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第一章 出会い編(十歳)
10、悪役令息とお友達
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ノックの音が響いて、リカードがどうぞと声をかけると、開けられたドアからアスランが入ってきた。
部屋の中に入ってすぐ、俺のことを見つけたアスランは目を大きく開いた後、勢いよく走ってきた。
「シリウス! なんでっ、そんな格好……!? コイツらにいじめられたの!?」
アスランの慌てぶりに、そういえばまだ着替えの途中だったと気がついた。
主人公と登場キャラの出会いに完全に気を取られていた。
俺の格好は借りたシャツに手を通したくらいで、下はまだズボンを履いていなかった。
人が集まっている中心で、一人だけ脱いでいたので変な誤解をさせてしまった。
「違うんだ、アスラン。庭園で転んで服を汚してしまったから、リカード様のご厚意で服を貸してもらったんだ。何も言わずに離れて悪かったな、大丈夫だから」
多少逞しくはなったが、アスランの透き通るような美しさは変わらない。
部屋全体の空気がアスランの登場で華やかになった気がした。
三人はきっとアスランにドキドキしているんじゃないかな、と思いながらヘラヘラ笑っていたら、近づいてきたアスランがシャツの前を合わせてボタンを留め始めた。
「あ、アスラン、みんなに紹介を……」
「そんなのは後だ! なんて格好しているんだよ。シリウスの肌を他人に見せたくない!」
何だそれはとよく分からないことでアスランはムッとした顔をして怒っているようだった。
この勢いだとお尻に薬を塗ってもらったなんて言ったら、アスランは発狂するかもしれない。
それは言わないでおこうと口を閉じた。
アスランの変な言動に他の三人はポカンとした顔をしていた。
仕方なく、服を着せられている状態だが、三人にアスランを紹介した。
「ああ、君がブラッドフォード伯爵が後援者になった子だね。噂は聞いているよ。聖力もあってかなり優秀みたいだね」
さすがリカードは顔が広そうなので、こういった話題はすぐに耳に入ってくるのか、アスランのことも知っていたようだ。
褒められたアスランは、俺にズボンを履かせながら興味なさそうにどうもと言った後に、自分の名前を簡単に言って挨拶を終わらせてしまった。
同年代の憧れの元である三人を前にして、あまりにも塩対応なので、三人はそれぞれ驚いた顔をしていた。
「ほら、これでいい。服なら使用人を呼んで任せればいいのに。心配したよ、シリウス……勝手にいなくならないで」
しまったと思った。
アスランは概要本にもある通り、繊細な男だった。
少し言い合ったくらいで池に落ちようとするやつだ。知らない場所で一人にするんじゃなかったと気がついた。
今も置いて行かれたと思ったのか、悲しそうな顔で目尻に涙が浮かんでいて、それを見たら胸がキュッとして熱くなってしまった。
「わ……悪かった。アスランが食べていたから邪魔したら悪いと思って……。ごめんな、ほら泣くなって……」
ハンカチを出そうとしたら、自分の服ではないので入っていなかった。するとそこで俺の前にスッとハンカチが差し出された。
見るとニールソンがこれを使ってと貸してくれた。さすがこの中では年長者だけあって、年下の扱いには慣れているのかもしれない。
ありがとうございますと言って受け取って、そのハンカチをアスランの目元に当ててあげた。アスランはグスグスと鼻をすすりながら、俺に抱きついて胸に顔を擦り寄せてきた。
「お前、アスランだっけ? なかなかいい体してるな、鍛えてるのか?」
アスランの甘えん坊っぷりが出てしまい、変な空気になったところに、空気を読まないタイプのカノアが普通に話しかけてきた。
同じ体を鍛えているもの同士、指摘せずにはいられなかったのだろうか。
「……少しだけ」
「へぇ、服が体に合ってないくらい肉が張ってるじゃん。剣もやるのか?」
「少しね」
カノアのテンションが明らかに上がった。
そして、アスランの目にもギラついた光が宿った。
俺にはよく分からないが、ある程度その道を極めていくと、同じように進む者を求めるのかもしれない。
「手合わせしないか? 俺の周りは弱いやつばかりでつまらないんだ」
「……いいよ。ちょうどよかった。僕もお腹いっぱいだし、体を動かしたかったんだ」
アスランとカノアの間にバチバチと火花が飛んだのが見えた。
