悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

文字の大きさ
上 下
41 / 63
第三章 入学編(十八歳)

【幕間SS】ビギナーズラックよ、永遠に

しおりを挟む
 まさかこの場所に再び訪れるとは……


「シリウス、早く早くー! 次はこっちの台で勝負しよう」

「あー、今行くよ」

 ノリノリのイクシオに引っ張られながら、俺は前にえらい目にあった貴族の遊び場であるカジノに来ていた。
 あの時と同じくセカンドバックを持ってきたが、それは手下を買収するためではなく、今回は単純に遊ぶためだ。
 最初に誘っていたイクシオは自分抜きでカジノに行ったことをえらく根に持っていて、毎回その話になるので結局一緒に遊びに行くことになったのだ。

 今回は遅い時間ではなく、学校が休みの日を利用してお昼過ぎの時間を狙った。
 ちょうど開店時間だったので、以前のように混んでいることもなく、入店後はずっとイクシオとカードゲームに興じていた。

 結果としては、まあ、負けている。
 ビギナーズラックという言葉は俺にとっては存在しないらしい。

「シリウスはさ、手堅いからさ、分かりやすいんだよ。あれじゃ読まれるって」

「だから言っただろう。俺は負けるからってさ」

 俺とは違ってイクシオは負けることもあったが、その分大きく勝っていた。
 こういうゲームは性格が出るらしい。
 常に慎重派の俺は攻めることができないので、とことん読まれてしまう。


 イクシオが誘ってくれたとはいえ、こうも上手くいかないと気分が沈んできたところで、イクシオは俺をルーレットのテーブルに連れてきた。

「おっ、シリウスじゃん」

「わっ、イゼル!」

 混み合っている場所で、立っていた人にぶつかったと思ったら、振り返ったその人はイゼルだった。

「おー、なんだ、遊びに来るなら言ってくれよ。いい台案内するのに」

「ちょっと、シリウス、あの男……」

 今日も絶好調で、遊び人らしいテカテカしたシャツでキメているイゼルを見て、見覚えがあると思ったのか、イクシオは俺の腕を掴んできた。

「大丈夫だ、イクシオ。ちょっと、その……趣味が合って、仲良くなったんだ」

「本当に? 大丈夫なの? チャラいけど……」

 イクシオは訝しんだ目でイゼルを見た。イゼルの方はイクシオに見られていると分かると頬がぽっと赤くなったように見えた。

「イクシオ・カラム様。ちゃんとご挨拶するのは初めてですよね、ブラック男爵家のイゼルと申します」

「ああ……、よろしく」

「やっ……べっ、気の強そうな美人! 超タイプです!」

「はあ!?」

「あの、良かったら俺とデートしません? 絶対退屈させませんから!」

 どうやらイクシオはイゼルの好みど真ん中だったらしい。そういえば前々から、あの人はなんていう名前なのかとイクシオのことを聞かれていたのを思い出した。

「チャラ過ぎ! やだやだ、アンタみたいなの。僕のタイプじゃない!」

 イクシオの方は眉間にシワを寄せて引いているが、ここは二人の友人として、何か手助けできないかと考えた。

「そうだ、二人とも、ここがカジノだってこと分かってるよね。これも何かの縁だよ。イゼル、デートを賭けて勝負してみれば?」

「おおっ、シリウス、なかなかいい事を!」

「へぇ、僕と勝負するつもり? いいよ乗った、負けるつもりはないけど」

 この場所に立っていると、いつもと違う感覚が生まれてくる。それは冒険と好奇心、普段なら冷静に通り過ぎてしまうことも、面白いと思ったら最後、飛び込まなくてはいけない感覚になってしまう。

 双方も賭け事は遊び慣れている者同士、キラリと目を光らせて、ルーレットで勝負を始めてしまった。

 盛り上がっている二人とは違い、俺の方はこれでゆっくり自分のペースでできるようになった。
 カードとは違い、ルーレットなら上手く行くかもしれない。
 俺はごくっと唾を飲み込んで、セカンドバックを取り出した。









