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第三章
⑨鬼が笑う
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日差しが眩しくて目を覚ました。
気がつくと、いつも朝起こしに来てくれる、ティファの姿はなく、代わりに、ベッドの中には、熟睡しているフェルナンドがいた。
「え…びっくり…」
フェルナンドが帰ってきたことにより、部屋をゲストハウスから、中央の王子の部屋に移された。寝室は中扉が付いた隣同士の部屋で、確かにこちらは、ティファに案内されたので、自分の部屋のはずだ。
(フェルナンドのやつ…仕事しすぎで寝ぼけて、こっちのベッドで寝ちゃったのかな)
王子の姿があったので、ティファも遠慮して入って来れないのだろう。
揺り起こそうかと思ったが、目の下にはうっすら隈があり、熟睡している。
何時まで働いていたか分からないが、もう少し寝かせておいてあげようと思った。
いつもキッチリした襟つきの服を着ているが、今は楽そうな緩い服を着ていた。寝ている顔は、まだあどけない少年の面影があって、可愛いなと感じた。
簡単に身支度をすませたが、フェルナンドは相変わらず寝息を立てている。近寄って頬をツンツンしてみた。まだよく寝ている。
アルフレッドなどに、猛獣と呼ばれているこの男は、私にはとことん優しい。こんな可愛い顔で寝ているのを知っているのが自分だけだと気がつくと、何とも言えない気持ちになった。
(なんか…変な感じ…この気持ちが¨好き¨なのかな…、うーん、なんかもっと…愛おし…)
バーーン!!と豪快な音をたてて、両開きの扉が全開になった。
失礼します!と言いながら、ロイスが入ってきた。
「リリアンヌ様、おはようございます!いやもう遅いですが。殿下はこちらにいらっしゃいますね!」
「おはよう…ロイス。あっ、ごめんなさい、よく寝ているので、お疲れなのだと起こさなかったの」
「今日くらい、グースカ寝るのは良いとして、問題は、リリアンヌ様のベッドでグースカしている事です!」
ロイスは銀縁の眼鏡を指で引き上げながら、ベッドの前で仁王立ちしていた。
「あー…寝ぼけてこちらで寝てしまったみたいなの…昨日遅かったみたいだし…」
「そういうわけにいきません!起きてください!フェルナンド様!!」
「…んーリリアンヌ…だめだってば…」
ブチっと何かが切れる音が聞こえた気がした。恐くてロイスの方を見れない。
「起きろーーーー!!!!」
まさに叩き起こすとはこの事か。枕を持ったロイスがボカスカとフェルナンドを叩きまくった。
「なっなんだ、ロイス!分かった!もう起きているから…」
「分かったら、支度をするので、とっとと自分の部屋に行ってください!」
ロイスに追いたてられるように、挨拶する間もなく、フェルナンドは部屋から出ていかされてしまった。
交代するかのように、ティファが入ってきた。
「ティファ、待たせてしまったわね、ごめんなさい」
「いいえ。何があったのかは想像できますので……、それに私、こちらをセットするのを忘れておりました」
ティファは持ってきた人形を枕元へ置いた。
「げっ!それ、この部屋にも置くの…?」
それは、中に綿が詰められた大きな手作り人形で、ふわふわで触り心地は良いのだが、いかんせん、見た目は赤髪でボーダーの長袖にオーバーオールで、邪悪な顔。あの人形にしか見えなくて、気味が悪いのだ…。
「いけませんか?私が一生懸命作ったのです…、とっても可愛らしいと思うのですが…、リリアンヌ様も、チャッキーと名前を付けてくれたじゃないですか…」
「いや…まぁ、付けたというか、それにしか見えないというか」
どうも、ティファの可愛いの基準が不明だ。五寸釘つけた藁人形を、手作りアクセサリーと言ってベルトに付けていた時は、目を疑った。
