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第二章 成長編(十五歳)
7、甘過ぎたミルクティー
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週一度となった婚約者(仮)レッスンには、すでに脱落者が出ていた。
女子二名は早々に辞めていった。
女性は人口が少ないので引く手数多である。
そのためいくら名誉であっても、望みの薄い相手にただ時間を浪費するより、他にいい条件の相手が出たらそちらを優先するのはおかしくなかった。
男子もすでに何人か辞めている。
最初に浮かれていたグループのやつらで、皇子は来ないしもう面倒だからとレッスンに来なくなった。
残ったのは俺も含めて五名ほどだったが、ここに来てクラスの雰囲気は悪くなっていた。
それは、皇子のオズワルドが、とあるパーティーで発言したとされる台詞が広まっていたからだ。
皇子は自分は伝統ではなく、恋愛結婚を望む、と発言したというのだ。
本当かどうかは分からないが、今のこの現状、ほぼこちらに無関心な状態を考えれば間違いではないだろうと声が上がった。
そうなると、立場が悪くなったのは、イクシオだった。
今まで皇子は自分と結婚を決めているから来る必要がないなんて豪語していたのに、発言からすると候補者達は皇子の眼中にはないと言うことになる。
イクシオはデカいことを言っておきながら、何の役にも立たなかったと影で言われ始めた。
それはクラス内だけではなかった。
どこへ行ってもそう言って威張っていたのだろう、外でも同じように笑われることになってしまった。
今まで自信の塊みたいだったのに、クラスに行くと今は誰とも話さずに、小さくなって端の方に座っていた。
そんな姿を見ていたので、おそらくそのせいで泣いているのだと思うが、それがなぜここで?
俺より本格的な貴族のお坊ちゃんが?
こうなってくると自分に何かゲームのキャラを引き寄せるようなイベント運でも付いているのかと思ってしまう。
仕方なく泣き続けるイクシオの元に、飲み物を持って俺は近づいた。
「お帰りなさい。カフェロンドンへようこそ」
テーブルに突っ伏しているイクシオの肩がビクリと揺れた。
イクシオはふらりと入ってきてから勝手に席に着いたので注文はしていない。
俺は、テーブルの上にミルクたっぷりの甘味の強いお茶を載せた。
「どうそ。店からのサービスです。疲れた時は甘い飲み物がいいですよ。これを飲んで、少しでもお客様の心が晴れることを祈っています」
とにかく落ち着いてもらおうとお茶を用意した。
後はひとりでじっくりと考えてくれと思いながらその場を離れようとしたが、伸びてきたイクシオの手がガッチリと俺の腕を掴んできた。
「うううっ、店員さん。お願い、少し話を……聞いて、優しくしてもらえたの……久しぶり…ううう」
サクッと逃げるはずが、捕まってしまった。
イクシオはいまだ下を向いたままだが、誰かに誰でもいいから話を聞いてもらいたかったのだろう。その、ポディションにガッツリ俺が入ってしまった。
「は……はあ、僕でよければ……」
一瞬断ろうかと思ったが、常連客達の聞いてやれよという視線を感じて、仕方なく俺は対面の席に座った。
「ずっと……憧れていた人がいて……、その人のために自分を磨いて、必死に……その人に選ばれるように生きてきた……。周りにチヤホヤされて、自分が選ばれると思い込んで……僕は……バカだ……」
イクシオのような高位の貴族の家では幼い頃から徹底的な教育を受けると聞いていた。
家督を継ぐ長男、次男であるイクシオは皇家との繋がりを作るように厳しく言われてきたのだろう。
そして望み通り、最終候補者に残ったわけだが……
「ち、父からは、役立たずだと……。僕に魅力がないから……選ばれないのだと罵られて……、周りからはバカにされて……もう辛くて……家を飛び出して、気がついたらここに……」
イクシオはその時のことを思い出したのか、またおいおい泣き始めてしまった。
その痛々しい姿を見て、俺もなんだか胸が痛くなった。
