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第一章
②お嬢様はご多忙につき
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「おはようございます。お嬢様」
「んー・・・アニー、おはよう」
令嬢の朝は早い。
日が出るころには、起こされて、すぐに体を清められる。
ドレスを着せられて、髪を念入りにとかして結い上げられる。
こっちは、ぼけーっとしていても、勝手に支度が終わってしまうから、こんなに楽なことはない。
透哉だった頃は、同じように裕福な家に生まれたが、身の回りの事は幼い頃から自分でやっていた。使用人は父から一切構うなと言われていたので、言葉を交わすこともなかった。
毎日本宅で使用した残りの食材が、台所の勝手口にかけてあった。最初の頃は野菜にそのままかぶりついてお腹を満たしていた。
そのうち、食べやすく切ってみたり、焼いてみたりして、簡単な調理を覚えた。
リリアンヌくらいの歳の頃は、朝食は、スープ、サラダ、卵とベーコン、パンを用意して食べ、片付けが終わってから学校へ向かった。
納豆が懐かしいなぁと思い、よだれを垂らしそうになっていたら、アニーの不機嫌そうな顔が目の前に現れた。
「うわっ!」
「リリアンヌ様!聞いていらっしゃいます?」
「ごめん、考え事をしていたわ」
アニーはぷくっと頬を膨らましてから、もぉーと言った。なかなか可愛らしい。
「今日は朝食は旦那様とご一緒です」
「お父様、お帰りになったのね。昨日の夜かしら」
「はい、何か大切なお話があるそうですよ。他の者も集められました」
「そう。分かったわ」
リリアンヌの父親、ロロルコット伯爵に会うのも久しぶりだ。
王都と領地の行ったり来たり。帰宅は夜が多く、翌日には仕事で家を開けていた。思えば、体調が回復してから、ほとんど会話をしていなかった。
会えば、リリーリリーとうるさいくらいまとわりついてくるので、親子関係が悪い訳じゃないと思うのだが、どこか一線が引かれている感じがした。
(まぁ、逃げられた元妻にそっくりじゃな。見るたびに思い出すか・・・)
食堂に入ると、伯爵はすでにテーブルについていて、
促されて、リリアンヌも着席して、朝食が始まった。
お腹が空いていたので、ペロリと完食したころ、伯爵は話を切り出した。
「リリアンヌ、もうすっかり体調は戻ったようだな」
「はい、おかげさまで、元気ですごしております」
「うむ、なによりだ。さて、大事な話がある。みんなも聞いて欲しい。」
伯爵は軽く手を叩いて、自分に注目をさせた。
「メイベルが出ていってしまい、3年になるな。心配をかけたが、ようやく新しい妻を迎えることが出来そうだ」
わぁーっと歓声が上がり、場は一気に祝福の色に包まれた。
「私とは遠縁にあたるが、ジャスニン子爵家のファニールと婚約を結び、年内には結婚する予定だ。知っているものも多いが、ファニールは前夫と死別していて、7歳の息子ユージーンがいる。気立てが優しくて大人しい女性だ。戸惑うことも多いだろう。皆もよろしく頼む」
使用人達は完全に歓迎ムードだ。
しばらく、悲しみに沈んでいた屋敷内に新しい風がふきこんでいるのだ。
蘭が言っていた。リリアンヌが主人公をいじめるときの、後妻に似てるという台詞を思い出した。
リリアンヌは母に捨てられ、大好きな父もとられてしまう。ファニール親子の人となりは分からないけど、暴君だったリリアンヌの事だ。暴れて騒いで、親子を家族から排除しようとするのが目に見える。それが、上手くいくか否かは不明だが、リリアンヌの性格に暗い影をおとし、やがて実母のように男に狂い・・・。
(まっ、俺に関しては問題ないけど)
メイベルや伯爵には、思い入れもないし、子供の養育環境が整ってくれるのはむしろ歓迎する。ファニール親子が性格悪くても、透哉の兄に散々イビられてきたので、多少のいじめはなんとも思わない。
無難に幼少期をやり過ごし、学園に進んだら目立たないように、知識や人脈を養う事だけに力を入れる。
年頃になれば、嫁ぐように強制されるかもしれないが、そこは、実母のトラウマが・・・とか言って誤魔化して、好きにように生きさせてもらう。
思えば、、透哉の人生は自分のやりたいこともほとんど出来ずに終わってしまった。
パチパチと拍手をして、リリアンヌは立ち上がった。