それはいいよと言いたかったが、ティファが今にも泣き出しそうなので、前の部屋同様、枕元へ置くことを許可した。
(はぁ…ホラー系苦手なのに…)
「良かったです。リリアンヌ様に喜んでいただいて。ふふふ、また何か作ってきますね。手作りが趣味なんです」
(……全力で遠慮したい)
□□□□□□□
今日は婚約パーティー用のドレスの最後のチェックだ。
事前にデザインの考えてもらい、サイズは採寸済みの記録をもとに作られていた。なるべく地味にというリクエストはことごとく却下されてしまった。
「あのー、ここまで出来てあれなんだけど、やっぱり胸が空きすぎでは…」
「いいえ。今の流行と照らし合わせて、デザイナーが考えたものです。まったく、おかしくはないですよ。失礼ながら、今までリリアンヌ様が着ていらっしゃったドレスは、ダサいですね」
「ぬおおおーそんな…」
ティファは大人しく見えて、ズバズバ来るので、彼女のキャラが分からなくなってきた。
「すっごく綺麗ですよー!リリアンヌ様いつも地味だから、これくらい華やかな方が似合います!うん!絶対良い!フェルナンド様も惚れなおしますよ」
様子を見に来たエミリーも目を輝かせて絶賛してくれた。こういう女子的な雰囲気は苦手だったのだが、最近は楽しめるようになってきた。ドレスは女性の戦闘服、適当に決めて良いものではないと理解した。
「リリアンヌ様が、ご実家からお持ちいただいたドレス類は、ご自身で決められて注文されたもののようですね。ただ申し訳ないのですが、こちらで返却させていただきました」
「わわわわっと!ええ!?」
「ここは王宮です。お妃になられる方がいつまでも地味なドレスを着ていてはいけません!これからは、王室デザイナーと協議を重ねながら、リリアンヌ様にピッタリなものを着ていただきます!」
「はい…分かりました」
ティファについての印象はもう訂正しよう。寡黙な美人だった。今は、笑顔でものすごく押しが強い人。最初は他人行儀で距離があったように感じたが、最近はぐいぐいくるので、慣れてくれたのだろうがしかし、本当の要注意人物は彼女だったのかもしれない。もちろん、こちらの事を考えてくれているのだから、なにも文句はいえないけれど。
「リリアンヌ様、聞いていらっしゃいますか?」
「はい!聞いてます!」
「じゃ、よろしいのですね」
「へっ?えっええ。って何が…?」
「やったぁ!!」
全く聞いていなかったのだが、エミリーがなぜか声を上げて喜んでいて、ティファも楽しみですわと微笑んでいる。
(ん?よくわからないけど、ドレスの事?まぁどうせ意見は反映されないのだからいいだろう)
□□□□□□
「明日は婚約のご報告ですね。緊張されていらっしゃいますか」
ティファがドレスの手配で走り回っているので、エミリーとお部屋でゆっくりお茶の時間になった。
「そうなのよ…。ずっと考えないようにしていたけれど、ついに来てしまったのよ。緊張しすぎて吐きそう。こういう時、なんて言えばいいの!?お嬢さんをください?あ!お嬢さんじゃなくて息子さん?でも婚約は向こうから申し込まれて、うちが了承したわけだし…、息子さんにお申し出頂いて、それを了承しましたとか?そんな上から目線でいいわけないよ、だったら不束者ですがってやつ?えーーどうしたら」
「落ち着いてください、私もよく分からないので、ロイスさんに確認したほうがいいと思いますが、自己紹介をして、向こうからの質問に答えればいいだけじゃないですか?」
パニックになっているところを、エミリーが冷静かつ、優しく意見してくれた。
「質問?普通こういう時って何を聞かれるのかしら」
まるで入試の面接のようだと思った。ならば予め、何を聞かれるか想定して答えを練習しておく必要がある。
「そうですねー、リリアンヌ様のご家族の事とか。生い立ちとか?えーなんだろう趣味とかですかね」
「そんな事でいいの?そう、分かった、カンペを作っておくわ」
