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第二章 成長編(十五歳)
13、長いダンスの最後は君と
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ダンスの相手を代えながら踊るルルドは、町で生まれたダンスらしい。
年齢も性別も身分も超えて、たくさんの人と共に楽しめるということで広がった。
そしてそれは貴族の社交界でも、新しいダンスとして親しまれるようになり、今では若い人達が気軽に楽しめるダンスとしてどのパーティーでも行われるようになった。
ただ、発祥が市井であるという点において、皇族がルルドに参加するということはほとんどないと言われていた。
レッスンでも一通りステップを習ったのみだ。
型破りなオズワルドが毎回参加していたかは謎だが、今まさにルルドに参加しているはずなのに、俺とオズワルドのダンスには大事なことが欠けている。
それはパチンと拍手の音が聞こえても、交代する相手がいない。
なぜなら輪のど真ん中で二人だけで踊っているからだ。
これではまるでお手本役だと頭はパニックで、逃げ出したくてたまらないのに、オズワルドは得意げな顔で俺をくるくると回してくるので、頭で考える隙すら与えてくれない。
「でん、でんかっ……足が、もつれて……」
ルルドは見ている人も楽しめる、息つく暇もない激しい踊りだ。
当然、動きの遅い俺が付いていけるはずもなく、途中から足が動かなくなってしまった。
このままだと転んでしまうと思った時、オズワルドは俺をくるっと回した後、脇の下に手を入れてきてそのまま持ち上げてしまった。
「わわわっ、ちょっ…!!」
「こうすれば、足がもつれても大丈夫だ」
「だっ……て、足、着いてない」
パニックで子供みたいな喋り方になった俺を見て、オズワルドは嬉しそうに笑った。
俺を抱き上げた状態のまま、ステップを崩さずに踊り続けているので、見事としか言いようがない。
さすが主人公の相手役、完全無欠のヒーロー様だ。
そうしている間にも周囲は拍手に合わせて次々とペアを代えて踊りが続けられている。
ダンスを見守る人々もその場で踊り出した。
ルルドはみんなが一番盛り上がるダンスだ。
例え観客であっても、誰でもすぐに参加できる。
会場全体にダンスの輪できて、みんなが踊るという圧巻の空気に包まれた。
最後を知らせる音楽が鳴り響いて、余韻を残して消えると、一斉に拍手の海ができた。
信じられない。
途中から俺を持ち上げながらこの男は踊りきってしまった。
額に流れた汗と、わずかに息が上がった息がその過酷さを物語っているが、俺にはとてもじゃないができない。
異次元の力を見せつけられた思いだった。
「すみません、僕、なんてことを……」
「何を謝っているんだ?」
「だっ……、ちゃんと、踊れなくて、ご迷惑をかけてしまって……」
「そんなことはない。今まで踊ったダンスの中で、一番楽しかった。シリウス……」
ようやく床に下ろしてもらえたが、名前を呼ばれて顔を上げたら、思ったよりもすぐ近くにオズワルドの顔があった。
これは失礼だと慌てて下がろうとしたが、背中にまわされたオズワルドの手にガッチリとそれを止められてしまった。
オズワルドの顔が近づいてくる。
俺は思わず息を吸い込んで吐くことができなかった。
唇にオズワルドの息を感じた。
その時……
バァァンと会場入り口のドアが勢いよく開けられた。
「シリウスっっ!!」
入り口から目にも止まらぬ速さで、黒い塊のようなものが飛び込んできた。
まるで野生の獣のようなそれは、一直線に俺のところへ来て、タックルのような勢いでぶつかってきた。
「うわぁっ!」
速すぎてオズワルドの近衛騎士も反応できなかったくらいだ。
