されている。エドワード、ランスロットは帝国の軍に合流してセイラを追え。俺とアリサは別に動く。腐った女だが、まだ他国から風避けとして生かしておくべきだと気がついた。アリサの存在を知られたくない」

 誰もが思うところはあるようだが、緊急事態であるし、ここはベルトランの指示に従うことになった。



 翌朝、ランスロットとエドワードは帝国軍に合流すべく、早朝に屋敷を出発した。

 ベルトランが付いているとはいえ心配なのだろう。エドワードは最後まで私の手を離さなかったし、ランスロットも去り際には抱きしめてきた。
 馬に乗った二人の背中が小さくなるのを私は立ったままずっと見つめていた。

「俺達も行くぞ。このままここにいたら、いつアリサに招集の手紙が来るか分からない。ヨハネスには連絡しておいた。世界を知るために旅に出ているという事にしておく。剣士達のやり方とは違う。強い魔力が使える俺達だからこそできる方法でいく」

 ベルトランが私の背中を鼓舞するように叩いてきた。
 セイラは確かに傍若無人で好きになれないが、同じ世界から来た者同士、無惨に殺されてしまうのは後味が悪い。
 風避けなどと言うつもりはないが、セイラにもきっと果たすべき役目があるはずだ。
 私は彼女がどういう選択をするのか知りたかった。

「行こう!」

 ランスロットとエドワードが出発してから間もなく、私とベルトランも屋敷から姿を消した。

 世界を知るための旅、ではなくセイラ奪還のため、私達は隣国エルジョーカーに潜入することになった。




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