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第一章

(14)女の子デート

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 気のせいではない。
 明らかに集まる視線を感じながら、私はその視線を集めている男の横顔を見つめた。

「まぁ…」
「素敵!」

 すれ違った女の子達が桃色に頬を染めたのが見えた。これも何度目か分からない。

 フリーセルは大きな町だけあって、少ないと言われている女性の数も多く見られた。
 その女性達の心を秒で奪っていく男、エドワード。
 今日も漆黒の騎士服を完璧に着こなして、その鍛え抜かれた体躯をこれでもかと見せつけている……ように思える。
 とにかく、通りを歩いても店に入っても、エドワードはみんなの視線を独り占めにしてしまう。
 しかも今日はやけに物憂げで、時折り寂しそうに目を伏せる仕草に、誰もが釘付けになっているのだ。

 私は何だかこの状況が懐かしく思えてしまった。

 よく一番上の弟と出掛けると、同じように女子の視線を集めた。
 弟に熱烈な視線を送る女の子達は、競うように弟に声をかけてきた。
 私がいることなんてお構いなしだったので、異世界の女の子達は視線を送るだけなのでまだ大人しい方なのだろう。
 しかし、何となくゾロゾロと後ろに付いて歩いてくるような気配を感じた。
 令嬢相手なので、エドワードも感じてはいるが何も言うことができないのだろう。
 眉間に皺を寄せながら、難しい顔をして歩いていた。

 こういう時、弟はどうしたいって言ってたかなとぼんやり考えてみた。
 一度でいいから何も考えず落ち着いて買い物がしたい……、なんて言っていた気がする。
 いつもより元気がないみたいだし、今日はエドワードの姉になったつもりで一肌脱いでみようと考えた。

「エドワード、ちょっと! こっちに来て!」

「え…アリサ…なっ…!」

 後ろに令嬢達の姿を確認した後、建物の死角に入ったところで、路地裏にエドワードを引っ張り込んだ。

 まさか私がそんな強引なことをすると思っていなかったのか、私に手を引かれてたエドワードは驚いた顔をしながら、高い石塀の後ろまで素直に付いてきてくれた。

 人気がないことを確認したら、私は先程覚えたばかりの変化の魔法をエドワードにかけた。
 ベルトランには、魔法は自分でアレンジするものだと言われていたので、細部にもこだわってイメージを送り込んだ。
 エドワードの体の周りが柔らかな光に包まれて、その光は空に伸びるほど大きく膨れてから、パッと散らばるように消えていった。

「……アリサ、これは……いったい……」

「うー…ん、さすがに声だけは無理だったかな。でも我ながらなかなか良く出来た」

 私が満足そうに腕を組んで頷いていると、自分の体を触りながら、エドワードは真っ青になって慌て出した。

「あ…アリサ、俺の体に何を……!」

「まぁ、俺、だなんて。今日は私と言ってくださらないと、ね、エリー」

 私の目の前には、やはり女の子になっても、さすがの美少女っぷりが大いに出てしまうエドワードこと、エリーが唖然とした顔で立っていた。
 ベルトランに教えてもらった魔法を進化させて、外見を完璧に変えるようにアレンジしたのだ。
 自分自身にかけているのは、単純に黒髪と黒目を隠すために、秘密を隠すという魔法を使っていて効果は、体の一部分に限定される。他人から見た自分を変えるのが目的なので、自分自身ではその効果は分からない。
 一度かければ長時間持つが、オールドブラッドのような強い魔力を持った者には見破られてしまう。

 エドワードにかけたのは、自分から見ても他人から見ても変化が分かるもので、外見をそっくり変えることができる。
 これもまた、強い魔力を持つ者の目を騙すことはできないが、女子の目線からは解放されるのではないかと考えた。

 エドワードは魔法がうまくかかって、長い髪になって背も低くなり、体型も細くて柔らかなどこからどう見ても可愛い女の子に変化できた。
 ドレスはエドワードの美しい金髪ににあうような、深いブルーを選んだ。

「エリーって! こ…こんな! だめだ! 元に戻すんだ! 剣もないし力も出ない! これじゃどうやって君を守るんだ!?」

「大丈夫、危険を感じたらすぐに元に戻るし、私の魔法なんて弱いから自分の意思で戻りたいと思えばすぐ切れちゃうよ」

「え……それは、じゃあ、どうすれば……」

「もう! せっかく変身したんだから、今日は気分を変えて遊ぼう! その格好なら女子に追いかけられることもないよ」

 その言葉を聞いたエドワードは、頭を抱えて慌てていたがピタリと動きを止めた。
 今がチャンスだと私はエドワードの手を取って再び大通りに向けて走り出した。
 エドワードを探してウロウロしている女子達を見つけたが、何食わぬ顔でその横を通り過ぎて行った。

「じゃ、お買い物、再開! まずは屋台に行って食べ歩きしよう!」

 私はまたエドワードを引っ張って、今度は屋台に向かって走った。先程まで抵抗するように力が入っていたが、しばらく走ると自然と力が抜けてきて大人しく付いて来てくれるようになった。
 美少女のエリーを連れていると、それはそれで今度は男性陣から視線が飛んでくるのだが、エリーが美少女らしからぬ顔になって睨みつけるので、男達は慌てて視線を逸らしていく。男相手だと遠慮がないエドワードがおかしかった。

