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第一章

①バッドエンドからの転生

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 深い海の底へ沈んでいくようだと思った。
 体の自由はきかない。
 体があるのかも分からない。
 ただ自分は大きな意識の塊で、
 闇の中へゆっくりと引き込まれていく。

(この役立たず)

(醜い顔でこっちを見るな)

 誰かの声が聞こえた。
 誰が私に言ったのか。

 いや、誰かじゃない。
 誰からもそう言われていた。


 オマエハナニヲノゾム・・・。

 闇の中から声が聞こえた。

 のぞむ・・・こと。
 それは、安らぎと平穏。
 そして、人を愛し、愛されたい。

 カナシキタマシイヨ、
 オマエニモウイチド、ヒカリヲアタエヨウ

 漆黒の闇のなかに、小さな光が現れた。
 光は大きく広がり、全てを包んでいく。





 ・・・さ・・・。

 ・リ・・さま。


 遠くで声が聞こえる。
 もう少し、もう少しだけ・・・。

「リリアンヌ様!」

 突然頭のなかに、ハッキリと声が響いて、驚きで目を開いた。

 ぼんやりとした、視界がひろがる。
 これは、なんだろう。

「よかった。お目覚めになりましたわ」

「ふむ、熱も下がったようだ。もう大丈夫だろう。薬が効いたようで良かった」

「先生、ありがとうございます」

 若い女性の声と、年配の男性の声。

 視界にかかっていた霧が消えてゆく。
 黄色くて花の模様が見える。
 これは天井か。

 ふっと、視界に人が入ってきた。

「お分かりなりますか、アニーです。お嬢様、もう一月も寝ていらっしゃったのですよ」

 アニーと名乗った若い女性は、目に涙を浮かべ、手を握ってきた。

(・・・生きている?)

「・・・あ・・・くっ・・・」

 喉がカラカラで、上手く声が出せない。

 アニーが湿らせた布を口に当て、水を絞ってくれて、ようやく、声が出せるようになった。

「死んで・・・いない」

「ええ、もちろんです」

「傷は?どうなった?治ったのか?」

 お腹の辺りを探るが、痛みもなく包帯が巻かれているような感触もない。

「え?傷ですか?」

「だって、あの時、刺されて、血がたくさん出て・・・」

 そう言うと、アニーの顔は、みるみる間に青ざめて、大変!お医者様!と叫び、慌てて行ってしまった。

 ・・・医者。
 ここは病院?

 病院のイメージは、白い天井と白い壁、白いシーツ、簡易的なチェストに小さいテレビ。

 ここに広がっているのは、全く異なる空間。
 クリーム色の花をモチーフにした天井と壁、天蓋付きベッド。部屋の端から端までが遠い。床一面には高級そうな赤い絨毯が敷かれている。
 テーブルや長椅子などは、白い陶器のような素材で色鮮やかな花が描かれ、金で縁取られている。

(すごい豪華。まるでヨーロッパのお姫様のお部屋)

 病院の個室?

 にしては、豪華過ぎるし・・・。

 そういえば、ナースコールが見当たらない。と言うか、ライトなどの照明類がない。
 壁に掛かっているのは蝋燭?

(ずいぶんとレトロだな)

 そこで、ふと、自分の手を見た。

(小さくて、白くて細い。まるで子供のような・・・)

 ん?んんんんんん?

(体が小さくなっている?
 1ヶ月の意識不明で?そんな事あるのか?)

 その時、バサッと長い髪の毛が、横から垂れてきた。

(ええええ?髪伸びてる?伸びすぎでしょ!1ヶ月で?というか、きききっ金髪?!)