「おめでとうございます。お父様」
「リリアンヌ・・・、賛成してくれるのか・・・、お前の反応だけが心配で・・・言い出せなかった」
「何をおっしゃっていらっしゃいますの!まだ若いんですから、いつまでも独り身でいるのは良くないですわ!跡継ぎのこともありますし、ぐずぐずしては歳を取るだけです。私に遠慮せず、良いと思う方がいたら、一緒になってくださいませ!」
これだけたくさん人が集まっているのに、部屋の中は静まりかえった。
皆、反対すると思われたリリアンヌが、歓迎していることが驚きだったのだ。
「なにより、お父様!お父様の幸せが私の幸せですわ」
とびきりの笑顔で、ウィンクなんかしてみて大サービス。
この後の人生で自由にさせてもらうためにも、この人は特別待遇させていただきます。
「りっ・・・リリアンヌ、私は幸せ者だ」
そう言って、お父様は号泣された。
他人事だと思っていたリリアンヌだが、
不思議と心が満たされていくのを感じた。
□□□□□□□□□
そもそも、透哉の対人スキルはゼロに等しかった。
蘭とだけはまともに話せたし、冗談を言い合えたが、他人に対しては対人恐怖症だった。
目を見るのは恐ろしいし、言葉は出てこないし、視線を感じるだけで、震え上がって動悸が止まらない。
しかし、リリアンヌになってからは、そう言った症状は一切でない。
元来の警戒心や、猜疑心は、根強く残っているが、対人コミュニケーションは全く問題ない。
これは、リリアンヌであった頃の賜物だろう。
後、本来の透哉の性格も出てきているのか。
リリアンヌの毒気を、透哉が吸いとってしまったような、自分的には融合したというのが感覚に近い。
婚約発表の翌週、屋敷には馬車がやって来た。
二人とも再婚なので、形式にはとらわれない。早速、ファニール親子が移り住んできた。
「リリアンヌ入りなさい」
父に促されて部屋に入ると、ファニール親子が長椅子に座っていた。
「初めまして、私がファニール・ジャスニンですわ。こちらが息子のユージーン。これからよろしくお願いします」
ファニールは、ふわふわとした茶色の巻き毛で、大きなくりくりした緑色の瞳の可愛らしい女性だった。
(お!これは・・・確かに)
王子様とlove&peaceの主人公エリーナも、同じく茶色の巻き毛で、ふわふわした雰囲気の可愛い小動物系。ファニールは年齢を重ねている分、落ち着きがあるが、男性が守ってあげたくなるようなタイプ。まさに、主人公属性。
(おいおい、お父様、メイベルと全然違うじゃん。守備範囲ひろいな)
「お初にお目にかかります。リリアンヌと申します。至らないところも多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いします」
アニーに叩き込まれた、貴族の挨拶で、
笑顔でファニールに近づき、握手をかわした。
「ユージーンさまもよろしくお願いします」
「よっ・・・よろしく」
消え入りそうな声で答えたユージーンは母似だ。ふわふわ髪とした柔らかそうな茶色い髪、大きな緑の瞳をパチパチと動かして、女の子のような可愛さだ。
「まー!ユージーン!ちゃんとご挨拶しなさい。失礼でしょ!」
「いえ、ファニールさま、大丈夫です。緊張されているのでしょう。これからお話しする機会はたくさんございます。少しずつ仲良くさせてくださいね」
「リリアンヌさま・・・、スゴすぎるわ!ユージーンと一つしか違わないのに」
ファニールが息子との違いにビックリしてショックを受けつつあるので、慌ててお父様の教育の賜物です~あははは~と流して、サクッとご対面を終了させる。
とにかく無難に、日々をやり過ごせれば良いのだ。
□□□□□□□□
ご令嬢の日々は忙しい。
そもそも、元祖リリアンヌは、習い事の類いを一切放棄してストライキに出ていたらしいのだが、新生リリアンヌは、どうやら、やる気があるらしいのと、新しい奥さまは、教育熱心なので、これでもかとブチこんでくる。
午前中は、国学と算術と歴史、午後は食事とお茶の時間をはさみ、ダンス、刺繍、詩の朗読。
日によっては、馬術の訓練もある。
午前中は、自分の希望したレッスンだが、午後は完全にお義母様のご希望。
淑女の嗜みとして必須です!と、気合いを入れて言われ、はぁと返事をしたら、これでもかと詰め込まれた。
いつも詩の朗読辺りで、目を開けたまま寝ている。
(あれ?これ継母にイビられてるやつに入る?)
