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第二章 成長編(十五歳)
12、お相手はルルドのように
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丁寧な口調、気品あふれる佇まい、洗練された容姿。
どこからどう見ても、完璧な神殿の神子。
今日は神殿の白い衣ではなく、光沢のある黒のコートを羽織っていた。
ゲーム内では神学教師、シモン・カーライルとして、生徒から憧れと尊敬、羨望の眼差しを受けているという設定だ。
そして、バッドエンドルートでは謎の動きを見せて、主人公とともに消えてしまう。
今ここにいるこの人が本当にその人なのか。
目の前にしてもまだ、信じられなくて、どんな風に関わっていいのかすら分からない。
ゲーム内でシリウスとシモンのエピソードなど出てこない。
おそらく、ただの教師と生徒以上の関係などないからだろう。
カフェの常連と店員、そんな出会いをしたからこそ、この人は俺に興味を持ったのだろう。
そう、ただの興味だ。
俺は自分にしっかりしろと言い聞かせて顔を上げた。
「お久しぶりです。シモン様、どうぞここでは、シリウスとお呼びください」
「少し見ない間に痩せたような気がします。体調でも崩されたのですか?」
兄のアルフォンスが帰って来たので、まともにバイトに行けなかった俺は、連絡して長期休みをとっていた。
シモンとはあの皇宮で顔を合わせて以来なので、気まずいと思っていたが、ここで会うとは思わなかった。
「体調は大丈夫です。……忙しかったからでしょうか。兄が帰ってきて身辺がバタついておりまして……、あの、聞かないんですか? カフェのこと、とか……」
「そうですね。少し驚きましたが、人それぞれ事情がおありでしょうから……。私にとっては、あの場所でトムの顔を見ながらゆっくりお茶を飲む時間が大事なんです。だから、それを壊したくはない……ということですね」
秘密で働いていることを、バラさないでいてくれる、ということだろうか。
考えてみれば、シモンもまた身分を明らかにしていたわけではないので、お互い様という風に捉えてくれたのかもしれない。
「それより驚いたのは、前回、皇宮でお会いした時、シリウスは私の顔を見てビックリされていたでしょう? この目は隠して変装していたつもりなのですが、バレてしまいましたか? それとも、前から私のことを知っていた、とか……」
「ええと、それは……あの……」
ゲームの概要本には、バッドエンドルートのシーンでシモンの姿が描かれている。
それで知っていましたとは言えないので、どう説明したらいいのか、咄嗟に思いつかなかった。
「しゃ……喋り方、あと、雰囲気? あっ、あの神職の格好をされていたので、髪の色も同じでしたし……」
「なるほど……、そこまでよく見ていてくれたなんて、嬉しいです。改めて自己紹介させてください。シモン・カーライルと申します。ユング領のカーライル男爵家の四男です。ご覧のとおり、生まれ持った聖力のおかげで、帝都に呼んでいただき今の仕事に就いております。あまり公にできる身分ではないので今までちゃんとお話しできずに申し訳ございませんでした」
「いえ、僕の方こそ。僕の事情は大したことではありません。社会勉強のために、家には内密にして町で働いておりました。その、シモン様がよければこのことは……」
「それはもちろん、他言はいたしません。その代わりと言ってはあれですけど……」
シモンは作り物みたいな顔を形良く引き上げて、ニコッと笑った。
この人は何を考えているのか、怖いというより不思議に思えて、その細められた目の奥をじっと見つめた。
「うーん、言うほど下手ではないじゃないですか?」
「たまたまこの曲がスローテンポなので運が良かったのです」
くるっとターンをしてくずれそうになったところを、シモンにぐっと支えられた。
俺が下手ではないというより、シモンのカバーが上手いのだ。
どうしてこうもこの世界の人は、みんなダンスが上手いんだとため息をつきたくなった。
シモンは黙っているからその代わりにと、俺をダンスに誘ってきた。
何度も下手だからと断ったのに、それならその方が嬉しいと訳の分からないことを言われて強引にホールまで連れて来られてしまった。