騎士達が急いでオズワルドの周りを囲んだところで、ようやくその塊の姿がハッキリと見えた。
ソレは、俺にぶつかってきたが、ガッチリと俺の腰にしがみついてきた。
懐かしい銀色の髪がキラリと光って目に飛び込んできて胸が熱くなった。
姿が見える前から、俺の名を呼ぶ声で誰だかはすぐに分かっていた。
「シリウス、大丈夫か? その者は……」
「お騒がせして申し訳ございません。この者は、怪しい者ではなく……僕の……家族です」
オズワルドの近衛騎士が剣を抜いていたので、慌てて大丈夫だと説明した。
もし、勢い余ってオズワルドの方に飛び込んでいたら、斬られていたかもしれないと思うとゾッとした。
「……アスラン、ほら、皇子殿下にご挨拶を……」
俺にしがみついている男、アスランは俺の腹に顔をうずめたまま、いっこうに動く気配がない。
約一年ぶりの再会で、また一回りデカくなったアスランは、石のように硬くて俺が押してもビクともしなかった。
誰もが唖然としてこの状況を見守る中、入り口からまたひとり、懐かしい声が飛び込んできた。
「おおおっマズい! うわぁっ、遅かったかぁーー。シリウス、すまない。俺は止めたんだけど、全然言うこと聞かないから……」
のんきに頭をかきながら入ってきたのはカノアだった。
会場の張り詰めた空気を感じて状況を察知したのか、慌てて走ってきてオズワルドの前に膝をついた。
「皇子殿下、祝宴をぶち壊してしまい申し訳ございません。私カノア・ジークフリードと、そこにいるのが、アスラン・エルフレイムです。ただいま、騎士団候補生強化合宿を終えて帰還しました」
「……ああ、そうか、君達か。最優秀候補生の二人は今日のパーティーに招待されていたんだったな。ご苦労だった。これからの活躍を期待しているよ」
さすがこちらも動じない男、オズワルドだ。
軽く手を上げて近衛騎士達の警戒を解いた後、すぐに皇子の笑顔になってカノアの挨拶に応えた。
ここまできてアスランが挨拶しないわけにいかない。
仕方なく俺はアスランの肩をトントン叩いた。
「アスラン、アスラン、久しぶりなのに、顔を見せてくれないの?」
アスランがわずかに震えていたので予感はしていたが、ゆっくり顔を上げたアスランはすでにボロボロに泣いていた。
「ううっ……シリウス、会いたかったよぉ……」
「ははっ、ひどい顔だなぁ。ほら、早く挨拶しろよ。本気でヤバいから……」
俺に促されたアスランは、泣き顔の掠れた声でなんとか自分の名前を言ってやっと頭を下げた。
さすがの型破り皇子も、アスランのボロ泣きに引いている様子だったが、口をヒクつかせながらも、ご苦労だったと応えてくれた。
しかしここで俺は気がついてしまった。
今この瞬間、ゲームのメインルートカップルが初めて顔を合わせたのだ。
ゲームでは、桜の舞い散る校門で二人は運命的な出会いを果たすと書かれていた。
その表現だと、再会とは書かれていないが、初対面かどうかもハッキリしない。
何しろスッと立ち上がったアスランは、オズワルドよりも背が高くて、盛り上がった筋肉もオズワルドより立派に見えた。
強い風に吹かれたアスランがよろめいて、オズワルドに倒れかかり抱き止められる、という出会いははたして本当にその通り起こるのだろうか。
今のままだと、槍が降ってきてもアスランはよろめかなそうだし、たとえよろめいてもオズワルドの方が、アスランをまともに受け止めるのが至難の業に見える。
腕を組んでうーんと唸っていたら、そのうちにオズワルドは楽しんでくれと会場から出て行ってしまい、どこかで見ていたのかリカードとニールソンが駆け寄ってきて、久々の再会に抱き合って喜びを表していた。
「どうなるかと思ってヒヤヒヤしていたけど、カノア、やるじゃないか。すっかり鍛えられて、対応が上手くなったな!」
「あのなぁリカード、俺は思うんだが、この中でまともな対応ができるのは、俺とお前だけだと思っている。ニールソンも、できるだろうけど、クセが強いからなぁ」
