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第二章

(3)お誕生日会

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 燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びて、草木が輝いて見える。
 朝早く起きて、屋敷の庭園で水撒きをするのが私の日課になった。

「よし! 完了」

 汗を拭いながら水桶を片付けていると、みしみしと地面を踏みしめる音がして振り返った。

「アリサ、正門の雑草は大方片付いたぞ」

「ありがとう! 今日は大事な予定があるから急がないとね」

 私が拳を握って鼻息荒く気合を入れていると、ランスロットはため息をつきながら頭をぽりぽりとかいた。

 この屋敷に暮らし始めてからひと月。
 ここでの生活にだいぶ慣れてきたところだ。

 私の一日は庭の手入れから始まる。
 荒れ放題だった野生的すぎる正門からの道と屋敷周りの庭園の手入れ、まずはここから取り掛かった。
 使用人達の手も借りて、徐々に綺麗になってきたところだ。
 そして、午前中はゲートで神殿へ移動して、聖女代行として、抑制具の修理と作成の仕事がある。
 抑制具は自国の物以外にも、他国からの需要もあり、いくら作っても足りないくらいだ。
 午後は自由時間なので、町に行って買い物をして、屋敷に戻ってからシェフと一緒に夕食を作ったりすることもある。
 毎日忙しいが、私はこの方が性に合っているらしく、水を得た魚のように動き回っていた。

 ただ、護衛する身としては、あまりウロウロされるのは大変なのだろう。ランスロットもエドワードも、特に屋敷の外へ出ることにあまりいい顔はしない。

 かと言って、目眩しの魔法はかけているが、一般の人間を雇うことは危険なので、使用人は女性か男なら抑制ができる魔力の高い者に限られるので、とにかく人手が少ない。
 全員でできることをしないと日々の生活が回らないのだ。

 ヨハネスは神殿の仕事で忙しいのでほとんど顔を見ることもない。ベルトランはもともと皇宮から目を付けられていて、今回私の専属魔導士となることにより、見逃す代わりに魔塔の仕事をやらなければいけなくなり、何かあればすぐ呼べと言われているがこちらも忙しく動き回っている。
 専属の騎士のエドワードとランスロットは、二人も優先は私だが、兼任なので皇宮の残務と神殿の仕事もあり、交代で付いてくれていた。

「エドワードは黒の騎士団に呼ばれたんだよね?」

「ああ、去年関わった任務の件で呼ばれたが、色々拗れているらしく、しばらく帰って来れなそうだと連絡がきた」

 どうやらしばらくはランスロットと二人きりらしい。
 食事を作る量を減らさなければいけないので、後でシェフに相談しようと頭の中にメモを取った。
 今日神殿は祭事で入れないので、午前中の仕事はお休みなのでこれから町に行く。一週間前から準備していた、大事な予定があるのだ。

 急いで行こうと走り出そうとしたが、近くにあった木の根に足を取られて、バランスを崩した私は転びそうになった。

「わぁっ!!」

 地面に顔がつきそうになり目をぎゅっと瞑ったが、いつまで経っても衝撃はやってこなかった。

「アリサ、…まったく、何をやってんだ」

 痛みの代わりに、しっかりとした力強い腕の中に抱き込まれていた。
 転びそうになった私をランスロットが抱き止めてくれたのだと気が付いた。

「わわっ…、ごめんね」

 はしゃぎ過ぎて失敗だ。朝っぱらからランスロットに迷惑をかけてしまった。
 申し訳ないと謝って離れそうとしたが、ランスロットはぎゅっと抱き込んだまま離してくれなかった。

「……ランスロット?」

「……アリサ、そ…その、かかか体は大丈夫なのか?」

 体と呼ばれて何のことかと一瞬考えてしまったが、どう考えてもアノことだ。
 ランスロットは護衛として確認しないといけないと思ったのだろう。すっかり抜けていて私も報告するのを忘れていた。
 例の体を正常に保つための行為は、あの日ベルトランとして以来、ずっとなかった。
 抑制具の作成で魔力を使っているからか、体の調子も変わらない。
 もしかしたら、もう必要ないのかもしれないとも思い始めていたくらいだ。