幸い皇太子のレンブラントはこの回は休憩なのか、姿が見えなかったのであまり注目されないからいいかと思った。
しかし俺の読みはあまかった。
俺の相手は皇族ではないが、皇族並みに人気の神官、シモンだった。
すぐに周囲には人が集まってきて、注目の的になってしまった。
チラリと様子を見ると、みんな驚いたような顔をしていた。
「あの……もしかして、普段あまりパーティーで踊られることはないのでは……?」
「ええ、踊ったのは何年ぶりでしょうか。パーティーにもほとんど出ません」
「えっ、そっ、そんな貴重な機会に俺が……、よかったのですか? もしかして誰かとお約束でも……」
この国では神官も普通に結婚を許されているので、シモンは多くの貴族から縁談の話が持ち上がっているだろう。
こういった公式の場では、家同士の駆け引きもあるので、シモンとの最初のダンスを狙っていた者も多かったはずだ。
「今日ここへは個人的に希望して参加しました。少し調べさせていただきましたが、シリウスは第二皇子殿下の婚約候補者だったのですね。このパーティーに候補者が出ると聞いたので、ここへ来れば会えると思いまして」
「えっ……僕に……会いに?」
「ええ、心配だったのです。急に顔が見れなくなってしまったので」
「そっ、そんなっ。別に僕のことなんて心配なさらなくても……ただの店員ですし……わっっ」
そこまで気を遣わないでくれという意味で言ったのだが、シモンはちょっとムッとした顔になって、音楽に合わせてぐっと俺を引き寄せた。
驚いたが、確かにこのラージャという曲は、他の曲よりムーディーで大人な雰囲気があるので、一緒に踊っているペアはみんな体を密着させていた。
だからって大勢の前でくっ付くのは恥ずかしいと思うのだが、シモンは構わずぐいぐいと俺を胸の中に収めてしまった。
背的にちょうど良く入ってしまうのが何とも言えない。
「この曲の後半はこうやって下半身を密着させて動かすのがポイントなんですよ。だから、もっと私に体を預けてください」
「いっ……仰ることは、分かりますが、いくらなんでも……」
「ああ、なんて可愛らしい……。皇族に渡してしまうのは惜しすぎる」
「ええ?」
密着させたまま、動きが速くなるので考える暇などない。結局シモンに体を預けるしか選択肢がなくて、シモンの首に手を回した。
「……このまま、攫ってしまいましょうか」
耳元で言われた言葉に体にピリッと電気が流れたみたいに痺れた。
冗談じゃない。
その台詞をこの人が言うと少しも笑えない。
「音楽止め」
その時、高らかと声が響き渡った。
音楽がピタリと止んで、みんな声の方向に顔を向けた。
まだ曲の後半が始まったばかり、コツコツと靴音を鳴らしながらホールの真ん中まで歩いて出てきたのはオズワルドだった。
ルルドが始まるのはまだまだ先のはずだ。
それがどうしてか急に踊りたくなったなんて言われても皆困ってしまうだろう。
しかも、パートナーを連れずに一人で輪の中に入ってきた。
「彼はまだ貴族学校にも通っていない歳だ。ラージャを踊るには早すぎるだろう」
オズワルドは真っ直ぐに俺とシモンの方へ歩いてきた。まさか、好きに踊ってくれと言っていたオズワルドにダンス止められるなんて、どういうことなのか頭が混乱した。
「これはオズワルド殿下、ラージャは生命の始まりと喜びを祝う踊り、年齢は関係ないのではないでしょうか」
「……シモン神官にそう言われてしまうと、立場がないな。それではこう言わせてもらおう。シリウスは私の婚約者だ。返してもらおうか」
オズワルドの爆弾発言に、会場中がしんと静まり返った。
殿下ー! (仮)を忘れてますよと誰かツッコんで欲しいのだが、誰も声を上げてくれなかった。
「私の記憶が間違いでなければ、まだシリウスは候補者のひとりだったと思うのですが、どうやら……迷路に入っているご様子ですね」
シモンは他の者に聞こえないくらい声を抑えてオズワルドに話しかけた。
婚約者候補の段階では、誰かをダンスに誘っても誰かに誘われても自由とされている。
オズワルドは一瞬苦い顔になったが、次の瞬間にはキッと目に力が入って、ツカツカと近寄って来たと思ったら、俺の手を取って自分の方へ引き寄せてしまった。
