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第三章

⑮ずっとずっとファーストキス

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フェルナンドに手を引かれて歩いた。
どこに行くとも聞いていないが、指先から伝わる体温が愛おしく、一緒に歩けるだけで、幸せな気持ちが溢れてきた。

校舎の外れまで来たところで、フェルナンドは立ち止まった。

「フェルナンド、体調は大丈夫ですか?一週間も寝ていなかったと聞いて…そんな無茶をするなんて…」

果たして、そんな状態でどこまで記憶があるのか分からない。もしかしたら、全部覚えていないのかも。

「リリアンヌ、私はまだ怒っているんだ」

どうやら、記憶はあるらしい。

「その、無理矢理とか、ひどくされたわけじゃなくて、向こうもお仕事ですから…、それに、軽く触れたくらいですし……」

「それ、本気で言ってる?物凄い掴まれてたけど」

(…よく、覚えてらっしゃるみたい)

「あー、悪かったよ…急に会いに行って、声かけたりして…、でもさ、限界だったんだよ。ずっと、一瞬しか見れなくて、寂しくて…」

「リリアンヌに、怒っているわけじゃないよ。もちろん、あの男は今でも腹が立つけど。一番は自分だ」

フェルナンドは真面目な顔になって話していた。その顔が少し陛下に似ているように思えた。

「昔から、頼まれると断るのが苦手で、必要以上に頑張ってしまうから、本来の機能が失われるほど、私に集中してしまった。結果、大事な人を傷つけることになって、本当、自分が情けない」

「フェルナンド、もっと周りを頼っても良いと思いますよ。普通にやれば出来る人達も、カリスマ的に動ける人がいたら、萎縮してしまうから、気持ちは分かります」

「ああ、だから今回、突き放してみた。もちろん、ピンチの時は助けてやろうと思うけど、新体制でちゃんと稼働できるか確認したい。引き継ぎ諸々は終っているしね」

そう言って、いつもの優しい笑顔を見せてくれたので、安心できた。

「そうしたら、今は…、こうやって手を繋いでいても、誰にも邪魔はされないですね」

「リリアンヌ、そうだよ。言ってくれたよね、続きがしたいって…」

「はい。だって、あの時から、私の熱は…ずっと、燻ったままで…」

「私もだよ…リリアンヌ」

今度は目を閉じてとは、言われなかった。
校舎の壁に背中を任せて、初めて唇を重ねた。
柔らかくて幸せな感触は、離れた後、また重なってきて………


一回、二回、三回、四…五…六…七…八…九…十…???

「はぁ…はぁ、ちょっと待って、初めてって、こんなにたくさん、するものなんですか?息が苦しくて、もっとフレンチなもので、すぐ終わるのかと…」

「言っておくけど、今日は一日中するつもりだから」

「ええ!?ちょっ……んぐ」

昔見た恋愛ドラマだと、主人公の初めては、軽く唇が触れて、お互い微笑んで…、みたいな感じの終わりだった気がする。こんな息も絶え絶えな主人公はいなかった。

それは、嬉しいは嬉しいけれど、息つぎの暇もなく、もう何度目かも分からず、意識は朦朧、足に力も入らなくなってきた。

「もう、だめ…、死にそう…」

「あぁ…リリアンヌにその言葉を言わせたかった」

嬉々としたフェルナンドの顔と、酸素という言葉だけ頭に残ったまま、リリアンヌのファーストキスは気絶で終わった。

後日、キスってどうやったら息継ぎするのか分からないと呟くリリアンヌを見て、ローリエが机に突っ伏したのは言うまでもない。




それからの日々は、穏やかだった。
生徒会は、新メンバーでなんとか、機能しているみたいだ。たまに亡霊のように歩いているユージーンを見かけるけど、まぁ…大丈夫だと思う。