 長い療養で、ベタついているようだが、長い金髪の髪の毛が、腰の位置まで伸びている。

「ななななっ、えっっ?ええ?」

 混乱のあまり、意味の分からない言葉がが口からついて出た。

 とても可愛らしい声で。

(嘘・・・)

 ベッドから下りると、足に力が入らず、ドタンと転がった。
 肘や腰を打って痛みが走ったが、どうでもよかった。

(はやく、はやく、あれを・・・)

 近くの壁に大きな姿見がかかっていた。
 はぁはぁと息をきらしながら、なんとかそこまで這いずっていく。

 深呼吸して唾を飲み、ゆっくりと顔を上げた。

 そこに映っていたのは、
 長い金髪の可愛らしい少女だった。
 大きなすみれ色の瞳はしっとりと濡れていて、ぷっくりとした唇は薔薇のような美しさ。
 目の下の隈が、不健康な感はあるが、少女らしからぬ、色気を漂わせている。

「え?これ?夢・・・?」

 薔薇のような唇が、言葉に連動して動いたのを見た。そこで気を失った。

 どこかで、キャーっと叫ぶ声が聞こえた気がした。


 まったく、なんて夢だよ。


 ¨美女に転生なんて、私だったら泣いて喜ぶわよ。
 今度こそ幸せになってね、透哉¨

 どこか懐かしい声が聞こえた気がした。

 □□□□□□□□□□


 島崎透哉は、日本有数の財閥、島崎財閥の一族として生まれた。
 祖父は一代で多額の富を築いた、島崎政三。
 五人の息子がおり、父親は、その長男の茂夫。茂夫は三男一女をもうけた。
 透哉は、三番目で、上二人が兄で下に妹。
 元々が華族の家系で、
 とにかく、一族郎党、選民意識のかたまり。
 祖父の事業が成功を続けているものだから、苦言を呈する者など誰もいない。

 おまけに、跡目争いで、一族は互いの足の引っ張り合い。
 集まれば、怒号、罵り合い、衝突の繰り返し。腹の探り合い、誰もが、どうにかして陥れよう狙い、潰し合う日々。
 心の平穏などなかった。誰が優れているか、それが全てで、それ以外の者はひどい扱いだった。

 透哉の兄二人は、幼い頃から神童と呼ばれるほど優秀で、美男美女の一族の中でも、飛び抜けて容姿も整っていた。
 透哉と妹の蘭は、浮気しまくりの茂夫が外で作った子で、頭も容姿も平凡だった。
 一族の血が入っているという事で、家には入れたが、当たり前のように、歓迎される事はなく、能無しの役立たずの顔は見たくないと言われ、離れの狭い部屋でほとんど監禁扱い。そこから、自由に出歩くことは許されなかった。

 学校に通う歳になると、やっと外の世界に出ることが出来たが、何かと兄たちと比べられ、家族ともまともに話をしたことがないスキルでコミュニケーションがとれるはずもなく、常に下を向いてビクビクしているので、ネクラバイ菌と言われて、ずっといじめにあっていた。

 そんな透哉の唯一の楽しみは、妹の蘭とすごす時間だった。
 男系一族で唯一の女の子だったため、蘭は、透哉よりは自由を与えられた。
 もとからガッツのある性格で不遇をものともせず、図太く育っていた。

 学校から帰ると、たいてい透哉の部屋に忍び込んでいて、お菓子を持ち込み、食べながらゴロゴロ寝転がりゲームをしていた。
 本宅でこんな事したら、一週間ご飯抜きよ。私の唯一の癒しタイムなの!と言って、ほぼ毎日通ってきた。
 蘭は当時流行っていたスマホの乙女ゲーム、王子様とlove&peaceに大ハマリしていて、かなりの額を課金していた。
 お金には困っていなかったので、世渡り上手の蘭は、多額のお小遣いをもらい、それをゲームに注ぎ込んでいた。

 毎日、なにが起こって、どの攻略対象がどうなってとか、このエンドがいいとか悪いとか、世界観からメイン以外の登場人物まで、なにからなにまで、喋り続けるので、透哉もすっかり詳しくなっていた。