「ご苦労だった。後はもう下がっていい」
「ええ、下がります。ではシリウス、また」
なぜが二人の間に火花が散っているような鋭い視線が飛び交ったので、呆然としながら見てしまった。
これはどういうことだろう。
まるで二人で俺を取り合っているみたいな……。
いやいや、変な妄想はやめろと、俺は急いで首を振った。
「予定変更だ! 今からルルドを始める!」
オズワルドが声を上げると、周囲から一斉に驚きの声が上がった。
皇族の気まぐれは今に始まったことではないが、楽団は大慌てで楽器の変更に取り掛かり、休んでいた候補者達も慌てでホールに集まるという大騒ぎになってしまった。
「すまない、私のわがままを許してくれ。どうしてもこのまま、シリウスを離したくない」
「えっ……」
オズワルドは俺を両手で包み込んでぎゅっと抱きしめてきた。
なぜ、こんなことになっているのか……。
オズワルドは伝統を嫌い、しがらみだらけの婚約者選びをどうにか壊して、自分の意思で相手を見つけるということを目標としているはずだ。
それが婚約者(仮)の、しかも、俺なんかに構って、よけいな噂を立てられるなんてことは避けないといけない事態のはず。
「……シモン神官の言う通りだ。シリウス、私は迷路に入ってしまった。どうすれば、抜け出せるのだろうか……?」
何かの例え話であることは分かる。
しかし、具体的に何なのか、詳しいことも分からないし、オズワルドが満足するような答えなんて難しすぎて俺に導き出せるはずがない。
あたふたしているうちに、用意ができたのか、楽団がルルドの演奏を始めてしまった。
体を動かす方も大変なのにと俺はもう開始早々から頭がパンク状態だった。
しかもオズワルドと俺は大小二つの輪のどちらにも入らず、ずっと中心に二人で立っている状態だった。
「あ……あの、殿下、輪に入らないと……」
「いや、私達はここで踊ろう」
言っている意味が分からなくて、目を大きく開いてオズワルドの方を見ていたら、ふっと微笑んだオズワルドはステップを踏み始めてしまった。
その様子を見て、周囲も一斉に踊り始めて、ルルドが本格的に始まってしまった。
軽快な音楽と人の熱気に押されて、頭が真っ白な状態で俺も踊り始めるしかなかった。
□□□
どこからどう見ても、完璧な神殿の神子。
今日は神殿の白い衣ではなく、光沢のある黒のコートを羽織っていた。
ゲーム内では神学教師、シモン・カーライルとして、生徒から憧れと尊敬、羨望の眼差しを受けているという設定だ。
そして、バッドエンドルートでは謎の動きを見せて、主人公とともに消えてしまう。
今ここにいるこの人が本当にその人なのか。
目の前にしてもまだ、信じられなくて、どんな風に関わっていいのかすら分からない。
ゲーム内でシリウスとシモンのエピソードなど出てこない。
おそらく、ただの教師と生徒以上の関係などないからだろう。
カフェの常連と店員、そんな出会いをしたからこそ、この人は俺に興味を持ったのだろう。
そう、ただの興味だ。
俺は自分にしっかりしろと言い聞かせて顔を上げた。
「お久しぶりです。シモン様、どうぞここでは、シリウスとお呼びください」
「少し見ない間に痩せたような気がします。体調でも崩されたのですか?」
兄のアルフォンスが帰って来たので、まともにバイトに行けなかった俺は、連絡して長期休みをとっていた。
シモンとはあの皇宮で顔を合わせて以来なので、気まずいと思っていたが、ここで会うとは思わなかった。
「体調は大丈夫です。……忙しかったからでしょうか。兄が帰ってきて身辺がバタついておりまして……、あの、聞かないんですか? カフェのこと、とか……」
「そうですね。少し驚きましたが、人それぞれ事情がおありでしょうから……。私にとっては、あの場所でトムの顔を見ながらゆっくりお茶を飲む時間が大事なんです。だから、それを壊したくはない……ということですね」
秘密で働いていることを、バラさないでいてくれる、ということだろうか。
考えてみれば、シモンもまた身分を明らかにしていたわけではないので、お互い様という風に捉えてくれたのかもしれない。
「それより驚いたのは、前回、皇宮でお会いした時、シリウスは私の顔を見てビックリされていたでしょう? この目は隠して変装していたつもりなのですが、バレてしまいましたか? それとも、前から私のことを知っていた、とか……」
