悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

文字の大きさ
上 下
9 / 63
第一章 出会い編(十歳)

9、三人のご令息

しおりを挟む
「いっ、痛い……」

 傷口からピリッとした痛みを感じてぎゅっと目を閉じた。
 大人の体であれば大したことはないのに、子供の体というのは痛みを倍に感じるのではないかと思ってしまう。
 強く目を閉じたから、目尻に涙まで浮かんでしまった。

「もう少し我慢して。僕達、三人で遊んでいるとよく怪我をするから、お互いで手当てするんだ。この傷薬はよく効いてすぐに良くなるからね」

 痛みに悶える俺に優しく声をかけて微笑んできたのは、ピンクの髪が特徴的で、こちらも珍しい金色の瞳をした少年、公爵家令息のリカードだ。
 垂れた目が印象的で、目元には泣きぼくろがあった。女子が好きそうな甘い顔に甘い声だ。
 将来はモテモテで、浮名を流しまくりという設定だが、すでにその片鱗が見えている。

 俺は公爵家の庭園を散策していて道から外れて、小動物捕獲用の落とし穴に落ちてしまった。
 そこに助けに来てくれたのがゲームの登場キャラである三人の男だった。

「申し訳ございません。リカード様にこんなことまで……」

 邸の中に連れてこられたが、高位の貴族の令息であるリカードがなぜか救急箱を持ってきて、所々擦りむいて切れた腕や足を治療し始めたのだ。
 貴族の序列から考えても、俺が謝らなければと謝罪の言葉を口にした。

「いいんだよ。あの罠を作ったのはリカードだからね。今日子供がたくさん集まることを考えたら、迷い込む子もいると予測できたはずだ。だから、君が謝る必要はない」

 椅子に座って本を広げながら、まるで大人のように冷静に口を開いてきたのは侯爵家令息のニールソンだ。
 父親が国の宰相をしているので、ゲームの時点でもすでに国の仕事を任されていて、次代の宰相だと言われている設定だった。
 黒髪に青い瞳で、冷静沈着な様子がもう子供に見えなくて緊張してしまう。

「果実食い荒らす狸がいるって言うからさ、リカードと俺で作ったんだよ。でもまさか、人が落ちるなんてさぁ、お前、本当は狸なんじゃねーの?」

 おそらく同じくらいの年齢に見えるのに、落ち着きすぎている二人に恐縮していたが、子供らしいアホっぽい発言が聞こえてきて、妙にホッとしてしまった。
 椅子の背に体重をかけて、グラグラ揺らしながら遊んでいるのは、子爵家令息のカノアだ。
 三人の中で爵位が低い家だが、リカードとは乳母兄弟として育っていている。
 最年少で騎士団候補生になり、ゲームの時点ではバーロック卿のようにムキムキバキバキになる予定だ。
 いわゆる脳筋タイプで登場キャラの中でもお笑い担当みたいな位置だった。
 オレンジの派手な髪色で、緑の瞳はワクワクしていると書いてあるように光って見えた。
 実は狸なんですと言ったら、騙せそうなくらい素直な子供らしい反応が嬉しくなった。

「僕が狸って……、ふふふっ、ずいぶん可愛らしいことを言うんですね」

 つい痛みも忘れてクスクスと笑ってしまった。
 さっきまでメソメソしていたのに笑い出した俺のことを、三人はポカンとした顔で見てきた。

「おーまーえ、バカにしてんのか!?」

「いえ、違います。近寄り難い方達だと思っていたのですが、優しくしていただいてすごく嬉しかったんです。誤解させてしまったらすみません」

 素直に謝って笑いかけると、カノアはなぜか頬を染めて、頭を振ってからそっぽを向いてしまった。

「ええと、名前はシリウス、だったよね。今は何歳なの?」

「もうすぐ十一になります」

「じゃあ僕とカノアと同じかな。ニールソンは二つ上なんだ」

 リカードが話しかけてきて、歳が同じだと言うと嬉しそうに笑った。

 ゲームの舞台となる貴族学校で、同じタイミングに通っているのだからそういうことになるだろう。
 ニールソンだけ少し上なのは、落ち着き具合から納得した。それでも、大人びて見える気がするが天性のものなのだろうか。

「ブラッドフォード伯爵家といえば、帝国の名家だね。確か長男のアルフォンス様は皇太子殿下と同じ……」

 パタリと本を閉じたニールソンが話しかけてきた。寡黙なイメージだったがよく話す人らしく、わずかに笑顔まで見せてくれた。

「ええ、同年の学友として貴族学校に、今は殿下と一緒に遊学中です」

「なるほど。確かかなり優秀だと聞いているよ」

「ええ、尊敬する立派な兄です。僕も後に続けたらいいのですけど」

「へぇ、僕も弟がいるけど、そんな風に言ってもらえたら嬉しいな。君の兄が羨ましいよ」

 自分の弟を思い浮かべているのか、ニールソンは目を細めて顔で笑った。
 少し冷たそうな印象があったが、実際は違うのかもしれない。優しい人柄が現れたような温かい笑顔だった。

