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⑧ 君塚家【広縁】
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「なぁー、祭りとか行ったことないの?」
君塚邸の大きな庭が望める広縁で、棒アイスを口に咥えたまま馴れ馴れしく話しかけてきたのは、佳純の幼馴染である椎崎だ。
じめっとした熱さで溶け出したアイスがポタポタと垂れているのを全く気にする素振りがない。
俺の隣でごろんと寝転びながら、今夜の祭りのことで話しかけてくるので、適当に返していたが疲れてしまった。
俺はラップトップをパタンと閉じて、仕方なく話に付き合うことにした。
「………ありません。そういうところは、色んな人が来るし危険な誘いが多いからって」
「おいマジかー、同じ金持ちの家でも、佳純んところとはえらい違いだな。マジで箱入り息子ってやつだ」
自分で分かってはいるが、他人から改めて指摘されると愉快な気持ちではない。
バカにされたように感じてムッとしてしまった。
「ごめん、ごめん。怒らないでよ。明日帰るんだろう? せっかくだから記念に佳純と遊びに来てよ。俺、焼きそば作ってるからさー」
この屋敷に留まることになった原因の大雨と強風が吹き荒れた天気はやっと終わった。
というか、ちょうど終わったくらいに俺は発情してしまったので、部屋からでてまともに動けるようになった頃には、周囲の状況も回復していた。
道路の倒木や崖崩れは修復されて通行止めは解除されて、鉄道も通常通り再開してた。
山の中にある君塚陶器の窯元にも被害がなかったと聞いてホッとした。
来週からいよいよ作業が開始されるらしく、佳純の仕事も忙しくなると聞いた。
俺も一度会社に戻って、諸々報告をしないといけない。
まずは婚約というかたちにして、佳純が本社に戻ってから籍を入れて、現当主である珠代氏の元に報告に向かうという流れを決めた。
あの濃厚すぎる発情の期間を佳純と過ごして、まだ番にはならなかったが、俺の心と体はすっかり佳純に染まっている。
離れてもどこにいるのか気にしてしまうし、これが恋なのだと痛いほど胸に熱く、火が灯っているのを感じていた。
「お前らさー、デキてんだろう?」
ストレート過ぎる椎崎の物言いに、後ろの障子に頭をぶつけそうになった。
この男が佳純の幼馴染で友人だというのがいまだに信じられない。
素直な人なのだろうというのは分かるのだが。
「そう、ですね。正式にはまだですが、婚約というかたちになりました」
「へぇー、アイツがねぇ。レーカちゃんと以外とは結婚しないと思ってたぜ」
その言葉にズキっと心臓が痛くなってしまった。
確かに発情によって結ばれた俺達だが、玲香のことはずっと心に引っ掛かっていた。
少なくとも十年は思い続けた恋心だったはずだ。
それが昨日今日現れた俺を、多少いいと思ってくれたとしても完全に好きになるなんて思えない。
同情心から抱いてくれたのではないか。
その気持ちがこびりついて離れない。
自分の気持ちが恋だと気がついてから、恐くてハッキリと聞くことができなくなってしまった。
「………椎崎さんは、佳純さんとは幼馴染なんですよね」
「ん? ああ、タイプが違い過ぎるから疑ってんだなぁ。アイツは小中とこっちの学校に通っていたから、ずっとクラスが一緒だったんだよ。町でも有名な名家のお坊ちゃんだし、みんなビビって話しかけられなかったんだよ。で、俺はそーゆーの気にしないし、他のやつにするようにヘラヘラ話しかけて、最初はウザがられたけど、仲良くなったってワケ」
「なるほど……」
どう見てもチャラそうに見える椎崎と佳純の組み合わせが想像できなかったが、懐かれるように来られたら、優しい佳純のことだから受け入れたのだろうと思った。
「いつの頃からだったかな……。好きな人ができた、結婚の約束までしたって言い出して、本気かよって思っていたんだ。初恋だからずっとレーカちゃんを忘れられなかったってヤツだな」
「……………」
忘れられない初恋の人。
玲香とは考えが違ったと分かって、傷ついているはずだ。
自分の欲のために、佳純を利用してしまったのではないか。
そう思い始めたら、ズンと胸が重くなった。