「かんぺ?あの、厨房係の私などに分かる話ではないので、ちゃんとロイスさんに確認を取ってくださいね!!」
婚約者として疑問を持たれているロイスに聞くというのは、かなりやりづらいのだが、背に腹は代えられない。原稿を作ってロイスにチェックしてもらうことにした。
…このとき、二人して大事なことが抜けているのだが、それが分かるのはもう少し先のことになる。
□□□□□□
「私にも仕事があるのですが、フェルナンド様の婚約者様のお呼び出しという事で参りました。ぜひ有意義なお話をお聞かせいただきたいですね。さあ、時間がないので、どうぞ早めにお願いします」
エミリーにアドバイスをもらい、原稿が出来たので、ロイスに確認してもらおうと、部屋まで来てもらった。
いきなりプレッシャーをかけられて、やっぱり非常にやりづらい。
「お時間を取らせてしまって申し訳ないけど、明日の陛下と妃殿下との面接の件で、聞いてほしいのよ」
「・・・面接?婚約報告では?」
もうすでに間違えて、ロイスの顔が恐ろしくなっているので、全身が震えてきたが、勇気を振り絞る。
「そう!報告ね!自分で何を話したらいいか考えて作ってみたの。えーまず自己紹介から、初めまして。リリアンヌ・ロロルコットと申します。16歳になりました。趣味は刺繍と詩の朗読です。少しですが馬にも乗れます。勉学は得意ではないですが、頑張っております。好きなものはお菓子で、甘いものも好きですが…」
「ちょっとお待ちください」
一生懸命話していると、ロイスに急に止められた。
「まさか、それを陛下の前で披露するつもりではないでしょうね」
ロイスの目の辺りは漆黒の影になって、恐ろしいオーラが全身から出てきた。
「ひぃー!!うっ…こっこれは、まず世間話かなーと、簡単な自己紹介を…」
恐る恐るロイスの方を見ると、時間が止まったかのように静止していたが、だんだん小刻みに肩が揺れだした。
「…………くっ……くはっ!ははははははははははっっっっ!傑作だ!ははははははは」
突然壊れた人形みたいに笑いだしたロイスに、びっくりするというより、ホラー映画でも見ているようで恐怖でしかない。
「あの…何かおかしいところでも…」
「あっ、いや、失礼。まさか、そんな自己紹介をされるとは思っていなかったので、くっっくくくっっ」
笑いを必死に堪えて涙している様子は、普段の様子からは考えられない。
「あー、おかしかった。ここへ呼び出された時は、陛下によけいな事を言わないように、私を懐柔してくるのだろうと思っていましたが、まさか、そんな事だとは…本当に面白い人だ」
「かっ懐柔…ですか」
「今までフェルナンド様に近づこうとする令嬢達は、まず私を誘惑して懐柔させようとする者が多かったのですよ」
(いやいや、絶対無理でしょ。どんなチャレンジャーだよ)
「ひー、そんな芸当私には出来ませんし、今必死なんですよ!何を聞かれるか話すか!笑い事じゃなくて!必死なんです!」
「くくくっ…、そうですね。申し訳ございません。まぁ、楽しませていただいたので、ヒントをあげましょう」
「へっ…?ヒント?」
「簡単な事です。お二人と話すことが出来る時間は少ないです。世間話なんかして和やかに話していたらすぐ終了ですよ。だいたい、陛下はリリアンヌ様がどういうお方か、報告を受けておりますので、細かい自己紹介は必要ありません。ましてや趣味など…、くっくっっ、失礼。短い時間ですから、陛下が何を知りたいのか、よく考えてみてください」
「陛下が知りたいこと…ですか」
自分のような人間に陛下が知りたいことなどあるのだろうか。ローリエがいたら、知恵をかしてくれただろうが、こればかりは、自分で答えをださなければ、いけないのだろう。
仕事にもどるというロイスに、一応ヒントをくれた事と時間を割いてくれた事のお礼を言って送り出した。
陛下は国王でもあるが、フェルナンドの父親でもある。
息子が婚約をしたという時、父親が知りたいことと言えば…。