継母のファニールは、今のところ、レッスンに燃える所以外は無害だ。
おっとりした性格で、お父様とも仲良くやっている。
ユージーンは、シャイボーイ。はじめの頃は物陰から覗いていたが、やっと会話が出来るようになった。
この世界の事も分かってきた。
世界があるのは、ゲルベルト大陸。
やはり一番の大国は、ゲームの舞台でもあるサファイア王国。
後は周りを囲むように小国が連なる。
創生神リヴィンが人々に祝福を与え、この大陸に国を作った。
リリアンヌのいる、アレンスデーン王国は、西側に位置していて、肥えた大地は農業や酪農に適していて、王国に繁栄をもたらしている。
ロロルコット伯爵は、領地の税収はもちろん、ワインの製造や、ぶどうを使った食品の製造業に出資をして利を得ている。
100年前の統一戦争以来、大きな争いはない。
貴族達は、幼い頃から社交を学び、学園でより強い人脈を得る。
領地を守ることが責務であり、それが不可能であれば爵位を取り上げられる事もある。
そのため、後継者選びは重大な問題だ。
長男にというわけではなく、実力のあるものが選ばれる。
即ち、子供全員出来が悪ければ、他から養子を取ることもありえる。もちろん、親類関係が優先で、ある程度の、爵位は必要になるが。
「跡継ぎとかもういいわー」
「・・・どうしたの?急に・・・リリー姉さん」
ポロリとこぼした言葉を聞き取ったユージーンが、不思議そうな目を向けてきた。
二人は国学の勉強中。
座学は姉弟で受けることになっている。
午後は別レッスンとなる。
「リリー姉さん、ちゃんと集中してる?」
「当たり前よー。もう、先生から指定された範囲は終わったわ」
「そんな事言って、この間も別の課題をやってしまって怒られたじゃないか。
先生が不在でもちゃんとやらないとだめだよ」
毎日机を並べていれば、自然と仲良くなるもので、ユージーンとは、すっかり打ち解けた。
うるうるおめめの、
小動物が怒っている感じで、可愛すぎてたまらない。
まぁ、打ち解けるどころか、ユージーンは臆病なくせに、わりと真面目でしっかり者。
リリアンヌの適当に手を抜く所や、しっかりしてそうでズレた所などを見抜いて、最近は小言まで言うようになった。
「そういえば、リリー姉さんはお茶会に全然参加していないって聞いたけど」
ユージーンが真ん丸の額に、ぐぐっとシワを寄せて、怖い顔をしているみたいだが、どうも可愛らしくて怖さはゼロだ。
「あー・・・、あれね、女の子同士の集まりでしょ。正直苦手なんだよねー」
「何言っているの!?貴族社会で女性同士の関係は大変なんだよ。今のうちに、仲の良いご令嬢を作っておかないと!」
「だって、どこの貴族さまが素敵とか、ドレスがどーのとか、ほぼそんな話でしょ」
思考に関しては、完全に透哉なので、恋ばなや美容の話なんて、全く興味が湧かない。苦手すぎて、体調不良を理由に断ってきたのだ。
「そりゃ・・・、女の子は、そういう話だと思うけど・・・」
「じゃ、パス!どうせそのうち夜会だとかのイベントは強制参加なんでしょ。その時は適当に行くよ」
「姉さん!・・・何か、姉さんと話していると、女の子と話している感じしないよ」
ユージーンはやはり鋭い。
「他のご令嬢方は、今、王太子殿下の話でもちきりだよ。もしかしたら、殿下が参加することもあるかも。興味はないの?」
