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第三章
①疑惑のリリアンヌ
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「…そう、事情は分かったけど、なぜ頭に布を巻いているのか意味不明なんだけど」
フェルナンドに死刑宣告(?)を受けてから、リリアンヌはローリエに午後のお茶に誘われた。
優雅なティータイムに、デッドリストじゃなくて、招待客リストを持参した。
まずは、アレンスデーンの招待客リストから、頭にたたき込むことにした。
形から入るタイプなので、頭にハチマキを巻いて、臨戦態勢に入る。
「ローリエ!受験っていうのはね、一秒も無駄に出来ないのよ!その一秒が一点を失う!呼吸をするように単語を覚えるべし!」
「ジュケンって何よ?」
「えーと、アルベール公爵、52歳、中肉中背、禿頭、6歳の頃から馬術に長けて…」
「もう、聞いてないわね。変なところ真面目なんだから。だいたいの賓客だけ覚えておけば、最初から全部覚える必要ないのに…。殿下ってば、自分から逃げられないように上手く持ち込んだわね。でも、ま、既成事実でも作ってくれれば…それはそれで…」
「え?きせい…なんか言った?」
微妙に聞いていたリリアンヌに、ローリエ苦笑しながら、なんでもなーい、ジュケン頑張ってーと答えて、カップに残ったお茶を流し込んだ。
□□□
翌日から、誰もが慌ただしく、国に帰る準備に追われた。
フェルナンドは、まだ仕事が残っているために遅れて帰ることになり、リリアンヌは、ユージーンとローリエと共に一足先にアレンスデーンへの帰路に就いた。
馬車の中で、招待客リストを抱えて眠るリリアンヌを見て、ユージーンはため息をついた。
「姉様の場合、始めは真面目にやるんだけど、少したつと、適当になるからね。それが心配」
「あら、殿下に言われて、頑張っているなんて、可愛らしいじゃない。見た?先ほどの別れ際、リリアンヌが抱きついたら、鼻の下でれーっと伸ばしちゃって、あの人本当にフェルナンド様かしら?途中で入れ替わってない?」
ローリエが、バシバシ斬っていくので、恐れ多いけど、いっそ心地よくなってくるので不思議だ。
「僕は、正直複雑なんです。姉様がある意味遠いところへ行ってしまうから。喜ばしい事なんですけど。王宮でひどい目に合わないか心配です」
「ユージーン、貴族の世界だけでなく、結婚というものは、良いこともあれば、辛いことがあるものです。確かにリリアンヌは、真綿でくるむように育てられたと思うけど、時折、びっくりするくらい達観していて、度胸がすわっていると感じることがあるわ。あまり心配せずに、何かあったら、頼って欲しいと安心させる言葉をかけてあげるのが、家族の役目じゃないかしら」
「…ローリエ様、そうですね。少し過保護過ぎましたね。その役目は殿下に譲ることにします」
ローリエに頭をよしよしと撫でられた。それにしても、ローリエは本当に自分と一歳しか変わらないのかと、ユージーンはつくづく不思議になった。
「一つ心配な事があるんです。その…、殿下は…姉様と、どっどど同衾されるかもしれないですよね」
ユージーンは喋り出す前から、真っ赤になって、つっかえながらやっと言葉にした。
「ユージーン…貴方がそこに斬り込んで来るとは…。それは、一緒の部屋で暮らすのだから、その可能性はあるでしょうね」
ローリエがそう言うと、ユージーンは一人で青くなったり赤くなったりしている。
ローリエは軽くため息をついた。
「大丈夫よ。既成事実もありだとは思ったけど、さすがに、卒業もしていないし、立場上うるさいだろうし、婚前交渉はないわよ」
「こここここここっ!こんこんこん…、そこまで話ではなくて!アニーがいない事が心配なんです」
アニーというのは、リリアンヌの専属メイドだったわねとローリエは思い出した。
