悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第四章 ゲームの終わり

7、修行の成果

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「シリウスーーー!」

 まだ授業中にもかかわらず、響いてきた声に思わず立ち上がった俺は、窓に張り付いて外の様子に目を凝らした。

「アスラン!!」

 そろそろ帰るとシモンから伝えられた翌日、ちょうど今帰ってきたのか、アスランが校門から走ってくるところが見えた。
 制服ではないので、どうやら邸には寄らずにそのまま俺に会いに来てくれたように思えた。
 ここだと言いながら大きく手を振っていると、ゴホンという教師の咳払いの音が聞こえてきた。

 嬉しくて飛び出したかったけど、さすがに授業中はマズかったと席に戻ろうとしたら、フワッと体が浮く感覚がした。

「えっ………、わっっうわっ!!」

 席に戻ろうとした格好のまま体が浮き上がって、そのまま窓から外へ飛び出してしまった。
 まるでジェットコースターに乗った時のように、胃がフワッと浮く感覚がして思わずギュッと目を閉じた。

「ははっ、シリウス、びっくりした?」

 地面に落ちるかと思ったのに、体は温かくてしっかりしたものに包まれた。覚えのある感覚と声に目を開けると、そこには俺を驚かして喜ぶ時のニヤッとした顔をしたアスランがいて、俺はアスランに抱っこされている状態だった。

「おっ、おお前、これは……」

「まず最初に習得した、浮遊だよ。物体を自由に移動させることができるっやつ。これを練習している時、絶対シリウスにやってビックリさせたいって思ってたんだ。ね、ね、びっくりした?」

「びっくり……した」

 驚いたには驚いたのだが、アスランの顔を見たら今まで込めていた力がスッと抜けてしまった。
 代わりに、目頭がどんどん熱くなって、ポロリと熱いものが溢れてしまった。

「えっ、シリウス……ごめっそんなに驚くとは……」

「ち……違う、アスラン……顔見たら、嬉しくて……アスラン……会いたかった」

 離れていたのなんてほんの少しの間だった。
 今までだってそんなこともっと長い間あったはずだ。
 それなのに、気持ちが通じ合えたら、自分の一部が欠けてしまったように寂しくてたまらなくなった。

 気を張り詰めてなんとか耐えてきたのだ。
 それがアスランの顔を見たらもうダメだった。

 俺はついにボロボロ泣いて、アスランの胸に顔を擦り付けた。
 自分でも面倒くさくて情けないやつだと思いながら、色んな思いがぐちゃぐちゃになってしまった。

「遅くなってごめん。まだ練習が必要なんだけど力の使い方はだいたい習得したよ。もうシリウスから離れないから。いつだってどこにだって、シリウスが呼んだら飛んでいってあげる」

「やく……そ……く」

「うん、約束」

 俺は泣きながら子供に返ってしまったような事しか言えなかった。アスランはクスリと笑って、優しく俺の頭を撫でておでこにキスしてくれた。

「お前らーーー! 授業中だぞ! 見せつけんな! アホーーー!」

 ガヤガヤと声が聞こえてきて、気がつくと窓には生徒達が張り付くようにして集まって、みんなこちらを見ていた。
 一番野太くて大きいカノアの声が聞こえてきて、うるうるしてしまった俺もぶっと噴き出して笑ってしまった。

「見せつけてやろうか?」

「え? なに?」

 ニヤッと笑ったアスランの顔が近づいてきて、一瞬の早業で唇が重なってきた。

「んんっー、んんんーー!」

 アスランと俺の公開キスに、一瞬静寂に包まれた校舎内だったが、すぐにキャーキャーという叫び声と、歓声や手を叩く音に包まれて大騒ぎになってしまった。

「あ……アスラ、だめだっ……」

「んーー、もうちょっと。たりないんだってー」

 アスランは俺の口に吸い付いて二回目のキスタイムに突入していたが、そこでビビーーッと笛が鳴らされて教師達が飛んできた。
 二人とも職員室に来なさーい! と怒られて、生徒達が大盛り上がりの中、職員室に連行されることになった。








「まったく、俺がいない間にいつもシリウスは無茶をするんだからっ」

「本当、そんな面白そうな話、どうして僕を呼ばなかったの?」

 放課後、俺の教室で前日のキューピッド作戦の反省会が開かれることになった。
 山帰りのアスラン、クラスメイトのイクシオ、そして俺が助けを頼んだリカード、そしてご意見番としてニールソンが集まった。

「いやいや、人数が多過ぎても警戒されるから、ここは俺を選択してくれたので間違いなかったよ」

 自分が応援隊から外されたと、アスランとイクシオが俺に詰め寄ってきたが、その後ろでリカードは腕を組んで椅子にゆったりと座り余裕の表情をしていた。

「よく言うよ。結局、相手の男は逃げるし、ロティーナ嬢は泣いちゃって大失敗だったじゃない。役に立ってないよ、リカードくん」

 リカードはイクシオの挑発に乗らずに、フフンと鼻で笑って、これは想定内なんだと言った。

「屈強な体に、ただの労働者には見えない身のこなし。冷静な受け答えは訓練させたようなものだったし、セインはどうやら秘密がありそうだと感じていた。どう揺さぶってやろうかと思ったら、シリウスがいい仕事をしてくれた。あのままだと、絶対に胸の内は見せないと思っていた。やっぱり、俺の作った態度より、シリウスの素直な反応の方が響いたみたいだ。おかげで色々と分かったよ」