「ねー、全クリしちゃったから、もう一度やろうと思うんだけど、誰にしたらいいかなー?誰が好き?」

「・・・そんなの、なんで男の俺に聞くんだよ」

 対人恐怖症の透哉だが、蘭とは普通に話せた。

「ここには、透哉しかいないからよー。しかも私並みに知識はあるでしょ」

「毎日聞かされれば、嫌でも覚えるよ」

「じゃ、誰ルートにする?」

「誰ルートでもいいよ。一番平和なやつ」

「透哉ってば、いつもそれだね。まぁ分かるけど、このリアル修羅の家に生まれたらね」

 蘭は遠い目をした。蘭は、来月、平凡商事社長の一人息子との婚約が決まっていた。20歳上の会ったこともない男。
 絵にかいたような時代遅れの政略結婚だ。

 本宅に集められたとき、女はバカでも使えると言った茂夫の言葉が忘れられない。
 すかさず兄が口に薄ら笑いを浮かべて、透哉を見た。
「バカで醜くて使えないやつはどうしたらいいですかね」
 兄達や義母が笑い、透哉は下を向いたまま目を瞑っていた。


 そして、あの日。


 よく晴れた朝、本宅は静かだった。
 静かすぎた。

 その静寂を破るように、女の金切り声が響いた。

 学校に行くために裏口へ向かっていた透哉は、声に驚き本宅に目を向けた。

 やめろとか、何するんだとか、叫び声が続き、迷ったが本宅へ向かうことにした。

 途中使用人達が、逃げていくのが見えたが、誰も透哉に声をかける者はいなかった。

 家に入ると、ぎょっとする光景が飛び込んできた。

 髪を振り乱し、血走った目の女が、包丁を振り回していた。

「私を選んでくれるって言ったじゃない!よくもお腹の子を殺したわね!」

「まて、話し合おう」

「勝手に堕胎するなんて!お金なんていらないわよ!悪魔め!」

 慌てた様子の兄を見て、透哉は悟った。

 先日長男の婚約が発表された。
 相手は取引先の社長令嬢。
 遊び人だった長男の身辺整理は、かなり難航したらしく、時間がかかった。
 破談になることを恐れ、強引な手を使ったらしい。

 兄の事だから、相手の親にお金を渡して、本人の同意なく堕胎させるなんて事はありえる話だろう。

 女は包丁を両手に持ち変えた。
 今にも飛び込んで刺しそうな勢いだ。

 その時、茂夫が現れて、事態に目を細めた。

「見苦しいぞ。早くどうにかしろ」

 茂夫の冷たい声に、触発されたのか、女が奇声を上げて、足を踏み出した。

 その時、隣にいた兄が透哉を掴み、女の方へ押し出した。
 とっさの事で力が入らず、そのまま押し出され、飛び込んできた女の包丁が、透哉のお腹に突き刺さった。

「くっ・・・」

 腹部への衝撃と痛みが透哉を襲う。
 女は唖然として力をなくし、座り込んだ。

「良かったじゃないか。これでお前も少しは役に立ったな」

 茂夫の声が痛みとともに、体に突き刺さる。

「そんな!透哉!透哉!」

 騒ぎを聞き付けたのか、飛び込んできた蘭が、透哉を抱き抱える。

 もう何も感じない。

(なんて人生だったのか。)

(いつか誰か大切な人に出会い
 愛し愛されたい。平穏な幸せを手にしたい。ずっと思っていた)

(こんな最後だなんて・・・)


 オロカデカナシキタマシイ

 モウイチドチャンスヲヤロウ

(もう一度ったって、島崎の家みたいなのに生まれたら、その時点で終わりだよ)

 ダイジョウブダ

 コンドハチガウセカイ

 オマエトイモウトノオナジミノセカイニシヨウ

(え?なんだって?)