「……大丈夫。頭痛もないしスッキリしているよ。ごめんね、なるべく迷惑かけないようにするから」

「……っ、迷惑……なんて」

「え?」

「いや、な…なんでもない。調子がいいなら…いい」

 強く抱きしめてきたと思ったら、ちょっと素っ気ない態度でランスロットは私の体を離して先に歩いて行ってしまった。

 ランスロットはころころと態度が変わるし、扱いが難しい。まるで思春期の弟みたいだなと思いながら、私はその背中を追って屋敷に入ったのだった。





「アリサちゃん、珍しいね。今日は朝から買い物かい?」

「ハーツさん、おはようございます。今日はラミーと約束をしているんです」

 帰りに寄って行ってくれと明るい笑顔でハーツは手を上げてきたので、私も手を上げて応えた。
 ハーツは町で調味料や香辛料などを扱うお店をやっていて、町内のことなら何でも知っているという気の良い人だ。
 父親と同じ年代だが、余所者の私のことを心良く歓迎してくれた。といってもやはり、ランスロットと一緒にいるということが、街の人が気持ちを柔らかくしてくれた要因だろう。
 ランスロットは子供の頃、この町で育っていて、成長した今でも街の人達は家族のようにランスロットに声をかけてくる。
 対外的には、屋敷では高位の貴族の老人が静養のために暮らし始めたとしていて、ランスロットはその護衛、私はその老人の遠縁の娘で貴族ではないが世話をするために一緒に暮らしている、という事になっている。
 なんだかよく分からない身分だが、ランスロットが適当に説明してくれたのか、街の人達は怪しむ事なく歓迎してくれた。

「ここは本当に活気にあふれた賑やかで楽しい町だよね。ランスロットはここで長く暮らしたの?」

「暮らしたのは五年くらいだ。世話人が一人付けられたが、ほぼ一人暮らしだったからな」

「ひとり!?」

「ああ、オールドブラッドの一族で、特に俺の家は生命力の強いやつが一番とされていた。子の制限もないから、兄弟もたくさんいるし、能力の低いやつはオールドブラッドでも失格とされて簡単に打ち捨てられる」

 ランスロットから語られたのは、優れた血統の家に生まれた過酷な子供時代の話だった。
 病弱な子供を見放す話に胸が痛んだ。授業の時、リナリアからオールドブラッドの人間は完璧な強さを持っているが、どこか欠けている者が多いと聞いた。その意味が少し分かった気がした。

「まあ、今はもういいんだ。体は他のヤツより強くなったし、仲間もたくさんできたからな」

 一人孤独に布団の中で震えていたランスロットを想像したら、胸がもっと苦しくなって、私の横にある手を握りたくなって、そっと手を伸ばした。
 その時、急に周りに人が多くなって、前から来た人とぶつかりそうになった。

「アリサ、こっちだ」

 ランスロットはさりげなく私を守るように自分の方へ引き寄せて、ぶつからないようにしてくれた。
 頼もしいその背中が男の人なのだとやけに意識してしまい、トクンと心臓が強く鳴るのを感じた。

 神殿での旅の時とは違い、ランスロットは時々こうやってさりげない優しさを見せてくれる。
 弟達に似ているなんて言ったこともあるが、最近のランスロットはやけに大人の男性を思わせるようにリードしてくるので、その度にドキドキしてしまう。
 研ぎ澄ました双眼で一見近寄り難く見えるのに、こんな優しさを見せられたらなんと表現したらいいのか分からない思いが込み上げてきて胸が熱くなる。
 町へ行くときは騎士服ではなく、私もランスロットも地味な装いで目立たないようにしているが、男らしく逞しい体つきと、強くて印象的な青い瞳は隠しきれない。
 私はランスロットに分からないようにチラチラとその横顔を見つめていた。


「アリサ! 来てくれてありがとう!」

「ラミー……むっ…ぐぐっっ……」

 もう通いなれた宿屋の前まで来ると、中から女の子が飛び出してきた。
 アッシュブラウンの髪を高く結んだポニーテールが愛らしい、健康的な肌色とオレンジ色の元気いっぱいの瞳を大きく開けながら、私に抱きついてきてくれたのはラミーだ。
 ランスロットの幼馴染トレイがやっている宿屋の看板娘で、トレイの妹である。
 歳は十六になるというが、私より背も高くて胸もお尻も出た豊満で色気のある体をしている。
 抱きしめられたら、はち切れそうな胸が顔に当たってきて、ぎゅうぎゅうと押し付けられて窒息しそうになってもがいた。

「おい! ラミー! それじゃ息ができないだろう!」

 ランスロットに引き剥がされて、ラミーは軽く舌打ちした。

「ちょっと、邪魔しないでよ。アンタ呼んでないんだけど、ランスロット」

「フン! 悪いな、俺とアリサはセットだ。諦めろ」

 きームカつく! と言いながら、ランスロットとラミーは言い合っているが、昔からの仲の良い関係でじゃれあっていうようにしか見えない。羨ましいなと思いながら私は二人を眺めていた。

「ったく、こんなイカ臭い男と話してらんない! アリサ、ほら入って入ってー」

「いっ…!! フザけんな…!」

「どーせ、アリサで何回かぬい……っっ!!
 ったぁ! 叩かないでよ! レディーに失礼ね!」

「そんな口の汚いレディーがいるか!」

 きゃあぎゃあと騒ぐ二人を残して、やっぱり仲がいいなぁと思いながら、私は先に中へ入らせてもらうことにした。
 今日はラミーの誕生日会に呼ばれていて、私はプレゼントにと今朝焼いたばかりのパンを持ってきたのだ。

