悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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最終章 儚き薔薇は……

4、船上の再会

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「いたたたっっ、……やってくれたよ」

 頬が痛くて手で押さえが、思わず声が漏れてしまった。
 今まで乗っていた船よりも揺れが激しい。
 しかも、すえた臭いのする狭い船室に蹴り入れられたので、ひどい扱いに涙が出そうだ。

 シュネイル国に向かう途中、船に侵入者がありロティーナと船底に隠れた。
 しかし、頼みのセインスが戻らず、船底の隠し部屋が見つかりそうになった。
 俺はロティーナを隠して、自分が囮になるために外へ出た。

 そこにはざっと五、六人のガラの悪そうな男達がいた。
 恐かったんだ、命だけは助けてくれと大袈裟に騒ぎながら暴れると、男達は俺を殴った後、倉庫から連れ出されて、男達が乗ってきた小船に乗せられた。
 何とかロティーナのいる隠し部屋から注意をそらすことに成功したが、まさかの連れて行かれるという事態になってしまった。
 強盗目的なら金品を取られて解放されると思っていたのに誤算だった。


「結局収穫は仲間が一人だけか」

「はい、セインスと思われる男と、一緒に行動していたのを見た者がいるので部下だと思われます。やつは何人か倒した後、海に飛び込んで姿を消しました」

「くそっ、こっちもハズレだったか」

 船に乗せられた俺は、汚い船室に押し込められた。
 すぐに話し声が聞こえてきて、ドアに貼り付いた。
 どうやら、セインスの部下だと間違われているらしい。
 やはりヤツらは、例の儀式に向かうエルシオンを狙っているのだろう。

 シュネイルの王位継承者を強制的に決めることができる、というのその儀式は、誰かが参加を宣言すると各国にその連絡が回るそうだ。
 他に継承権を持つ者も、その場に集まり同じように参加できる。
 ということは、そこに来なければそのチャンスを失うことになる。
 残った王子達が集う中、宣言した者を支持する連中が、エルシオンの足止めをしようとしてもおかしくないはずだ。
 エルシオンについては帝国まで逃げたことが知られていたのかもしれない。
 ロティーナの家で働いていて、消えてしまったという、シュネイルから流れていた使用人については追手だったと考えてもいいだろう。

 男達の話を聞いて、この時期にシュネイルに向かう船を狙って、手当たり次第に探しているのだと考えた。

「捕まえた野郎はどうしますか? 吐かせますか? それとも海に捨てますか?」

「セインスはなかなか尻尾を掴ませない煙のような男だ。おそらく部下を拷問しても、大した情報はない。このまま閉じ込めておいてもいいが、騒がれるとうるさいから気絶させて海に捨てろ」

 とんでもない台詞が聞こえてきて、俺はひぃっと声を上げてドアから後ろに飛び退いた。
 とりあえず連れてきたのか知らないが、それで海に落とすなんてひどい話だ。
 子供の頃、池に落ちてから俺は大の水嫌いでカナヅチだ。
 海なんかに落とされたら、すぐに溺れてしまう。

 どこかに逃げようにも、ここから飛び出しても外は海の上だ。セインスの船からはもう離れてしまっただろうし、どうしようもない。

 無情にもドアが開けられて、言われた通り俺は首根っこを掴まれて船室から連れ出された。
 無理矢理歩かされて甲板まで来たら、そのまま転がされた。
 俺は後ろ手に縛られた状態で、人相の悪い男達に見下ろされて、ぶるっと震えた。

 男達の中で一番体の大きな男が手をパキパキ鳴らしながら前に出てきた。

「さてと、ただの部下なら、お前の使い道はない。ひょろっとして力もなさそうだし、何の役にも立たなそうだ」

「でも親分、なかなか可愛い顔してますよ。セインスのソッチなんじゃないんですかね」

「ああ……、ソッチの世話係りか」

 好き勝手言ってくる男達にさすがに怒りが湧いてきて、ギロっと睨みつけた。

「勝手なことを言うな! 俺はセインスの部下じゃないし、変な相手もしていない!」

「ほう……、では何だ? まさか恋人ですわ、なんて言ってお尻を振ってくれるのか?」

 ガハハハとバカにしたように笑われて頭にきたが、俺の方がピンチなのは変わりない。

 約束

 ロティーナから言われて、頭に思い浮かんではいるが、口にしてもし思い違いだった時のショックが怖くて実行できずにいた。

「さぁ、俺達に尻を差し出すか、海に落とされるか、選ぶんだな。お前の選択は二つしかない」

 ゲラゲラと一斉に笑いが起きたが、俺はぐっと唾を飲み込んだ後、しっかりと顔を上げた。

 迷っていたらだめだ。
 迷っていても仕方がない。
 俺は、アスランを信じる。
 信じると決めたじゃないか……

「………いや、二つじゃない。俺が選ぶのは、もう一つだ」

「は? 何を言ってんだ? こいつ、追い詰められておかしくなったみたいだぞ」

「…………ン……来てくれ……」

「おいおい……、訳の分からないことを……」

「アスランーーー!! ここに……、俺の側に来てくれ!! お願い……アスラン!」

 大海原に響き渡るくらい、ありったけの力を込めて俺は叫んだ。
 アスランの姿を頭の中に思い浮かべながら、必ず来てくれると信じて、声が枯れても叫び続けると、また空気を吸って大きく口を開けた。