 フフフ

 キヲキカセテヤッタゾ

 タノシメヨ


「たっ・・・楽しめって、なんだ・・・よそ・・・れ」


「リリアンヌ!リリアンヌ!気がついたか、しっかりしろ!」

(リリアンヌってなんだそれ、お裁縫の玩具みたいな名前は)

「リリアンヌ、気がついたのか。すまない、そばに居てやれなくて」

 視界いっぱいに、男の顔が映る。金髪で人の良さそうな優しい目をしている。

「あ・・・あの、あなたは誰ですか?」

「!!」


 瞬間、男の顔が歪み目から涙が溢れてくる。

「そっそんなー!リリーちゃん。父様の事忘れちゃったの?!リリーちゃんが世界一大好きな父様だよ!」

「とっ・・・とうさま?」

「そう!思い出してくれた!」

「いっ・・・あっの、そうじゃな・・・」

「あーーー!良かった!もし忘れちゃったら、泣き続けて、ずっと食事も取らないで痩せ細って死んじゃうところだった!」

「って、わぁぁぁー」

 こちらの話は全く聞かず、物凄い勢いで、抱き締められ持ち上げられて、グルングルン振り回された。

「旦那様、お嬢様はまだ病み上がりです。あまり、無理をさせては・・・」

 白髪の初老の男性がおろおろとしながら、声をかけてきた。

「そうだったな、すまないリリアンヌ、無理をして悪かった。食事はとれるかい?アリー、温かいスープの用意を。」

「あっ・・・お、れ。」

「リリアンヌ、動いちゃダメだ!寝ていなさい。いいね」

 旦那様と呼ばれる男は、自分が振り回したことなど明後日に投げて、リリアンヌをベッドに入れて、やわらかな布団をこれでもかと乗せてくる。

「リリアンヌ様、今お食事をお持ちしますので、休んでいてください」

(ん?この娘の顔は見覚えがある。確かアリーとか言う)

 その後は、旦那様含め、みんながバタバタと撤収して、部屋に一人で残された。

(この!部屋、さっきの夢の・・・)

 ベッドからゆっくり抜け出し、足を下ろす。力を入れると、さっきよりは上手く動かせそうだ。
 フラフラと歩いてたどり着いたのは、大きな姿見。

 不思議そうに覗きこむ、金髪の少女。

(なんだよ、これ。夢じゃないの?)

「・・・俺はシマザキトウヤ。あんたは誰?」

 鏡の中の少女は、答えてくれない。

「リリアンヌ」

 呼ばれていた名前を口にしてみた。

(どっかで聞いたことあるんだけどな)

 夢か現実か。

 とにかく今は大人しくまわりを観察して、状況を整理することにした。


 □□□□□□□


 ここは、アレンスデーン王国。
 見た感じは、中世のヨーロッパ風な雰囲気だ。
 私の名前は、リリアンヌ・ロロルコット、年齢は8歳。
 ミルクティーみたいな色の金髪に、すみれ色の瞳。小ぶりな鼻とぽてっとした唇。年齢の割に、妙に色気がある。
 父親の名は、オスカー・ロロルコット伯爵。
 領地を持つ貴族だ。
 金髪以外は、リリアンヌと同じ要素はない。
 ハンサムな部類であるが、人の良さそうな顔というのが全面に出ている。意外と気の強いタイプ。

 屋敷には、たくさん使用人がいるが、主に関わるのは、執事のセバスチャン。白髪で伸ばした髭が可愛らしいおじいちゃん。だが、仕事は優秀で、いつもキビキビと動いている。
 専属メイドのアニー。
 優しいしっかりしたお姉さんという感じだ。

 ここまでが、ここ数週間で不自然にならないように見聞きして集めた情報だ。

 ヨーロッパの歴史にこんな国名が出てきたような記憶はない。似て非なるもの。タイムスリップの可能性は捨てた。

 考えられるのは、物語の世界、つまり異世界に転生してしまった。

 バカらしい話だし、何度も考え直したが、そこに行き着くのだ。

 ならば、だ。なんの物語か。

(うーん、シンデレラ・・・白雪姫・・・、こんなものしか出てこない。だいたい男として生きてきて、プリンス系の話なんぞに憧れたこともないので、さっぱり分からない。)