リリアンヌは雲の向こうにある答えを探すかのように、いつまでも窓の外を眺めていた。
□□□
気がつくと、いつも朝起こしに来てくれる、ティファの姿はなく、代わりに、ベッドの中には、熟睡しているフェルナンドがいた。
「え…びっくり…」
フェルナンドが帰ってきたことにより、部屋をゲストハウスから、中央の王子の部屋に移された。寝室は中扉が付いた隣同士の部屋で、確かにこちらは、ティファに案内されたので、自分の部屋のはずだ。
(フェルナンドのやつ…仕事しすぎで寝ぼけて、こっちのベッドで寝ちゃったのかな)
王子の姿があったので、ティファも遠慮して入って来れないのだろう。
揺り起こそうかと思ったが、目の下にはうっすら隈があり、熟睡している。
何時まで働いていたか分からないが、もう少し寝かせておいてあげようと思った。
いつもキッチリした襟つきの服を着ているが、今は楽そうな緩い服を着ていた。寝ている顔は、まだあどけない少年の面影があって、可愛いなと感じた。
簡単に身支度をすませたが、フェルナンドは相変わらず寝息を立てている。近寄って頬をツンツンしてみた。まだよく寝ている。
アルフレッドなどに、猛獣と呼ばれているこの男は、私にはとことん優しい。こんな可愛い顔で寝ているのを知っているのが自分だけだと気がつくと、何とも言えない気持ちになった。
(なんか…変な感じ…この気持ちが¨好き¨なのかな…、うーん、なんかもっと…愛おし…)
バーーン!!と豪快な音をたてて、両開きの扉が全開になった。
失礼します!と言いながら、ロイスが入ってきた。
「リリアンヌ様、おはようございます!いやもう遅いですが。殿下はこちらにいらっしゃいますね!」
「おはよう…ロイス。あっ、ごめんなさい、よく寝ているので、お疲れなのだと起こさなかったの」
「今日くらい、グースカ寝るのは良いとして、問題は、リリアンヌ様のベッドでグースカしている事です!」
ロイスは銀縁の眼鏡を指で引き上げながら、ベッドの前で仁王立ちしていた。
「あー…寝ぼけてこちらで寝てしまったみたいなの…昨日遅かったみたいだし…」
「そういうわけにいきません!起きてください!フェルナンド様!!」
「…んーリリアンヌ…だめだってば…」
ブチっと何かが切れる音が聞こえた気がした。恐くてロイスの方を見れない。
「起きろーーーー!!!!」
まさに叩き起こすとはこの事か。枕を持ったロイスがボカスカとフェルナンドを叩きまくった。
「なっなんだ、ロイス!分かった!もう起きているから…」
「分かったら、支度をするので、とっとと自分の部屋に行ってください!」
ロイスに追いたてられるように、挨拶する間もなく、フェルナンドは部屋から出ていかされてしまった。
交代するかのように、ティファが入ってきた。
「ティファ、待たせてしまったわね、ごめんなさい」
「いいえ。何があったのかは想像できますので……、それに私、こちらをセットするのを忘れておりました」
ティファは持ってきた人形を枕元へ置いた。
「げっ!それ、この部屋にも置くの…?」
それは、中に綿が詰められた大きな手作り人形で、ふわふわで触り心地は良いのだが、いかんせん、見た目は赤髪でボーダーの長袖にオーバーオールで、邪悪な顔。あの人形にしか見えなくて、気味が悪いのだ…。
「いけませんか?私が一生懸命作ったのです…、とっても可愛らしいと思うのですが…、リリアンヌ様も、チャッキーと名前を付けてくれたじゃないですか…」
「いや…まぁ、付けたというか、それにしか見えないというか」
どうも、ティファの可愛いの基準が不明だ。五寸釘つけた藁人形を、手作りアクセサリーと言ってベルトに付けていた時は、目を疑った。
それはいいよと言いたかったが、ティファが今にも泣き出しそうなので、前の部屋同様、枕元へ置くことを許可した。
(はぁ…ホラー系苦手なのに…)
「良かったです。リリアンヌ様に喜んでいただいて。ふふふ、また何か作ってきますね。手作りが趣味なんです」
