悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第二章 成長編(十五歳)

3、皇子様の気まぐれ

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 突然のオズワルドの登場に俺も驚いたが、オズワルドも驚いた顔になった。
 それはそうだろう、ニールソンが俺をすっぽりと後ろから包んで、頬っぺたを両手で摘んでいるからだ。

「すっ……すまない、恋人との逢瀬の最中だったか」

「恋人だなんて、殿下まだそこまでは……」
「違います! 僕達は友人同士です」

 変な誤解を生むといけないと思い慌てて否定したが、ニールソンからぐえっと唸るような声が聞こえてきた。

「……ニールソンがそんなに心を許しているなんて。ああ、挨拶が遅れたな、ニールソンとは今、特別授業で机を並べている。オズワルド・ネイト・グランドオールだ」

 心を許し過ぎているのだが、なるほどそういう事だったかと線がつながった。
 三人の令息は皇子とは学友という設定だったが、入学前の特別生の時点で、ニールソンは皇子と仲良くなって、他二人も知り合うことになるのだろう。

「殿下、彼の事をご存知ないのですか? シリウスは貴方の婚約者候補ですよ」

「え?」

「ど、どうも。ちゃんとご挨拶できなかったので、こちらこそ遅くなってしまい申し訳ございません。シリウス・ブラッドフォードです。あっ、あの、気にしないでください。候補者はたくさんいますし、そのうちの一人ですから……」

 この男はもともと候補者から結婚相手を見つける気などない。
 政略結婚より、自分がピンとくる相手を、つまり恋愛結婚を望んでいるからだ。
 俺のことを知らないのも、興味がないのだから当然だろう。

「すまない、事情があって候補者とは距離を置いていて……、最低だな、顔も覚えていないなんて……」

「あの、本当にお気になさらないでください。殿下にはお考えがあるのだろうと分かっておりますから、どうか思うようにしてください。応援しておりますので」

 全然気にしないで、なるべくなら記憶から消してくださいと頭の中で思いながら、にこりと微笑んだ。
 正直言って皇子とはあまり関わりたくない。
 どうせ候補者になど興味もないのだから、ああそうかと言って流してくれて構わなかった。

「まだ伝統を壊すなんてことを言っているのですか? 伝統といっても壊していいものもあれば、大切にするべきものもあると思いますがね」

 ニールソンはすでにオズワルドとはずいぶん仲がいいようだ。ズケズケとした物言いに驚いたが、オズワルドは怒ることもなく苦笑いしていた。

「まぁ私としてはそれで全然構いません。なぜなら皇室などという蠱毒のような場所に可愛いシリウスを閉じ込めるなんて、絶対に許せません! いくら皇子殿下といえ、シリたんの頬っぺたの権利は誰にも譲りませんからね」

 そんな権利は切り売りしていないはずだが、ニールソンは勝手に第一人者として占有しているようだ。
 呆れてものも言えないし、皇子の前で最悪だと目眩がした。

 普段のニールソンと違いすぎて驚いたのだろう、ポカンとした顔になったオズワルドは、すぐにぷっと吹き出して笑った。

「はははっ、なんだっ、私は何を見ているんだ? 鉄仮面とか、理性の鬼だと言われているニールソンにこんな一面があったなんて……」

 本当におかしいのか、オズワルドは腹を抱えて苦しそうにして、笑いが止まらなくなっている様子だった。

 それはそうだろう。
 このニールソンの変なところは、俺達友人同士の間でしか知られていない。
 ついに貴方も目撃者の一人になりました、おめでとうとオズワルドに心の中で声をかけた。

「すまない、笑いすぎた。それにしても、こんなに面白い者がいるなんて、サファイア宮に顔を出してみるのもいいかもしれないな」

 ん?

「ニールソン、もう少し君のその変貌ぶりを見ていたいが、薬学の実験が始まるからそろそろ行かなくては」

「そうでしたね、残念ですが仕方ないです。シリたん、また、直ぐにでも……補給しに来ますから」

「来なくていい、来ないでくれ」

 名残惜しそうに俺の頬っぺたをさわさわしていくニールソンの手を振り払って、さっさと行けと背中を押した。
 本当は足で尻を蹴ってやるくらいの気持ちだったが、皇子の手前下品なことはできないと我慢した。
 そんな俺達のやり取りを、オズワルドはまた吹き出しそうな顔で見ていた。