「リリアンヌさま、お茶のおかわりはいかがですか?」

「あっはい。お願いし・・・あ、いえ、いただくわ。ありがとうアニー」

 困ったことに、リリアンヌとしての8歳までの記憶が朧気にしかない。
 貴族令嬢の礼儀作法言葉遣いなんぞ、全く分からない。

 リリアンヌは、死病といわれる高熱が出続ける病気になったらしく、生きていた事が奇跡。記憶をなくしたり、今まで得てきたものがなくなったり、成長が退行したり、そういった事はある。命が助かっただけ十分だと思えと医者から言われている。
 そのため、戸惑っていると、アニーやセバスチャンは、丁寧に教えてくれるし、言葉遣いも、不思議がらずに訂正してくれる。

 体調は徐々に回復している。
 歩くのもやっとだったが、最初は数歩から、家のなかを歩き回れるくらい回復した。
 基本はベッドの上で過ごしつつ、午後は家の中を散策して歩き、情報を集める。
 書庫に寄ったが、使われている字は単語が何となく読み取れるくらいで、長文になるとサッパリだ。
 これは、要特訓だ。もしかしたら、リリアンヌとして出来た範囲のことなのかもしれない。

 何事も慣れるしかない。
 これが、夢か幻か分からないけど、とにかく今やれることをやる。

 透哉こと、リリアンヌはそう決意したのだ。


 □□


 ずっと気になっていることがあった。

 母の事だ。

 屋敷に母の部屋はなく、母の事を聞こうものなら、今日はいい天気ですねーなどど、分かりやすく誤魔化される。

 最初に考えたのは死別。
 病み上がりで、不安の子供に話で聞かせるには、辛い話という事か。

 この世界の貴族社会がまだ分からないが、男子の継承であれば、女性の地位は低く、簡単に離縁をするわけにもいかないのではないか。

 午後のお茶の時間に、試しにアリーに話をふってみた。

「お母様は今どこにいらっしゃるのかしら」

 ちょっと瞳を潤ませて問いかけてみた。
 答えが、お星さまになって、空から見ているとか、そういう類いのものであれば、追及するのは終わりにしよう。

「え?あっ!そっそれは、私の口からはちょっと・・・。こんど、旦那様に聞かれるのがよろしいかと・・・ああ!!」

 アニーはガチャン!と音をたてて、ティーポットを落として、慌てて片付けている。

(うーーん、なんだろ?死んでないのかな。事情あり?)

 肝心のお父様は、仕事が忙しく、王都と領地を行ったり来たりで、ほとんど会えない。

 どうしようかと、思っていたら、それを知る機会はすぐに訪れた。


 夜、リリアンヌはなかなか寝付けず寝返りを繰り返していた。
 すると、部屋の外からヒソヒソと話す声が聞こえてきた。

(使用人の噂話?これ幸い!)

 物音をたてず、ドアに張り付き、聞き耳をたてた。

「まるで、人が変わったみたいだね、お嬢様は」
「高熱が性格まで変えてしまうものなのかしら。でも、今の大人しいお嬢様で助かるわね」

(・・・リリアンヌ、どんな子だったのさ)

「前は三日とおかず、癇癪を起こして。我が儘放題で。メイドなんてゴミ同然で、気に入らないと何人クビにしたか・・・」

(リリアンヌ・・・、無双だったのか)

「でも、同情はあるわ。だって、大好きだったメイベル様がねー。旅芸人と駆け落ちしてしまったんだもの」

「忘れようにもあの容姿よ。金髪は旦那様譲りだけど、他はメイベル様の生き写しじゃない。旦那様も愛されてらっしゃるけど、どう扱っていいか分からないようですわね。仕事を理由に距離を置いてらっしゃる」