ユージーンは、貴族男子らしく、そういった集まりにはよく連れていかれている。
「ひゃーご苦労さまだねー殿下も。子供の頃からすでに、せっせと将来のお相手探しか。」
「また、そんな事言って!殿下と結婚して王宮で暮らすのはご令嬢の憧れなのに!」
「興味なーし!王宮なんて昼ドラ並にドロドロでしょ。もうそういうの勘弁」
「ひっ?ヒルドラ?」
王太子は今年で9歳。正直、9歳のガキ、それも男に会いたいとも思わない。
だいたい、攻略対象者の好みは、小動物顔の可愛い系。お色気タイプは向こうも願い下げだろう。
それに賭けても良いが、今のリリアンヌに寄ってくるのは、少女の色気に吸い寄せられるロリコンのアブナイ親父だろう。
キモくて絶対殴ってしまう可能性大。
ユージーンは、まだうるさくゴニョゴニョ言ってくるので、ちょっと悪戯心がわいた。
「ねぇユージーン。もし私が行き遅れたら、貰ってくれるかしら?」
濃厚な甘さたっぷり、妖艶な微笑みでウィンクしてみる。
「なっ!なななあかかか・・・!!」
ユージーンは、みるみる間にゆでダコのように真っ赤になり、椅子から転げ落ちた。
からかわないでくださーい!!と叫びながら、部屋から飛び出していった。
(お子様には刺激が強すぎたかな)
午後の授業に、護身術も取り入れた方がいいかなと、リリアンヌは考えるのであった。
□□□□□□
「んー・・・アニー、おはよう」
令嬢の朝は早い。
日が出るころには、起こされて、すぐに体を清められる。
ドレスを着せられて、髪を念入りにとかして結い上げられる。
こっちは、ぼけーっとしていても、勝手に支度が終わってしまうから、こんなに楽なことはない。
透哉だった頃は、同じように裕福な家に生まれたが、身の回りの事は幼い頃から自分でやっていた。使用人は父から一切構うなと言われていたので、言葉を交わすこともなかった。
毎日本宅で使用した残りの食材が、台所の勝手口にかけてあった。最初の頃は野菜にそのままかぶりついてお腹を満たしていた。
そのうち、食べやすく切ってみたり、焼いてみたりして、簡単な調理を覚えた。
リリアンヌくらいの歳の頃は、朝食は、スープ、サラダ、卵とベーコン、パンを用意して食べ、片付けが終わってから学校へ向かった。
納豆が懐かしいなぁと思い、よだれを垂らしそうになっていたら、アニーの不機嫌そうな顔が目の前に現れた。
「うわっ!」
「リリアンヌ様!聞いていらっしゃいます?」
「ごめん、考え事をしていたわ」
アニーはぷくっと頬を膨らましてから、もぉーと言った。なかなか可愛らしい。
「今日は朝食は旦那様とご一緒です」
「お父様、お帰りになったのね。昨日の夜かしら」
「はい、何か大切なお話があるそうですよ。他の者も集められました」
「そう。分かったわ」
リリアンヌの父親、ロロルコット伯爵に会うのも久しぶりだ。
王都と領地の行ったり来たり。帰宅は夜が多く、翌日には仕事で家を開けていた。思えば、体調が回復してから、ほとんど会話をしていなかった。
会えば、リリーリリーとうるさいくらいまとわりついてくるので、親子関係が悪い訳じゃないと思うのだが、どこか一線が引かれている感じがした。
(まぁ、逃げられた元妻にそっくりじゃな。見るたびに思い出すか・・・)