(……全力で遠慮したい)
□□□□□□□
今日は婚約パーティー用のドレスの最後のチェックだ。
事前にデザインの考えてもらい、サイズは採寸済みの記録をもとに作られていた。なるべく地味にというリクエストはことごとく却下されてしまった。
「あのー、ここまで出来てあれなんだけど、やっぱり胸が空きすぎでは…」
「いいえ。今の流行と照らし合わせて、デザイナーが考えたものです。まったく、おかしくはないですよ。失礼ながら、今までリリアンヌ様が着ていらっしゃったドレスは、ダサいですね」
「ぬおおおーそんな…」
ティファは大人しく見えて、ズバズバ来るので、彼女のキャラが分からなくなってきた。
「すっごく綺麗ですよー!リリアンヌ様いつも地味だから、これくらい華やかな方が似合います!うん!絶対良い!フェルナンド様も惚れなおしますよ」
様子を見に来たエミリーも目を輝かせて絶賛してくれた。こういう女子的な雰囲気は苦手だったのだが、最近は楽しめるようになってきた。ドレスは女性の戦闘服、適当に決めて良いものではないと理解した。
「リリアンヌ様が、ご実家からお持ちいただいたドレス類は、ご自身で決められて注文されたもののようですね。ただ申し訳ないのですが、こちらで返却させていただきました」
「わわわわっと!ええ!?」
「ここは王宮です。お妃になられる方がいつまでも地味なドレスを着ていてはいけません!これからは、王室デザイナーと協議を重ねながら、リリアンヌ様にピッタリなものを着ていただきます!」
「はい…分かりました」
ティファについての印象はもう訂正しよう。寡黙な美人だった。今は、笑顔でものすごく押しが強い人。最初は他人行儀で距離があったように感じたが、最近はぐいぐいくるので、慣れてくれたのだろうがしかし、本当の要注意人物は彼女だったのかもしれない。もちろん、こちらの事を考えてくれているのだから、なにも文句はいえないけれど。
「リリアンヌ様、聞いていらっしゃいますか?」
「はい!聞いてます!」
「じゃ、よろしいのですね」
「へっ?えっええ。って何が…?」
「やったぁ!!」
全く聞いていなかったのだが、エミリーがなぜか声を上げて喜んでいて、ティファも楽しみですわと微笑んでいる。
(ん?よくわからないけど、ドレスの事?まぁどうせ意見は反映されないのだからいいだろう)
□□□□□□
「明日は婚約のご報告ですね。緊張されていらっしゃいますか」
ティファがドレスの手配で走り回っているので、エミリーとお部屋でゆっくりお茶の時間になった。
「そうなのよ…。ずっと考えないようにしていたけれど、ついに来てしまったのよ。緊張しすぎて吐きそう。こういう時、なんて言えばいいの!?お嬢さんをください?あ!お嬢さんじゃなくて息子さん?でも婚約は向こうから申し込まれて、うちが了承したわけだし…、息子さんにお申し出頂いて、それを了承しましたとか?そんな上から目線でいいわけないよ、だったら不束者ですがってやつ?えーーどうしたら」
「落ち着いてください、私もよく分からないので、ロイスさんに確認したほうがいいと思いますが、自己紹介をして、向こうからの質問に答えればいいだけじゃないですか?」
パニックになっているところを、エミリーが冷静かつ、優しく意見してくれた。
「質問?普通こういう時って何を聞かれるのかしら」
まるで入試の面接のようだと思った。ならば予め、何を聞かれるか想定して答えを練習しておく必要がある。
「そうですねー、リリアンヌ様のご家族の事とか。生い立ちとか?えーなんだろう趣味とかですかね」
「そんな事でいいの?そう、分かった、カンペを作っておくわ」
「かんぺ?あの、厨房係の私などに分かる話ではないので、ちゃんとロイスさんに確認を取ってくださいね!!」
婚約者として疑問を持たれているロイスに聞くというのは、かなりやりづらいのだが、背に腹は代えられない。原稿を作ってロイスにチェックしてもらうことにした。