これが初恋シーンなのかと俺はポカンとしながらその様子を眺めていた。
「くっ……やるな」
「カノアこそ、ただの筋肉バカだと思ってたけど、よくこの攻撃を受け止めたね」
「ふん、まだまだ。今度はこっちだ!」
「こっちだって!」
せっかくの着飾った格好は、泥と砂にまみれてひどいものになっていた。
それでも本人達はお互い強者に会って楽しいらしく、汗だくになりながら練習用の木の剣を振り回していた。
公爵邸の屋外練習場で、アスランはカノアに誘われて手合わせをすることになった。
お互い技術的に同じくらいらしく、二人は目をキラキラさせながら剣を振って、土の上に転がっても嬉しそうにしながら手合わせを楽しんでいた。
その様子を俺とリカードとニールソンは、テラス席でお茶を飲みながらのんびり鑑賞していた。
「まるで水を得た魚だね」
「同感……、このままだと夜までやってそうだ」
ニールソンは本を読みながら優雅にお茶を口に運び、リカードはにこにこしながら俺に話しかけてきた。
普段何をしているかなど他愛もない会話をしているが、本当にこれでいいのかと気が抜けてしまう。
二人の自然な様子から、これが三人の日常なのかなとぼんやりと分かった気がした。
「あの……交流会の方はいいんですか? 主催のリカード様が不在では……」
「いいのいいの。毎回、こんな感じで、僕は途中から消えるから。それよりシリウス、こっちのお菓子も食べてみてよ。シリウスの口に合うといいな」
「は、はい」
リカードにあーんと言われたので、口を開けたらそこにフォークでカットされたタルトを入れてもらった。
くるみの歯応えが面白くて味も美味しかった。
「んっ、美味しいです」
「じゃ、次はこれ」
「んんっ、ちょっ……」
次々と甘いものを投入されて、頬がパンパンになってしまった。
口の中で優先順位を付けて飲み込まないといけないと慌てていたら、それを見たリカードはぷっと噴き出して笑い出した。
「リカード、シリウスで遊ぶなよ。可哀想だろう」
「いや、だって……ふふっ、あんまり可愛いからさ」
中身社会人の俺が、お子様に笑われるなんてと恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
というか、この二人が子供の雰囲気がなさすぎて、立場がよく分からなくなってしまう。
「シリウス、お茶を飲んで。そう、水分が入れば喉を通りやすくなるから」
ついには本を閉じたニールソンがお茶を淹れてくれて、俺に飲ませてくれた。
素直に従っているが、この状況はなんだと混乱しかなかった。
「ねえ、シリウス。僕達もう友達だよね。アスランもカノアが気に入ってくれたみたいだし、これからも遊びに来てよ」
「んっ……んん」
口を開こうとしても、口の中がいっぱいで鼻から息が抜ける音しか出てこなかった。
「えっ、いいの! 嬉しいな!」
「騒がしくなりそうだが、シリウスとアスランなら歓迎するよ」
飲み込むことに集中していたら、勝手に了承したことになっていて、リカードに手を握られて喜ばれてしまった。
ニールソンも穏やかに笑っているので、今さら遠慮しますとも言えず、やっとそこで口の中に残ったものをごくっと飲み込めた。
「ええっ、えっと、お二人は……その、アスランを……」
「え? なに?」
カノアはあの通りだし、二人がアスランを気に入ったというなら、ゲームの流れ通りだろう。
俺はおまけみたいなものだから、気を使ってもらわなくてもいいと言おうと思った。
「アスランを気に入ったなら、父に頼めばこちらに通わせることもできます。僕は一緒じゃなくても大丈夫なので……」
「ちょっと待って。アスランは面白そうな子だと思うけど、シリウスが来ないなんてこっちが大丈夫じゃない」
リカードは俺の手を掴んでぐいぐい顔を近づけてきた。
その勢いに引いていたら、横からニールソンの手が伸びてきて、リカードを押さえてくれた。
「ごめんね、シリウス。リカードは熱くなると強引なところがあるから。つまりさ、君とも仲良くなりたいってことだよ」
「え……ぼく、と……?」
今の今まで俺は自分はこの件には関係ない部外者だと思っていた。
アスランとの橋渡し程度で、後は忘れられるくらいの立ち位置だと思っていたのだ。
それが俺と仲良くなりたいなんて言われたものだから、呆然として体の力が抜けてしまった。
「うん、シリウスと」
リカードが花が咲いたような笑顔でふわりと笑った。