食堂に入ると、伯爵はすでにテーブルについていて、
促されて、リリアンヌも着席して、朝食が始まった。
お腹が空いていたので、ペロリと完食したころ、伯爵は話を切り出した。
「リリアンヌ、もうすっかり体調は戻ったようだな」
「はい、おかげさまで、元気ですごしております」
「うむ、なによりだ。さて、大事な話がある。みんなも聞いて欲しい。」
伯爵は軽く手を叩いて、自分に注目をさせた。
「メイベルが出ていってしまい、3年になるな。心配をかけたが、ようやく新しい妻を迎えることが出来そうだ」
わぁーっと歓声が上がり、場は一気に祝福の色に包まれた。
「私とは遠縁にあたるが、ジャスニン子爵家のファニールと婚約を結び、年内には結婚する予定だ。知っているものも多いが、ファニールは前夫と死別していて、7歳の息子ユージーンがいる。気立てが優しくて大人しい女性だ。戸惑うことも多いだろう。皆もよろしく頼む」
使用人達は完全に歓迎ムードだ。
しばらく、悲しみに沈んでいた屋敷内に新しい風がふきこんでいるのだ。
蘭が言っていた。リリアンヌが主人公をいじめるときの、後妻に似てるという台詞を思い出した。
リリアンヌは母に捨てられ、大好きな父もとられてしまう。ファニール親子の人となりは分からないけど、暴君だったリリアンヌの事だ。暴れて騒いで、親子を家族から排除しようとするのが目に見える。それが、上手くいくか否かは不明だが、リリアンヌの性格に暗い影をおとし、やがて実母のように男に狂い・・・。
(まっ、俺に関しては問題ないけど)
メイベルや伯爵には、思い入れもないし、子供の養育環境が整ってくれるのはむしろ歓迎する。ファニール親子が性格悪くても、透哉の兄に散々イビられてきたので、多少のいじめはなんとも思わない。
無難に幼少期をやり過ごし、学園に進んだら目立たないように、知識や人脈を養う事だけに力を入れる。
年頃になれば、嫁ぐように強制されるかもしれないが、そこは、実母のトラウマが・・・とか言って誤魔化して、好きにように生きさせてもらう。
思えば、、透哉の人生は自分のやりたいこともほとんど出来ずに終わってしまった。
パチパチと拍手をして、リリアンヌは立ち上がった。
「おめでとうございます。お父様」
「リリアンヌ・・・、賛成してくれるのか・・・、お前の反応だけが心配で・・・言い出せなかった」
「何をおっしゃっていらっしゃいますの!まだ若いんですから、いつまでも独り身でいるのは良くないですわ!跡継ぎのこともありますし、ぐずぐずしては歳を取るだけです。私に遠慮せず、良いと思う方がいたら、一緒になってくださいませ!」
これだけたくさん人が集まっているのに、部屋の中は静まりかえった。
皆、反対すると思われたリリアンヌが、歓迎していることが驚きだったのだ。
「なにより、お父様!お父様の幸せが私の幸せですわ」
とびきりの笑顔で、ウィンクなんかしてみて大サービス。
この後の人生で自由にさせてもらうためにも、この人は特別待遇させていただきます。
「りっ・・・リリアンヌ、私は幸せ者だ」
そう言って、お父様は号泣された。
他人事だと思っていたリリアンヌだが、
不思議と心が満たされていくのを感じた。
□□□□□□□□□
そもそも、透哉の対人スキルはゼロに等しかった。
