悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第一章 出会い編(十歳)

11、悪役令息の変化

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 またもや俺はやってしまった。
 他の登場キャラと俺の接点なんてないのと同然だと思い込んでいて、リカード達三人の前で、悪役令息キャラを作るのを完全に忘れていた。

 というか、同年代の子供の相手なんて適当にごまかせると考えていた。
 それが間違いで、登場キャラ達の子供時代はもうすでに作り上げられていた。
 俺がひとりでアホみたいに穴に落ちて、お尻を怪我して手当てしてもらい、さんざん遊ばれたような気がする。

 交流会からの帰りの馬車の中で、たくさん食べて動いたアスランは爆睡だった。
 よく食べてよく寝て元気でよろしいが、そういうことじゃない。

 俺は嫌われ者キャラのシリウスなんだから、しかも接点のない登場キャラ達と仲良くなるなんてどう考えてもマズい気がする。

 ゲーム内でシリウスが孤立していたかといえばそうではない。
 悪役らしく、いわゆる自分を支持する子爵や男爵の令息達を集めていた。
 彼らはもともと素行が悪い連中で、学校では問題児とされていた。
 そんなヤツらに金をチラつかせて、駒として使っていたのだ。
 たいていがアスランへの嫌がらせ要員で、自ら手は下さず、物を隠したり壊したり、噂話を広げたりなどなど、彼らを使ってやりたい放題にやる、というのがシリウス十八歳のスタイルだ。

 まあ、そんなもの正直言って友人とは言えない。
 健としての俺もそうだが、シリウスも友人には恵まれなかったらしい。

 リカードは俺のことを友達だと言ってくれた。
 そして、仲良くなりたいと……。

 あの三人と仲良くすることが、今後のゲームの展開に何か問題を及ぼすかと考えたが、特に思いつかなかった。
 人気者の三人組だ。
 一時期興味を持って遊んでくれても、それほど経たないうちに飽きられて呼ばれなくなるだろう。

 この世界の流れがメインルートで進むなら、気をつけなければいけないのは皇子くらいだ。
 後は舞台に立ってから、何とか上手く立ち回れば問題ないかもしれない。

 ふつふつと欲が湧いてきてしまった。
 同年代の友人ができるかもしれない。
 ソッコーで飽きられる可能性大だけど、もしかしたら現実世界で経験できなかったような友情を感じることができるかも……。

「……いいかな、少しくらい」

 アスランとの関係を見直したら、父親から新しい世界を紹介されて、一歩前に出たら、また違う世界が広がった。

「少し……少しの間だけ」

 ゲームの舞台が始まれば、悪役としての出番は回避できないが、せめて子供時代で、限られた人たちの前では好きなように過ごしてみてもいいかもしれない。
 それくらい神様は許してくれるだろうか。

 俺は凝り固まった胸の内を少し緩めて、違う歩き方をしてみようかと思い始めていた。

 いつの間にか俺の膝の上に頭を乗せて、無邪気な顔で寝ているアスランを見て、くすぐったくて温かい気分になった。
 あまりに可愛く見えて、思わずその頭に触れて撫でてしまった。
 銀糸のような髪はサラサラで絹のような手触りだった。

 いつかきっと、この関係が否応なしに崩れてしまう日が来る。
 それまでは……

 窓から見える赤くなった空を見ながら、俺はアスランの頭をずっと撫で続けた。








 ⭐︎⭐︎⭐︎






 リカードのお友達認定は冗談ではなかったらしい。
 それから、アスランと俺はスレイマン公爵邸に頻繁に呼ばれるようになった。

 俺的にはまだアスランのおまけのつもりだったが、ちゃんとお茶やお菓子も用意されていて、遊びに行くと三人とも歓迎してくれた。

 ただお茶をするだけの日もあったし、街へ行ったり、馬で遠乗りに行ったり、近くの森に遊びに行くことも多かった。
 森の中にある池で釣りをしたり、幻だと言われる蝶を見たと聞いて、みんなで捕まえようと何日も探し回ったり、本当に子供に戻ったような楽しい日々を過ごした。

 アスランは早々に丁寧語をやめて普通に話すようになり、結局俺もそれに続いた。

 すぐに飽きられて呼ばれなくなると思ったが、リカード達と出会ってから、気がついたらもうすぐ五年の月日が経とうとしていた。



 この五年で変わったことといえば、十五になった俺の背が20センチ伸びたこと。
 やっと160センチ近くになった。

 まあ…………それだけだ。

 頭が大して良くなったわけでもなく、運動系も変わらずそのまま大きくなっただけ。
 順調に平凡な才能を発揮して生きている。

 相変わらず使用人や教師の前では我儘で傲慢なお坊ちゃんを演じているが、アスランやリカード達といる時は、作ることなく自然に接していた。



「シリウス。ごめんね、待った?」

 ピンク色の髪を風に靡かせながら、妖艶な空気を纏って階段の上から降りてきたのはリカードだ。
 この五年で背は俺より高くなり、すらっとした細身で長い手足が美しく、モデルのように成長を遂げていた。
 ただ階段を降りるだけでも優美な姿に、すれ違う人々の視線はリカードに釘付けだった。