「ご家族の詳しい事情は分かりませんが、お辛い状況なのですね」
候補者として立場は同じだが、うちの家はそこまで強くは言ってこない。
候補者に選ばれたら名誉だからそれで十分という感じだ。
他の家も多くがそうだろう。
皇子の信念に踊らされて、一番辛い立場になるのはイクシオなのだろうなと分かってしまった。
「忘れてみませんか? そんな男のこと」
「え………」
「どれだけ魅力のある方かは分かりませんが、少なくとも、こうやって貴方のような人を泣かせるなんて、そこまでいい男だとは思えません。本当に魅力のある人は、周りの人を笑顔にしたり、元気にしたりできる人です。貴方は十分綺麗で魅力的な人なのですから、そんな男にはもったいない。その、一緒にいて、笑顔になれるような人といる方が、幸せだと思います。……って、すみません、忘れろなんて……事情がありますよね。僕のような人間が偉そうに言うことじゃなかったです」
ここでやっとイクシオが顔を上げた。
泣き腫らした目のひどい顔だったが、俺と目が合うと予想通り驚いたように大きく見開かれた。
「君は……」
「ええと、まあ、こちらにも色々事情がありまして……」
結局こうなるのだからもう勘弁して欲しいと思いながら、俺は社会勉強というやつを毎回のように引っ張り出してきて説明することになった。
「ふーーん、事情は分かったけど、変わった子だね。だいたいライバルの僕の前にのこのこ出てきて、このことを言いふらされたらどうするの?」
「それは……まあ、マズイのはマズイですけど。そうなったらそうなったです」
「分かった、君は計画性がなくて無茶なタイプだ。それで? このお茶は賄賂ってやつ?」
「そ、そうですね。それを飲んで黙っていてくれたら助かります」
もう面倒なのでそれでいいやと投げやりに答えたら、イクシオは少し冷めてしまったお茶をカップに注いでゴクリと飲んだ。
「…………甘い」
「うわっ、甘すぎました? 砂糖の量間違えたかな、初めて僕が入れてみたので……」
覗き込んだらイクシオはまた泣いていた。
しかしその涙は先ほどとは違い、ポロリと頬をつたって下に落ちていった。
泣き腫らした顔だが、イクシオの金色の瞳は輝いていて、形の良い唇は薔薇の花のように赤かった。
やっぱり綺麗な人だなとしみじみ思ってしまった。
「美味しい、こんなに美味しいお茶は……初めて」
イクシオは泣きながら笑った。
いつも見かけるツンとした微笑みではなく、素直な子供のような笑顔だった。
同じ立場でありながら、ずっと離れたところにいた人だったが、今になってやっと本当のイクシオに触れたように感じだ。
「ここで三枚カードが揃ったら勝ちなんだ。他のゲームと違って頭を使う必要ないから、つまり運てやつね」
ふーんと言いながら、チクチクやっていたら刺繍針を指に刺して、俺は痛っと声を上げた。
「バカだなぁ。ほら見せて」
それほど血は出ていなかったが、イクシオは自分のハンカチを取り出して俺の指に当ててくれた。
「ありがとう、なかなか花の部分が上手くいかなくてさ」
「……いや、いいけど、なんでずっと刺繍やってるの?」
それを聞かれると長い話になる。
アリバイに使っている刺繍教室のためで、何も作っていないわけにいかないので、空き時間に作品を作っていると説明した。
「……って言うか、アンタ真面目? アホくさ、そんなの適当に依頼しなさいよ」
普通の貴族の感覚からしたら、イクシオの言っていることは至極当たり前なのだろう。
しかし、金を稼ぐためにバイトをしているのに、金を使って刺繍を依頼したら意味がなくなってしまう。
本当の目的を話すわけにいかないので、これも含めて社会勉強なのだと言い切るしかなかった。
俺達の様子を、他の候補者達が可哀想だなという顔で見てきた。
おそらく孤立してしまったイクシオが、仕方なく元々ひとりでいた男に話しかけているのだろうという哀れみの視線だと思われる。
落ちるところまで落ちたな、なんて声が聞こえてきて腹が立ってしまった。
イクシオの方はそんな声など気にせずに、楽しそうに俺に話しかけてくる。
