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永遠の愛
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窓から見える景色はいつもと違って、興奮の色に包まれていた。
すでに日も暮れて、夜の闇が辺りを覆っているが、そんな暗さなどものともしないくらい、後夜祭の会場となっている運動場は明るかった。
照明の明るさではない。
この時この場所でしか味わえない一瞬の煌めき。
それを青春と呼ぶのかは、もうずいぶん昔のことなので、今さら何と表現していいか分からなかった。
だが、今この場に集まっている生徒達の笑顔からは、そう呼べるに相応しい輝きを感じた。
納見と保健室で抱き合った後、自分の教室に戻った香坂は、残っていた仕事を終わらせた。
一度職員室に戻って必要なものを準備して、納見と待ち合わせていた理科準備室に向かった。
(ふぅー、いよいよだ。今日と決めて準備してきたし、後はタイミング良く声をかけて……)
準備室の明かりは消えていて、納見はまだ来ていなかった。
香坂は先に中に入り、納見のデスクライトだけ点けて、窓辺に座って外を眺めた。
去年は生徒達に混じって、用具倉庫の前に座って後夜祭を見ていた。
その時と今では全く違う気持ちだった。
(このまま誰とも心を通わせることなく、寂しく散っていくのかななんて思いながら花火を見てたっけ……)
香坂はポケットの中に手を入れて、存在感を確かめながら微笑を浮かべた。
誰とも合う人がいないと諦めかけていたので、こんな特別な相手ができるなんて、自分でも驚いていた。
しかもすぐ近くにいた人で、ただの同僚だと思っていた人だ。
今日に至るまで、ずっと夢の中にいるみたいだった。
カチャリとドアが開けられて、慌てた様子で納見が部屋に入ってきた。
「ごめん、生徒に捕まっちゃって遅くなった。音は聞こえなかったけど、もう始まってる?」
「大丈夫。まだ準備中みたい。走ってきたの?」
汗だくで息を切らしている納見が可愛く思えてしまって、香坂は口元を綻ばせながら自分の隣に椅子を並べた。
「ここはビールで乾杯、といきたいけど緑茶で我慢してね。生徒に配ったやつの残りだけど、これで乾杯しよう」
準備していた袋から、ペットボトルを取り出して納見に渡すと、納見はありがとうと言って隣に座った。
「ここに座ってるとなんか色々考えちゃって……。ヒカルくんみたいにさ、今まで色々思い悩んだりしていたことが、嘘みたいにさ、陽太に出会ってから何もかもが嬉しくて……輝いていて、幸せだって感じてる」
ぐっと唾を飲み込んでから、心を決めて香坂は口を開いた。
緊張で震えそうな手にぎゅっと力を入れて、納見を真っ直ぐに見つめた。
「俺も……、この前の騒動で一時的に一緒に暮らしているけど、なんだかずっと前から一緒にいたみたいに自然で……。何をしていても仁の体温を感じてるみたいで、一人でいいと思っていたのに、今じゃ……もう、仁のいない生活なんて考えられない」
二人で目を合わせたまま口を閉じた。
静かな時間が流れた。
永遠かと思うくらい長く感じたけれど、少しも嫌な気持ちはなかった。
ずっとこのまま、二人の時間が続いて欲しい。
そう思いながら、お互い見つめ合っていたら、ぴゅゅうと高い音が聞こえて、バンバンと胸に響く音が聞こえた。
「花火、始まったみたいだけど……」
「あれ、おかしいな……、毎年この窓から大きく見えるのに」
「あっ……! そういえば、いつも打ち上げに使ってた場所、改修工事の近くじゃなかった?」
「そうか……安全面から、今年は打ち上げ場所を場所を変えたんだ……。後夜祭の担当じゃなかったから聞いてなかった。あーー、ちゃんと確認しておけばよかったぁぁ」