 旅費として多少お金をもらっていて、それはまだかなり余っていると聞いていた。
 食べ歩きするくらいいいだろうと、まず端の店から覗いていくことにした。






「あー…食べた食べた。こっちの世界のお料理ってなんて美味しいの。見た目も良いし味付けとかも最高」

「……本当、よく食べたねアリサ。この体だと、いつもの量は食べられないし、腹が苦しいよ……」

 エドワードと二人でお腹を押さえながら、広場の外れにあるベンチに座り込んだ。
 二人で屋台を端から端まで制覇してしまった。
 皇宮で出た料理も美味しかったが、薄味で品の良い料理が中心だった。屋台の料理は豪快だが美味しいものばかりで、塩っぱい系から甘いものまで、この世界の庶民の味をたっぷり堪能した。

「よし、次はお買い物に行ってみよう。食べたし、動かないと」

 私が気合い入れてスクっと立ち上がると、エドワードは眉間に皺が入り、嫌そうな顔になった。令嬢の姿だと表情がくるくる変わって面白い。

「だって、商店街の割引きチケットもらったから使わないと」

「……アリサ、それは商売人のやり方なんだよ」

「それは分かるけど、せっかくだから行ってみよう」

 苦そうな顔をしてたエドワードだが、私が手を差し出すと、小さく息をついて、仕方がないなという顔になって私の手を取った。

「……アリサといると驚くことばかりだ」

 二人で並んで歩き出すと、エドワードがぼそりとそう呟いてきた。逆光になってしまい、エドワードの表情を見ることはできなかった。


 食べまくってエネルギーが満タンなので、私はエドワードを連れて今度は商店を回って歩いた。
 二人で歩いているとまるで姉妹にでもなった気分だ。
 私以外全員、男兄弟だったので、洋服の貸し借りをしたり、一緒にお買い物ができる姉や妹にずいぶんと憧れたものだった。

 初めはぶーぶー言っていたエドワードも、邪魔されずにのんびりお買い物できることに目覚めたのか、いつの間にか私を引っ張って次はあそこに行きたいと楽しそうに笑ってくれるようになった。


「女性恐怖症?」

「ああ、軽いものだけどね」

 だいたいのお店を回ったのでのんびり歩きながら話をしていると、突然エドワードがそんな事を言い出した。

「俺は上に姉がいて、とにかくわがままで自分勝手な人だったから、子供の頃はよくいじめられたんだ。それだけでも女性に対して落ち着かない気持ちなのに、どうも好かれてしまうことが多くて。この歳になればそれなりに付き合いも必要だからと付き合ってはみたけど、やはり全然上手くいかないんだ。軽く触れるだけなら問題ないけど、それ以上は気持ち悪くなって……。自分からもあまり触れたいとも思わないし……」

 ランスロットはエドワードのことをモテるし、女の扱いが上手いと言っていた。他人の目から見るとそう見えるのだろう。
 もちろん実際に、紳士的で好感が持てるように対応しているのだろうが、そこに無理が生じてしまえば辛い気持ちになるのは当然のことだ。

「……でも不思議だな。アリサといると全然そんな気持ちが湧いてこない。むしろ……」

 長い時間買い物に費やしてしまい、だんだんと空が赤くなってきた。私は夕日の色に染まったエドワードの顔を見つめながら、言葉の続きを待とうとしたが、エドワードは顔を振って下を向いてしまった。

「あっ! 最後にあのお店に行きたい」

 ちょうど目に入った看板に後で行こうと思っていたものがあってエドワードにお願いした。
 この先、のんきにお買い物なんてしばらく出来ないだろうから、最後に行っておきたかった。



「いらっしゃいませー! あら可愛いお客様。ご友人同士?姉妹かしら?」

「私が姉であの子が妹です」

 お店に入って明るく話しかけてきてくれたマダムに、私も笑顔で返すと、後ろからえ…っと嫌そうな声が聞こえてきた。

「普段着れる動きやすい簡単なドレスが見たいんですけど」

「あら! それならオススメを選んであげるから、試着室に入っておくれ。買わなくてもいいのよ。着るだけでも全然いいの! ぜひたくさん着てみてちょうだい!」

 ドレスショップに入った私達は、いいお客が来たとマダムに早速捕まった。見るだけと声をかけたのだが、商売上手のマダムにぐいぐい来られて私は試着室に押し込まれた。
 エドワードは椅子に座って待ってくれているだろうと思った。

 次々とドレスを用意されて、仕方なくシュミーズ一枚になってドレスを合わせていたら、カーテンの向こうで何やら揉める声が聞こえてきた。

「ちょっと発注した布はこれじゃないよ」
「いや、アンタこれのはずだよ。こっちは二十も用意したんだ」
「そんなの知らないよ! 他のは? 確認するから見せておくれ!」

 マダムがどうやら業者と揉め出したらしい。いつ終わるのかと思っていたら、うわっ! っとエドワードの驚くような声が聞こえた。

「ちょいとお客さん、時間かかりそうなんだ。妹さん相手に着てみておくれ」

 マダムの声がして試着室の中に、エドワードが投げ入れられるように飛び込んできた。

「えっ………」

 エドワードは何が起きたのか分からないという顔で固まっていた。

 カーテンで仕切られた試着室の中、エドワードと二人きりで、私は下着一枚。

 ありえない状況に私も固まるしかなかった。






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