悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第一章 出会い編(十歳)

5、悪役令息の憧れ

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 そもそも主人公というのは、ゲームの世界においてプレイヤーの分身だ。
 概要本の中で主人公の性格については、詳しく書かれていない。
 選択肢で主人公の性格を決めるのはプレイヤーということなのだろう。

 アスランについて分かっていることは、誰もが目を奪われる美しい容姿であること。
 イラストには、線が細く儚げで美しい女性のような男性が描かれている。
 これがアスランの成長後、十八歳の時の姿だ。
 見た目に関しては今のアスランから見ても本の通りで間違いないと思う。

 性格として書かれているのは、こちらも繊細という言葉、そして明るくてみんなに好かれるという大雑把なものだけだった。
 どこにも頑固だとか、ちょっと頭がおかしいなんて言葉は並んでいないし、他のキャラの視点で主人公をどう扱えばいいのか、なんてアドバイスは載っていなかった。

 こちらは敵意むき出しで嫌っている態度なのに、喜ばれるとかどう考えても普通じゃない。
 これがアスランの子供時代なのかと頭を傾げることしかできない。

 だから困っている。
 もう、本当に困っている。

 なぜなら、アスランのおかしな言動は日に日に増えていき、怒りのレパートリーの少ない俺には手に負えない状態になっているからだ。





「シリウス様! 僕を呼びにきてくれたのですか?」

 花が咲いたような笑顔になってアスランが駆け寄ってくる。
 他の使用人達から明らかな嫉妬の視線が俺に降り注がれるのが分かった。
 アスランは相変わらず他の人間には無表情で接しているのに、俺に対しては人が変わったように常に笑顔を見せるからだ。

「よっ、呼びに来たわけじゃ……。お前が遅いから、授業が始まらないし、アホ面で寝てるのかと見に来ただけで……って、うわぁ!」

 駆け寄ってきたアスランはそのままの勢いで飛び込んできて、俺に抱きついてきた。
 何をするんだと暴れたが、アスランは細いくせに力が強くてビクともしない。
 俺はぜーぜー息を切らして疲れてしまい、諦めて力を抜いたらやっと離してくれた。

「ごめんなさい。今朝は少し寒気がして、布団から出られなかったんです。でも、もう大丈夫ですから」

「寒気って……、お前食べなさ過ぎなんだよ。いつもいつも、皿半分は残すからだ」

 精神的な攻撃はするくせに矛盾しているが、俺はアスランの体調はチェックしていた。
 ゲームの舞台が始まる前に、病気になってそのまま……、なんてことになったら元も子もないからだ。
 この世界、医療が発達しているわけでもなく、聖力を使うと病気の治癒ができるらしいが、アスランが目覚めるのはまだ先の話だからそれまでは注意が必要だ。

「ランドンに言って、毛布を増やしてもらおう。食事も喉に通りやすいものに変えて……」

 腕を組んで考えていたら、じっと視線を感じた。
 顔を上げると、アスランがまたにっこりと嬉しそうな顔で笑ったので、ガクンと力が抜けて崩れそうになった。

「さっ、寒気くらい我慢しろ! ほら、行くぞ! お前のせいで剣術の授業が始められない。せっかく皇宮から騎士が来てくれたのに、俺は楽しみにしていたんだからな!」

「シリウス様ー、待ってください」

 アホ面で笑っているアスランに嫌気がさして、俺はまだ着替え途中だったアスランを置いてさっさと歩き出した。

 ここのところずっとこんな感じだ。
 何度言ってもアスランはベタベタ触れてくるし、貴族の心得を説いても、覚えられなかったとか忘れてしまったとか言ってのらりくらりと交わしてくる。
 怒鳴っても暴れてもやめないので、だいたい疲れてしまって最後は好きなようにさせている。