納見が残念そうな声を上げたが、もっと落ち込んだのは香坂だった。
二人のいる位置から花火は見えず、音だけしか聞こえない状態だ。
香坂は花火が見える最高のタイミングで、用意していたものを取り出すはずだったのだ。
(そんなぁ……、何度もシミュレーションして、カッコよくキメようとしたのにぃぃーー)
鳴り響く音を虚しく聞きながら、なんとか気持ちを立て直そうとしていたら、納見があっと声を上げた。
「仁、見てよ! あそこ! ほら、プールに花火が映ってる」
「本当だ。………綺麗」
水面に映った花火は、ゆらゆらと揺れていて、直接見るものと違った、また別の美しさがあった。
学園の花火はたった五分間だけ。
激しいものではなく、終わりを表すように打ち上がって儚く散っていく。
五分間はあっという間だった。
花火の音はどこか郷愁を誘う。
香坂はぼんやりとした意識の中で、切ない気持ちになってしまった。
最後の花火は、今までとは違い、何発も同時に打ち上がった。
バンバンと大きな音が鳴り響き、水面に大きな花火が咲いた。
パラパラと小さな花火が光り輝き、いっそう盛り上がった時、香坂の手を納見の手がぎゅっと掴んできた。
「仁、俺のパートナーになって。一生、大事にするから」
「え………」
今までうるさいくらいに大きく響いていた花火の音が、一瞬で止んでしまった。
夢中でプールの水面を見つめていた香坂が視線を移すと、納見は床に膝をついて香坂を見上げていた。
「愛してる」
納見は上着のポケットから箱を取り出した。
香坂に見えるようにそれを開けて見せると、中には指輪とチェーン状のカラーが入っていた。
「あの……色々考えたんだけど、今、すごく渡したくなって……。まだ付き合って日も浅いのに、いきなりこんなの重いって思われるかもしれないけど、これが俺の気持ちで……、もう仁以外の人なんて考えられないし、離れたくない。できれば一緒に住みたいし、パートナーだってみんなにも知ってもらいたい……」
納見は緊張した様子で声を震わせながら、必死に自分の気持ちを伝えようとしていた。
そんな姿を見たら、香坂の胸はいっぱいになってしまい、堪えきれない想いが溢れてきて、ポロリと目からこぼれ落ちた。
「俺も……大事にする」
「えっ」
香坂は自分のポケットから納見が取り出したのと同じような箱を出して、蓋をパカリと開けた。
その中もまた同じで、デザインだけ違う指輪とチェーンのカラーが入っていた。
「嘘……仁も用意してくれていたの!?」
「こういうのって、話し合うべきだった? サプライズも同じタイミングって……」
「気が合うってことだね。最高の相性」
困ったように、だが嬉しくてたまらないという顔で納見が笑うと、堪えきれなくなった香坂は椅子から降りて納見に飛びついた。
「本当、最高だよ。陽太、愛してる」
伝えたい言葉はたくさんあった。
でも今は、それだけを一番に伝えたくて、納見の熱を感じたかった。
間近で目が合った二人は同時に頭を引き寄せて唇を重ねた。
いつの間にか花火は終わり、夜空には花火が残していった白い煙が浮かんでいた。
やがて煙が空に溶けるように消えていっても、想いを伝えあった二人は終わることがなかった。
ようやく本当に結ばれたのだと、抱き合ったままいつまでも幸せなキスを続けた。
◇◇
「乾杯ーーー! お疲れ様」
学園祭を終えて、仮住まいであるホテルに戻った香坂と納見は、今度こそお酒だとシャンパンを開けて乾杯した。
「あーーー、この天空からの眺めも見納めかぁ」
納見が窓に張り付いて外を眺めているので、可愛すぎる姿に香坂はクスリと笑ってしまった。
「母に頼んでしばらく借りさせてもらおうか? ほら、今度挨拶に来てくれるんでしょう?」