「言えてる。カノアが帰ってきてくれて本当に良かったよ。あっ、もちろん、アスランもね」
アスランとニールソンはムッとした顔をしていたが、久々に幼馴染が集まったのだ。
一気に五人で盛り上がって喜んだが、さすがに会場の呆気にとられたような空気に気がついた。
四方八方からビシビシと視線を感じたので、リカードが場所を変えようと提案してきて、会場に備えられた休憩用の個室に移動することになった。
「まずは、カノアにアスラン。無事帰ってきてくれて嬉しいよ。二人が優秀生に選ばれて、パーティーに来ることは事前に知っていたけど、驚かせようと思って黙っていたんだ。ごめんね、シリウス」
個室に移動してから、みんなで乾杯をした。
訓練生の強化合宿ではひどい怪我をして、再起不能になってしまう訓練生も出ると聞いていた。
二人が怪我もなく、無事に帰ってきてくれたことが本当に嬉しかった。
アスランもそうだし、カノアも出発前より巨大になっていて言葉が出なかった。
立派な成長具合に、口を開けて上から下まで眺めてしまった。
「えへんっ、シリウス、俺カッコよくなったか?」
カノアが胸を張ってニカっと笑ったので、変わらない友の様子に嬉しくなった。
「うん。すごくカッコいい! 頑張ったんだな、カノア」
昔は頭を撫でてやることもできたが、もう手が届かない。仕方なく背中をポンと叩いたら、カノアは顔を赤くして鼻をぽりぽりと指でかいた。
「デレついているカノアには悪いけど、緊急事態。今日のルルドで大変なことになったのは分かるよね?」
リカードの低い声で和やかだった雰囲気は緊張したものになった。
アスランとカノアだけは、何のことだろうという顔でリカードを見ていた。
ここは俺がとニールソンが一歩前に出て、みんなの顔を見渡して口を開いた。
「オズワルド殿下は今まで婚約者候補からは距離を取っていた。もし決まるにしても、カラム家のイクシオになるだろうと言われていた。それはカラム家の持つ力が政治の上で大きな影響力があるからだ。婚約者候補の家は全て旧貴族派が占めている。貴族に厳しい考え方の皇太子と対立して、オズワルド殿下を擁立したいという旧貴族派の思惑もあるだろう。オズワルド殿下は、今日のダンスでルルドを選択して、婚約者候補とは線を引くというところを古い貴族連中に見せて、それを答えだとして見せたかったはずだ」
ニールソンの説明がズンと胸に重くのしかかってきた。
婚約者選びはただの皇子のハーレムごっこではない。複雑に入り乱れた権力の奪い合いの様相がある。
自分はそんなものとは関わらず、自分の意思を貫いて生きていくというオズワルドのメッセージになるはずだったに違いない。
「つまり、旧貴族派に名前を連ねているブラッドフォード家のシリウスは、避けなければならない相手だったはずだ。しかし、殿下はシリウスと踊ることを選択してしまった」
「旧貴族派の連中は今がチャンスだと、シリウスを皇妃にと推してくるかもしれない。オズワルド殿下が受け入れるかどうかは分からないが、不測の事態に備えておかなければ、君達……」
今までポカンとした顔で、ニールソンの説明を聞いても訳が分からないという顔だったアスランとカノアだったが、リカードが俺が皇妃にという言葉を使った途端、鋭い目がもっと鋭くなって禍々しいオーラを背中から放ち始めた。
「それは……マズいな」
「そんなの、絶対に許さない!」
至る所で嵐が吹き荒れそうな予感がしたが、今ここでもまたそんな気配を感じた。
熱い友情なのか男達は円陣を組んで何やら話し合いを始めてしまった。
ひとり蚊帳の外になって俺はすっかり置いて行かれてしまった。
俺としては、その辺りの先が分かっているので、特に心配はしていない。旧貴族派がいくら動いても、結局オズワルドは変わらないからだ。