…このとき、二人して大事なことが抜けているのだが、それが分かるのはもう少し先のことになる。
□□□□□□
「私にも仕事があるのですが、フェルナンド様の婚約者様のお呼び出しという事で参りました。ぜひ有意義なお話をお聞かせいただきたいですね。さあ、時間がないので、どうぞ早めにお願いします」
エミリーにアドバイスをもらい、原稿が出来たので、ロイスに確認してもらおうと、部屋まで来てもらった。
いきなりプレッシャーをかけられて、やっぱり非常にやりづらい。
「お時間を取らせてしまって申し訳ないけど、明日の陛下と妃殿下との面接の件で、聞いてほしいのよ」
「・・・面接?婚約報告では?」
もうすでに間違えて、ロイスの顔が恐ろしくなっているので、全身が震えてきたが、勇気を振り絞る。
「そう!報告ね!自分で何を話したらいいか考えて作ってみたの。えーまず自己紹介から、初めまして。リリアンヌ・ロロルコットと申します。16歳になりました。趣味は刺繍と詩の朗読です。少しですが馬にも乗れます。勉学は得意ではないですが、頑張っております。好きなものはお菓子で、甘いものも好きですが…」
「ちょっとお待ちください」
一生懸命話していると、ロイスに急に止められた。
「まさか、それを陛下の前で披露するつもりではないでしょうね」
ロイスの目の辺りは漆黒の影になって、恐ろしいオーラが全身から出てきた。
「ひぃー!!うっ…こっこれは、まず世間話かなーと、簡単な自己紹介を…」
恐る恐るロイスの方を見ると、時間が止まったかのように静止していたが、だんだん小刻みに肩が揺れだした。
「…………くっ……くはっ!ははははははははははっっっっ!傑作だ!ははははははは」
突然壊れた人形みたいに笑いだしたロイスに、びっくりするというより、ホラー映画でも見ているようで恐怖でしかない。
「あの…何かおかしいところでも…」
「あっ、いや、失礼。まさか、そんな自己紹介をされるとは思っていなかったので、くっっくくくっっ」
笑いを必死に堪えて涙している様子は、普段の様子からは考えられない。
「あー、おかしかった。ここへ呼び出された時は、陛下によけいな事を言わないように、私を懐柔してくるのだろうと思っていましたが、まさか、そんな事だとは…本当に面白い人だ」
「かっ懐柔…ですか」
「今までフェルナンド様に近づこうとする令嬢達は、まず私を誘惑して懐柔させようとする者が多かったのですよ」
(いやいや、絶対無理でしょ。どんなチャレンジャーだよ)
「ひー、そんな芸当私には出来ませんし、今必死なんですよ!何を聞かれるか話すか!笑い事じゃなくて!必死なんです!」
「くくくっ…、そうですね。申し訳ございません。まぁ、楽しませていただいたので、ヒントをあげましょう」
「へっ…?ヒント?」
「簡単な事です。お二人と話すことが出来る時間は少ないです。世間話なんかして和やかに話していたらすぐ終了ですよ。だいたい、陛下はリリアンヌ様がどういうお方か、報告を受けておりますので、細かい自己紹介は必要ありません。ましてや趣味など…、くっくっっ、失礼。短い時間ですから、陛下が何を知りたいのか、よく考えてみてください」
「陛下が知りたいこと…ですか」
自分のような人間に陛下が知りたいことなどあるのだろうか。ローリエがいたら、知恵をかしてくれただろうが、こればかりは、自分で答えをださなければ、いけないのだろう。
仕事にもどるというロイスに、一応ヒントをくれた事と時間を割いてくれた事のお礼を言って送り出した。
陛下は国王でもあるが、フェルナンドの父親でもある。
息子が婚約をしたという時、父親が知りたいことと言えば…。
リリアンヌは雲の向こうにある答えを探すかのように、いつまでも窓の外を眺めていた。
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