「だっ……絶対ダメ! お母様の持ち物になのに、調子このままよく使わせてもらいまーす、なんて印象悪いよ。仁の家族に少しでもよく思ってもらいたいんだから。俺も大した額じゃないけど貯金もあるし、マンションでも一軒家でも、二人で気にいるところを探そう」
「そうか、そこまで考えてくれていたんだね。……嬉しい」
学園祭の花火を見ながら、納見からパートナーになって欲しいと言われた。
本当は自分が先に言おうと思っていたのに、同じタイミングで納見に言われてしまった。
驚いたけれど、同じことを考えていたなんて、それが嬉しくて、先も後もどうでも良くなった。
机の上に仲良く並んだ二つのケースが目に入って、香坂は手を伸ばした。
「それにしても、指輪とカラーが二つになっちゃったね。どうしようか、俺のだけ返品する?」
「え!? 絶対ダメ! 仁がくれたものは宝物なのに! 返品なんて絶対……」
「はははっ、冗談だよ。オーダーメイドだから返品不可だよ。そうだっ、俺達、指輪のサイズ一緒なんだよ。陽太が寝ている時に、内緒で測ったんだ。ということは、指輪とカラー両方着けるってのはどうかな?」
ポカンとした顔で窓辺に立っている納見に近づいた香坂は、ケースから自分が選んだ指輪を取り出して納見の指にはめた。
そして次にチェーン状のカラーを取り出して、納見の首に着けた。
「二人の誕生石のダイアモンドを飾りにして、イニシャルを彫ってもらったんだ。ああ、やっぱり、このカラー、陽太に合いそうだなと思って選んじゃったんだよね。繊細な感じが色っぽく見える」
「仁……、俺も」
嬉しそうに笑った納見は、今度は自分だと急いでケースを手に取って戻ってきた。
「俺のはね、文字を彫ってもらったんだよ。よく考えたら、二つとも同じ文字で仁の名前だったから、ちょうど良かったかも」
納見は目を輝かせながら、チェーンについたプレートの文字を見せてきた。
喜ばせよう一生懸命考えてくれたんだなと、目を潤ませて香坂はプレートを覗き込んだ。
「JIN love forever ………」
納見らしい絶妙なセンスに、目を丸くした香坂は、可愛いと言って笑ってしまった。
「……またダサいとか思ってる?」
「思ってないって、嬉しいよ。こんな熱い愛の言葉をもらって嬉しくないわけがない」
「よかったぁ、love power foreverにするか迷ったんだ」
それはちょっと困ったかも、と香坂は思ったが、嬉しそうに自分に指輪とカラーを着けてくれた納見を見て、それでもきっと嬉しかっただろうなと思ってしまった。
「これでお揃いだね。指輪とカラーを着けるなんて、まるで幸せが二倍になったみたい。大事にするよ、ずっと大切にする」
香坂がそう言うと、納見は香坂の頬に触れた後、腰を引き寄せて壊れ物を扱うみたいに優しく香坂を抱きしめた。
「俺もずっと大事にする。仁に出会えてよかった。仁は俺に勇気と幸せをくれた。それと、自信と誇りを持って生きていく力を……」
「そんな……、いっぱいもらってるのは俺の方だよ。陽太は優しいだけじゃなくて、強さも持っていたんだよ。今思えば俺は、陽太の持つ強さに惹かれたのかもしれない。陽太と一緒なら、困難があっても乗り越えていけるって……なにも恐くないよ」
見つめ合った後、どちらともなく唇を寄せて目を閉じた。
重なった唇から、後夜祭でキスをした時の熱を思い出して、一気に体の奥から熱が上がってきた。
「ねぇ、陽太。さっきの続きをしない? 身につけるものは指輪とカラーだけ……どうかな?」
「それ……最高」
じゃあお願いと、納見の耳元で囁いた香坂は期待を込めた目で納見を見つめた。
「Kneel」
ペタンと床に座った香坂はすぐに恍惚の表情になった。
早く次のcommandが欲しいと、納見の足に頭を擦り付けておねだりをした。
「Good、Good Boy」
頭を撫でられた香坂は、心も体もこれ以上ないくらい満たされていくのを感じた。
