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第一章

(27)風に乗せて

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 ベルトランに初めて吸血された翌朝、ベルトランの腕の中で目覚めたが、私は指一本動かすことができなかった。

 急遽神殿の巫女が集められ、治癒で白魔法を送り込まれるという事態になってしまい、ベルトランはヨハネスにこっぴどく怒られることになった。
 私の超回復力を壊すくらいベルトランは吸い取ってしまったらしく、寝込んでもおかしくない状態だったらしい。

「まったく…、動けなくなるほど吸血するバカがいますか! いくら嬉しいからと言って体を壊すくらい吸い尽くしてどうするんですか……」

 ヨハネスが部屋に戻ってくる頃にはだいぶ回復して起き上がれるようになったが、ヨハネスはこんこんとベルトランを叱り続けていた。
 当の本人は子供の姿になって窓辺に座りながら、目線は空に向かっていて、まともに聞いている様子はなかった。

「仕方ないだろう、アリサが可愛いんだから」

 ポロリとこぼした返事になんだそりゃと崩れ落ちそうになったが、それはそうですねと何故かそこはヨハネスが同意してしまって変な空気になってしまった。
 こんな空気耐えられないと、私は急いで話題を変えることにした。

「ああ…あの! それより、色々聞きたいんですけど……火事の事とか、ここに来た人達の事とか……」

 ああそれはと、やっと話題が変わってヨハネスが腕を組みながら説明してくれた。

 まず昨日の火事はボヤ程度だったが、何者かの放火の可能性が高いこと。
 ドアの外にいたランドは頭を打撲されて気絶していたがすでに回復していること。
 部屋に侵入してきた男達は、一人はベルトランによって消滅。残り二人は神殿を脱出したらしいが消息は不明、いずれも証拠がなく、聖女の一行のせいにすることは不十分で、火事も私を襲った者も、狂信的な聖女信者の犯行だと皇子側は主張しているらしい。調べは継続されることになったが、すでに一行は神殿を出て皇宮への帰路に入っていた。
 ベルトランのことだから、何か手は打っていそうだが、向こうの動きを見ると言って詳しいことは教えてくれなかった。
 なんとも歯切れの悪い終わり方だが、これで解決したようには思えなかった。


 そして、昨日の儀式により色々なことが決まったらしい。

 まず、セイラは聖女候補に戻り、皇宮で白魔法の訓練と、聖女としての資質を向上する学習が行われるそうだ。
 次に、私の処遇についてはヨハネスに一任された。
 ヨハネスは近くの町にある邸宅を用意したと言ってきた。

「ここではアリサが暮らすには色々と不便なことも多いですし、うるさく言う者もたくさんいますから。場所はフリーセルの町が見渡せる高台です。大きな屋敷で今急いで人も雇っています。準備ができ次第移動していただきます」

「大きなお家ですか………いいのでしょうか?」

「ええ、アリサはもう国の大事な存在です。であれば、誰も逆らえないですから。神殿のから近いので、ゲートも作れますし、何かあれば私がすぐにでも駆けつけます。いえ、会いに行きます」

 ゲートというまたよく分からない単語が出てきた。ヨハネスの話によると、魔法を使った瞬間移動装置みたいなもので、近距離でしか使えないが、それぞれの場所にゲートを設置することによって簡単に行き来できるのだそうだ。

 それはすごいと言いながら、また私は実感が湧かずにぼんやりとしたまま頷いた。

「住人はアリサと専属魔導士のベルトラン、そして皇宮から騎士二名を神殿所属の騎士として引き抜きました」

「えっ………」

「当分は所属が皇宮から、神殿に移るまで両方の仕事をやる必要があって忙しいと思いますが、本人達も同意してくれました」

「まさか……その二人って……」

 ベッドから落ちそうになるほど身を乗り出した私に向かって、ヨハネスはいたずらっ子のようにニヤリと笑った。








 ツンと肌を突くような冷たい風が吹き抜けて、私のドレスの裾をふわりと揺らした。
 一年を通して温暖な気候であるが、時々海風のような冷たい風が吹くことがあるそうだ。
 町を見下ろす高台は特にその影響を受けるが、我慢できないものではなかった。
 むしろ、のぼせ上がった頭が冷静になるにはちょうど良い。
 風にサラサラと擦れて、草が気持ちの良い音色を奏でるのを目を閉じて聞いていた。

