悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第一章 出会い編(十歳)

1、悪役令息になる。

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 母親の話によると、俺は子供の頃から何をするにも一番遅くて、夢見がちだったらしい。
 小学生の頃、動物園のゾウ乗り体験に参加した。
 俺は乗り終わった後、いつも反応が鈍いのに珍しく興奮していたらしい。
 そして、ゾウの妖精さんとお約束したと言って喜んでいたそうだ。
 もう高学年で、さすがにそんな空想の話をするなんて大丈夫かと両親は心配したらしい。


 のんびりマイペースで生きてきた俺だったが、就職活動で躓いた。
 あまりにトロそうで使えないと思われたのか、希望する会社のほとんどに落ちて、唯一採用してくれた会社になんとか滑り込んだ。

 しかしそこはブラックな会社で、入社早々から残業の日々が待っていた。
 のんびりしているが、俺は超がつくほど真面目な性格で、とにかくルールというものを守らないと気が済まなかった。
 会社には謎の社訓があった。
 仕事を頼まれたら嬉しいと思うこと、という今考えればあれはどうかと思うけれど、その時は忠実に守らなければと思い込んでしまった。

 こうして、喜んで仕事を引き受ける俺には、次々とみんなが面倒だと思う仕事が押し付けられた。

 俺は先輩からこれを投入しろとアドバイスされた、強カフェイン入りのドリンクを箱買いして、飲み続けながら仕事をこなしていた。
 それがよくなかったのか、とにかく疲労が限界を超えた俺は机に突っ伏して意識を失った。

 現実世界で覚えているのはそこまでだ。

 自分でもなんて人生だったのだろうと思う。
 良き友や恋人にも恵まれず、ただ仕事だけして終わってしまった。

 そんな俺は、気がついたらゾウの背中に乗っていた。
 ああ、ゾウに乗って天国へ行くのかなんてしみじみ思っていたら、ゾウが俺に話しかけてきた。

 約束を覚えているか、と。








「シリウス様、シリウスお坊ちゃま」

「なんだ?」

「そろそろお召し物を変えるお時間です」

 俺は読んでいた本をパタンと閉じて、おずおずと話しかけてきた執事をキッと睨みつけた。

「お前の選ぶ服はいつも趣味が最悪だ。ブラッドフォード家の令息であるこの僕に恥をかかせるつもりだろう!」

「そっ、そんなっっ」

「これも! これも! 気に入らない! もっと金のかかったものを用意して来い!」

「はっ、はい! ただいま!」

 持ってきた服を片っ端から投げつけてやったら、執事は青い顔をして部屋から出て行った。

 その姿を見て、俺はふぅとため息をついた。

「悪いことしちゃった。ランドンさん、ごめんなさい……」

 何度やっても慣れない演技にまた胃が痛くなりそうだ。
 でも仕方がない。
 これは俺が選んだ第二の人生。

 もらったシナリオ通り、俺は悪役令息シリウスになるべく生きていかなくてはいけないのだ。




 現実世界では異世界転生とか転移とか、そんなお話が確かに流行っていた気がする。
 俺が今いるのは、BLゲーム「儚き薔薇は黒く染まる」の世界だ。

 なぜこんな事になったかといえば、俺は働きすぎで現実世界でどうやら死んでしまったらしい。
 そして、BLゲームの世界のキャラクターに憑依した。

 夢みたいな話で、とても現実とは思えなかった。

 現実世界で俺は、渋谷健しぶや けん、という名前の平凡な男だった。
 特に秀でたところもなく、平凡に生きてきて、何一つ見出せずに生涯を終えた。

 ただそんな俺が少し変わったところいえば、夢見がちな子供だったこと。
 子供の頃、遊びに行った動物園でゾウの背中に乗った時、ゾウにえらく気に入られてしまった。
 波長が合ったという言葉が近いかもしれない。
 俺はゾウの妖精と呼んでいたが、もし君に何かあって助けが必要な時は、必ず会いに行くからと約束した気がする。
 そんな、子供の頃の夢みたいな話はとっくに忘れた頃。
 ぽっくりと逝ってしまった俺は、再びゾウの妖精と会うことになった。