「おっ、そんな顔してるってことは、家同士で決められたってワケじゃなくて、諒ちゃんの方は……ほうほう、そうか……」
わけ知り顔になってニヤニヤと笑い出した椎崎を見て、またムッとして睨んだ。
なんでこの男に自分の気持ちを見透かされるのか、そんなに分かりやすいのかと嫌になってしまう。
「お察しの通りですよ。それに、もしかして私がオメガだったことも気がついていますか?」
なんとなく、ここにフラッと現れてから匂いを嗅がれている気がして、そんな予感がしていた。
「まぁね。俺、鼻がいいから、普段の微弱なフェロモンでもすぐに感知しちゃうからさ。それにしても、最近発情した? なんだか、甘ったるいのが微妙に残ってる」
クンクンと鼻を鳴らして俺の匂いを嗅いできた椎崎に、こいつは犬かと思ってガッと後ろに飛び退いた。
そんな俺を見て椎崎は、わりーわりーと言ってゲラゲラ笑った。
「恐ろしい嗅覚ですね。それ以上近寄らないでください……先週には終わって、今は落ち着いたところです」
「大丈夫だって。そんな弱いのじゃ誘発されないから。ってか、先週ってことは、もしかして佳純が相手をしたのか? そういえばアイツしばらく顔見せなかったな」
ここにいる間の話なのだから、そういう想像も考えられるだろう。しかし、なぜそれを具体的に言わないといけないのか、恥ずかしくなって頬が一気に熱くなった。
「そっ、それは……、私のフェロモンのせいでご迷惑かけてしまったのは……確かに、そう……ですけど」
「ちょっと待て。フェロモンって、アイツが発情したのか!?」
「だって、それは……誘発されるかたちになれば、アルファなら……」
話が噛み合わなくてお互い首を傾げる事態になっていた。腕を組んで考え出した椎崎はポンと手を叩いて顔を上げた。
「そうか、なんだ簡単なことだ。佳純も諒ちゃんが好きってことか。お互い両思いで良かったじゃないか」
「えっ! だっ……だって、それは……。全部、佳純さんの優しさです。俺に……同情してくれて、すごく優しい人だから……」
「家同士の約束だからって言いたいのか? 諒ちゃんー、優しい優しいってアイツのことを言ってるけど、言っておくけど愛想がいいのは上辺だけで、実際は気が向かないことは絶対にやらないし容赦なく切り捨てるタイプだぜ。それに今はお綺麗にしてすました顔をしてるけど、実は子供の時はもっとぽ……」
「篤史、何を話しているんですか?」
いつの間にか縁側に続く部屋入り口に佳純が立っていて、氷のような目を椎崎に向けていた。
分かりやすくビクッと肩を揺らした椎崎は、ゆっくり近寄ってきた佳純に、焦ったように笑顔を見せた。
「いやぁさ、今日の神社の祭りに、諒ちゃんを誘ってたのよ。もちろん、佳純と一緒においでってさ、ね! 諒ちゃん!」
「あ……ええと、そうですね」
「へぇ、まあいいです。篤史には後でじっくり話がありますから。それで、諒さんは祭りに行きたいのですか?」
「えっ……と」
行ったことがない場所は不安だったが、椎崎が神仏でも拝むように手を合わせてくるし、何より佳純と一緒に出かけるということを考えたら、行きたい気持ちがむくむくと湧いてきてしまった。
「佳純さんと、一緒なら……」
迷惑にならないかなと思いながら、少し声を控えめに出して佳純を見上げた。
本格的に仕事が始まるのに、遊び歩けるわけないと断られてしまうかとビクビクしていた。
佳純はまた貼り付けたような笑顔だったが、ゔゔーと謎の声を上げた後、椎崎の前にもかかわらず、がばっと俺を抱きしめてきた。
「何でしょう、この生き物は何ですか!?」
「俺に聞かれても知るか!」
佳純の変な言葉に椎崎がすかさずツッコんだ。
やはり幼馴染、息ぴったりだなと思っていたら、頭ごと抱えられて、頬でぐりぐりと擦られてしまった。
これは喜んでいい反応なのか、俺はまだ戸惑っていた。
「……ったく、見せつけんじゃねーよ。俺の言った通りじゃないか」
「何の話ですか? というか、篤史はいつまでここにいるんですか? こういう時、気を使うものだと思いますけど」
へいへいと言いながら、椎崎は重そうな腰を上げて、庭先に降りてそのまま出て行ってしまった。
佳純の腕の間から、食べ終わった棒を口の端に咥えて、ニヤニヤしながら手を振っている椎崎の姿が見えた。
よけいに恥ずかしくて赤くなってしまった。
「私の会議中に二人でお喋りなんて……篤史と何の話をしていたのですか?」