傷心のイクシオとカフェでじっくり話してから、イクシオは常連になってしまい、週一のレッスンでも一緒に過ごすようになった。
もともとのツンとした性格のせいか、俺に手厳しいことを言ってくるが、バイトの件を言いふらしたりすることもなく、優しい男だということが分かった。
それからは、俺も心を開いて接するようになった。
「で、ここまで勧めたんだから、行こうよ、カジノに」
イクシオは先ほどから俺をカジノに熱心に誘ってきた。
この世界の貴族の遊びといえば賭け事で、若い頃から紳士の遊びとしてみんな気軽に出かけるのだそうだ。
「いやー、ムリ。僕、運とかないから、身ぐるみ剥がされるのが目に見えてる」
カードなら簡単だからと言われたが、どう考えてもトロい俺はまともに揃えられなくてカモにされるに決まっている。
せっかく貯めているバイト代がなくなったら今までの苦労が水の泡だ。
「えー、VIPカードもあるから、特別スペースに入れるよ。それに、誘ったのは僕だから奢るよ。勝ち分は全部シリウスにあげるし」
「えっ」
その条件はなかなか魅力的だと耳が動いてしまった。雇われの身では小金しか稼げない。ここは、ひとつ、一攫千金を…………
そう考えてぶるりと震えて首を振った。
絶対上手くいかないフラグしか見えなくて、飛び込んだら終わりだと自分に言い聞かせた。
「やっぱり僕には……」
その時、両開きの教室のドアがバンと音を立てて開かれた。
飛び込んで来たのは候補者のひとりで、荒い息を吐きながら聞いてくれと掠れた声を上げた。
「パーティーが決まったぞ! 二週間後、皇太子殿下の帰国を祝うパーティーが開催される。オズワルド様も出席予定で、候補者も参加が決まった!」
「皇太子殿下が帰国されたのか!? オズワルド様に久々に会えるなんて、嬉しい!」
「皇太子殿下は一時帰国らしい。けどお二人と同じ空気が吸えるなんて……」
教室内は一気に興奮した空気に包まれて、みんな立ち上がって手を取り合って喜んでいた。
俺は盆と正月が一緒に来たような事態に、混乱して状況が飲み込めなかった。
オズワルドが参加するパーティーに出る……、そんでもって皇太子が来る、ということは……シリウスの兄もおそらく来る。兄とは憑依してから初めて会うことになる。
「ちょっ、シリウス? 大丈夫!? 顔色悪いよ」
「なんか、胃もたれしてきた」
濃すぎるメンツを想像するだけでお腹がいっぱいだった。
複雑に絡み合った人間関係にどうしたらいいのか頭が回らなくて、お腹を抱えたまま机に突っ伏した。
□□□
女子二名は早々に辞めていった。
女性は人口が少ないので引く手数多である。
そのためいくら名誉であっても、望みの薄い相手にただ時間を浪費するより、他にいい条件の相手が出たらそちらを優先するのはおかしくなかった。
男子もすでに何人か辞めている。
最初に浮かれていたグループのやつらで、皇子は来ないしもう面倒だからとレッスンに来なくなった。
残ったのは俺も含めて五名ほどだったが、ここに来てクラスの雰囲気は悪くなっていた。
それは、皇子のオズワルドが、とあるパーティーで発言したとされる台詞が広まっていたからだ。
皇子は自分は伝統ではなく、恋愛結婚を望む、と発言したというのだ。
本当かどうかは分からないが、今のこの現状、ほぼこちらに無関心な状態を考えれば間違いではないだろうと声が上がった。
そうなると、立場が悪くなったのは、イクシオだった。
今まで皇子は自分と結婚を決めているから来る必要がないなんて豪語していたのに、発言からすると候補者達は皇子の眼中にはないと言うことになる。
イクシオはデカいことを言っておきながら、何の役にも立たなかったと影で言われ始めた。
それはクラス内だけではなかった。
どこへ行ってもそう言って威張っていたのだろう、外でも同じように笑われることになってしまった。
今まで自信の塊みたいだったのに、クラスに行くと今は誰とも話さずに、小さくなって端の方に座っていた。
そんな姿を見ていたので、おそらくそのせいで泣いているのだと思うが、それがなぜここで?
俺より本格的な貴族のお坊ちゃんが?