「アリサ」

 私がなかなか歩いてこないので、先を歩いていたベルトランが名前を呼んできた。
 軽く手を上げてから小走りでその背中を追った。

 聖女参拝の日から一週間、急いで準備が進められて、ついに今日、フリーセルの町が見下ろせる高台の場所に立つお屋敷に身を寄せることになった。
 もともと神殿の持ち物で、きちんと管理されてると聞いていた。
 ベルトランにここだと言われて連れてこられたが、目の前に立ってもどこに屋敷があるのか見えなかった。

 細長く伸びる縦格子の塀がどこまでも終わりがないかのように続いている。
 その中は自然を感じさせる草木が生い茂っていて、中の様子はさっぱり分からない。
 これで管理されているのか謎だがとにかく中に入ることにした。

 中に入ってからもしばらくかかるからと言われて馬車に乗せられたが、やはり生い茂った草木をかき分けながら、獣が出てきそうな道をひたすら走り、やっと屋敷が見えてきた。

「わぁ……すごい……」

 しばらくは自然豊かな野生感溢れる森が続いていたが、突然ぽっかりと空いた空間に、巨大な邸宅が姿を現した。

 白亜の宮殿、とまではいかないが、白を基調とした石造りの大邸宅だ。
 全体的な造りは二階建てだが、縦にも横にも広そうで、窓は角のないアーチ状で造られているのが特徴的だった。
 ここまで来るのに鬱蒼とした雰囲気とは大違いの豪華な造りに、もしかしたら昔の大貴族の屋敷だったのではないかと想像していた。

 馬車回しのスペースで止めてもらい、先に降りたベルトランが私に手を差し出してきた。

 今は子供の姿なので、なんとも可愛らしいエスコートについ笑ってしまうと、ベルトランは照れ隠しなのか、早くしろと言いながら私の手を掴んで引っ張ってきた。
 思った以上に強い力に、足がぐらついて体勢を崩してしまった。
 あっと小さく声を上げた私は、横に倒れていくのを感じたが、伸びてきた力強い腕が私の体を支えてくれた。

「……相変わらず荒っぽいな。レディーの扱いがなっていない。魔法でどうにかすればいいってものじゃないぞ」

 耳元に聞こえてきた少し高めの優しい声と、顔にかかった金髪に私の心はポンっと弾んで一気に明るい気持ちになった。

「エドワード!!」

「アリサ、また会えて嬉しいよ」

 早速甘い台詞を口にして、美しい微笑みを浮かべたエドワードは自分の胸に私を引き寄せて頬にキスをした。
 国境から急いで駆けつけてくれたのか、いつも完璧に着こなしている黒い騎士服は襟ぐりが空いていて着崩れていた。
 乱れた首元が妙に色っぽくて、ドキッとしてしまった。

「そういうお前も何勝手に触ってんだよ!こっちは人手不足で荷物運びまでやらされて汗だくなんだ。アリサ、そいつ埃だらけで汚いから近寄らない方がいいぞ」

 のしのしと靴音を響かせて玄関から出てきたのはランスロットだった。
 こちらはエドワードと違って上はシャツ一枚で腕まくりまでして、完全な引越しのお手伝いスタイルだった。神殿からあまり人は出せないから、人手が足りないとヨハネスは言っていたが、まさか二人が手伝ってくれているとは知らなかった。

「ランスロット!!」

「だぁっ!!…おっ…お前!バカっ…汚いって………」

 私は一目散に走っていき、ランスロットの胸に飛び込んだ。その程度の体当たりでランスロットがびくともするはずがないが、動揺を隠せないのか体がびくびくと揺れていた。

「元気そうだね。良かった」

「アリサ……」

 ランスロットの腕は私の背中の上で浮いていたが、次の瞬間、観念したようにぎゅっと強く包み込むように抱きしめてきた。

 三人で旅をしたのはわずかな間だったが、私たちの間にはしっかりと絆が出来ていた。
 離れていた間の不安な気持ちは、二人が戻ってきてくれたことで、すっかり温かいものに変わっていた。