「ええと、それは……あの……」
ゲームの概要本には、バッドエンドルートのシーンでシモンの姿が描かれている。
それで知っていましたとは言えないので、どう説明したらいいのか、咄嗟に思いつかなかった。
「しゃ……喋り方、あと、雰囲気? あっ、あの神職の格好をされていたので、髪の色も同じでしたし……」
「なるほど……、そこまでよく見ていてくれたなんて、嬉しいです。改めて自己紹介させてください。シモン・カーライルと申します。ユング領のカーライル男爵家の四男です。ご覧のとおり、生まれ持った聖力のおかげで、帝都に呼んでいただき今の仕事に就いております。あまり公にできる身分ではないので今までちゃんとお話しできずに申し訳ございませんでした」
「いえ、僕の方こそ。僕の事情は大したことではありません。社会勉強のために、家には内密にして町で働いておりました。その、シモン様がよければこのことは……」
「それはもちろん、他言はいたしません。その代わりと言ってはあれですけど……」
シモンは作り物みたいな顔を形良く引き上げて、ニコッと笑った。
この人は何を考えているのか、怖いというより不思議に思えて、その細められた目の奥をじっと見つめた。
「うーん、言うほど下手ではないじゃないですか?」
「たまたまこの曲がスローテンポなので運が良かったのです」
くるっとターンをしてくずれそうになったところを、シモンにぐっと支えられた。
俺が下手ではないというより、シモンのカバーが上手いのだ。
どうしてこうもこの世界の人は、みんなダンスが上手いんだとため息をつきたくなった。
シモンは黙っているからその代わりにと、俺をダンスに誘ってきた。
何度も下手だからと断ったのに、それならその方が嬉しいと訳の分からないことを言われて強引にホールまで連れて来られてしまった。
幸い皇太子のレンブラントはこの回は休憩なのか、姿が見えなかったのであまり注目されないからいいかと思った。
しかし俺の読みはあまかった。
俺の相手は皇族ではないが、皇族並みに人気の神官、シモンだった。
すぐに周囲には人が集まってきて、注目の的になってしまった。
チラリと様子を見ると、みんな驚いたような顔をしていた。
「あの……もしかして、普段あまりパーティーで踊られることはないのでは……?」
「ええ、踊ったのは何年ぶりでしょうか。パーティーにもほとんど出ません」
「えっ、そっ、そんな貴重な機会に俺が……、よかったのですか? もしかして誰かとお約束でも……」
この国では神官も普通に結婚を許されているので、シモンは多くの貴族から縁談の話が持ち上がっているだろう。
こういった公式の場では、家同士の駆け引きもあるので、シモンとの最初のダンスを狙っていた者も多かったはずだ。
「今日ここへは個人的に希望して参加しました。少し調べさせていただきましたが、シリウスは第二皇子殿下の婚約候補者だったのですね。このパーティーに候補者が出ると聞いたので、ここへ来れば会えると思いまして」
「えっ……僕に……会いに?」
「ええ、心配だったのです。急に顔が見れなくなってしまったので」
「そっ、そんなっ。別に僕のことなんて心配なさらなくても……ただの店員ですし……わっっ」
そこまで気を遣わないでくれという意味で言ったのだが、シモンはちょっとムッとした顔になって、音楽に合わせてぐっと俺を引き寄せた。
驚いたが、確かにこのラージャという曲は、他の曲よりムーディーで大人な雰囲気があるので、一緒に踊っているペアはみんな体を密着させていた。
だからって大勢の前でくっ付くのは恥ずかしいと思うのだが、シモンは構わずぐいぐいと俺を胸の中に収めてしまった。
背的にちょうど良く入ってしまうのが何とも言えない。
「この曲の後半はこうやって下半身を密着させて動かすのがポイントなんですよ。だから、もっと私に体を預けてください」
「いっ……仰ることは、分かりますが、いくらなんでも……」
「ああ、なんて可愛らしい……。皇族に渡してしまうのは惜しすぎる」
「ええ?」
密着させたまま、動きが速くなるので考える暇などない。結局シモンに体を預けるしか選択肢がなくて、シモンの首に手を回した。