今まで自然に接してしまったが、これは悪役令息としてマズイことになってしまったかもしれない。
想像していなかった事態に、小さく震えたのだった。
□□□
部屋の中に入ってすぐ、俺のことを見つけたアスランは目を大きく開いた後、勢いよく走ってきた。
「シリウス! なんでっ、そんな格好……!? コイツらにいじめられたの!?」
アスランの慌てぶりに、そういえばまだ着替えの途中だったと気がついた。
主人公と登場キャラの出会いに完全に気を取られていた。
俺の格好は借りたシャツに手を通したくらいで、下はまだズボンを履いていなかった。
人が集まっている中心で、一人だけ脱いでいたので変な誤解をさせてしまった。
「違うんだ、アスラン。庭園で転んで服を汚してしまったから、リカード様のご厚意で服を貸してもらったんだ。何も言わずに離れて悪かったな、大丈夫だから」
多少逞しくはなったが、アスランの透き通るような美しさは変わらない。
部屋全体の空気がアスランの登場で華やかになった気がした。
三人はきっとアスランにドキドキしているんじゃないかな、と思いながらヘラヘラ笑っていたら、近づいてきたアスランがシャツの前を合わせてボタンを留め始めた。
「あ、アスラン、みんなに紹介を……」
「そんなのは後だ! なんて格好しているんだよ。シリウスの肌を他人に見せたくない!」
何だそれはとよく分からないことでアスランはムッとした顔をして怒っているようだった。
この勢いだとお尻に薬を塗ってもらったなんて言ったら、アスランは発狂するかもしれない。
それは言わないでおこうと口を閉じた。
アスランの変な言動に他の三人はポカンとした顔をしていた。
仕方なく、服を着せられている状態だが、三人にアスランを紹介した。
「ああ、君がブラッドフォード伯爵が後援者になった子だね。噂は聞いているよ。聖力もあってかなり優秀みたいだね」
さすがリカードは顔が広そうなので、こういった話題はすぐに耳に入ってくるのか、アスランのことも知っていたようだ。
褒められたアスランは、俺にズボンを履かせながら興味なさそうにどうもと言った後に、自分の名前を簡単に言って挨拶を終わらせてしまった。
同年代の憧れの元である三人を前にして、あまりにも塩対応なので、三人はそれぞれ驚いた顔をしていた。
「ほら、これでいい。服なら使用人を呼んで任せればいいのに。心配したよ、シリウス……勝手にいなくならないで」
しまったと思った。
アスランは概要本にもある通り、繊細な男だった。
少し言い合ったくらいで池に落ちようとするやつだ。知らない場所で一人にするんじゃなかったと気がついた。
今も置いて行かれたと思ったのか、悲しそうな顔で目尻に涙が浮かんでいて、それを見たら胸がキュッとして熱くなってしまった。
「わ……悪かった。アスランが食べていたから邪魔したら悪いと思って……。ごめんな、ほら泣くなって……」
ハンカチを出そうとしたら、自分の服ではないので入っていなかった。するとそこで俺の前にスッとハンカチが差し出された。
見るとニールソンがこれを使ってと貸してくれた。さすがこの中では年長者だけあって、年下の扱いには慣れているのかもしれない。
ありがとうございますと言って受け取って、そのハンカチをアスランの目元に当ててあげた。アスランはグスグスと鼻をすすりながら、俺に抱きついて胸に顔を擦り寄せてきた。
「お前、アスランだっけ? なかなかいい体してるな、鍛えてるのか?」
アスランの甘えん坊っぷりが出てしまい、変な空気になったところに、空気を読まないタイプのカノアが普通に話しかけてきた。
同じ体を鍛えているもの同士、指摘せずにはいられなかったのだろうか。
「……少しだけ」
「へぇ、服が体に合ってないくらい肉が張ってるじゃん。剣もやるのか?」
「少しね」
カノアのテンションが明らかに上がった。
そして、アスランの目にもギラついた光が宿った。
俺にはよく分からないが、ある程度その道を極めていくと、同じように進む者を求めるのかもしれない。
「手合わせしないか? 俺の周りは弱いやつばかりでつまらないんだ」
「……いいよ。ちょうどよかった。僕もお腹いっぱいだし、体を動かしたかったんだ」
アスランとカノアの間にバチバチと火花が飛んだのが見えた。
これが初恋シーンなのかと俺はポカンとしながらその様子を眺めていた。
「くっ……やるな」
「カノアこそ、ただの筋肉バカだと思ってたけど、よくこの攻撃を受け止めたね」
「ふん、まだまだ。今度はこっちだ!」