 てっきり俺の一言が余計だったと、リカードからお叱りが入るかと思っていたのに、いい仕事をしたと言われてしまった。
 どう考えてもダメな発言だったので、力付けてくれたのだろうか。
 リカードはまたフフンと息を漏らして得意げに笑った。

「シリウスから聞いた、シュネイル人の話がどうも引っ掛かっていたんだ。しかし、あの男がシリウスの言葉に動揺して立ち上がった瞬間、息を二回細かく吐いたのを見たんだ。あの特徴的な仕草、間違いない、彼はシュネイル人だと確信した!」

 話が恋愛から違う方向に移りつつあるが、まさにそれは俺が引っ掛かっていたことでもあった。
 ここで後ろの壁にもたれて、話をじっと聞いている様子だったニールソンが、カタンと音を立ててみんなの前に出てきた。
 リカードから話を聞いていたのか、どうやら二人はすでに打ち合わせ済みのようだった。

「シュネイル人の特徴を記した本に、彼らは驚いたり焦ったりした時に息を二回吐くと書かれている。この話をリカードから聞いて、以前、父の執務室で報告書を読んだのを思い出した。現在どの国とも国交を閉じているシュネイルだが、実は長年後継者争いで激しい内乱が続いている。前国王には六人の王子がいて、国王が崩御した後は王太子だった第一王子が後を継いだが、毒殺されたらしい。第二王子以下はそれぞれを擁立するグループと結託して、争いの決着はまだつかないらしい。そして王子の何人かは暗殺を恐れて国を脱出したと書かれていた」

「ニールソン、これってかなり重大な秘密情報じゃ……」

 アスランの問いにニールソンはニヤリと笑ってここだけの話にしてくれと言った。
 ニールソンの父親はこの国の宰相だったことをすっかり忘れていた。国の情報といえば、ニールソンが一番手に入りやすいだろう。

「えっ、えっ、ちょ……僕、分かっちゃったかも。だって、ヤバくない? もしかしてセインさんって……」

 興奮気味で声が大きくなったイクシオに向けて、リカードは指を口元に当てて静かにという仕草をした。

「まだ、断定はできないけど、一般人で閉された国を簡単に行き来できる者はいない。おそらく、脱出した王子、もしくは関係者の可能性が高い」

「お……王子だって……!?」

 俺は昨日のセインの姿を思い出してみた。
 屈強な体と、雰囲気のある佇まいや目つきはどう見ても一般人ではなかった。ならば、王族にあたる人物なのかと言われたら、そこまでは分からない。
 しかし、これが本当なら、ロティーナの話はどんどん複雑になってしまった。
 セインはただ逃げるだけの生活なのか、隠れて力を集めようとしているのか、確かにそれなら恋愛なんてしている場合ではないはずだ。

「つまりこれは、ロティーナの恋愛話だけではなくなってしまった。遭難して海で拾った一般人なら仕方がないが、シュネイルの王族が帝国に潜んでいるのだとしたら、国と国の問題になってしまう。さて、どうするべきなのか」

 ニールソンの言葉に誰もが考え込んでしまって、口を開く者はいなくなってしまった。
 これ以上は、それぞれ帝国の有力な貴族の子息達であっても、踏み込めない問題になりつつあった。

 各自持ち帰って考えようという話になって、反省会は終わりにして、それぞれ帰宅することになった。

 みんながゾロゾロと教室を出ていく中、俺は教科書を鞄に入れ忘れて急いで机の中から取り出した。
 すると、一緒にプリントやら他の教科書がバラバラと落ちてきてしまった。

「うわっ、シリウス。何でこんなに溜め込んでるんだよ。少しは整理しなよ」

 バカ真面目だが、整理整頓が大の苦手な俺の汚い机の中を、しっかりアスランに見られて怒られてしまった。

「ほら、とりあえずコレとコレは鞄に入れて。その辺の散らばってるお便り? 全部入れて」

「わ、わっ、分かったよ」

 教科書はアスランが見て入れてくれたので、俺は散らばった紙をかき集めて、鞄に押し込んだ。
 その時、見慣れない封筒がチラッと見えたのだが、お便りでもらったものだったかなと思って、他の紙とまとめてごそっと鞄に入れた。
 そこで近づいてきたアスランがほら貸してと、重くなった鞄を持ってくれた。

「早くシリウスと二人きりになりたかったんだ」

「ちょ、うぅ……アスラン」

 アスランは、みんなに気づかれないように小さな声で囁いてきた。
 アスランの甘い言葉に一気に熱くなった俺は顔を真っ赤にして、アスランが差し出してくれた手を取った。

「さっ、帰ろう、シリウス」

「うん」

 突然騒がしくなった周囲に戸惑いながらも、アスランが戻ってきてくれた日常が嬉しくて、アスランの大きな手をしっかりと握って、二人で手を繋いで教室を後にした。






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