悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第三章 入学編(十八歳)

4、ミッションの失敗

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「こっちだ」

 別の部屋へ行こうと誘導されて、俺はイゼルに付いて行くことにした。
 俺としてもあの場で金を広げるのは躊躇われたので、交渉の場を用意してくれるなら好都合だと思った。
 連れ立って歩いていたら人が増えて来た場所で、さりげなく俺の背中に手を回したイゼルが、何を思ったのか俺の尻を触ってきた。

「はっ? あっ、お前何を!?」

「いいだろう。ちょっと味見だ」

「いいわけない! ばかっ、離せっ! ぐあっっ痛っ!」

 訳の分からないことを言い出したイゼルはいきなり尻を鷲掴みにして強く掴んできた。
 他人にそんなことをされるのなんて初めてで、驚いて体が固まってしまい動けなくなった。

「痛くされたいんだろ? って、お前……、なんて柔らかさだ。もちもち……、尻の触り心地ヤバいぞ……」

 どうやら尻を褒められているらしいが、そういうことじゃなくて、いくら何でも悪ふざけが過ぎる。
 交渉相手と揉めたくなかったが、さすがに怒りが込み上げて来て拳に力を込めた。

「え? シリウス?」

 殴ってやると腕を振り上げた時、後ろから名前を呼ばれてサッと頭が冷えた。
 甲高くて耳に響くその声は……

「うそっ、アンタ、何? こんなところで何やってんのよ!?」

 ツカツカと近寄ってくる足音がして、腕を掴まれた。
 ここまで来たらもうごまかせない。
 こんなところで知り合いに会ってしまうなんて考えていなかった。

「やあ、ロティーナ。久しぶり……」

 俺の腕を掴んだのは、派手な真っ赤なドレスを着て、白いファーの上着でバッチリとキメている女の子、ロティーナだった。
 かつて、ふんわりとした可愛らしい少女だったロティーナは、波打つ髪を下ろして、胸元を強調したドレスでお色気たっぷりの女性に成長していた。

「久しぶり、じゃないわよ。なんでこんなところで、お尻を撫でられてるの? って、相手……イゼル・ブラック!? ちょっと、相当な遊び人よ、あの男……」

「おいおい、遊び人はひどいなぁ。悪いけど、邪魔しないでくれないかな。彼の方から俺を希望したんだから」

「う……嘘、アンタ、もしかして……。殿下が相手をしてくれないからって、ヤケになって……」

 こんな状況全く想定していなかったので、頭の中が全然整理できない。
 シリウスが裏工作をイゼルに依頼したのは、ヤケになって、ということで合っているのか、そう言われたらそんな気がしてしまった。

「あ……ええと、ヤケというのが、近いと言えば近いかも……」

「ちょっと! この服、私が二年前にプレゼントしたやつじゃない!? これ、セクシー系の部屋着なのに……、何そのアクセ、全然似合わないじゃない」

 やはり俺の服選びは間違っていたのかと衝撃を受けた。しかし、似合わないのは承知の上、部屋着だってそれで外に出ちゃうのが逆にお洒落だったりする! ……たぶん。

「イゼル、この子返してもらうわ。こんなところに来ちゃいけないから。ちょっとヤケになってたのよ。悪かったわね」

「は? 勝手に横取りするなよ!」

「ロティ、俺は話を……」

「シリウスは黙ってて。この子、第二皇子殿下の婚約者候補よ。手を出したらヤバいって分かってる?」

 イゼルがキレた顔になって、危うく一触即発状態になったが、ロティーナがその名を出したら、さすがにヤバいと思ったのか、イゼルはちっと舌打ちをして引き下がった。

 その様子を見たロティーナは今のうちだと俺の腕をぐいぐい引っ張りながら、カジノの外まで走って連れ出した。

「何やってんのよ! バカ! 自暴自棄もいいところよ。私が見つけたから良かったけど、そのままだったら今頃……、後悔しても遅いんだからね!」

「……ロティ、俺は彼とちょっと話をしようと……」

「ハァ……、自分がお子様だって、自覚ある? こんな時間にああいう遊んでるヤツらに近づいたら痛い目にあうわよ。明らかにヤバい所に連れて行かれる感じだったわよ!」

「………」

 確かに言われてみれば、途中からなんだか雰囲気がおかしかった。
 ただ話し合いをするような感じではなくなっていた。
 そもそも交渉の段階で話が噛み合わなかった気がする。
 もしかしたら、興味がないフリをして、いいカモだと誰もいないところで金だけ奪われていたかもしれない。

 もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 やはりダメだった。
 俺はゲームのシリウスみたいに全然上手く立ち回れない。
 手下を買収は必ずやらなくてはいないミッションだった。
 それなのに、どこで間違えたのか、上手くいかずに失敗してしまった。