「アスラ………ッッ」

「シリウス」

 大きく開けた口に軽く触れるように、大きな手が俺の顔を包み込んだ。

「やっと名前を呼んでくれたんだね。ずっと探していたんだよ」

「……ア……スラン、夢? 本当に……」

 背中から大きく包まれるように熱を感じて振り返ると、間違いなくそこにはアスランがいて、俺を後ろから抱きしめていた。

「言ったじゃないか。名前を呼んでくれたら、どこへだって飛んでいくって……」

「だっ……だって、それは……喜ばせてくれようとしているのかと……まさか、本当にそのままの意味なんて……」

「そのままの意味だよ。俺はね、シリウスに誓いを立てたんだ。もう離れたくなかったから……」

「あ……あ……俺……、ごめっ……こんな、ことに……なって……心配かけて……ごめん」

 今まで恐怖を我慢していた分、堰を切ったように涙が溢れ出した。ポロポロとこぼれ落ちる涙を、アスランが大切そうに指ですくってペロリと舐め取った。

 そんな俺とアスランの姿を、ぼけっと口を開けて見ていた男達だったが、やっと我に返ったのか、何だお前はと声を上げた。

「おいっ、お前……何もないところから急に現れて……何者だ!?」

「顔はやけに甘いのに、体はムキムキの大男って……なんなんだ、こいつ……バケモンか!?」

 俺を背中に隠すようにして、アスランがずいっと前に出ると、親分と呼ばれていた大男よりもアスランの方が大きくて逞しかった。

 それだけで男達はすっかりビビってしまったようで、本能的なのか後ろに足が下がったのが見えた。

「お前らが俺のシリウスを攫ったんだな。それで? シリウスの頬を殴ったのはどいつだ? 百倍にしてやるよ」

 今度はアスランが手をボキボキ鳴らしながら、男達に近寄って行った。
 明らかな体格の違いと、アスランの鋭すぎる眼光に、男達は人数がいても明らかにヤバいという状況を察知したらしい。
 下っ端は全員親分に責任を押し付けると決めたらしく、親分の背中を全員で押した。

「くっ……、体がデカいからってなんだっ! 死ね!」

 覚悟を決めたのか、親分がアスランに向けて殴りかかってきた。
 体勢を低くして体重をかけた一撃は、アスランの左手で軽く受け止められてしまった。

「一発じゃ足りないんだけど、早くシリウスと二人になりたいからさ。一発で全員仕留めてあげるよ」

 ニヤリと笑ったアスランの顔は、俺でも震えるくらい恐かった。
 親分のパンチを左手で受け止めたままのアスランは、右手で親分の頬を殴った。
 拳がめり込むくらいにクリーンヒットして、親分はそのまま甲板から飛ばされて海に落ちた。

「さ、て、と。じゃあ、ゴミを片付けますか」

 残った男達に向かってアスランはまた、恐ろしい笑みを浮かべて拳を振り上げた。





 アスランは宣言通り、俺を拉致した男達を次々と海に放り込んだ。
 というか、ほとんど指で弾くくらいの作業で全て終わらせてしまった。
 さすが主人公だと、拍手をしたくなるくらいの見事な無双っぷりを見せられたが、彼らはモブ中のモブなので、あっという間の退場に納得してしまった。

「シリウスーー! 本当に大変だったんだから。みんなシリウスがいなくなって大慌てだよ。リカードは自分のせいだって言って、シュネイルに向けて船を出すって、他のみんなも一緒になって出港する直前、シリウスに呼ばれてやっとここに来られたんだ」

 誰もいなくなった船で、やっとゆっくり話ができるようになって、抱き合った俺達はとりあえず今の状況を確認することにした。

「リカードか……、よく俺がシュネイルに向かっているって気がついたな」

「シュネイルの話が出ていたし、シリウスが持っていた手紙らしきものに薔薇の絵が描かれているのを覚えていたみたい。その絵を探してようやく、シュネイルの黒薔薇騎士団のものだと分かって……」

 一瞬見られただけだと思ったが、さすがリカードの記憶力と情報量だと感心してしまった。

「……詳しい話は戻ってからみんなで話そう。さあ、俺に掴まって、帝国に戻るから!」

「ちょっ……ちょっと、待って。それは聖力を使った移動魔法? とにかく、このままじゃ戻れないんだ。アスラン、君に関係のあることだ」

 俺はすぐにでも聖力を使おうとしているアスランの腕を掴んで止めた。
 確かに、このままなかったことにして帰ることができるならと、そう思ってしまうがそれではいけない。

 エルシオン、セインスやロティーナのことも、そのままにして帰ることができない。
 そしてこのことは、アスランの出生に関わることで黙っていられるようなことではなかった。

「どういうこと?」

 アスランは手にこめていた力を抜いて俺の方を見てきた。
 ずっと、今まで一緒に成長してここまで来た。

 頭の中に、邸に初めてアスランが来た日のことを思い浮かべた。
 あの薄幸の美少年だったアスランと今のアスランはずいぶん変わってしまったけれど、瞳の奥はあの頃と変わらず澄んでいて美しかった。

 俺はアスランの目をしっかりと見ながら、どこから話そうかと考えながら口を開いた。





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