上 下
35 / 57
第二章

(8)背中の誘い

しおりを挟む
「パーティーですか…? わ…私が!?」

 町での誕生日パーティーとは規模が違う。貴族の屋敷でのパーティーと聞いて固まってしまった。前の世界でそんなものには縁がなく、この世界でもまた同じだと思っていたのに、急な話で驚いてしまった。
 目を丸くしていると、ヨハネスはそんな大したものではないですからと言って笑った。

「たっ……大したものではって……、領主様のお屋敷に招待された…と言うことですよね?」

「ええ、どうやら転移者に対して帝国の扱いが変わったという話を耳にしたのでしょう。早速取り入ろうという腹積りでしょうね。無視してもいいのですが。この地域の管轄者なのでうるさくなると色々と面倒だなと思いまして……」

 神殿で抑制具の作成に追われていたら、久々に本神殿に戻ってきたヨハネスに呼ばれ、会いにいくといきなりこの話題を振られた。

「え……ええ。それは…もちろん、ここの領主様でしたらご挨拶をしなくてはいけないので、私は構いません」

「良い返事がいただけて嬉しいです。本来なら私がエスコートしたいところなのですが……」

「とんでもないです!! 聖下、そんなことになったら大騒ぎになるのでお止めください!」

 侍従のランドが真っ青になって慌てて話に口を挟んできた。神殿の最高職であるヨハネスは滅多に姿を見せないことで知られている。
 本人は別にそんなつもりはないと言うが、フラリとパーティーに出るなんてことになったら、周りは大騒ぎで大変なことになるのは目に見えていた。

「聖下、その名誉は私が務めさせていただきます」

 後ろからかけられた声に振り返ると、部屋の入り口にエドワードが立っていた。
 しばらく首都に帰っていたので、会うのは久しぶりだった。
 神殿騎士団の青を基調とした騎士服に身を包んでいて、目が覚めるような美貌にますます色気が増していたように思えて、胸がドキッと弾んでしまった。

「立ち聞きして申し訳ございません。先ほど戻りましたのでご挨拶に伺いましたが、こういった催しは私が適任かと……」

「ご苦労様。そうですね、ランスロットは社交会には慣れていないし、エドワードが適任ですね。それにしても悔しい、私もアリサのドレス姿が見たかったです」

「そ…そんな、それこそ大したものでは……」

 私が困っていたら、ヨハネスはぷっと噴き出して大笑いした。
 ランドがゴホンと咳払いして、やっと元のヨハネスに戻ったが、今度は一転、真剣な顔つきになった。

「実は注意していただきたいことがありまして、このクロンダイク地方の領主であるローヤル公は、隣国エルジョーカーと仲が良すぎるという噂があります。密接な関係というやつですね。情報を流しているとの噂も…、彼の妻はエルジョーカーの出身ですから繋がりもあります」

「エルジョーカーが聖女を狙っている、という話ですよね」

「ええ、アリサを通じて何か情報を得ようとしている可能性があります。御神託については内密にしていただき、候補者についての話はなるべく避けるようにしてください」

 このところ平和でここの暮らしに慣れてきたところだったので、エルジョーカーの件が頭の中ですっかり薄くなっていた。
 最近は目立った動きがないと聞いていたが、もしかしたら水面下で何か動いていたのかもしれない。
 分かりましたと頷いたが心はパニックだった。ただ慣れないパーティーに参加するだけでなく、そんなおまけが付いてしまい、私の緊張は一気に高まった。



 ゲートで屋敷に戻ってもそわそわと動き回る私に、エドワードがお茶を勧めてくれてやっと椅子に座って落ち着くことができた。

「パーティー!? ったく、あのジジィは金遣いが荒いし派手好きだから何かあるだろうと思ったがついに来たな」

 私が戻ったことを知って、ランスロットもお茶に参加してきたが、パーティーの招待について話すと呆れたような声を出した。

「ローヤル公は狸みたいなジジィだ。簡単に人を裏切ると知られているし、自分の利益になりそうなところにすぐに飛びつく。爵位は高いし金を持っているからみんな従っているが、心では関わりたくないと嫌われている」

「特にミゼルカ夫人は悪妻で有名だよ。裏で糸を引いているのは全部彼女だと言われている。誰が招待されているのか、要注意リストを作って当日に備えるつもりだ」

 ランスロットに続いて、エドワードも詳しく話してくれたが、聞けば聞くほどどう立ち回ったらいいかさっぱり分からない。

「アリサ、心配しないで、俺が付いているから」

 私があまりにも青い顔をしているからか、エドワードが手を掴んできて、甲にそっと口づけされた。
 優しい眼差しに緊張が少し解かれた気がした。

 ゆっくりお茶を飲んでいたが、ランスロットはもう出なければいけない時間になったらしく、バタバタと準備を始めた。
 ランスロットはエドワードと交代で、神殿騎士団の仕事で聖下の聖地巡礼の警備に出ることになっていた。