「ニールソンのところは弟が生まれたばかりだからメロメロなんだよ。暇さえあれば、弟が立った座ったってうるさいのなんの」

 ガタンと音を立てて椅子から降りたカノアが、ニールソンを揶揄うようなことを言いながら俺の横まで歩いてきた。
 ニールソンは怒るでもなく、お前の方がうるさいと言って頭をかいていた。二人のやり取りで仲の良さがこっちにも伝わってきた。

「よし、できた。これで全部薬を塗ったから、後は自然に乾くように触らないでね。それと、今日は湯は浴びないように」

「ありがとうございます。もう、全然痛くないです」

 リカードは手際良く手当てしてくれた。
 落ち着いているとはいえ、男三人で遊んでいたら傷が絶えないだろう。
 爵位の違いはあるが、三人はそんなこと気にしないように、冗談を言って笑い合っている。
 前の世界でもこんな風に仲のいい友人がいなかった俺は、羨ましいなと思ってしまった。

「さてと、後はその服だなぁ。泥は落としたけど、汚れは付いてしまったから、このままだとパーティーに戻れないだろう」

「リカード、君の服を貸してあげればいいじゃないか」

「そうだね、少し小さめがいいかな。去年着ていたものを用意しよう」

「え、そっ、そんな。いいです! ご迷惑ですから、もう、帰りますし……」

「おいおい、そんなツマンネーこと言うなよ。着替えて遊ぼうぜ」

 着替えなんか借りたら父親に何を言われるか分からない。大丈夫だからと抵抗したが、三人がかりであっという間に服を剥かれてしまった。
 その内に使用人が着替えを持ってきてくれたが、俺がもともと着ていた服の数倍はするんじゃないかというくらいの、全面金糸で縫われた紅白にでも出られそうなド派手な服が出てきてしまった。

「あれ? シリウス、ここも赤くなってる。もしかして、お尻を打った?」

「あー、本当だ。お前ケツ打ったのかよ。早く言えって」

 下着姿だったので、恥ずかしくて背中を向けていたら、わずかに布が捲れたところから、赤くなった部分を見られてしまった。

「ちょうど良かった。これは打身にも効くから、塗ってあげるよ」

「うえええ!? いや、汚いですから! 自分でやります!」

「遠慮するなって、よく見えないだろう。ほら、俺に掴まれよ」

 いい人達なのだろうが、余計なおせっかいが過ぎる。なぜかカノアが前で俺を支えて、お尻を突き出す格好になり、リカードが例の塗り薬を取り出して塗り始めてしまった。

「リカード、臀部を強打したなら腰に痛みが来るかもしれない。腰も塗った方が確実だ」

 ついにはニールソンまで来てしまい、リカードに指示を出しているので、恥ずかしくて死にそうになった。

「あっ……」

「ごめんね。少し皮がめくれてるから痛いかもしれない」

「ううっ、ぴりぴり……するっ」

「大丈夫か、ここ強く掴んでいいぞ」

 お尻に軟膏のようなものを塗られるだけでも耐え難いのに、軽い電気が走ったような刺激があって、俺はぎゅっと目を瞑った。

「んんんっ……いたぁ……」

「……よし。これでいいかな」

 大した痛みではないが、撫でられながら連続でチクチクと刺激がくるのはそれはそれで苦しかった。
 気がついたら、カノアの腕を掴んで胸に頭を擦り付けていた。

「おわり……? もう、おわった?」

 やっと解放されると顔をリカードの方へ向けた。
 緊張と羞恥と痛みと色々入り混じって、顔は熱くなってぽろぽろと泣いてしまった。

「シリウス……」

 なぜかリカードとニールソンまで赤くなって、リカードは持っていた薬の瓶を落としてしまった。
 ゴンという音が響いて、ハッとした顔になり慌てて拾い上げていた。

「カノア様、ごめんなさい。服が……濡れてしまって……」

「ううっ、べっ別に、大丈夫」

 服を直しながら、支えてくれたカノアに謝ると、カノアも赤くなって、なんだか変な空気が部屋に流れた。

 そこにコンコンとノックの音が響いて、使用人が入ってきた。

「失礼します。シリウス様のご家族のアスラン様が、シリウス様のことを探していらっしゃいますが……」

「ああ、家族と来ていたんだね。姿が見えなかったなら心配だっただろう。通してあげて」

 ぼけっとしていたら、リカードの言葉が頭に入ってきて、アスランのことをやっと思い出した。

 アスランがここに来るということは、ゲームの世界の主人公と攻略対象者達の初めての出会いになる。
 ここで会うのが正解か分からないが、どのみち交流会にいたら会うことになっていただろう。
 三人はアスランに会ったら、好意を抱くはずだ。子供時代に会って一目惚れで初恋みたいな流れになるのかなと思ったら、ドキドキしてきてしまった。

 トントンとノックの音が聞こえてきて、緊張した俺はゴクっと唾を飲み込んだ。






 □□□
しおりを挟む
感想 46

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

処理中です...