俺は久々に見たアスランを横顔を、男らしくなったなぁとぼんやり眺めていたのだった。
□□□
年齢も性別も身分も超えて、たくさんの人と共に楽しめるということで広がった。
そしてそれは貴族の社交界でも、新しいダンスとして親しまれるようになり、今では若い人達が気軽に楽しめるダンスとしてどのパーティーでも行われるようになった。
ただ、発祥が市井であるという点において、皇族がルルドに参加するということはほとんどないと言われていた。
レッスンでも一通りステップを習ったのみだ。
型破りなオズワルドが毎回参加していたかは謎だが、今まさにルルドに参加しているはずなのに、俺とオズワルドのダンスには大事なことが欠けている。
それはパチンと拍手の音が聞こえても、交代する相手がいない。
なぜなら輪のど真ん中で二人だけで踊っているからだ。
これではまるでお手本役だと頭はパニックで、逃げ出したくてたまらないのに、オズワルドは得意げな顔で俺をくるくると回してくるので、頭で考える隙すら与えてくれない。
「でん、でんかっ……足が、もつれて……」
ルルドは見ている人も楽しめる、息つく暇もない激しい踊りだ。
当然、動きの遅い俺が付いていけるはずもなく、途中から足が動かなくなってしまった。
このままだと転んでしまうと思った時、オズワルドは俺をくるっと回した後、脇の下に手を入れてきてそのまま持ち上げてしまった。
「わわわっ、ちょっ…!!」
「こうすれば、足がもつれても大丈夫だ」
「だっ……て、足、着いてない」
パニックで子供みたいな喋り方になった俺を見て、オズワルドは嬉しそうに笑った。
俺を抱き上げた状態のまま、ステップを崩さずに踊り続けているので、見事としか言いようがない。
さすが主人公の相手役、完全無欠のヒーロー様だ。
そうしている間にも周囲は拍手に合わせて次々とペアを代えて踊りが続けられている。
ダンスを見守る人々もその場で踊り出した。
ルルドはみんなが一番盛り上がるダンスだ。
例え観客であっても、誰でもすぐに参加できる。
会場全体にダンスの輪できて、みんなが踊るという圧巻の空気に包まれた。
最後を知らせる音楽が鳴り響いて、余韻を残して消えると、一斉に拍手の海ができた。
信じられない。
途中から俺を持ち上げながらこの男は踊りきってしまった。
額に流れた汗と、わずかに息が上がった息がその過酷さを物語っているが、俺にはとてもじゃないができない。
異次元の力を見せつけられた思いだった。
「すみません、僕、なんてことを……」
「何を謝っているんだ?」
「だっ……、ちゃんと、踊れなくて、ご迷惑をかけてしまって……」
「そんなことはない。今まで踊ったダンスの中で、一番楽しかった。シリウス……」
ようやく床に下ろしてもらえたが、名前を呼ばれて顔を上げたら、思ったよりもすぐ近くにオズワルドの顔があった。
これは失礼だと慌てて下がろうとしたが、背中にまわされたオズワルドの手にガッチリとそれを止められてしまった。
オズワルドの顔が近づいてくる。
俺は思わず息を吸い込んで吐くことができなかった。
唇にオズワルドの息を感じた。
その時……
バァァンと会場入り口のドアが勢いよく開けられた。
「シリウスっっ!!」
入り口から目にも止まらぬ速さで、黒い塊のようなものが飛び込んできた。
まるで野生の獣のようなそれは、一直線に俺のところへ来て、タックルのような勢いでぶつかってきた。
「うわぁっ!」
速すぎてオズワルドの近衛騎士も反応できなかったくらいだ。
騎士達が急いでオズワルドの周りを囲んだところで、ようやくその塊の姿がハッキリと見えた。
ソレは、俺にぶつかってきたが、ガッチリと俺の腰にしがみついてきた。
懐かしい銀色の髪がキラリと光って目に飛び込んできて胸が熱くなった。