(メイベル・・・、母の名。そして、リリアンヌは母似ということか)

「だから、嫌な予感がしたのよ。旦那様で5人目の結婚だろ。上手くいくとはねー」
「女蜘蛛って言われていたけど、まさにそんな人だったね。美人で色気たっぷりで、ああいう女が好きな男の気が知れない。旦那様もなんであんな魔女に捕まったんだかねー」

 声が遠くなっていく、どうやら使用人達は移動したようだ。

(それにしても、メイベルさん。ひどい言われよう。蜘蛛に魔女に、毒々しい。実際家族捨てて駆け落ちしてるんだから、ひどいことしているけどさ。リリアンヌなんてもともと我がまま設定かもしれないけどショックで、このままだと母と同じ道を辿るな)

(まー、恋多き女を妻にした時点で、旦那は覚悟してたんだろうけどね)


 ベッドに入った後も、お色気悪女を想像し、よけい眠れなくなってしまった。

 翌日は、アニーの隙を見て、部屋から抜け出し、倉庫に忍び込んだ。
 前に近くを通ったとき、ここには、歴代のロロルコット伯爵家の方々の肖像画がありましてー、なんて話を聞いていたからだ。

 一目でいいから見てみたかった。
 リリアンヌにそっくりなお母様。将来の姿が想像できる。

(あの人の良さそうなお父様の事だからリリアンヌのためにも、とってあるはず)

 絵画類は、高く積まれていて、埃をかぶっている物が多く、少女の力ではとても上まで確認することは無理だと思われたが、部屋のすみに不自然に布を被せられた絵を発見した。

(もしかしたら・・・)

 布を取り外し、埃をはらうと、女性の姿が浮き上がってきた。

(うわっ、すげー美人。ボンキュボンじゃん!こりゃ伯爵が参っちゃうのも分かるね)

 そこに描かれているのは、艶やかな黒髪を色白の体にまとませて、妖艶に微笑んでいる美女。すみれ色の瞳に、薔薇のようにぷっくりと開き濡れた唇。
 豊満な胸とお尻だが、折れそうな腰とすらりとした手足。

(まさに、ゲームのお色気担当ってやつだな)

「!!」

 体を電流が駆け巡ったとか、パズルのピースが揃ったみたいな、衝撃を受ける。

「ええええええっ、ちょちょ、ちょっと待って。この容姿に金髪のお色気担当って!」

 慌てて書庫を飛び出し、廊下を駆ける。

「お嬢様!!淑女が廊下を走るなんて・・・!」

「アニー!隣国の王子の名前を教えて!」

 リリアンヌの久しぶりのヤンチャぶりに、たしなめようと、気合いを入れたアニーだが、リリアンヌのあまりの勢いに絶句してしまう。

「隣国はサファイア王国でしょ!」

「は・・・はい」

「王子の名前は、アルフレッド・サファイア!」

「そ・・・そうですね。よくご存知ですね。お嬢様」

「と言うことは、この国の王子はフェルナンドよね!」

「お嬢様!先程から、お名前を呼び捨てにしていらっしゃいます。そんな呼び方をされたら、家名に傷が付きます!絶対ダメですー」

 アニーは、混乱して涙目になり、後ろにひいている。

「我が国の王太子、フェルナンド様ですよ」


(そうか!そうだったのか。)


 この世界は、蘭が夢中になっていた、乙女ゲーム、王子様とlove&peaceの世界だったのだ。



 □□


 どうやら、転生したのは、
 乙女ゲームの世界。

 透哉こと、リリアンヌはやっとその事に気がついた。

 そもそも、なぜすぐに気がつかなかったかと言えば。

 王子様とlove&peaceの舞台は、隣国のサファイア王国の学園。
 主人公は貧乏男爵の娘、エリーナ。
 近隣国の貴族のみが入学できるその学園で、エリーナは、イケメン揃いの攻略対象者達と様々な恋愛を繰り広げる。