 今日俺がアスランを呼びに来たのは、様子を見たいのもあったが、早く授業を始めたいという気持ちがあった。

 なぜなら今日は剣術の特別教師が来ているのだ。
 ブラッドフォード家にも専属の教師がいるが、皇宮で現役の騎士をしている男で、部隊長クラスと聞いていた。
 なぜそんなエリートが邸に来るかといえば、教師の紹介でアスランを指導するためだ。
 さすが主人公のアスランは頭だけでなく、運動系のセンスもあるらしい。
 一度現役の騎士に指導してもらおうという話になった。

 というわけで、俺は全く関係ない。
 ただ、剣術に関してセンスのかけらもないのだが興味だけはある。
 いかにも異世界っぽいし、騎士と聞いただけで心が躍った。
 健だった頃は、中世ファンタジーのゲームをやりこんで、王と騎士みたいな世界に憧れを抱いたものだ。
 俺にとって未知のBLゲームという世界は途方に暮れるしかなかったが、唯一楽しみだったのは本物の騎士に会えるかもということだった。






 ブォンと風を切って、重そうな一振りが目の前を通っていったので、俺は思わずキャーと歓声を上げそうになった。
 手を叩く寸前で止めるという変な格好だが、そんなことはどうでもいいと口を開けたまま、本物の騎士の剣技に酔いしれてしまった。

 もちろん、だだの見学者としてなのだが。

 先生方のお目当てである、センスのあるアスランくんは、軽い手合わせのようだったが、地面に転がって肩で息をしていた。
 いつも女の子と見間違うような可愛い顔は汗だくで、目は鋭くなっていて、やっぱり男の子なんだなとぼんやり眺めてしまった。

「ハッキリ言って体は貧弱過ぎて話にならない。だが、俺の剣を見る時の姿勢はいいな。聖力を持っているということは、上手く能力が発動することが条件だが、ちゃんと基礎訓練を積んで体を作り上げれば聖騎士になれる可能性もある」

「すっすげーー!」

 聖騎士という言葉にすっかり魅了されてしまい、今度は我慢できずに声を上げてしまった。
 完全な部外者が騒いだので、三人の視線がバッと集まってしまい、すみませんと口に手を当てた。

 静かにしろという目で俺をギロっと鋭い目で見てきたのは、皇宮騎士であるバーロック卿。
 化け物じゃないのかと思うくらい、とにかく体がデカい。分厚い胸板に、両腕は隆起した肉でパンパンになっていて、腹は何個パックですかというくらい割れに割れている。
 俺が持ったらつぶれそうな鉄の剣を、軽々と扱っている姿にため息しかでなかった。

 カッコいい!
 こんなカッコいい人がいるのかと思うくらい、男心をくすぐられる憧れの姿だった。

 バーロックが口にした聖騎士というのは、聖力を使いこなす騎士のことで、攻守優れた最高の逸材だ。
 聖力を持っている人間自体が少ないので、その中でも選りすぐりの人間しかなれない、まさに騎士の最高峰といっていいだろう。
 生まれ持った聖力がないとなることができないし、この筋骨隆々のバーロックですら聖騎士ではない。
 どれだけすごいのか、想像もできなかった。

「と言っても、聖力がまともに使えるようになるのと、かなり訓練が必要だから、今のままじゃ可能性は低いな。まぁ、やる気があるなら、訓練生試験に推してやろう。いつでも連絡してこい」

 ニカっと笑ってから、バーロック卿はこれから遠征だからと言って颯爽と帰って行ってしまった。

 カッコ良かった。
 去っていく姿まで、ボス戦に挑む戦士の後ろ姿のように絵になっていた。
 まさに男の中の男。
 俺は夢中でうっとりとしながら眺めてしまった。






「凄いじゃないか! 訓練生に推してもらえるなんて、試験を受けれるのは毎年十人にも満たないらしいぞ。後、五年後なら今から頑張れば……」

 授業が終わって訓練場から邸に帰る間、俺は相手がアスランだということを忘れて、夢中でペラペラと喋っていた。

 しかし、話しながら主人公にそんな設定はなかったということに気がついて言葉に詰まった。
 薄幸の儚げ美人に成長するアスランが、騎士の訓練生になるなんてありえない。
 過去について詳しく書かれていないから、訓練生になっていた可能性はあるが、今のところ考えられない話だ。
 憧れの騎士を目の前にして、テンションが上がり過ぎた自分に、やっと冷静になって恥ずかしくなった。