このユージーンという男は、話の本筋が見えてくるまで遠回りするので、ローリエは少しイラッとしてきた。
「仕方ないわ。専属のメイドといえど王宮で働くには審査が必要なのよ。刺客が入り込む可能性があるから。今回は急遽だからアニーの審査が間に合わなかったのね」
「ロロルコット家では、姉様の就寝と起床に関することは、アニーにだけ任されていたのです。こういう、お昼寝程度の睡眠なら問題ないのですが、夜の深く寝入るような場合、姉様の寝所に入ることは厳禁。朝は部屋の近くにも決して近づかないように、厳しく言われていました。なぜなら、姉様の寝起きは危険すぎると言われていたのです」
「危険?」
「そうです。大変機嫌が悪く、大暴れしたり、奇声を上げたり、もう、危険すぎて絶対近づかないようにと!一度お父様が血を流して出てこられた事があります!僕は、怖くて絶対行かないと心に誓ったのです」
「血!?そんなに、暴れたの?」
「…顔の辺りを押さえて、ハンカチに血がついていました!殴られたのかもしれません」
「まさかの、バイオレンス!?リリアンヌにそんな癖があったとは…。殿下、学園に生きて帰って来れるかしら」
もし、姉様が王族への暴行で捕まったとしたら、僕はもう…とユージーンはすっかり、気落ちして、頭を抱えてしまった。
「大丈夫よ。王宮のメイドに、以前うちで働いていた者がいるから、それとなく、注意するように言っておくわ。彼女達もプロよ!そういった事情があれば上手くやるわ。アニーだって、毎日傷だらけってわけじゃなかったでしょ」
「それは…確かにそうですね。アニーは大丈夫でした。何か上手く宥めるとか、方法があるのだと思います」
「良かった。もし、私も殿下と話せたら、気を付けるように言っておくわ」
自分がうたた寝をしている間に、そんな算段が繰り広げられているとは、露知らず、幸せな夢に顔をほころばせるリリアンヌだった。
□□□
途中の街で一泊して、早朝出発し、午後には無事アレンスデーンの国内に入った。
朝方、リリアンヌの部屋の前で聞き耳を立ててみたが、特に変わった音や声は聞こえてこなかった。アニーはごく普通に出入りしていて、爽やかに朝の挨拶をしてくれた。強いて言えば、支度が遅かったくらいだが、別におかしくはないだろう。
ユージーンの心配のしすぎという疑惑が出てきた頃、ロロルコット邸に到着した。
今日は自宅で過ごし、明日王宮に向かうそうだ。
ローリエの家である、クラリス公爵邸は、王宮からほど近い所にあり、ロロルコット邸に行くよりも近い。リリアンヌが寂しくないように、ちょこちょこ顔を出そうかと思っている。
ローリエとしても、今年の夏は勝負でもあるので、あまり親友に構っている時間は少ないのだが。
「殿下はまだ帰られないのかしら。一人で王宮に入るのは大丈夫なの?」
「すぐに、国王陛下と王妃殿下に会えるわけじゃないし、お部屋でのんびりしていればいいって言われたから、大丈夫よー、リストを覚えないといけないし」
ローリエの心配をよそに、当の本人はのんきなものだ。
「一応、知識として覚えておいて。まず、注意しないといけないのは、フェルナンド様の右腕と言われている、ロイス・メイフィールド。十代でメイフィールド侯爵家を継いで、国務補佐官になった切れ者よ!礼儀礼節を重んじ、王族としてのマナーに人一倍厳しいとされているわ。まず間違いなく、二人の関係やリリアンヌの所作に口を出してくるだろうし、適当に相手をして許してくれる相手ではないわ!」
「なっ…なんか、話を聞くだけでうるさそうな…苦手なタイプだ」
「あと、第二王子、弟君のエイダン様にも気をつけて」
フェルナンドには、二人の姉と弟がいる。姉達はすでに他国に嫁いでいて、現在王宮で暮らしている兄弟は弟のエイダンだけだ。
「え?確か、まだ8歳になられたばかりよね」
「詳しいことは分からないけど、エイダン様の周りの使用人は次々と辞めていくの。ご本人がクビにしているのかもしれないし、これは性格に難ありよ」