 この国の王子、フェルナンドは攻略対象であるが、蘭がお気に召さなかったので、ざっとしか話を聞いていなかったし、家名も知らず、スチルも見せてもらっていない。


 一番人気のメインキャラは、サファイア王国の第一王子、アルフレッド。
 蘭の超お気に入りであり、アプリのアイコンもでかでかと彼の顔になっている。

 そして、肝心のリリアンヌだが。
 主人公を苛める、悪役令嬢3人組の一人という立ち位置で、全然メインキャラでないので、全く気がつかなかった。

 誰のルートでも、いじめシーンがあるが、主にライバルの公爵令嬢にスポットが当てられていて、ほとんど話に絡まない。

 お色気担当でもなければ、透哉の目にとまる事もなかった。

 スチルの一覧にチラッと映った姿を見つけたとき。

「お!このお姉さん良いね!美人でボンキュボンじゃん!」

「やーね。男ってすぐ、そういうキャラに目がいくのよねー。
 それ、ただのお色気担当でいじめ役よ。主人公が父親の後妻に似てるって言って、もうネチネチ嫌味を言ってくるのよー。
 ちなみに、魔性の女で、各国のイケメン貴族を食いまくりの尻軽キャラだから、攻略対象キャラから相手にされる事もないし、いつの間にか消えてるけどねー。隣国の貴族だから、自国に帰ったとかだったかな」

「ふーん」


 さんざん聞かされたゲームの話で、リリアンヌに関して触れられたのは、その時のみ。

 ボンキュボンお姉さんぐらいの認識だったので、リリアンヌなんて、名前も覚えていなかった。

 リリアンヌは姿見に映った自分の姿を、じっくり眺めてみた。

(平凡だった透哉とは、比べ物にもならないくらい、整った容姿である。幼いながら、将来の美しさがすでに約束されている。そして、ほのかに醸し出される、この色気)

 試しに、口を尖らせてウィンクしてみた。

(にっ!似合う!似合いすぎる!)

 まだ、8歳だぞ!
 遺伝子濃すぎだろ!


(・・・それにしても、まさか、リリアンヌとは)

 メインキャラでないのは、仕方がない。

 しかし、性別も違うし、ネクラでほぼひこきもりシャイボーイの透哉と、尻軽お色気担当お姉さんって!

 全然違うじゃん!
 透哉の人生だって、ロクなもんじゃなかったけど、みんなに尻軽って言われるくらい男を食いまくる怪物みたいな人生・・・、嫌だよ!嫌すぎるよ!

 いや、まぁ、確かに相手が男ってのも、気持ちの面で飲み込めない状態でもあるし、そもそも、次は平穏で愛に溢れるように人生を送りたかった。
 全然平穏な気がしないし、愛にまみれすぎる。ラブハントしたいわけじゃないのに。

 気がつくと、鏡の中の少女は、ポロポロと涙をこぼしていた。

(なんだよ。魔性のくせして、可愛く涙流してんじゃん)

「あっ・・・」

 ここで、肝心な事に気がついた。

「まだ、子供じゃん」

 確かにゲームの展開で行けば、魔性の尻軽女だが。
 リリアンヌは、まだ8歳。
 今のところ、ただの我が儘な女の子。

「これから、人生をやり直すつもりで、生きてみればいいんじゃん。何もシナリオ通りやる必要ないし」

 そうだ。
 愛については、この際考えない。
 男と恋愛する気にはなれないし、
 うるさく言われるようなら、家を出て、
 自分で仕事してお金を稼いで、あまり人と関わらずに、静かにのんびり暮らせばいい。

 鏡の前で、リリアンヌは小さく拳を突き上げた。

「こんどこそ!悔いのない人生を!」

 気合いを入れて、リリアンヌは、ベッド飛び込んだ。

 今日はよく眠れそうだ。




□□□
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