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第二章

(9)魅惑のダンス

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 煌めくシャンデリア、色とりどりのドレスで踊る女性達。
 花で飾り付けられた豪華な会場。
 ただ派手だ悪趣味だと言われていたが、しっとりとした大人の雰囲気に包まれていた会場にすっかり魅了されてしまった。
 自分がこんな所にいていいのだろうかと、場違いな気持ちで恥ずかしくなるのだが、やはりお伽噺のような世界を実際に目にすると心が躍ってしまった。

 会場に入った瞬間から、視線が集中したのは分かっている。それはもちろん隣にいるこの男のせいだという事も。
 神殿騎士団の公式な場での正装である白い騎士服は、寸分の狂いもなくぴっちりと体に沿っている。細身だが鍛え抜かれた体がこんなにも艶があって美しく見えるのはエドワードだからだろう。
 女性達の蕩けるような視線を浴びながら、私はエドワードの腕に掴まっていた。エドワードはここでも有名人だ。先ほどから何人にも声をかけられて笑顔で対応している。社交会慣れしているというのは本当だったらしい。そして、誰よあの女はという声がヒソヒソと聞こえてくるのも背中で感じていた。

「アリサ、あそこにいるのが、ローヤル公とミゼルカ夫人だ。挨拶に行くよ」

「分かりました」

 会場の中央に人だかりがあった。その中心にいるのが背の小さい初老の男性と細身のすらりとした女性。二人とも贅を尽くしたような派手な装いだった。金ピカに光っていて、確かに悪趣味だと言うのはその通りだ。
 この世界の人は皇家の馬車もそうだが、何かと金ピカが好きらしい。

「緊張している?」

「そ…それはもちろん…」

「大丈夫、俺に合わせて。アリサは微笑んでいればいいから」

「んっ………もう!」

 エドワード耳元で囁きながら、指でするりと背中を滑らせるので、くすぐったくて変な声が出てしまった。
 軽く睨みつけると、クスリと笑ったエドワードが目の上に口付けてきた。
 周りの女性達から悲鳴が聞こえた。これでは目立ち過ぎてしまうと私は小さくなって顔を伏せた。

 白い正装のエドワードに対して、私は薄桃色のドレスだった。社交会では流行のドレスを着るのが定番というかマナーらしく、ミルに任せていたら用意されたのがこのドレスだった。
 袖のないAラインのドレス。前はリボンやフリルがたっぷりと付けられていてお姫様のような可憐なデザインだが、なぜか背中がばっくりと開いている。それに合わせて下着も背中の空きがあるビスチェを付けられた。
 デザインなんてさっぱり分からないので、これが今の流行だと言われたら、可愛いけど裸で歩いているみたいで、ちょっと恥ずかしかった。

「失敗したかな」

「え?なっ…何が?」

 ボソリとつぶやいたエドワードの言葉に、何かまずいことでもあったかとドキッとしてしまった。

「その、ドレス。俺からのプレゼントなんだ。ミルに頼んで希望を伝えて、小物も全部似合いそうなものを選んだんだよ」

「そうなの!? えっ…てっきりミルが全部考えてくれたのかと……。あ…、エドワード…こんな素敵なものを……ありがとう」

「ああ…やっぱり。誰にも見せずに二人だけの時に着てもらうべきだったな…。自分で選んだくせに、ムカムカしてきた」

 周囲に目をやりながら、エドワードは私の腰を掴んで自分の方へ引き寄せた。
 耳元にスッと口を寄せていて、このまま連れ去りたいと言ってきたので、心臓が壊れそうなくらいうるさく騒ぎ出した。ローヤルに会う前に倒れそうになった。

 どんどん会場の真ん中まで足を進めていくと、話の中心にいたローヤルと目が合った。

「これは、これは……可愛いお客様だ」

 まるで幼な子でも褒めるかのような言い方をされて、大袈裟とも思えるように手を開いて、ローヤルはドカドカと近寄ってきた。

「おや……、やはり噂に聞いた通り、転移者様の容姿は珍しいな…。聖下がずいぶんと大事にしていると聞いたが、これだけ可愛らしい方なら納得だ」

 ローヤルは簡単に名乗った後、私の手を取って握ってきた。ぱっと見た印象では人の良さそうなお爺さんという感じだったが、近くで見ると蛇のようなじっとりとした目をしていて、体に悪寒が走った。

「アリサ・ハトです。本日はお招きいただきありがとうございます。とても豪華で素晴らしいパーティーですね」

「ほぉ…近くでよく見るとまた…美しい目だ。黒曜石のようだな。吸い込ませてしまいそうだ」

 ローヤルは明らかに鼻の下を伸ばしてぐっと顔を近づけてきた。思わず悲鳴を上げて逃げたくなったが、失礼になるのではと考えて動かなかった。顔に力を入れた私の前に、スッと広い背中が入ってきた。

「申し訳ございません。転移者様は女神イシスの祝福を得てこちらに召喚されました。聖下より、認められた者のみが触れることを許させておりますので、この辺りでご勘弁を……」

「……エドワード卿、女には関心がなさそうだったのに……。自分はベタベタと触って…貴様も男だったということか……」

 エドワードの背中に庇われたので前で何が起こっているのか見ることができない。
 だが、明らかにローヤルは気分を害したような声を出していて、周りの雰囲気が凍っていた。