姿が見える前から、俺の名を呼ぶ声で誰だかはすぐに分かっていた。
「シリウス、大丈夫か? その者は……」
「お騒がせして申し訳ございません。この者は、怪しい者ではなく……僕の……家族です」
オズワルドの近衛騎士が剣を抜いていたので、慌てて大丈夫だと説明した。
もし、勢い余ってオズワルドの方に飛び込んでいたら、斬られていたかもしれないと思うとゾッとした。
「……アスラン、ほら、皇子殿下にご挨拶を……」
俺にしがみついている男、アスランは俺の腹に顔をうずめたまま、いっこうに動く気配がない。
約一年ぶりの再会で、また一回りデカくなったアスランは、石のように硬くて俺が押してもビクともしなかった。
誰もが唖然としてこの状況を見守る中、入り口からまたひとり、懐かしい声が飛び込んできた。
「おおおっマズい! うわぁっ、遅かったかぁーー。シリウス、すまない。俺は止めたんだけど、全然言うこと聞かないから……」
のんきに頭をかきながら入ってきたのはカノアだった。
会場の張り詰めた空気を感じて状況を察知したのか、慌てて走ってきてオズワルドの前に膝をついた。
「皇子殿下、祝宴をぶち壊してしまい申し訳ございません。私カノア・ジークフリードと、そこにいるのが、アスラン・エルフレイムです。ただいま、騎士団候補生強化合宿を終えて帰還しました」
「……ああ、そうか、君達か。最優秀候補生の二人は今日のパーティーに招待されていたんだったな。ご苦労だった。これからの活躍を期待しているよ」
さすがこちらも動じない男、オズワルドだ。
軽く手を上げて近衛騎士達の警戒を解いた後、すぐに皇子の笑顔になってカノアの挨拶に応えた。
ここまできてアスランが挨拶しないわけにいかない。
仕方なく俺はアスランの肩をトントン叩いた。
「アスラン、アスラン、久しぶりなのに、顔を見せてくれないの?」
アスランがわずかに震えていたので予感はしていたが、ゆっくり顔を上げたアスランはすでにボロボロに泣いていた。
「ううっ……シリウス、会いたかったよぉ……」
「ははっ、ひどい顔だなぁ。ほら、早く挨拶しろよ。本気でヤバいから……」
俺に促されたアスランは、泣き顔の掠れた声でなんとか自分の名前を言ってやっと頭を下げた。
さすがの型破り皇子も、アスランのボロ泣きに引いている様子だったが、口をヒクつかせながらも、ご苦労だったと応えてくれた。
しかしここで俺は気がついてしまった。
今この瞬間、ゲームのメインルートカップルが初めて顔を合わせたのだ。
ゲームでは、桜の舞い散る校門で二人は運命的な出会いを果たすと書かれていた。
その表現だと、再会とは書かれていないが、初対面かどうかもハッキリしない。
何しろスッと立ち上がったアスランは、オズワルドよりも背が高くて、盛り上がった筋肉もオズワルドより立派に見えた。
強い風に吹かれたアスランがよろめいて、オズワルドに倒れかかり抱き止められる、という出会いははたして本当にその通り起こるのだろうか。
今のままだと、槍が降ってきてもアスランはよろめかなそうだし、たとえよろめいてもオズワルドの方が、アスランをまともに受け止めるのが至難の業に見える。
腕を組んでうーんと唸っていたら、そのうちにオズワルドは楽しんでくれと会場から出て行ってしまい、どこかで見ていたのかリカードとニールソンが駆け寄ってきて、久々の再会に抱き合って喜びを表していた。
「どうなるかと思ってヒヤヒヤしていたけど、カノア、やるじゃないか。すっかり鍛えられて、対応が上手くなったな!」
「あのなぁリカード、俺は思うんだが、この中でまともな対応ができるのは、俺とお前だけだと思っている。ニールソンも、できるだろうけど、クセが強いからなぁ」
「言えてる。カノアが帰ってきてくれて本当に良かったよ。あっ、もちろん、アスランもね」
アスランとニールソンはムッとした顔をしていたが、久々に幼馴染が集まったのだ。