「みなさん、揃ったようですね」

 決して大きくはないが響き渡った声に、ここにいる全員が顔を向けた。
 屋敷の入り口に立っている男の威厳と風格に満ちた姿は、まるで神が降臨したかのごとく存在感があった。
 自然と後光を背負う男、ヨハネスは白銀の髪を風になびかせながら私と三人の男を、どうぞと言って屋敷の中に招き入れた。
 まずは話があると聞いていた。
 ヨハネスの口から何が語られるのか、誰もが無言になってその背中を追うように中へ入っていった。






「さて、ここに集められたのは皆、アリサを救い守るために選ばれた者達です」

 ヨハネスは屋敷に入ってすぐの広い応接室にみんなを集めた。
 全員着席してお茶が配られてから、やっと本題が切り出された。

「ミルドレッドの力を受け継いだアリサが、受け入れた相性の良い者達であり、全員自分の意思でここに集まってくれました。アリサの特異体質は承知の通りですね。正常な状態を保つために、交代で力をもらうことになります。神殿では何かと不便でしたから、ここなら落ち着いて暮らすことができるでしょう。皇宮の協力も得られましたし、向こうも手は出せないはずです」

「フン、お前の下手くそな芝居も役に立ったと言うことだな」

 腕を組んだベルトランは、バカにしたように鼻で笑った。

「あら? バレバレでしたか……」

「バレバレ…? なんですか?」

 二人のやり取りにポカンとしているとベルトランは、イシスのフリしていたやつだと言った。

「ふふふっ、ベルトラン以外は騙せたみたいですね。イシスの御神託ですよ。あれは全部私が…上手いこと言ってみたのです。何しろイシスは最初の一言だけ言って消えしまいましたから」

 あの方はシャイなんですと言いながらヨハネスはケラケラと笑った。神の真似をするとはつくづく恐ろしい男である。


「無駄話はこれくらいにして、我々の目的はアリサを帝国や外国などの脅威から守り、そして……前の世界へ帰してあげることです」

 ガタンと大きな音を立ててベルトランが立ち上がった。今にも噛みつきそうなくらいヨハネスを睨みつけていた。

「帰す……、聖下、そんなことができるのですか?」

「かつてミルドレッドが使った魔法を調べます。ベルトランの協力も得られれば、私の腕であれば必ず成功できると考えています」

「そんな! 俺は…納得いかない…。アリサを帰すなんて……」

 冷静そうに受け止めて質問したエドワードと違って、ランスロットは怒りを隠せないように机を叩いた。

 それを見て目を細めたヨハネスだったが、静かに口を開いた。

「アリサには前の世界にご家族がいます。特に四人の弟さんはアリサのことをとても愛していて、アリサも彼らのことを大切に思っています。確かにアリサの力は帝国にとって大事な至宝でありますが、そんなことでアリサの人生を思い通りにしていいものではありません。もちろん、最終的な選択はアリサに任せますが、橋を作ることだけは必ず約束します」

 家族、という言葉が出てきたら、私の名を呼ぶ弟達の姿が思い浮かんできてしまった。もちろん、会いたい…いますぐにでも。

 下を向いて手に力を込めるようにぎゅっと握っていたら、私の手の上に隣に座っていたエドワードが手を添えてきた。

「俺はアリサの気持ちを尊重するよ。ここにいる間は命に変えてもアリサを守る。もちろん、帰ってほしくはないけど…アリサの気持ちが前の世界にどうしてもあるのなら、その時は、笑顔で送り出すから……」

「うっっ……え……エド……」

 こんな面倒な私のことを、守ってくれて尊重してくれると言ってくれたエドワードの優しさが嬉しくて、私の目からポロリと涙が溢れた。

 ランスロットは何か言いたそうだったが、仕方がないという風にため息をついて顔を下に向けた。

 ベルトランだけは、結局話し合いの最後までヨハネスを睨みつけたままずっと無言だった。




 こうして、やっと落ち着く先ができたが、なんとも言えない空気の中、私の異世界での新生活が始まることになった。

 男達に囲まれて、まるでハーレムのような暮らしだ。
 そして帰れるかもしれないという希望が生まれた。しかし希望と共に胸にとくとくと流れる苦い気持ち、その意味がまだ私には分からなかった。

 この世界での縁、そして長い時を超えて繋がっている縁、全員の思い乗せて風が吹き抜けていった。






 □□□一章おわり
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