「あら、私は紹介してもらえないのかしら」

 この気まずい空気を破ったのは、ローヤルの後ろから出てきた、ミゼルカ夫人だった。
 妻の登場に慌てた様子になったローヤルは、急いで私にミゼルカ夫人を紹介してきた。

「確かに、可愛らしいお嬢さんね。前の世界ではどのような身分だったのかしら」

「と…特には…、この世界で言うところの、平民だと思います」

「そう……」

 ミゼルカ夫人は値踏みするように私を上から下まで眺めてきた。夫婦揃って嫌な感じのするタイプだった。

「どうぞ、パーティーを楽しんでくださいな。そうそう、後で息子を紹介させてくださいね。聖女様のお話なんかも聞かせてくれると嬉しいわ」

「は…はい」

 ミゼルカ夫人の顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。
 ゾクゾクと寒気がするくらい恐ろしい目をしていた。そしてやはりセイラの話題が出たので、どうやら聖下が心配していたことが当たったらしい。
 断ることもできないので、了承するしかなかった。
 ミゼルカ夫人は夫を引っ張るようにして、別の輪に行ってしまった。


「……狸野郎」

 ボソリと呟いた声がして、エドワードの方を向いたら、にっこりと微笑まれてしまった。

「さてと、私と踊っていただけませんか?」

 口を開こうとした私を制するように、流れるような優雅で美しい仕草で、エドワードは私の手に口付けてきた。

「……ダンスは、すごく苦手で……」

「構わない。アリサは俺に合わせてくれればいいから」

 情熱的とも思えるくらいの熱い瞳で見つめられたら、断ることはできなかった。
 いつもサラリと流している金髪は今日は後ろに流すように整えられていて、エメラルドの宝石のような瞳はいっそう色気を放っている。その熱気にクラクラとしながら、エドワードに連れられてダンスの輪の中に入った。

 真っ直ぐに情熱をぶつけてくるランスロットと違って、エドワードは静かな海のような人だ。穏やかに寄せては返す波のように、私を包んでくれる。
 しかし、一方で時々荒れ狂う波のように私を翻弄する。エドワードが何を考えているのか分からなかった。




「わっ…ごめん! うわわっ…」

 もう何度目だろうか。私はまたエドワードの足を踏んでしまい、手に汗が滲んでいくのを感じた。
 この日のために講師が来てダンスレッスンをしたが、そう簡単に覚えられるものではない。そもそもリズム感がない私は、ロボットのような変な動きしかできなかった。

「ふふっ……今俺が何を思っているか教えてあげようか?」

 微かに笑いながら、エドワードが言ってきた。

「思った以上にヘタクソだ…とか? 足が痛いからもうやめたい……とかでしょう?」

 楽団の生演奏が大きくなって盛り上がるところに入った。周りもここぞとばかりに気合を入れてくるくると回り出した。

「羽のように軽いアリサに踏まれたとしても痛くも痒くもない。むしろずっとこのまま…踊り続けたいくらいだ」

 私はこれは無理だとますます汗をかいたが、エドワードに引き寄せられてぐっと腰を掴まれた。そのまま宙を浮いた状態で周りと同じようにくるくると回された。
 最後の盛り上がりで盛大な音を出してバッと演奏が終了した。
 私はエドワードに回されて、抱きしめられるようにして最後は演奏の終わりとともにピタリと止まった。
 周囲からどっと拍手の音が聞こえて、素晴らしいと歓声が上がった。
 もちろん踊っていた全員に送られたものだったが、何が起きたのかすら分からなかった。

「ヘタクソでいいんだよ。そうすればアリサはずっと俺を頼ってくれるだろう。こうやって公の場で抱きしめられることができるのは、最高に嬉しい気分だ。……アリサは俺のものだってみんなに見せつけることができる」

「……エドワード……んんんっ!」

 心臓の音が早すぎて、それがダンスをしたからか、エドワードのドキリとする発言を聞いたからか分からない。
 エドワードを見ようと顔を上げたら、すぐに降りてきたエドワードの唇に私の唇はふさがれてしまった。

 きゃぁぁと女性達からの悲鳴が聞こえるが、エドワードは唇を離してくれない。
 逃げようと引いても後頭部を掴まれて角度を変えていっそう深く吸いつかれてしまった。
 しかも、お腹から魔力が吸い取られていくのが分かって、まさかこんなところでと焦り出した。

「んっんんんっ……ふ……ぁ……んっ……」

 ドレスの布越しに押し付けられた下半身から滾りを感じて、もっと焦ってエドワードの腕をぱんぱんと叩いた。

「……アリサ、大丈夫? 真っ赤だね。踊り過ぎて疲れてしまったの?」

 口の端を引き上げてエドワードは目を細めて蠱惑的に笑った。なんて顔をするのかと思っていたら、そのまま横抱きにされてしまった。

「わ……なっ…何? どこへ…!?」

「少し休憩しようか? 熱が冷めるまでね」

 私は何か言葉にしたくても、上手く出てこなくて、ぱくぱくと魚が呼吸するように口を動かした。

 周囲の注目をこれでもかと集めて、何をするのかとエドワードのことがさっぱり分からない。任せろと言っていたのできっと何か思惑があるのだと思われるが、こんな派手なことをするなら事前に言っておいて欲しかった。

 会場を出てどこかへ運ばれる中、何が待ち受けているのか、だんだんと強くなる心臓の音は不安というより期待の方に近いような気がしていた。





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