一気に五人で盛り上がって喜んだが、さすがに会場の呆気にとられたような空気に気がついた。
四方八方からビシビシと視線を感じたので、リカードが場所を変えようと提案してきて、会場に備えられた休憩用の個室に移動することになった。
「まずは、カノアにアスラン。無事帰ってきてくれて嬉しいよ。二人が優秀生に選ばれて、パーティーに来ることは事前に知っていたけど、驚かせようと思って黙っていたんだ。ごめんね、シリウス」
個室に移動してから、みんなで乾杯をした。
訓練生の強化合宿ではひどい怪我をして、再起不能になってしまう訓練生も出ると聞いていた。
二人が怪我もなく、無事に帰ってきてくれたことが本当に嬉しかった。
アスランもそうだし、カノアも出発前より巨大になっていて言葉が出なかった。
立派な成長具合に、口を開けて上から下まで眺めてしまった。
「えへんっ、シリウス、俺カッコよくなったか?」
カノアが胸を張ってニカっと笑ったので、変わらない友の様子に嬉しくなった。
「うん。すごくカッコいい! 頑張ったんだな、カノア」
昔は頭を撫でてやることもできたが、もう手が届かない。仕方なく背中をポンと叩いたら、カノアは顔を赤くして鼻をぽりぽりと指でかいた。
「デレついているカノアには悪いけど、緊急事態。今日のルルドで大変なことになったのは分かるよね?」
リカードの低い声で和やかだった雰囲気は緊張したものになった。
アスランとカノアだけは、何のことだろうという顔でリカードを見ていた。
ここは俺がとニールソンが一歩前に出て、みんなの顔を見渡して口を開いた。
「オズワルド殿下は今まで婚約者候補からは距離を取っていた。もし決まるにしても、カラム家のイクシオになるだろうと言われていた。それはカラム家の持つ力が政治の上で大きな影響力があるからだ。婚約者候補の家は全て旧貴族派が占めている。貴族に厳しい考え方の皇太子と対立して、オズワルド殿下を擁立したいという旧貴族派の思惑もあるだろう。オズワルド殿下は、今日のダンスでルルドを選択して、婚約者候補とは線を引くというところを古い貴族連中に見せて、それを答えだとして見せたかったはずだ」
ニールソンの説明がズンと胸に重くのしかかってきた。
婚約者選びはただの皇子のハーレムごっこではない。複雑に入り乱れた権力の奪い合いの様相がある。
自分はそんなものとは関わらず、自分の意思を貫いて生きていくというオズワルドのメッセージになるはずだったに違いない。
「つまり、旧貴族派に名前を連ねているブラッドフォード家のシリウスは、避けなければならない相手だったはずだ。しかし、殿下はシリウスと踊ることを選択してしまった」
「旧貴族派の連中は今がチャンスだと、シリウスを皇妃にと推してくるかもしれない。オズワルド殿下が受け入れるかどうかは分からないが、不測の事態に備えておかなければ、君達……」
今までポカンとした顔で、ニールソンの説明を聞いても訳が分からないという顔だったアスランとカノアだったが、リカードが俺が皇妃にという言葉を使った途端、鋭い目がもっと鋭くなって禍々しいオーラを背中から放ち始めた。
「それは……マズいな」
「そんなの、絶対に許さない!」
至る所で嵐が吹き荒れそうな予感がしたが、今ここでもまたそんな気配を感じた。
熱い友情なのか男達は円陣を組んで何やら話し合いを始めてしまった。
ひとり蚊帳の外になって俺はすっかり置いて行かれてしまった。
俺としては、その辺りの先が分かっているので、特に心配はしていない。旧貴族派がいくら動いても、結局オズワルドは変わらないからだ。
俺は久々に見たアスランを横顔を、男らしくなったなぁとぼんやり眺めていたのだった。
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