蘭とだけはまともに話せたし、冗談を言い合えたが、他人に対しては対人恐怖症だった。
目を見るのは恐ろしいし、言葉は出てこないし、視線を感じるだけで、震え上がって動悸が止まらない。
しかし、リリアンヌになってからは、そう言った症状は一切でない。
元来の警戒心や、猜疑心は、根強く残っているが、対人コミュニケーションは全く問題ない。
これは、リリアンヌであった頃の賜物だろう。
後、本来の透哉の性格も出てきているのか。
リリアンヌの毒気を、透哉が吸いとってしまったような、自分的には融合したというのが感覚に近い。
婚約発表の翌週、屋敷には馬車がやって来た。
二人とも再婚なので、形式にはとらわれない。早速、ファニール親子が移り住んできた。
「リリアンヌ入りなさい」
父に促されて部屋に入ると、ファニール親子が長椅子に座っていた。
「初めまして、私がファニール・ジャスニンですわ。こちらが息子のユージーン。これからよろしくお願いします」
ファニールは、ふわふわとした茶色の巻き毛で、大きなくりくりした緑色の瞳の可愛らしい女性だった。
(お!これは・・・確かに)
王子様とlove&peaceの主人公エリーナも、同じく茶色の巻き毛で、ふわふわした雰囲気の可愛い小動物系。ファニールは年齢を重ねている分、落ち着きがあるが、男性が守ってあげたくなるようなタイプ。まさに、主人公属性。
(おいおい、お父様、メイベルと全然違うじゃん。守備範囲ひろいな)
「お初にお目にかかります。リリアンヌと申します。至らないところも多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いします」
アニーに叩き込まれた、貴族の挨拶で、
笑顔でファニールに近づき、握手をかわした。
「ユージーンさまもよろしくお願いします」
「よっ・・・よろしく」
消え入りそうな声で答えたユージーンは母似だ。ふわふわ髪とした柔らかそうな茶色い髪、大きな緑の瞳をパチパチと動かして、女の子のような可愛さだ。
「まー!ユージーン!ちゃんとご挨拶しなさい。失礼でしょ!」
「いえ、ファニールさま、大丈夫です。緊張されているのでしょう。これからお話しする機会はたくさんございます。少しずつ仲良くさせてくださいね」
「リリアンヌさま・・・、スゴすぎるわ!ユージーンと一つしか違わないのに」
ファニールが息子との違いにビックリしてショックを受けつつあるので、慌ててお父様の教育の賜物です~あははは~と流して、サクッとご対面を終了させる。
とにかく無難に、日々をやり過ごせれば良いのだ。
□□□□□□□□
ご令嬢の日々は忙しい。
そもそも、元祖リリアンヌは、習い事の類いを一切放棄してストライキに出ていたらしいのだが、新生リリアンヌは、どうやら、やる気があるらしいのと、新しい奥さまは、教育熱心なので、これでもかとブチこんでくる。
午前中は、国学と算術と歴史、午後は食事とお茶の時間をはさみ、ダンス、刺繍、詩の朗読。
日によっては、馬術の訓練もある。
午前中は、自分の希望したレッスンだが、午後は完全にお義母様のご希望。
淑女の嗜みとして必須です!と、気合いを入れて言われ、はぁと返事をしたら、これでもかと詰め込まれた。
いつも詩の朗読辺りで、目を開けたまま寝ている。
(あれ?これ継母にイビられてるやつに入る?)