こうなってくると自分に何かゲームのキャラを引き寄せるようなイベント運でも付いているのかと思ってしまう。
仕方なく泣き続けるイクシオの元に、飲み物を持って俺は近づいた。
「お帰りなさい。カフェロンドンへようこそ」
テーブルに突っ伏しているイクシオの肩がビクリと揺れた。
イクシオはふらりと入ってきてから勝手に席に着いたので注文はしていない。
俺は、テーブルの上にミルクたっぷりの甘味の強いお茶を載せた。
「どうそ。店からのサービスです。疲れた時は甘い飲み物がいいですよ。これを飲んで、少しでもお客様の心が晴れることを祈っています」
とにかく落ち着いてもらおうとお茶を用意した。
後はひとりでじっくりと考えてくれと思いながらその場を離れようとしたが、伸びてきたイクシオの手がガッチリと俺の腕を掴んできた。
「うううっ、店員さん。お願い、少し話を……聞いて、優しくしてもらえたの……久しぶり…ううう」
サクッと逃げるはずが、捕まってしまった。
イクシオはいまだ下を向いたままだが、誰かに誰でもいいから話を聞いてもらいたかったのだろう。その、ポディションにガッツリ俺が入ってしまった。
「は……はあ、僕でよければ……」
一瞬断ろうかと思ったが、常連客達の聞いてやれよという視線を感じて、仕方なく俺は対面の席に座った。
「ずっと……憧れていた人がいて……、その人のために自分を磨いて、必死に……その人に選ばれるように生きてきた……。周りにチヤホヤされて、自分が選ばれると思い込んで……僕は……バカだ……」
イクシオのような高位の貴族の家では幼い頃から徹底的な教育を受けると聞いていた。
家督を継ぐ長男、次男であるイクシオは皇家との繋がりを作るように厳しく言われてきたのだろう。
そして望み通り、最終候補者に残ったわけだが……
「ち、父からは、役立たずだと……。僕に魅力がないから……選ばれないのだと罵られて……、周りからはバカにされて……もう辛くて……家を飛び出して、気がついたらここに……」
イクシオはその時のことを思い出したのか、またおいおい泣き始めてしまった。
その痛々しい姿を見て、俺もなんだか胸が痛くなった。
「ご家族の詳しい事情は分かりませんが、お辛い状況なのですね」
候補者として立場は同じだが、うちの家はそこまで強くは言ってこない。
候補者に選ばれたら名誉だからそれで十分という感じだ。
他の家も多くがそうだろう。
皇子の信念に踊らされて、一番辛い立場になるのはイクシオなのだろうなと分かってしまった。
「忘れてみませんか? そんな男のこと」
「え………」
「どれだけ魅力のある方かは分かりませんが、少なくとも、こうやって貴方のような人を泣かせるなんて、そこまでいい男だとは思えません。本当に魅力のある人は、周りの人を笑顔にしたり、元気にしたりできる人です。貴方は十分綺麗で魅力的な人なのですから、そんな男にはもったいない。その、一緒にいて、笑顔になれるような人といる方が、幸せだと思います。……って、すみません、忘れろなんて……事情がありますよね。僕のような人間が偉そうに言うことじゃなかったです」
ここでやっとイクシオが顔を上げた。
泣き腫らした目のひどい顔だったが、俺と目が合うと予想通り驚いたように大きく見開かれた。
「君は……」
「ええと、まあ、こちらにも色々事情がありまして……」
結局こうなるのだからもう勘弁して欲しいと思いながら、俺は社会勉強というやつを毎回のように引っ張り出してきて説明することになった。
「ふーーん、事情は分かったけど、変わった子だね。だいたいライバルの僕の前にのこのこ出てきて、このことを言いふらされたらどうするの?」
「それは……まあ、マズイのはマズイですけど。そうなったらそうなったです」
「分かった、君は計画性がなくて無茶なタイプだ。それで? このお茶は賄賂ってやつ?」
「そ、そうですね。それを飲んで黙っていてくれたら助かります」
もう面倒なのでそれでいいやと投げやりに答えたら、イクシオは少し冷めてしまったお茶をカップに注いでゴクリと飲んだ。
「…………甘い」
「うわっ、甘すぎました? 砂糖の量間違えたかな、初めて僕が入れてみたので……」
覗き込んだらイクシオはまた泣いていた。
しかしその涙は先ほどとは違い、ポロリと頬をつたって下に落ちていった。
泣き腫らした顔だが、イクシオの金色の瞳は輝いていて、形の良い唇は薔薇の花のように赤かった。
やっぱり綺麗な人だなとしみじみ思ってしまった。