「おい! 言っておくが、俺のアリサに怪我でもさせたら許さないからな!」

「は? お前のではないし、言われなくともそのつもりだ」

 相変わらず仲が良いのか悪いのか分からない二人のやり取りを見ながら私はクスリと笑ってしまった。

「大丈夫だよ。多少の怪我ならすぐに治っちゃうから」

「アリサ、そういうことではなくてね……」

「背中の傷もすぐ治ったし……」

「背中……?」

 ポロリと自分でこぼしておきながら、これは言ったらまずかったと慌てて口を閉じた。
 ランスロットは気まずそうな顔になって、俺は行くからよろしくとさっさと出て行ってしまった。

「どういうことかな、アリサ。いい子だからちゃんと教えてくれるかな?」

「な…何でもないの、ちょっとした、言葉のあやと言うか、大したものでは……」

「大したものかは、俺が決めようかな。ランスロットは警護にしくじったのか? まさか、町で暴漢に襲われて背中を傷つけてられたとか……」

「ぼっ…暴漢なんて……!! ちっ違うの……ええと……吸血の痕のことで……」

 それ以上突っ込まれたくなくて、ここまで言えば察してくれるだろうと思ったが、エドワードは椅子を寄せて私のすぐ側まで来てしまった。

「ふーん、ランスロットに吸血させたんだ」

「え……う…うん」

 エドワードはムッとした顔をしながら、私の頭を撫でたり、指でくるくるさせたりして弄り始めた。

「悔しいな……、首都に戻らなければよかった」

「えっ……ちょっ………」

 今日着ていたワンピースはちょうど背中でリボンで結んで開閉するタイプだった。
 そのリボンをエドワードは、シュルシュルと解いてしまった。

「ちゃんとチェックしないと。傷が残っていたら、治療しないといけないからね」

「わっ…て…ま…待って、もう…大丈夫」

「背中ははっきり見えないだろう。俺が見てあげるから…ほら全部取れた。アリサは全部落ちないように前をしっかり持って」

「本当に…もう、何も……うぅ…いっ…あぁ…!」

 エドワードは私の背中に手を添えて、上からゆっくりと指で肌をなぞっていく。くすぐったさとゾクゾクとする痺れが起こって私は変な声を上げてしまった。

「あっ…これは!?」

「ええ!? …な…何が?」

 何をされているのかよく見えなくて、ドキドキしてしまう。何かを発見したらしいエドワードはその部分をペロリと舐めた。

「ほくろがあったよ」

「も…もう! そんなの…誰にでも」

「いや、誰にでもはない。こんなに可愛いのはアリサのだけだ」

 ゆっくりと背中を撫でられながら、ほくろをペロペロと舐められているような状態だ。
 そのうちほくろだけではなく、お尻の上から舌を這わせて背中全体を確認するようにキスを落とされて私はビクビクと揺れてしまたま。

「綺麗だ…、まるで真っ白なシルクのように…滑らかで柔らかい……」

「っっ…くすぐた…い! んんっ…! もう分かったでしょ…何も……」

「背中に吸血するなんて……、背中の空いたドレスを着ることになったらどうするつもりだったんだ…。何も考えていないな…」

「んっ……ぁぁ……」

「アリサは知らないと思うけど、吸血の痕は自分のものだって証なんだ。見るたびに愛おしい気持ちになる。けれど、それを見た他の男は……嫉妬するんだ。自分も食べたいってさ……よけいに美味しく見えてしまう。俺だってそうだ。ここに……ランスロットの痕が付いていたと想像するだけで…腹から怒りが湧いてくるよ……」

 頭の中が溶けていき、エドワードでいっぱいになりそうだったが、わずかに残った部分に私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
 あれはミルの声だ。ゲートを使ってたまにこちらの手伝いに来てくれている。

「残念…。邪魔が入りそうだ。次は俺の番だよ。痕が付けられた場所も、まだ誰にも付けられてない場所にも…全部付けるから」

 覚悟しておいてと耳元で囁かれた。下腹部に溜まった熱がトロリと溶けて流れ落ちたのを感じた。

「アリサ様! あっ! いたいたこんな所にいらしたんですね。 ドレス用の採寸に来ましたよ」

 前は手で押さえていたが、このままだとエドワードに開けられた後ろがはだけたままだと私は慌てた。
 急いで直そうと手で合わせようとしたが、ばっくり下まで開いていたはずの背中は綺麗に閉じられていてリボンも綺麗に結ばれていた。

「……どうしました? お顔、真っ赤ですけど」

「な…何でもない! 今日は暑くて……」

 ミルに指摘されてよけいに熱くなって顔を手で覆った。開いた指の間からチラリとエドワードを見たらクスクスと笑っている姿が見えて指の間から睨んだ。

「練習した甲斐があった」

 エドワードは笑いながらよく分からないことを言ったので、ミルはポカンとしているし、私も意味は分からなかったけど、この状況がもっと恥ずかしくなって顔を伏せた。

 初めての社交会に訳ありの主催者、頼りになるはずのエドワードが翻弄してくるので、パーティーは上手くいくのだろうかと、心配が増えてしまった。






 □□□
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...