頭の中をうめつくした幸せが、こぼれ落ちてしまわないようにそっと目を閉じた。
◇◇終わり◇◇
すでに日も暮れて、夜の闇が辺りを覆っているが、そんな暗さなどものともしないくらい、後夜祭の会場となっている運動場は明るかった。
照明の明るさではない。
この時この場所でしか味わえない一瞬の煌めき。
それを青春と呼ぶのかは、もうずいぶん昔のことなので、今さら何と表現していいか分からなかった。
だが、今この場に集まっている生徒達の笑顔からは、そう呼べるに相応しい輝きを感じた。
納見と保健室で抱き合った後、自分の教室に戻った香坂は、残っていた仕事を終わらせた。
一度職員室に戻って必要なものを準備して、納見と待ち合わせていた理科準備室に向かった。
(ふぅー、いよいよだ。今日と決めて準備してきたし、後はタイミング良く声をかけて……)
準備室の明かりは消えていて、納見はまだ来ていなかった。
香坂は先に中に入り、納見のデスクライトだけ点けて、窓辺に座って外を眺めた。
去年は生徒達に混じって、用具倉庫の前に座って後夜祭を見ていた。
その時と今では全く違う気持ちだった。
(このまま誰とも心を通わせることなく、寂しく散っていくのかななんて思いながら花火を見てたっけ……)
香坂はポケットの中に手を入れて、存在感を確かめながら微笑を浮かべた。
誰とも合う人がいないと諦めかけていたので、こんな特別な相手ができるなんて、自分でも驚いていた。
しかもすぐ近くにいた人で、ただの同僚だと思っていた人だ。
今日に至るまで、ずっと夢の中にいるみたいだった。
カチャリとドアが開けられて、慌てた様子で納見が部屋に入ってきた。
「ごめん、生徒に捕まっちゃって遅くなった。音は聞こえなかったけど、もう始まってる?」
「大丈夫。まだ準備中みたい。走ってきたの?」
汗だくで息を切らしている納見が可愛く思えてしまって、香坂は口元を綻ばせながら自分の隣に椅子を並べた。
「ここはビールで乾杯、といきたいけど緑茶で我慢してね。生徒に配ったやつの残りだけど、これで乾杯しよう」
準備していた袋から、ペットボトルを取り出して納見に渡すと、納見はありがとうと言って隣に座った。
「ここに座ってるとなんか色々考えちゃって……。ヒカルくんみたいにさ、今まで色々思い悩んだりしていたことが、嘘みたいにさ、陽太に出会ってから何もかもが嬉しくて……輝いていて、幸せだって感じてる」
ぐっと唾を飲み込んでから、心を決めて香坂は口を開いた。
緊張で震えそうな手にぎゅっと力を入れて、納見を真っ直ぐに見つめた。
「俺も……、この前の騒動で一時的に一緒に暮らしているけど、なんだかずっと前から一緒にいたみたいに自然で……。何をしていても仁の体温を感じてるみたいで、一人でいいと思っていたのに、今じゃ……もう、仁のいない生活なんて考えられない」
二人で目を合わせたまま口を閉じた。
静かな時間が流れた。
永遠かと思うくらい長く感じたけれど、少しも嫌な気持ちはなかった。
ずっとこのまま、二人の時間が続いて欲しい。
そう思いながら、お互い見つめ合っていたら、ぴゅゅうと高い音が聞こえて、バンバンと胸に響く音が聞こえた。
「花火、始まったみたいだけど……」
「あれ、おかしいな……、毎年この窓から大きく見えるのに」
「あっ……! そういえば、いつも打ち上げに使ってた場所、改修工事の近くじゃなかった?」
「そうか……安全面から、今年は打ち上げ場所を場所を変えたんだ……。後夜祭の担当じゃなかったから聞いてなかった。あーー、ちゃんと確認しておけばよかったぁぁ」
納見が残念そうな声を上げたが、もっと落ち込んだのは香坂だった。
二人のいる位置から花火は見えず、音だけしか聞こえない状態だ。
香坂は花火が見える最高のタイミングで、用意していたものを取り出すはずだったのだ。