時には食堂に集まり、みんなでランチを食べることもあった。終わり間際でやっと学生らしい日々が……。

「フェルナンド!ちょっと…もう、こんなところで、ダメだって!」

「どうして?ほら、もう一回吸わせて、ジャムがまだ残っているから」

周囲から完全に浮いている二人に、冷たい視線が注いだ。

「おいおい、あの人たち、なんだよ。あそこだけ、ピンク色じゃねーか。風紀が乱れまくりだ!全くこっちの事気にしてねーし」

同じテーブルで目のやり場に困り、アルフレッドが非難の声をあげた。

「ずっと、この調子ですわね。付き合いたての盛り上がりにしても暑苦しい。こんなに、重い男にリリアンヌを渡したのは、失敗でしたわ」

「ローリエ嬢、最近何だか隠さないよね、前はもっと包んで話していたけど」

ルカリオは、他人の恋愛事は興味がないので、冷静にローリエを分析していた。

「リリアンヌは大切なお友達ですもの。私がもし男であれば、逃しはしなかったわ」

「確かにフェル兄の強敵はローリエだろうな」

俺は絶対、ローリエには勝てないと言って、アルフレッドは笑った。

「そういえば、アルフレッド、エリーナの事…聞いたよ。ビックリした」

「なんですか?ルカリオ様?」

エリーナと聞いて、ローリエが身を乗り出してきた。

「驚きだよ。エリーナはナハル国の王女だったんだよ。死んだと思われていたらしい。なぜ急に分かったのかは知らないけど」

「ええ!まさか、そんな事が!」

「ジェイド兄さんに会いにクラフト王国まで押し掛けて、結婚を迫ったらしい」

「ふーん、そこまで度胸があるのは、嫌いじゃないわ、それでどうなったのですか?」

「兄さんは、速攻で逃げた。好きなことして生きるって燃えてて、ライルと世界旅行中!当分クラフトには帰らないよ。今頃、ラクダにでも乗っているんじゃねーの」

エリーナが勝つか、ジェイドが逃げきるか、今、王家は、その話題で盛り上がっているそうだ。

横でそんな話になっていても、リリアンヌと、フェルナンドは自分達の世界に入っているのか、聞いていない。

ついには、リリアンヌの耳をフェルナンドが噛んだらしく、ポカポカやっているので、みんなため息をついて、やってられねーと言いながら、二人を残して帰っていった。


□□□


まだ、音楽が続いているにも関わらず、走って会場を出た。

「リリアンヌ!こっちこっち!」

呼ばれた方を見ると、フェルナンドが校舎の陰から、手を振っていた。

「ごめん!遅くなっちゃった」

「大丈夫、こっちも準備があったから」


今日は卒業式と、お別れパーティー、学園最後の日だ。
卒業生は、朝から式典に出て、そのまま、在校生達と、ダンスパーティーを夜まで行う。

卒業生は基本的にダンスを頼まれたら、断ってはいけないというルールなので、フェルナンドの周りには、令嬢達が集まった。

いい気分ではないが、今日は仕方がないと思っていたら、ユージーン伝いで、フェルナンドから、理由をつけて、外に出るから、曲の後半で外に来て欲しいという連絡をもらった。

フェルナンドの姿が、消えると令嬢達は騒ぎ出すし、なぜか今まで誰からも声をかけられなかったのに、リリアンヌにもダンスの誘いがどんどん来て、ユージーンに助けてもらい、なんとか外に出られた。

フェルナンドに手を引かれて、外階段を上ると、屋上には月明かりの下、小さな蝋燭が丸く囲うように置かれていた。

「ここが、私たちのパーティー会場だよ。あっちにいたら、いつまでたっても、人が多過ぎて話も出来ないから」

「すごい!これ準備したの!?いつの間に?…ありがとう、すごい綺麗…嬉しい…」

本会場からは、まだ音楽が聞こえる。せっかくなので、ここでダンスを踊ることにした。

学園に来て一年、あっという間だった。
今ではすっかり頭から抜けているが、ここは乙女ゲームの世界だ。脇役キャラのリリアンヌには、未知の世界だった。
とにかく、大ボスと仲良くなることを避け、主人公の恋愛を見守り、静かに過ごすという、本来の目標とは、違うものになってしまったが、今は後悔することなく、自分の選んだ人生を進んでいると言える。

ユージーンや、ローリエはもちろん、関わることのなかった、アルフレッドや、ルカリオ、フレイムまで、ここまで仲良くなれると思っていなかったし、今後も良い友人として関係が続いて欲しいと願っている。

「リリアンヌ?何を考えているの?」

「この学園に来れて良かったなって…」

「私もだよ」

ちょうど音楽が終わって、若者達の盛り上がった歓声や、歌も聞こえてきた。
屋上から二人で会場を見下ろして、これからの事を考えていた。

「あー、向こうに戻ったら、また忙しくなるな」

やっと、落ち着いて、一緒に過ごせるようになったのに、自国では地獄のレッスン漬けの日々が待っている。
フェルナンドも、溜まった仕事に追われる日々が続くだろう。

ちなみに、結婚はフェルナンドが18歳になってからと決められていて、後一年は婚約期間が続くのだ。

ごちゃごちゃ考えていたら、頭がいっぱいになってきた。

「リリアンヌ、そんなに寂しそうな顔をしないで」

そう言って、フェルナンドは、もう何度目か分からないキスをくれた。
軽く重ねられて、すぐ離れていってしまうと名残惜しく感じた。

「私、色んな事で頭がいっぱいなの」

「うん」

リリアンヌは、助けを求めるかのように、フェルナンドの袖を掴んだ。

「お願い、なにも考えられなくなるくらいの、キスをして」

「……リリアンヌ」

リリアンヌのお願いに、フェルナンドは少し考えてため息をついた。

「あー、もう。一年待てるのかな。自信なくなってきた」

「え?何を?」

「内緒」

リリアンヌは何か言おうとしていたが、フェルナンドはキスで言葉を奪った。

それが、お願いされたものだったかは、二人にしか分からない。





□完□
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