「いや、今来たところ……。ニールソンは?」

「先週からクラスが始まったから忙しいって」

「そっか、ニールソンはいよいよ来年は貴族学校に入学かぁ……」

 十歳の頃に出会って、それから変わらず友人として過ごしてきた俺達も、それぞれ転機が訪れていた。

 ニールソンは来年の貴族学校入学を控えて、前年から優秀な生徒だけが集められるクラスに入った。
 今日は町の図書館の前で、みんなで待ち合わせをしていた。ニールソンはしばらく忙しいと言ってたが、やはり友と遊ぶ時間はなかなか作れなくなってきたようだ。

 リカードもまた、待ち合わせには来てくれたが、家業を手伝って領地を回ったり、すでに簡単な事業を手がけていて忙しくしている。

 そして、アスランとカノアは………

「おーい、リカード、シリウス。悪い、遅くなった」

 ドカドカと地面が揺れるかの勢いで足音が聞こえてきた。
 走ってきた巨体の男はカノアだ。
 背はリカードよりも高く、全身はち切れそうな筋肉で覆われている。
 大人顔負けというか、もう大人にしか見えない逞しい体が出来上がっている。いかつい眉に鋭い目つき、熊を思わせるようなどっしりとした存在感でどこにいてもすぐに分かった。

「カノアが悪いんだよ。食堂で食べまくってなかなか終わらないから遅くなっちゃったよ」

 カノアの後ろからアスランが現れた。

 カノアの巨体には及ばないが、こちらも同じくらい背が高く、胸や腕は盛り上がっていて、服の上からでも逞しい体つきが想像できる。
 ガリガリで倒れそうな美人だったアスランはもうどこにもいない。
 俺より頭ひとつデカくて、逞しすぎる男に成長していた。
 昔は可愛すぎる顔とムキムキな体がアンバランスだったが、全体的に成長して美形の顔ではあるが、上手いことバランスが整ってきた。
 BLゲームで男にモテモテになるはずだが、今のところ声をかけてくるのは令嬢ばかりだ。
 従姉妹のロティーナの好みとは離れてしまったらしいが、逞しい男を好む女の子からはどうも好評らしい。
 後三年で、あの概要本に載っていた儚げ美人に本当になるのか、いよいよ訳が分からなくなってきた。
 イラストだから、実物との違いは多少なりとある、ということ……だろうか、苦しいけど。

「それはそうと、二人とも騎士団訓練生に選ばれたんだね。おめでとう」

 リカードが手を叩いてお祝いの言葉を口にしたので、俺も一緒に手を叩いて笑顔を見せた。

 そうなのだ。
 今日は難関と呼ばれる騎士団訓練生のテストにカノアとアスランが合格したお祝いに集まったのだ。
 これに選ばれたら、騎士団の中でもエリートコースに乗ったと言っても過言ではない。
 今から三年間、養成所で寮生活を送り、みっちり剣術の稽古に勤しむことになる。
 そして三年後、貴族学校でゲームスタートと共に、再び全員で同じ土を踏むことになるのだ。

 あの公爵邸で出会い、毎日のように泥だらけになって遊んだ俺達。
 それぞれが子供から大人へと変化していくように、新しい道を進んでいく。
 ニールソンにリカードにカノア、そして一緒に暮らして大きくなってきたアスランも、先に進もうとしていた。
 俺はみんなが笑いながら話している後ろ姿を見ながら、切ない気持ちになってしまった。

 そして、みんなが進んでいくように、俺にもまた別の道が用意されていた。
 昨夜、父であるブラッドフォード伯爵に呼び出された俺は、例の知らせを受けた。

 まだ誰にも話していないが、お祝いの席でみんなに話そうと思っていた。
 おそらく、情報通のリカードはもうすでに知っていると思われる。
 カノアは普通に驚くかもしれない。

 アスランが……なんと言ってくるか、それを思うと胸がチクリと痛んだ。

「シリウス、どうしたの? 早くおいでよ」

 一人立ち止まっていた俺に気がついたのはアスランだった。
 シリウスになっても、人より遅くてのろのろしてしまう俺のクセは消えない。
 そんな時、いつも気がついて手を差し伸べてくれるのはアスランだった。

 今だってそうだ。
 アスランはもたもたしている俺に手を伸ばしてきてくれた。
 俺はずっとそうしてきたように、アスランの手を掴んだ。

「後で二人で抜け出しちゃってもいいかも。アイツらうるさいしね」

 アスランの笑顔は、初めて見せてくれた時と変わらない。流れる水のように澄んでいて美しくて、キラキラしていた。

 遠くで遅いぞと叫ぶカノアの声が聞こえてきた。俺とアスランは目を合わせてクスッと笑った後、二人が待つ方向に手を繋いだまま走り出した。


 変わりゆくそれぞれの日常。

 大きな変化の波が、すぐそこまで来ているのを感じていた。




 □一章・終□
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