ちょっと強めに脅しておいたが、言ったことは間違いではない。
だいぶ効いたらしく、リリアンヌはしゅんとして大人しくなった。
しかし、王宮には、どんな魔物が巣食っているか分からない。このくらいの覚悟は必要だと思うのだ。
リリアンヌの身を案じての忠告だ。
「大丈夫よ。時々、顔を見に行くから」
そう言うと、リリアンヌは愛らしく、少し怯えた目をしながら微笑んだ。儚げで持ち前の色気と伴って、相変わらずクラっとくる破壊力だ。
リリアンヌはユージーンと共に馬車を降りた。笑顔で手を振るリリアンヌを見ながら、この笑顔が消えてしまわなければいいのだけど、とローリエは思うのであった。
□□□
フェルナンドに死刑宣告(?)を受けてから、リリアンヌはローリエに午後のお茶に誘われた。
優雅なティータイムに、デッドリストじゃなくて、招待客リストを持参した。
まずは、アレンスデーンの招待客リストから、頭にたたき込むことにした。
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「ローリエ!受験っていうのはね、一秒も無駄に出来ないのよ!その一秒が一点を失う!呼吸をするように単語を覚えるべし!」
「ジュケンって何よ?」
「えーと、アルベール公爵、52歳、中肉中背、禿頭、6歳の頃から馬術に長けて…」
「もう、聞いてないわね。変なところ真面目なんだから。だいたいの賓客だけ覚えておけば、最初から全部覚える必要ないのに…。殿下ってば、自分から逃げられないように上手く持ち込んだわね。でも、ま、既成事実でも作ってくれれば…それはそれで…」
「え?きせい…なんか言った?」
微妙に聞いていたリリアンヌに、ローリエ苦笑しながら、なんでもなーい、ジュケン頑張ってーと答えて、カップに残ったお茶を流し込んだ。
□□□
翌日から、誰もが慌ただしく、国に帰る準備に追われた。
フェルナンドは、まだ仕事が残っているために遅れて帰ることになり、リリアンヌは、ユージーンとローリエと共に一足先にアレンスデーンへの帰路に就いた。
馬車の中で、招待客リストを抱えて眠るリリアンヌを見て、ユージーンはため息をついた。
「姉様の場合、始めは真面目にやるんだけど、少したつと、適当になるからね。それが心配」
「あら、殿下に言われて、頑張っているなんて、可愛らしいじゃない。見た?先ほどの別れ際、リリアンヌが抱きついたら、鼻の下でれーっと伸ばしちゃって、あの人本当にフェルナンド様かしら?途中で入れ替わってない?」
ローリエが、バシバシ斬っていくので、恐れ多いけど、いっそ心地よくなってくるので不思議だ。
「僕は、正直複雑なんです。姉様がある意味遠いところへ行ってしまうから。喜ばしい事なんですけど。王宮でひどい目に合わないか心配です」
「ユージーン、貴族の世界だけでなく、結婚というものは、良いこともあれば、辛いことがあるものです。確かにリリアンヌは、真綿でくるむように育てられたと思うけど、時折、びっくりするくらい達観していて、度胸がすわっていると感じることがあるわ。あまり心配せずに、何かあったら、頼って欲しいと安心させる言葉をかけてあげるのが、家族の役目じゃないかしら」
「…ローリエ様、そうですね。少し過保護過ぎましたね。その役目は殿下に譲ることにします」
ローリエに頭をよしよしと撫でられた。それにしても、ローリエは本当に自分と一歳しか変わらないのかと、ユージーンはつくづく不思議になった。
「一つ心配な事があるんです。その…、殿下は…姉様と、どっどど同衾されるかもしれないですよね」
ユージーンは喋り出す前から、真っ赤になって、つっかえながらやっと言葉にした。
「ユージーン…貴方がそこに斬り込んで来るとは…。それは、一緒の部屋で暮らすのだから、その可能性はあるでしょうね」
ローリエがそう言うと、ユージーンは一人で青くなったり赤くなったりしている。
