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第二章

(11)動き出した針

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 もう何度目か分からない。
 エドワードが私の中から自身を引き抜くと、蜜口に溜まったものが、こぽりと音を立てて流れていった。
 何度も精を注ぎ込まれて、私の中はいっぱいになっていた。

「……アリサ、大丈夫か?」

 ここまでしてやっと我に返ったのか、エドワードが心配そうに私の顔を覗き込んできた。

「んっ…平気……大丈夫」

 本当は指を動かすことも重いくらいだが、これでもずいぶんと慣れた方だと思う。
 今までこんなに吸血されたら、確実に途中で気を失っていた。

「ごめん……途中からわけが分からなくなって、頭が真っ赤に……まるで暴走状態だった」

「い……。いいよ。エドワードが吸ってくれて……嬉しかった」

「アリサ……」

「まさか、お尻を噛まれるなんて思わなかったけど」

 少しムクれた顔をした私を見てエドワードが軽く噴き出して安堵したように笑った。
 最初は肩口を深く噛まれたのだが、それ以降はドレスに隠れて見えないところを無意識に選んで噛んでくれたらしい。
 手で触れると、お尻にガッツリと残された噛み痕が二つもあって、驚きを通り越しておかしくなってしまった。

「だってここは初めてだろう? 言ったじゃないか、誰も噛んでないところまで全部噛むって……」

 エドワードがまた口付けてきた。高い音を立てながら何度も口付けられた後、舌を入れられて歯列をなぞられた。私はまた声にならない声を上げた。
 先程までの情事がまだ体に残っているのに、また火がつきそうだった。

「エド……、もう行かないと……」

「……いやだな。ここから出たくないよ」

 私の胸に顔を埋めて、まるで子供のように甘え出したエドワードがどうしようもなく愛おしく思えてしまい、柔らかい金色の髪を撫でた。

「アリサ、戻ったら俺はローヤル公に他の令嬢と踊るようにと話を向けられるだろう。これはさすがに断れない」

「ええ……」

「一人になったら必ずミゼルカ夫人が話しかけてくるはずだ。何を聞かれても適当に誤魔化して笑っておくんだ。この世界の事情がまだ分からないと言って……」

「分かった」

 しばらく休んで、私の体が回復したところで休憩室を出た。

 会場に戻るとエドワードの予想通り、ローヤル公が紹介したい令嬢がいると近づいてきた。そしてエドワードはダンスの輪の中に消えていった。





 たくさんの男女が楽しげに踊る様子を、私は壁にもたれたまま静かに眺めていた。

 情事の痕は体に残っていた。目立つのは肩口だけだが、今は噛み痕を隠すために、上半身を覆い隠すような大きなショールを巻いている。
 薄いレースのものなので、ドレスに上手く馴染んでくれたと思う。

 ランスロットに続いてエドワードまでも、魔力の治療とは関係なく、体を繋ぎ吸血を許してしまった。
 しかもエドワードには噛んでくれて嬉しいとまで伝えてしまった。
 それは純粋な気持ちで隠しようがなかった。

 私は一体何なのだろう。
 一生のうち誰かと恋をして結ばれたらいいと願っていた。それが、次々と現れる魅力的な男性達に囲まれていい気になって、みんなの気持ちに応えたいだなんて……、私は本当にどうしてしまったのか。

 確かに多夫制が認められたこの世界ではおかしくないことかもしれない。男性達も他に男がいても構わないという段階から求めてくる。
 自分はまさか、この世界にいる間は好きに遊んでやろうとでも思っているのだろうか。
 そう、考えて頭を振った。
 そんなはずはない……。
 自分はみんなの気持ちに真摯に答えたいと思っている。
 そう考えると、帰りたくないの? という別の自分が頭の中から話しかけてきて、ますますどうすればいいのか頭が混乱してしまう。

 ランスロットもエドワードも…ベルトランもヨハネスも…、私を助けてくれるみんなの事を……同じくらい大切に思ってしまうなんて。
 私は間違っている、こんなの許されることではない。