「こっちだって!」
せっかくの着飾った格好は、泥と砂にまみれてひどいものになっていた。
それでも本人達はお互い強者に会って楽しいらしく、汗だくになりながら練習用の木の剣を振り回していた。
公爵邸の屋外練習場で、アスランはカノアに誘われて手合わせをすることになった。
お互い技術的に同じくらいらしく、二人は目をキラキラさせながら剣を振って、土の上に転がっても嬉しそうにしながら手合わせを楽しんでいた。
その様子を俺とリカードとニールソンは、テラス席でお茶を飲みながらのんびり鑑賞していた。
「まるで水を得た魚だね」
「同感……、このままだと夜までやってそうだ」
ニールソンは本を読みながら優雅にお茶を口に運び、リカードはにこにこしながら俺に話しかけてきた。
普段何をしているかなど他愛もない会話をしているが、本当にこれでいいのかと気が抜けてしまう。
二人の自然な様子から、これが三人の日常なのかなとぼんやりと分かった気がした。
「あの……交流会の方はいいんですか? 主催のリカード様が不在では……」
「いいのいいの。毎回、こんな感じで、僕は途中から消えるから。それよりシリウス、こっちのお菓子も食べてみてよ。シリウスの口に合うといいな」
「は、はい」
リカードにあーんと言われたので、口を開けたらそこにフォークでカットされたタルトを入れてもらった。
くるみの歯応えが面白くて味も美味しかった。
「んっ、美味しいです」
「じゃ、次はこれ」
「んんっ、ちょっ……」
次々と甘いものを投入されて、頬がパンパンになってしまった。
口の中で優先順位を付けて飲み込まないといけないと慌てていたら、それを見たリカードはぷっと噴き出して笑い出した。
「リカード、シリウスで遊ぶなよ。可哀想だろう」
「いや、だって……ふふっ、あんまり可愛いからさ」
中身社会人の俺が、お子様に笑われるなんてと恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
というか、この二人が子供の雰囲気がなさすぎて、立場がよく分からなくなってしまう。
「シリウス、お茶を飲んで。そう、水分が入れば喉を通りやすくなるから」
ついには本を閉じたニールソンがお茶を淹れてくれて、俺に飲ませてくれた。
素直に従っているが、この状況はなんだと混乱しかなかった。
「ねえ、シリウス。僕達もう友達だよね。アスランもカノアが気に入ってくれたみたいだし、これからも遊びに来てよ」
「んっ……んん」
口を開こうとしても、口の中がいっぱいで鼻から息が抜ける音しか出てこなかった。
「えっ、いいの! 嬉しいな!」
「騒がしくなりそうだが、シリウスとアスランなら歓迎するよ」
飲み込むことに集中していたら、勝手に了承したことになっていて、リカードに手を握られて喜ばれてしまった。
ニールソンも穏やかに笑っているので、今さら遠慮しますとも言えず、やっとそこで口の中に残ったものをごくっと飲み込めた。
「ええっ、えっと、お二人は……その、アスランを……」
「え? なに?」
カノアはあの通りだし、二人がアスランを気に入ったというなら、ゲームの流れ通りだろう。
俺はおまけみたいなものだから、気を使ってもらわなくてもいいと言おうと思った。
「アスランを気に入ったなら、父に頼めばこちらに通わせることもできます。僕は一緒じゃなくても大丈夫なので……」
「ちょっと待って。アスランは面白そうな子だと思うけど、シリウスが来ないなんてこっちが大丈夫じゃない」
リカードは俺の手を掴んでぐいぐい顔を近づけてきた。
その勢いに引いていたら、横からニールソンの手が伸びてきて、リカードを押さえてくれた。
「ごめんね、シリウス。リカードは熱くなると強引なところがあるから。つまりさ、君とも仲良くなりたいってことだよ」
「え……ぼく、と……?」
今の今まで俺は自分はこの件には関係ない部外者だと思っていた。
アスランとの橋渡し程度で、後は忘れられるくらいの立ち位置だと思っていたのだ。
それが俺と仲良くなりたいなんて言われたものだから、呆然として体の力が抜けてしまった。
「うん、シリウスと」
リカードが花が咲いたような笑顔でふわりと笑った。
今まで自然に接してしまったが、これは悪役令息としてマズイことになってしまったかもしれない。
想像していなかった事態に、小さく震えたのだった。
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