ローリエは軽くため息をついた。
「大丈夫よ。既成事実もありだとは思ったけど、さすがに、卒業もしていないし、立場上うるさいだろうし、婚前交渉はないわよ」
「こここここここっ!こんこんこん…、そこまで話ではなくて!アニーがいない事が心配なんです」
アニーというのは、リリアンヌの専属メイドだったわねとローリエは思い出した。
このユージーンという男は、話の本筋が見えてくるまで遠回りするので、ローリエは少しイラッとしてきた。
「仕方ないわ。専属のメイドといえど王宮で働くには審査が必要なのよ。刺客が入り込む可能性があるから。今回は急遽だからアニーの審査が間に合わなかったのね」
「ロロルコット家では、姉様の就寝と起床に関することは、アニーにだけ任されていたのです。こういう、お昼寝程度の睡眠なら問題ないのですが、夜の深く寝入るような場合、姉様の寝所に入ることは厳禁。朝は部屋の近くにも決して近づかないように、厳しく言われていました。なぜなら、姉様の寝起きは危険すぎると言われていたのです」
「危険?」
「そうです。大変機嫌が悪く、大暴れしたり、奇声を上げたり、もう、危険すぎて絶対近づかないようにと!一度お父様が血を流して出てこられた事があります!僕は、怖くて絶対行かないと心に誓ったのです」
「血!?そんなに、暴れたの?」
「…顔の辺りを押さえて、ハンカチに血がついていました!殴られたのかもしれません」
「まさかの、バイオレンス!?リリアンヌにそんな癖があったとは…。殿下、学園に生きて帰って来れるかしら」
もし、姉様が王族への暴行で捕まったとしたら、僕はもう…とユージーンはすっかり、気落ちして、頭を抱えてしまった。
「大丈夫よ。王宮のメイドに、以前うちで働いていた者がいるから、それとなく、注意するように言っておくわ。彼女達もプロよ!そういった事情があれば上手くやるわ。アニーだって、毎日傷だらけってわけじゃなかったでしょ」
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□□□
途中の街で一泊して、早朝出発し、午後には無事アレンスデーンの国内に入った。
朝方、リリアンヌの部屋の前で聞き耳を立ててみたが、特に変わった音や声は聞こえてこなかった。アニーはごく普通に出入りしていて、爽やかに朝の挨拶をしてくれた。強いて言えば、支度が遅かったくらいだが、別におかしくはないだろう。
ユージーンの心配のしすぎという疑惑が出てきた頃、ロロルコット邸に到着した。
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「なっ…なんか、話を聞くだけでうるさそうな…苦手なタイプだ」
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「え?確か、まだ8歳になられたばかりよね」
「詳しいことは分からないけど、エイダン様の周りの使用人は次々と辞めていくの。ご本人がクビにしているのかもしれないし、これは性格に難ありよ」
ちょっと強めに脅しておいたが、言ったことは間違いではない。
だいぶ効いたらしく、リリアンヌはしゅんとして大人しくなった。
しかし、王宮には、どんな魔物が巣食っているか分からない。このくらいの覚悟は必要だと思うのだ。
リリアンヌの身を案じての忠告だ。
「大丈夫よ。時々、顔を見に行くから」
そう言うと、リリアンヌは愛らしく、少し怯えた目をしながら微笑んだ。儚げで持ち前の色気と伴って、相変わらずクラっとくる破壊力だ。
リリアンヌはユージーンと共に馬車を降りた。笑顔で手を振るリリアンヌを見ながら、この笑顔が消えてしまわなければいいのだけど、とローリエは思うのであった。
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