 平原みたいなところで、ゾウの背に乗っていた俺は、心残りはないかと聞かれた。
 そう聞かれたら、心残りしかない。

 トロくていつもみんなに置いて行かれて、心許せる友人もいなかったし、SNSで知り合って初めてできた彼女には、激務すぎてほとんど会えずにフラれてしまった。

 人生を楽しむことができなかった。
 できることなら、恋をしてたくさん愛されて、そういう経験がしたかった。

 それならぴったりの世界があると紹介されたのが、BLゲームの世界だった。
 男同士の恋愛と急に言われても、戸惑いしかなかったのだが、女性もいるからと言われて、なんと返していいか分からなかった。

 実際にこんなゲームがあるのかすら俺には分からないのだが、この世界はゾウが神様として崇められていて、ここなら自分の力が通じるから送り込むことができるからと、なんだか丸め込まれた気がした。

 このゲームは主人公が総愛されという設定で、とにかく男女関係なくみんなに愛されるらしい。
 確かにそんなにみんなからモテモテになる経験などなかったので、魅力的に感じてしまった。

 ゾウの妖精は俺を純粋な魂と呼んでいた。
 純粋過ぎて周りに譲っていたら遅くなって、生まれるところを間違えてしまったのだと。

 これから、送る世界で幸せになって欲しいと言われたら、ちょっとウルっときてしまい、お願いしますと口にしていた。

 上手く生きていけるように、ゲームの概要がまとめられた本を持たせてくれた。いざ送られるという段階で、キャラクターを選択しなくてはいけなかった。
 キャラクターの絵と名前が表示されて、選択するキャラの名前を読み上げて欲しいと言われた。

 話に出ていた主人公の名前を読み上げようとしたら、ある人物に目が止まってしまった。

 周りの派手なキャラに比べたら地味な容姿で、睨みつけるような怖い顔をしていた。
 周りのキャラはみんな楽しそうに笑っているのに、なぜこのキャラだけこんな顔なのか気になった。
 それに怒った顔だが、やけに悲しそうな目が気になってしまった。
 まるでこの世界の不幸を一身に背負ったような、悲痛な目が可哀想だと思えてしまった。

 シリウス

 気がついたら俺はそのキャラの名前を呼んでいた。呼んでしまった、というのが正しいのかもしれない。

 ゾウは言った。

 君が選ぶなら、それが正しい選択だと。

 結局俺はなぜか、お勧めされていた主人公を選ばずに、ゲームの悪役キャラであるシリウスを選んでしまった。

 やがて視界は真っ暗になったが、ゾウの声だけが聞こえてきた。

 道に迷いし時、また夢で会おうと……




 こうして目を覚ましたら、俺は悪役令息、シリウス・ブラッドフォードになっていた。
 しかもゲームの十八歳からのスタートではなく、まだ十歳、子供時代からのスタートだった。

 とにかく俺はゲームの概要本を読み込んだ。
 ルールはルールとして守らないと気が済まない性格だった。
 せっかく第二の人生の機会をもらった。
 シリウスを選んだのは自分なので自分の責任だ。
 シリウスになりきってシナリオ通りに進めなければと使命感に燃えた。

 しかしもらった本は、あくまでゲームの舞台である八年後のことしか詳細に書かれていなかった。

 ならばそこに行き着くまでの僅かな情報を元に、悪役令息としての下地をしっかり作り上げようと奮闘することになった。

 こうして悪役令息の子供時代っぽいことをして毎日必死に演技をしている。
 しかし元々の小心者な俺の性格とギャップがあり過ぎて、胃痛を覚える日々を送っていた。





 夕食後、父親であるブラッドフォード伯爵から話があると呼び出されて、俺は父親の執務室に連れてこられた。
 ブラッドフォード家の次男であるシリウスは、あまり父親には好かれていない。

 今日もやはり、感情のこもらない冷たい視線を浴びて、俺は小さくなって頭を下げた。

「孤児院から子供を引き取ることになった。歳はお前と同じだ。問題を起こさないようにしろ」

 ついにキタと俺は震えた。

 孤児院から引き取られて、ブラッドフォード家に入る子供。
 その子こそまさに、儚き薔薇は黒く染まるの主人公であるアスランだ。
 俺はいよいよ悪役令息の本領が発揮される機会がきたと緊張に体を震わせた。









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