「すごく、楽しそうでしたね。シリウス様は騎士になりたいのですか?」

「……いや、俺は無理だし。いいよ、何でもない。忘れてくれ」

 俺の剣の腕はひどいものだった。
 教師も匙を投げるくらいだ。
 体が硬くて動きにクセがありすぎて、自分でもこれは無理だなと分かっていた。
 よくまあ、最期のシーンで剣を抜いたなと思うぐらいひどかった。
 騎士なんて芸能人に憧れるようなものだ。
 桁違いの強さを見て満足するので十分だった。

「今日は……、何でそんなに機嫌が良いんですか? 僕とも普通に話してくれますし」

 池にかかった橋の真ん中にさしかかった辺りで、アスランはパタリと足を止めた。
 やけに絡んでくるなと思って見ると、俺とは逆にムッとした顔をして立っていた。

「なんだよ、なんか文句あるのか?」

「さっきの……、バーロック卿のことを、すごくキラキラした目で見ていましたね」

「は? 悪いかよ。いいだろう別に」

「僕のことは……そんな風に見てくれたことがないのに……」

 なんでアスランがヘソを曲げたみたいな顔をし続けているのか分からなかった。
 そんな顔を見たら俺だってムッとしてしまった。

 聖力持ちという選ばれた人間であり、頭も良ければ、騎士にまで筋が良いと褒められる。
 何が不満なのか全然分からない。

「お前な……、俺がなぜお前を敵視しているのか分かるだろう? 俺は父にも使用人連中にも嫌われているし、何をやっても全然上手くできない。それに比べてお前は、才能に溢れていて、誰からも好かれている。少し考えれば分かるだろう! 誰がそんなやつのこと、好きになれるんだよ! 消えて欲しいって思っているくらいだ」

 俺自身、自分がシリウスだと考えたら、素直にそう思えることだった。
 どう考えたって、シリウスの居場所を脅かす存在で、追いつくことのできない相手。
 そんな相手と仲良くなんてなれるはずがなかった。

「本当に……消えて欲しいって思うんですか?」

 アスランは少し前みたいな、感情のない人形みたいな顔で俺に問いただしてきた。
 ここはハッキリさせなければと一線を引くことにした。

「ああ、そうだ。今すぐ消えてくれたらこんなに嬉しいことはない」

 我ながらひどい言葉だと思いながら、胃の痛みを堪えてなんとかアスランに冷たく返した。

 アスランは何も言わなかったが、ぎしぎしと、橋の上を移動する音が聞こえた。
 嫌な予感がしてハッと顔を上げると、アスランは橋の欄干部分に座っていて、微笑みながら俺のことを見ていた。

「シリウス様。シリウス様のためなら今すぐ消えます」

「だっ…ちょっ、待て!!」

 信じられない光景はスローモーションのように見えた。欄干に座ったアスランは後ろにゆっくりと倒れていった。
 池は広くはないが、深いから気をつけろと聞いていた。

 ゆっくりと落ちていくアスランを止めなければと頭はもうその色に染まった。

 勢いよく走ってアスランに向かって飛び込んで、掴んだ腕を振り子のように自分の体重をかけて反対側に押し返した。
 アスランが橋の真ん中に転がる姿が見えて、よしやったと思ったが、今度はバランスを崩した自分の背中が欄干から飛び出してしまった。
 手すりを掴もうとした腕は空を切ってそのまま背中から落ちていった。

 ああ、やってしまった。

 視界に広がった空を見ながらそう考えていた。






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