「おう、アリサちゃん。二人はまた喧嘩しているのか、本当に気が合わないからなぁ」

 今日は貸切りにしているのか、食堂には食べ物や飲み物が並べられていて、ランスロットの幼馴染、トレイが忙しそうに皿を並べていた。
 私は手伝いますと言って、残った皿を一緒に並べた。
 ラミーと同じ、アッシュブラウンの髪に人の良さそうな顔をした男、トレイはランスロットとは地元の剣術学校で出会ってからの友人だそうだ。
 旅の途中でこの町に寄ったとき、ここの宿に泊まって、夜はランスロットの旧友達とこの食堂で一緒に話をして盛り上がった。

 丘の上の屋敷で暮らし始めたと言って再び挨拶に来た時、妹のラミーを紹介されて、それ以来すっかりラミーと仲良くなってしまった。
 ラミーはなんというか、今まで私の周りにはいなかったタイプで話していてとても面白い。それに、美人でスタイルもいいので、この世界のおしゃれについて色々と教えてくれる。それと……他のことについても………。




「ラミー! 誕生日おめでとう!!」

 パチパチと拍手の音がして、みんなが一斉にバクバクと食べ出した。
 この世界の誕生日会はとにかく、食べて飲んで騒いで踊って、食べて踊っての繰り返しだ。

 近所の人や、ラミーの友人達が集まって賑やかな誕生日パーティーがスタートした。
 私はラミーに友人達を紹介されて、和やかに会話を楽しみながら美味しい食事をいただいた。

「アリサちゃん、これ飲んでみて。最近仕入れたやつで女性に人気なんだよ」

 トレイが運んできてくれたのは、グラスに入ったピンク色の液体だった。
 何だろうと思って手に取ろうとすると、横から伸びてきた手がひょいっとグラスを掴んで私から遠ざけてしまった。

「これはアリサはだめた。酒だからな」

 街の人達は昼間でも仕事中でも気軽にお酒を楽しむ人が多い。さすがに小さい子は飲まないが、ラミーくらいの歳から、みんなお酒は普通に飲んでいるようだ。
 私はこの世界に来て確かにお酒は飲んでいなかった。興味はあるしお祝いだからと思ったのに、ランスロットに取り上げられてしまった。

「……でも、私、飲んだことないから…少しだけでも」

「え?」

 トレイが不思議そうな顔をしていたが、ランスロットが向こうへ行けとぐいぐい押したので、トレイは困ったような顔をして厨房に追いやられてしまった。

「だめだ。帰りもあるし、何があるか分からないから、酒は禁止」

 ムッとしたが、確かに体質に合わないかもしれないし、迷惑をかけたら困るので大人しくお茶を口に運んだ。

 間もなくしてダンスタイムに入った。
 全員で踊るというより、男女のペアが前に出て踊りそれをみんなが盛り上げながら一緒に楽しむという方式だ。
 そこで、私は今日の主役ラミーに呼ばれ、手を引かれて二階の客室へ連れて行かれた。
 さすがにここにはランスロットは付いて来れないので、階下に残っていた。

「アリサ、持ってきてくれた?」 

「もちろん」

 持参したバックから取り出したものを見せると、ラミーは綺麗と言って喜んでくれた。

 この町独特の風習なのか分からないが、女の子の誕生日会には恒例イベントがある。
 ダンスタイムには主役が踊るのだが、途中で衣装替えをするのだ。
 踊りやすいさ可愛さ、何でもいいのたが、とびきりの格好をして新しい歳になった自分をお披露目する。そして、髪の毛には好きな友人が作ってくれた髪飾りを付けると幸福が訪れるとされている。
 ラミーは幸福な女友達に私を指名してくれて、私は一週間前から布やビーズを使って髪飾りを作っていた。
 ラミーは早速お誕生日衣装に着替えて、髪飾りを最後に付けた。

「ジャジャーン!どうかな」

「す……すごいね。綺麗…だよ。ただ…すごいね」

 綺麗なのは確かなのだが、これがお誕生日衣装なのかとただただ驚いた。

 ラミーの豊満な体に沿ったセクシーなドレスだった。ビキニみたいにほとんど布地が使われていなくて、上半身はお腹と胸がほとんど出ていて大事な部分が申し訳程度に、キラキラとした素材のもので隠されているのみ。下半身は体に沿って布が足首まで付いているが太ももの上までスリットが入っていた。

「じゃ…じゃあ、行こうか」

「待って、アリサ」

 本人がいいならいいだろうと、とにかく戻ろうとしたら、ラミーは私の腕を掴んできた。

「ごめん、言ってなかったっけ……」

「え?」

「幸福な女友達は、主役と同じ格好をして場を盛り上げることになってるんだよ」

 ラミーがにっこりと笑いながら、ガサリと何かが入った袋を手渡してきた。

 これは恐ろしい世界への招待状かもしれない。
 私は震えながらそれを受け取るしかなかった。





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