「美味しい、こんなに美味しいお茶は……初めて」
イクシオは泣きながら笑った。
いつも見かけるツンとした微笑みではなく、素直な子供のような笑顔だった。
同じ立場でありながら、ずっと離れたところにいた人だったが、今になってやっと本当のイクシオに触れたように感じだ。
「ここで三枚カードが揃ったら勝ちなんだ。他のゲームと違って頭を使う必要ないから、つまり運てやつね」
ふーんと言いながら、チクチクやっていたら刺繍針を指に刺して、俺は痛っと声を上げた。
「バカだなぁ。ほら見せて」
それほど血は出ていなかったが、イクシオは自分のハンカチを取り出して俺の指に当ててくれた。
「ありがとう、なかなか花の部分が上手くいかなくてさ」
「……いや、いいけど、なんでずっと刺繍やってるの?」
それを聞かれると長い話になる。
アリバイに使っている刺繍教室のためで、何も作っていないわけにいかないので、空き時間に作品を作っていると説明した。
「……って言うか、アンタ真面目? アホくさ、そんなの適当に依頼しなさいよ」
普通の貴族の感覚からしたら、イクシオの言っていることは至極当たり前なのだろう。
しかし、金を稼ぐためにバイトをしているのに、金を使って刺繍を依頼したら意味がなくなってしまう。
本当の目的を話すわけにいかないので、これも含めて社会勉強なのだと言い切るしかなかった。
俺達の様子を、他の候補者達が可哀想だなという顔で見てきた。
おそらく孤立してしまったイクシオが、仕方なく元々ひとりでいた男に話しかけているのだろうという哀れみの視線だと思われる。
落ちるところまで落ちたな、なんて声が聞こえてきて腹が立ってしまった。
イクシオの方はそんな声など気にせずに、楽しそうに俺に話しかけてくる。
傷心のイクシオとカフェでじっくり話してから、イクシオは常連になってしまい、週一のレッスンでも一緒に過ごすようになった。
もともとのツンとした性格のせいか、俺に手厳しいことを言ってくるが、バイトの件を言いふらしたりすることもなく、優しい男だということが分かった。
それからは、俺も心を開いて接するようになった。
「で、ここまで勧めたんだから、行こうよ、カジノに」
イクシオは先ほどから俺をカジノに熱心に誘ってきた。
この世界の貴族の遊びといえば賭け事で、若い頃から紳士の遊びとしてみんな気軽に出かけるのだそうだ。
「いやー、ムリ。僕、運とかないから、身ぐるみ剥がされるのが目に見えてる」
カードなら簡単だからと言われたが、どう考えてもトロい俺はまともに揃えられなくてカモにされるに決まっている。
せっかく貯めているバイト代がなくなったら今までの苦労が水の泡だ。
「えー、VIPカードもあるから、特別スペースに入れるよ。それに、誘ったのは僕だから奢るよ。勝ち分は全部シリウスにあげるし」
「えっ」
その条件はなかなか魅力的だと耳が動いてしまった。雇われの身では小金しか稼げない。ここは、ひとつ、一攫千金を…………
そう考えてぶるりと震えて首を振った。
絶対上手くいかないフラグしか見えなくて、飛び込んだら終わりだと自分に言い聞かせた。
「やっぱり僕には……」
その時、両開きの教室のドアがバンと音を立てて開かれた。
飛び込んで来たのは候補者のひとりで、荒い息を吐きながら聞いてくれと掠れた声を上げた。
「パーティーが決まったぞ! 二週間後、皇太子殿下の帰国を祝うパーティーが開催される。オズワルド様も出席予定で、候補者も参加が決まった!」
「皇太子殿下が帰国されたのか!? オズワルド様に久々に会えるなんて、嬉しい!」
「皇太子殿下は一時帰国らしい。けどお二人と同じ空気が吸えるなんて……」
教室内は一気に興奮した空気に包まれて、みんな立ち上がって手を取り合って喜んでいた。
俺は盆と正月が一緒に来たような事態に、混乱して状況が飲み込めなかった。
オズワルドが参加するパーティーに出る……、そんでもって皇太子が来る、ということは……シリウスの兄もおそらく来る。兄とは憑依してから初めて会うことになる。
「ちょっ、シリウス? 大丈夫!? 顔色悪いよ」
「なんか、胃もたれしてきた」
濃すぎるメンツを想像するだけでお腹がいっぱいだった。
複雑に絡み合った人間関係にどうしたらいいのか頭が回らなくて、お腹を抱えたまま机に突っ伏した。
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