「ああ……俺、何やってんだろう」

 もう全ての気力を使い果たしてしまった。
 俺は膝から崩れ落ちて、地面に座り込んだ。

「反省したなら、もう一人で無茶しないで。あーあ、せっかくのデートが台無しよ。これからって時に、アンタのせいで……」

「ごめん……」

「もうちょっとよく考えなさいよ。確かに殿下は婚約者候補に興味なしって話はみんな知ってるけど、シリウスのこと、大切に思ってる人はたくさんいるじゃない。こんなこと知ったら、特にアスランは悲しむわよ」

 項垂れた俺の頭をロティーナが撫でて慰めてくれた。小さい頃は喧嘩ばかりだったが、すっかりお姉さんになったロティーナは、顔を合わせると色々と心配してくれるようになった。
 彼女曰く、いつも石に躓いて転びそうだから放っておけないそうなのだが、優しさは感じていた。

「あっ、俺……鞄!?」

「え? さっきから何も持ってないけど……」

 片手に感じていた重みがなくなったのに今さら気がついて、手をパタパタしながら周りを見渡したが、落ちているはずなどなかった。
 お金を入れた鞄を置いてきてしまったとロティーナに説明したら、こんな場所に大金を持ってくる方が悪いと怒られてしまった。

「いちおう、オーナーを知ってるから連絡しておいてあげるけど、諦めた方がいいわよ。猛獣の檻の中に、肉を置いてきたようなものだから」

 これで俺の手下買収作戦は完全に終わってしまった。



 結局時間が遅くなってしまったので、ロティーナの家の馬車に乗せてもらい家に帰ることになった。

 こうなったら作戦を立て直さないといけない。
 俺を悪役として周りに印象付かせて、なおかつアスランとオズワルドが愛を深められるように暗躍しなくてはいけない。

「ロティ、今日のことは秘密にしておいてくれないか? みんなに心配をかけたくないんだ」

 まずロティーナに口止めしておくことは大切だ。
 話を変に誇張されてしまったら周りが警戒してしまうだろう。

「……別にいいわよ。言いふらすつもりはなかったし。それより、シリウスはアスランのこと、どう思ってるの?」

「え? アスラン?」

 昔から勘のいい子だったが、今その質問が来るかと心臓が揺れてドキッとしてしまった。

「アスランは、途中から家に来て……最初は慣れなかったけど、いいヤツだって分かったし……今は家族みたいに思っている」

「まだそこなの!?」

「なんだよ、そこって……」

「まあ、あの子、忙しそうだったから仕方ないか……。それにしても、家族ね……そこにハマるとねぇ、抜け出せないか」

 何やらロティーナはブツブツと言いながら考え込んでしまった。
 どうしたのかと思っていたら、パッと顔を上げたロティーナは俺のことを真剣な顔で見てきた。

「私が昔、アスランのこと好きだったのは知ってるわよね? まぁ、私の場合、見た目が好みだったから単純な憧れみたいなものだったけど」

「う……うん」

「全然こっちを見てもらえないから、私には無理だって気がついたから諦めたけど、幸せになって欲しいの、好きだった人には」

 ロティーナが子供の頃、淡い恋心を抱いているのは見て分かっていた。
 アスランに会いに来ては頬を染めていたロティーナを見て、俺は複雑な気持ちだった。

「聞いてる? 私はアスランを応援しているのよ」

「うん、聞いてるよ」

「だから、シリウスにはもっとしっかりしてもらわないと困るの!!」

「なんで俺?」

「そういうところよ!」

 前世の時もそうだし、こちらの世界でも女心というのはさっぱり分からない。
 何がロティーナを刺激したのか分からないが、ロティーナはぷりっと怒ってしまい、そっぽを向いてしまった。

 チラリと見たロティーナは、可愛さの中に、大人の色気が芽生えて美しかった。
 だいたんに開けられた胸元に見える谷間にドキッとしてしまう。
 しかしなんだろう。
 ただ綺麗だなと感じるだけで、昔覚えたような欲みたいな気持ちは少しも湧いてこなかった。

 この歳で枯れてしまったのかと焦ったが、俺がそういう意味で触れたいとか触れられたいと思うのは、もっと別の……、違う人で……。

 男の逞しい筋肉なんて、羨ましいなという憧れぐらいの感覚だった気がする。
 それなのに、あの力強さに包まれると、安心して……その奥にほんのり熱があって……。

 俺が、触れたいと思うのは……


「シリウス? 着いたわよ」

 ボケっとしていたら、いつの間にか着いたらしい。もう遅いのでお礼を言ってすぐに出ようとしたら、ロティーナが俺の腕をさっと掴んできた。

「ほら、一芝居打ってあげるから。ちゃんと合わせなさいね」

 何のことだろうと玄関を見たら、本当に火事が起こっているのではないかと思うくらい、燃えている人が見えた。

 まるで娘の帰宅が遅くなって玄関で立っている父親のごとく、憤怒の形相でアスランが腕を組んで仁王立ちしていた。

 あれはちょっと無理だという顔でロティーナを見たが、行くわよという目で容赦なく促されてしまった。
 ぶるぶると震えながら、ドアを開けるしかなかった。






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