継母のファニールは、今のところ、レッスンに燃える所以外は無害だ。
おっとりした性格で、お父様とも仲良くやっている。
ユージーンは、シャイボーイ。はじめの頃は物陰から覗いていたが、やっと会話が出来るようになった。
この世界の事も分かってきた。
世界があるのは、ゲルベルト大陸。
やはり一番の大国は、ゲームの舞台でもあるサファイア王国。
後は周りを囲むように小国が連なる。
創生神リヴィンが人々に祝福を与え、この大陸に国を作った。
リリアンヌのいる、アレンスデーン王国は、西側に位置していて、肥えた大地は農業や酪農に適していて、王国に繁栄をもたらしている。
ロロルコット伯爵は、領地の税収はもちろん、ワインの製造や、ぶどうを使った食品の製造業に出資をして利を得ている。
100年前の統一戦争以来、大きな争いはない。
貴族達は、幼い頃から社交を学び、学園でより強い人脈を得る。
領地を守ることが責務であり、それが不可能であれば爵位を取り上げられる事もある。
そのため、後継者選びは重大な問題だ。
長男にというわけではなく、実力のあるものが選ばれる。
即ち、子供全員出来が悪ければ、他から養子を取ることもありえる。もちろん、親類関係が優先で、ある程度の、爵位は必要になるが。
「跡継ぎとかもういいわー」
「・・・どうしたの?急に・・・リリー姉さん」
ポロリとこぼした言葉を聞き取ったユージーンが、不思議そうな目を向けてきた。
二人は国学の勉強中。
座学は姉弟で受けることになっている。
午後は別レッスンとなる。
「リリー姉さん、ちゃんと集中してる?」
「当たり前よー。もう、先生から指定された範囲は終わったわ」
「そんな事言って、この間も別の課題をやってしまって怒られたじゃないか。
先生が不在でもちゃんとやらないとだめだよ」
毎日机を並べていれば、自然と仲良くなるもので、ユージーンとは、すっかり打ち解けた。
うるうるおめめの、
小動物が怒っている感じで、可愛すぎてたまらない。
まぁ、打ち解けるどころか、ユージーンは臆病なくせに、わりと真面目でしっかり者。
リリアンヌの適当に手を抜く所や、しっかりしてそうでズレた所などを見抜いて、最近は小言まで言うようになった。
「そういえば、リリー姉さんはお茶会に全然参加していないって聞いたけど」
ユージーンが真ん丸の額に、ぐぐっとシワを寄せて、怖い顔をしているみたいだが、どうも可愛らしくて怖さはゼロだ。
「あー・・・、あれね、女の子同士の集まりでしょ。正直苦手なんだよねー」
「何言っているの!?貴族社会で女性同士の関係は大変なんだよ。今のうちに、仲の良いご令嬢を作っておかないと!」
「だって、どこの貴族さまが素敵とか、ドレスがどーのとか、ほぼそんな話でしょ」
思考に関しては、完全に透哉なので、恋ばなや美容の話なんて、全く興味が湧かない。苦手すぎて、体調不良を理由に断ってきたのだ。
「そりゃ・・・、女の子は、そういう話だと思うけど・・・」
「じゃ、パス!どうせそのうち夜会だとかのイベントは強制参加なんでしょ。その時は適当に行くよ」
「姉さん!・・・何か、姉さんと話していると、女の子と話している感じしないよ」
ユージーンはやはり鋭い。
「他のご令嬢方は、今、王太子殿下の話でもちきりだよ。もしかしたら、殿下が参加することもあるかも。興味はないの?」
ユージーンは、貴族男子らしく、そういった集まりにはよく連れていかれている。
「ひゃーご苦労さまだねー殿下も。子供の頃からすでに、せっせと将来のお相手探しか。」
「また、そんな事言って!殿下と結婚して王宮で暮らすのはご令嬢の憧れなのに!」
「興味なーし!王宮なんて昼ドラ並にドロドロでしょ。もうそういうの勘弁」
「ひっ?ヒルドラ?」
王太子は今年で9歳。正直、9歳のガキ、それも男に会いたいとも思わない。
だいたい、攻略対象者の好みは、小動物顔の可愛い系。お色気タイプは向こうも願い下げだろう。
それに賭けても良いが、今のリリアンヌに寄ってくるのは、少女の色気に吸い寄せられるロリコンのアブナイ親父だろう。
キモくて絶対殴ってしまう可能性大。
ユージーンは、まだうるさくゴニョゴニョ言ってくるので、ちょっと悪戯心がわいた。
「ねぇユージーン。もし私が行き遅れたら、貰ってくれるかしら?」
濃厚な甘さたっぷり、妖艶な微笑みでウィンクしてみる。
「なっ!なななあかかか・・・!!」
ユージーンは、みるみる間にゆでダコのように真っ赤になり、椅子から転げ落ちた。
からかわないでくださーい!!と叫びながら、部屋から飛び出していった。
(お子様には刺激が強すぎたかな)
午後の授業に、護身術も取り入れた方がいいかなと、リリアンヌは考えるのであった。
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