(そんなぁ……、何度もシミュレーションして、カッコよくキメようとしたのにぃぃーー)
鳴り響く音を虚しく聞きながら、なんとか気持ちを立て直そうとしていたら、納見があっと声を上げた。
「仁、見てよ! あそこ! ほら、プールに花火が映ってる」
「本当だ。………綺麗」
水面に映った花火は、ゆらゆらと揺れていて、直接見るものと違った、また別の美しさがあった。
学園の花火はたった五分間だけ。
激しいものではなく、終わりを表すように打ち上がって儚く散っていく。
五分間はあっという間だった。
花火の音はどこか郷愁を誘う。
香坂はぼんやりとした意識の中で、切ない気持ちになってしまった。
最後の花火は、今までとは違い、何発も同時に打ち上がった。
バンバンと大きな音が鳴り響き、水面に大きな花火が咲いた。
パラパラと小さな花火が光り輝き、いっそう盛り上がった時、香坂の手を納見の手がぎゅっと掴んできた。
「仁、俺のパートナーになって。一生、大事にするから」
「え………」
今までうるさいくらいに大きく響いていた花火の音が、一瞬で止んでしまった。
夢中でプールの水面を見つめていた香坂が視線を移すと、納見は床に膝をついて香坂を見上げていた。
「愛してる」
納見は上着のポケットから箱を取り出した。
香坂に見えるようにそれを開けて見せると、中には指輪とチェーン状のカラーが入っていた。
「あの……色々考えたんだけど、今、すごく渡したくなって……。まだ付き合って日も浅いのに、いきなりこんなの重いって思われるかもしれないけど、これが俺の気持ちで……、もう仁以外の人なんて考えられないし、離れたくない。できれば一緒に住みたいし、パートナーだってみんなにも知ってもらいたい……」
納見は緊張した様子で声を震わせながら、必死に自分の気持ちを伝えようとしていた。
そんな姿を見たら、香坂の胸はいっぱいになってしまい、堪えきれない想いが溢れてきて、ポロリと目からこぼれ落ちた。
「俺も……大事にする」
「えっ」
香坂は自分のポケットから納見が取り出したのと同じような箱を出して、蓋をパカリと開けた。
その中もまた同じで、デザインだけ違う指輪とチェーンのカラーが入っていた。
「嘘……仁も用意してくれていたの!?」
「こういうのって、話し合うべきだった? サプライズも同じタイミングって……」
「気が合うってことだね。最高の相性」
困ったように、だが嬉しくてたまらないという顔で納見が笑うと、堪えきれなくなった香坂は椅子から降りて納見に飛びついた。
「本当、最高だよ。陽太、愛してる」
伝えたい言葉はたくさんあった。
でも今は、それだけを一番に伝えたくて、納見の熱を感じたかった。
間近で目が合った二人は同時に頭を引き寄せて唇を重ねた。
いつの間にか花火は終わり、夜空には花火が残していった白い煙が浮かんでいた。
やがて煙が空に溶けるように消えていっても、想いを伝えあった二人は終わることがなかった。
ようやく本当に結ばれたのだと、抱き合ったままいつまでも幸せなキスを続けた。
◇◇
「乾杯ーーー! お疲れ様」
学園祭を終えて、仮住まいであるホテルに戻った香坂と納見は、今度こそお酒だとシャンパンを開けて乾杯した。
「あーーー、この天空からの眺めも見納めかぁ」
納見が窓に張り付いて外を眺めているので、可愛すぎる姿に香坂はクスリと笑ってしまった。
「母に頼んでしばらく借りさせてもらおうか? ほら、今度挨拶に来てくれるんでしょう?」
「だっ……絶対ダメ! お母様の持ち物になのに、調子このままよく使わせてもらいまーす、なんて印象悪いよ。仁の家族に少しでもよく思ってもらいたいんだから。俺も大した額じゃないけど貯金もあるし、マンションでも一軒家でも、二人で気にいるところを探そう」
「そうか、そこまで考えてくれていたんだね。……嬉しい」