 誰に?
 私を許したり、裁いたりするのは…
 誰なのだろう

 手を伸ばしてもいいのかもしれない
 彼らがそれでもいいと、私を求めてくれるのなら……
 例えそれがどこかで許されない事であっても、前の世界の自分なんて忘れて
 みんなで、幸せに……


「アリサ様…、転移者様」

 耳元で突然大きく聞こえた声を驚いて、息を呑んで声の方向を見ると、真横にミゼルカ夫人が立っていた。

「先ほどから何度かお呼びしましたのよ。お疲れのようですね」

「し…失礼しました。ちょっと考え事を…」

 完全に気を抜いていた。エドワードから注意するようにと言われていたのに、すっかり自分の世界に入っていた。

「確かに今はお辛いですわよね。聖下の保護があるとはいえ、聖女のセイラ様は今や国民の期待の星、羨望の眼差しを受けるお立場。それに比べて、転移者様は……お可哀想に、今後は平民として生きられるのでしょう」

「え…ええ、そそうです。それは仕方のないことで……」

「でも、まあ。パーティーで騎士とイチャついて、こんなところに痕を作っているようじゃ、どうせ男の家にでも転がり込んで上手くやるんじゃないのぉ」

 猫なで声で絡んできたのに、突然態度が豹変したミゼルカ夫人に驚いて言葉を失った。

「ところで、セイラ様は地方の巡業に出られるみたいですわね?」

「え…ええ、確か来月の頭でしたっけ…」

 勢いに押されるように口にから私はハッとして顔を上げた。
 ミゼルカ夫人は扇を口元に寄せて隠しながら、明らかに笑っているような目をしていた。
 してやられた! 人生経験が違いすぎる!
 突然口調を変えショックを与えるような発言で頭を混乱させて、話を聞き出す。
 さすがとしか言いようがない。小娘の私など簡単過ぎて話にならなかっただろう。

「それでは……、次回は息子を紹介させてくださいな。今日は誰かのせいで怖がってしまって動けないのよ。情けないわよね」

 ミゼルカ夫人は怪しげに微笑みながら離れて行ってしまった。

 まずい事になったかもしれない。聖下に巡業の事を聞いたのはついこの前、内密にと言われていたのに、すっかり抜けてしまった。

「ああ…嘘…、私やってしまったかも……」

 頭を抱えて壁にもたれていたら、ダンスが終わったエドワードが走ってきた。

「アリサ! 大丈夫か? 顔色が悪い」

 ミゼルカ夫人の話術に乗せられて、セイラの予定を話してしまったことをエドワードに伝えた。

「それはもう仕方ない。詳しい事は伝えていないし、対策を打てばいい話だ。とりあえず帰ったら聖下に報告しよう」

 エドワードは慰めるように背中を撫でてくれた。結局、パーティーは無事に終わったが、私は嫌な予感がして仕方がなかった。

 そして…私の嫌な予感はけっこう当たるのだ。



 屋敷でのんびり庭いじりをしていた私の元に一報が飛び込んできたのは、月が変わってすぐのこと。
 一緒に庭で水やりをしていたランスロットが魔法で届いた手紙を開封したところ、手紙が光って空に舞い上がったら、デカデカと文字が浮かび上がって声が響いた。

 緊急!緊急!聖女(候補)セイラ失踪。
 巡業中何者かに襲われ、誘拐されたものと見られる。
 帝国の全兵士はただちに部隊に合流し捜索にあたるように。
 抜かりなく装備を整えておけ。
 以上。

 空に舞った手紙はパラパラと粉々になって、消えていった。

 このタイミングでの騒動。
 もしや自分が話したことがきっかけで……。
 私は手が震えて持っていたシャベルを落としてしまった。

「すぐに聖下とベルトランにも連絡だ。とにかくいったんここに集まろう」

 同じタイミングで手紙が届いたのだろう。屋敷の中からエドワードも飛び出してきた。

 いったい何が起きているのか、頭の中は混乱でいっぱいになり力なく立ち尽くした。






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