 やっと去って行ってくれる二人の背中を見ながら、ようやく行ってくれたと俺は大きなため息をついた。
 先ほどのオズワルドの言葉に、若干気になるものがあって嫌な予感がしたのだが、ぶるぶると体を震わせて気のせいだと思うことにした。





 しかし、その嫌な予感はすぐに当たることになった。




 皇子と初対面してから数日、今日はダンス室で社交ダンスのレッスンだった。
 もう何度かやっているが、教師が踊るところを見て、実際に踊ってみるという単純な繰り返しで体で覚えるという内容だった。

 背が高い方が男性パート、低い方が女性パートを踊ることになっていて、ランダムでペアになって練習していた。
 俺のペアは女の子で、その子と背の高さはあまり変わらなかった。

 剣もそうだが、運動系は本当にダメな俺は、ダンスももちろんダメダメだった。
 先ほどから何度も女の子の足を踏んでいたし、変な動きだと教師からも指摘されて、周囲からはクスクスという笑い声と、バカにするような言葉が聞こえてきた。

 分かっている。
 俺は人より動きが遅いから、音楽に全然合わせられない。
 どうしても一歩遅れてしまう。

 こんな時にアスランがいてくれたら……

 シリウス、いいよ
 僕がシリウスに合わせるから、大丈夫
 ゆっくりでいいよ
 音楽なんていらないよ
 僕が歌ってあげるから……


「痛い!」

 何度目か分からないがまた女の子の足を踏んでしまい、ついにキレられてしまった。

「ちょっと! いい加減にして。全然上手くできないじゃない! ワザとやってるの?」

「ごめっ……、そんなつもりは……」

 女に怒られてるぞ、ダセー、下手くそと周囲は手を叩いて笑い出した。
 恥ずかしくて悔しくて、俺は下を向いて動けなくなってしまった。

「えっ………」

 その時、誰かの驚くような声が聞こえて、一瞬で騒がしかったダンス室が静かになった。
 座っていた者達が一斉に立ち上がったのを見て、これは誰か来たのかと俺も入り口の方に体を向けた。

 教師が慌てて手を叩いて、音楽を止めてと声を出した。

「帝国の星、ゾウ神の神子、オズワルド殿下にご挨拶申し上げます」

 候補者達全員が一斉に声を上げて頭を垂れた。
 部屋に入ってきたのは、あの儀式から約二ヶ月ぶりになる皇子のオズワルドだった。

 まさか顔を出そうかな、なんて言っていたが本当に来るとは思わなかった。
 いや、きっとそろそろ来てくれとせっつかれていたのだろう。
 それがこのタイミングだったということか……。

「いい、みんな楽にしてくれ」

 オズワルドがそう言って部屋の中へ入ってくると、一気に温度が上がった。
 誰もが自分に声がかかるのではないかと、期待に胸が膨らむ様子が分かった。

 そんな中でオズワルドを迎えるように、ずいっと前に出てきたのはイクシオだった。
 微笑を浮かべながら、優雅な足取りでオズワルドの前に出てきた。

「オズワルド様、お会いできて嬉しいです」

「ああ、イクシオ。久しいな。相変わらず、其方の美しさは眩しいくらいだ」

「お褒めいただき光栄にございます」

「実は外から皆の練習の様子を見させてもらった。頑張っているようだな」

 そこに教師がやってきて、オズワルドにぜひここで練習を見てくれないかと声をかけた。
 間近で見られるなんてと、その言葉に一斉に緊張が走った。

「せっかくだから私も参加していいだろうか?」

 オズワルドがダンスをしたいと言い出したので、ワァァと歓声が上がった。
 この場合、相手役はやはりイクシオになるのだろうと誰もが思った。
 イクシオも胸に手を当てて一歩前に出たが、皇子はスッとその横をすり抜けてしまった。

「ああ、いたいた。ぜひ踊ってみたいと思ったんだ君と……」

「え…………」

 皇子の足は真っ直ぐ俺の方へ向かってきて、しっかりと目が合って、どう考えても俺に声がかけられてしまった。

 間違いじゃないかと周りを見渡したが、全員の視線が痛いほど飛んできて、肌がビリビリと痺れるほどだった。

「シリウス・ブラッドフォード、私と踊っていただけますか?」

 ダメ押しのように名前を呼ばれて、手を差し出されてしまった。
 視界が揺れて汗が一気に吹き出してきた。
 やはりこれは何かの間違いだと頭の中で繰り返していた。






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