学園祭の花火を見ながら、納見からパートナーになって欲しいと言われた。
本当は自分が先に言おうと思っていたのに、同じタイミングで納見に言われてしまった。
驚いたけれど、同じことを考えていたなんて、それが嬉しくて、先も後もどうでも良くなった。
机の上に仲良く並んだ二つのケースが目に入って、香坂は手を伸ばした。
「それにしても、指輪とカラーが二つになっちゃったね。どうしようか、俺のだけ返品する?」
「え!? 絶対ダメ! 仁がくれたものは宝物なのに! 返品なんて絶対……」
「はははっ、冗談だよ。オーダーメイドだから返品不可だよ。そうだっ、俺達、指輪のサイズ一緒なんだよ。陽太が寝ている時に、内緒で測ったんだ。ということは、指輪とカラー両方着けるってのはどうかな?」
ポカンとした顔で窓辺に立っている納見に近づいた香坂は、ケースから自分が選んだ指輪を取り出して納見の指にはめた。
そして次にチェーン状のカラーを取り出して、納見の首に着けた。
「二人の誕生石のダイアモンドを飾りにして、イニシャルを彫ってもらったんだ。ああ、やっぱり、このカラー、陽太に合いそうだなと思って選んじゃったんだよね。繊細な感じが色っぽく見える」
「仁……、俺も」
嬉しそうに笑った納見は、今度は自分だと急いでケースを手に取って戻ってきた。
「俺のはね、文字を彫ってもらったんだよ。よく考えたら、二つとも同じ文字で仁の名前だったから、ちょうど良かったかも」
納見は目を輝かせながら、チェーンについたプレートの文字を見せてきた。
喜ばせよう一生懸命考えてくれたんだなと、目を潤ませて香坂はプレートを覗き込んだ。
「JIN love forever ………」
納見らしい絶妙なセンスに、目を丸くした香坂は、可愛いと言って笑ってしまった。
「……またダサいとか思ってる?」
「思ってないって、嬉しいよ。こんな熱い愛の言葉をもらって嬉しくないわけがない」
「よかったぁ、love power foreverにするか迷ったんだ」
それはちょっと困ったかも、と香坂は思ったが、嬉しそうに自分に指輪とカラーを着けてくれた納見を見て、それでもきっと嬉しかっただろうなと思ってしまった。
「これでお揃いだね。指輪とカラーを着けるなんて、まるで幸せが二倍になったみたい。大事にするよ、ずっと大切にする」
香坂がそう言うと、納見は香坂の頬に触れた後、腰を引き寄せて壊れ物を扱うみたいに優しく香坂を抱きしめた。
「俺もずっと大事にする。仁に出会えてよかった。仁は俺に勇気と幸せをくれた。それと、自信と誇りを持って生きていく力を……」
「そんな……、いっぱいもらってるのは俺の方だよ。陽太は優しいだけじゃなくて、強さも持っていたんだよ。今思えば俺は、陽太の持つ強さに惹かれたのかもしれない。陽太と一緒なら、困難があっても乗り越えていけるって……なにも恐くないよ」
見つめ合った後、どちらともなく唇を寄せて目を閉じた。
重なった唇から、後夜祭でキスをした時の熱を思い出して、一気に体の奥から熱が上がってきた。
「ねぇ、陽太。さっきの続きをしない? 身につけるものは指輪とカラーだけ……どうかな?」
「それ……最高」
じゃあお願いと、納見の耳元で囁いた香坂は期待を込めた目で納見を見つめた。
「Kneel」
ペタンと床に座った香坂はすぐに恍惚の表情になった。
早く次のcommandが欲しいと、納見の足に頭を擦り付けておねだりをした。
「Good、Good Boy」
頭を撫でられた香坂は、心も体もこれ以上ないくらい満たされていくのを感じた。
頭の中をうめつくした幸せが、こぼれ落ちてしまわないようにそっと目を閉じた。
◇◇終わり◇◇
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