「信じられない! 僕が負けるなんてーーー!」

「約束ですからね、今度のデートしましょうね。ちなみに、ご希望なら、昼の紳士コースに加えて、夜の野獣コース追加できますけど」

「ばかっ、最低ーー!」

 どうやら勝負はついたらしい。
 イクシオが負けた負けたと騒いで、その周りをチョロチョロとイゼルが嬉しそうに回っていた。

「シリウスー、帰ろう」

「あ、俺、送りますよ」

「付いて来んな、あれ? シリウス?」

 二人が漫才みたいなやり取りをしている中、俺は一人手を震わせながら、現実と向き合っていた。

「どうしよう……イクシオ」

「げっ、シリウス。もしかして負けちゃった? もう、だから一人でやるなって言ったのに」

「シリウスー、だから、素人は見てるだけにしとけって……」

 端の方でゴソゴソやっていた俺のところに来た二人は、様子を見て一瞬言葉を失ったようだった。

「違うんだ……チップがたくさんになっちゃって……」

 俺の前には一人では待ちきれない量のチップが山積みになっていた。
 たまたまルーレットで大勝ちしてしまい、どうしていいか分からなくなってパニックになっていた。
 どうもビギナーズラックというのは遅れてやってくるらしい。

「いつの間に……どれだけ稼いだの?」

「持つべきものは運の良い友人だぜ! イクシオ様、デートは船に乗って大陸一周にしましょう!」

「なに、調子に乗ってたかろうとしてんの! とにかく、これを換金して……」

「待て、どうせならこれを使って三人で大勝負、やってみないか?」

 イゼルはイクシオの持っていたVIPカードを指差してニッと笑って見せた。
 ここは大人達の夢の国。
 どんな冷静な判断も、この空気に飲まれたら、誰もが好奇心に勝てなくなる。

「いいね、やろう」

 俺は立ち上がって拳を突き上げた。
 今日の俺はツイている。普段なら絶対こんなことを考えないのに、雰囲気に酔って完全におかしくなっていた。
 それは、三人とも同じだった。

 大量のチップを袋にブチ込んで、三人で意気揚々と奥のVIPルームに足を踏み入れたのだった。









「シリウス、またカジノに行ったんだって? ランドンさんに聞いたよ」

 自室で呆然として天井を見上げていたら、訓練から帰宅したアスランがどしどし足音を鳴らしながら部屋に入ってきた。

「……うん」

「まったく、シリウスの友人は何で揃いも揃って、悪い遊びを教えるんだから! シリウス、聞いてる?」

「………うん」

「心ここに在らずだね。もしかして負けたとか?」

「……………」

「その様子だと、すごい負けだね。もしかして、スッカラカン……」

「言わないでー、もうやらないーー」

「いい勉強になったでしょう。これに懲りたらもうやらない! 分かった?」

「ううっ、はい」

 大勝利からの急落下。
 VIPの世界はまさに異世界だった。
 身包み剥がされて、三人でカジノから放り出された。

 大人の世界の恐ろしさを実感した俺は、アスランにも怒られて、もう二度とカジノには行かないと誓ったのだった。







 □おわり□
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

聖女の力を搾取される偽物の侯爵令息は本物でした。隠された王子と僕は幸せになります!もうお父様なんて知りません!

竜鳴躍
BL
密かに匿われていた王子×偽物として迫害され『聖女』の力を搾取されてきた侯爵令息。 侯爵令息リリー=ホワイトは、真っ白な髪と白い肌、赤い目の美しい天使のような少年で、類まれなる癒しの力を持っている。温和な父と厳しくも優しい女侯爵の母、そして母が養子にと引き取ってきた凛々しい少年、チャーリーと4人で幸せに暮らしていた。 母が亡くなるまでは。 母が亡くなると、父は二人を血の繋がらない子として閉じ込め、使用人のように扱い始めた。 すぐに父の愛人が後妻となり娘を連れて現れ、我が物顔に侯爵家で暮らし始め、リリーの力を娘の力と偽って娘は王子の婚約者に登り詰める。 実は隣国の王子だったチャーリーを助けるために侯爵家に忍び込んでいた騎士に助けられ、二人は家から逃げて隣国へ…。 2人の幸せの始まりであり、侯爵家にいた者たちの破滅の始まりだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

嵌められた悪役令息の行く末は、

珈琲きの子
BL
【書籍化します◆アンダルシュノベルズ様より刊行】 公爵令息エミール・ダイヤモンドは婚約相手の第二王子から婚約破棄を言い渡される。同時に学内で起きた一連の事件の責任を取らされ、牢獄へと収容された。 一ヶ月も経たずに相手を挿げ替えて行われた第二王子の結婚式。他国からの参列者は首をかしげる。その中でも帝国の皇太子シグヴァルトはエミールの姿が見えないことに不信感を抱いた。そして皇太子は祝いの席でこう問うた。 「殿下の横においでになるのはどなたですか?」と。 帝国皇太子のシグヴァルトと、悪役令息に仕立て上げられたエミールのこれからについて。 【タンザナイト王国編】完結 【アレクサンドライト帝国編】完結 【精霊使い編】連載中 ※web連載時と書籍では多少設定が変わっている点があります。

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

処理中です...