「……このまま、攫ってしまいましょうか」
耳元で言われた言葉に体にピリッと電気が流れたみたいに痺れた。
冗談じゃない。
その台詞をこの人が言うと少しも笑えない。
「音楽止め」
その時、高らかと声が響き渡った。
音楽がピタリと止んで、みんな声の方向に顔を向けた。
まだ曲の後半が始まったばかり、コツコツと靴音を鳴らしながらホールの真ん中まで歩いて出てきたのはオズワルドだった。
ルルドが始まるのはまだまだ先のはずだ。
それがどうしてか急に踊りたくなったなんて言われても皆困ってしまうだろう。
しかも、パートナーを連れずに一人で輪の中に入ってきた。
「彼はまだ貴族学校にも通っていない歳だ。ラージャを踊るには早すぎるだろう」
オズワルドは真っ直ぐに俺とシモンの方へ歩いてきた。まさか、好きに踊ってくれと言っていたオズワルドにダンス止められるなんて、どういうことなのか頭が混乱した。
「これはオズワルド殿下、ラージャは生命の始まりと喜びを祝う踊り、年齢は関係ないのではないでしょうか」
「……シモン神官にそう言われてしまうと、立場がないな。それではこう言わせてもらおう。シリウスは私の婚約者だ。返してもらおうか」
オズワルドの爆弾発言に、会場中がしんと静まり返った。
殿下ー! (仮)を忘れてますよと誰かツッコんで欲しいのだが、誰も声を上げてくれなかった。
「私の記憶が間違いでなければ、まだシリウスは候補者のひとりだったと思うのですが、どうやら……迷路に入っているご様子ですね」
シモンは他の者に聞こえないくらい声を抑えてオズワルドに話しかけた。
婚約者候補の段階では、誰かをダンスに誘っても誰かに誘われても自由とされている。
オズワルドは一瞬苦い顔になったが、次の瞬間にはキッと目に力が入って、ツカツカと近寄って来たと思ったら、俺の手を取って自分の方へ引き寄せてしまった。
「ご苦労だった。後はもう下がっていい」
「ええ、下がります。ではシリウス、また」
なぜが二人の間に火花が散っているような鋭い視線が飛び交ったので、呆然としながら見てしまった。
これはどういうことだろう。
まるで二人で俺を取り合っているみたいな……。
いやいや、変な妄想はやめろと、俺は急いで首を振った。
「予定変更だ! 今からルルドを始める!」
オズワルドが声を上げると、周囲から一斉に驚きの声が上がった。
皇族の気まぐれは今に始まったことではないが、楽団は大慌てで楽器の変更に取り掛かり、休んでいた候補者達も慌てでホールに集まるという大騒ぎになってしまった。
「すまない、私のわがままを許してくれ。どうしてもこのまま、シリウスを離したくない」
「えっ……」
オズワルドは俺を両手で包み込んでぎゅっと抱きしめてきた。
なぜ、こんなことになっているのか……。
オズワルドは伝統を嫌い、しがらみだらけの婚約者選びをどうにか壊して、自分の意思で相手を見つけるということを目標としているはずだ。
それが婚約者(仮)の、しかも、俺なんかに構って、よけいな噂を立てられるなんてことは避けないといけない事態のはず。
「……シモン神官の言う通りだ。シリウス、私は迷路に入ってしまった。どうすれば、抜け出せるのだろうか……?」
何かの例え話であることは分かる。
しかし、具体的に何なのか、詳しいことも分からないし、オズワルドが満足するような答えなんて難しすぎて俺に導き出せるはずがない。
あたふたしているうちに、用意ができたのか、楽団がルルドの演奏を始めてしまった。
体を動かす方も大変なのにと俺はもう開始早々から頭がパンク状態だった。
しかもオズワルドと俺は大小二つの輪のどちらにも入らず、ずっと中心に二人で立っている状態だった。
「あ……あの、殿下、輪に入らないと……」
「いや、私達はここで踊ろう」
言っている意味が分からなくて、目を大きく開いてオズワルドの方を見ていたら、ふっと微笑んだオズワルドはステップを踏み始めてしまった。
その様子を見て、周囲も一斉に踊り始めて、ルルドが本格的に始まってしまった。
軽快な音楽と人の熱気に押されて、頭が真っ白な状態で俺も踊り始めるしかなかった。
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