お喋りというか、縁側で仕事をしていたら、庭から侵入してきた椎崎に話しかけられていた状態たった。
「あの……お二人の子供時代のお話とか……」
気のせいかもしれないが、チッっと舌打ちの音が聞こえてきたような気がした。
怒っているのかと思ったが、佳純の態度は変わらずに俺の頭を優しく撫でてきた。
「何を言ったか分かりませんが、半分冗談でできている男ですから気にしないでください」
抱きしめられていると心臓の音が速いのが分かる。
完璧に見えるこの人でも動揺したりすることがあるらしい。
恥ずかしいだけか、よほど言えない過去でもあるのかと勘ぐってしまいそうだ。
「……お祭り、連れて行ってくれるんですか?」
「大したものじゃないですよ。地元の子供達が集まる小規模なものです」
「私は人の多いところにはあまり行ったことがなくて、それくらいがちょうどいいかもしれません。ちょっと不安ですけど、佳純さんがいてくれたら、どこにでも行けるような気がして……、すみません、いい歳して子供みたいなことを言って……」
佳純はすぐに返事をしてくれなかったが、代わりに今までよりももっと強く、ぎゅっと抱きしめてきた。
「はぁ……昼間っから理性を試されているような気がします」
「え?」
佳純がボソボソと呟いた声が聞こえなくて、佳純の口の近くに耳を寄せたら、耳にチュッとキスをされてしまった。
「んんっ……」
「あれ、可愛い声。耳が弱いんですか? あの時はお互い余裕がなかったですからね。これからじっくり諒さんの好きなところを探していきましょう………。ああ、楽しくてたまらない。本当に、もう、私に何をしたんですか?」
「私は……別に何も……」
何かしたのなら佳純の方だ。
二人きりでいると、心臓の音を聞かれてしまいそうなくらい激しく揺れているし、佳純の笑顔に胸の奥がキュッと苦しくなってしまう。
冗談じゃなくてまた発情してしまいそうでぶるっと震えた。
「少しくらいいいですよね。私達はもう結婚するのですから」
「あ……佳純さ……んんっ……」
佳純の腕の中にしっかりと包まれて、顎を持ち上げられたら、すぐに佳純の唇が降ってきた。
人の唇がこんなに柔らかいものだなんて知らなかった。
しっとりと重ねられて、伸びてきた赤い舌が俺の唇をこじ開けた。
ゆっくりと迎入れたら、俺の反応を見るように口の中を舐められていく。
時折、口の端から漏れる佳純の熱い息を肌に感じると、そこから溶けてしまいそうだと思ってしまった。
「ううぅ……ぁ……んっ………はぁ………ハァは……」
ペチャペチャと舌に吸いついて舐め合う音が部屋に響き渡っている。
キスがこんなに気持ちいいのだって知らなかった。
お互いの肌を弄り合って、息をするのも忘れて唇を吸い合う。
和装の佳純のソコは反応しているのか分からないが、俺の方はもうむくむくと勃ち上がってしまった。
このまま擦り合えないかな、などと淫靡な欲にまみれたもので頭が埋め尽くされた時、トントンとドアをノックする音がした。
「佳純様、税理士事務所から電話で、至急確認して頂きたいことがあると……、後、関西支社から工場の視察について電話が……」
「んぁぁーーーー、良いところで次々と!」
佳純は俺を縁側に押し倒して、アソコに手を這わせてきた。しかしそこで呼ばれてしまったので、頭を床に打ち付ける勢いで悔しがっていた。
「佳純さん、お仕事に戻らないと」
佳純の腕の間からするりと逃れて、俺は上半身を起こした。もっとくっ付いていたいが、仕事先の人を待たせたら申し訳ない。
「うぅ諒さんまで……仕方ないですね。では、祭りですが、後で浴衣を持ってきますので、楽しみにしていてくださいね」
名残惜しいように俺のおでこにキスをした後、佳純は音もなく優雅に立ち上がって部屋から出て行った。
「はぁ……、好きすぎておかしくなりそう」
この気持ちはもう間違いなく好きで、でも今までろくに恋をしたことなく生きてきた俺は、この気持ちを伝えていいのか分からなかった。
迷惑にならないだろうか。
それに、もし温度差があって、嫌な顔をされてしまったら……。
下半身に残る熱は、俺の気持ちと一緒でなかなか冷めそうもない。
溢れてしまうくらいの好きを抱えきれずに、畳の上にこぼして歩く。
佳純がそれを見つけて、俺の気持ちに気づいてくれたらいいのに。
都合のいい妄想に頭を抱えたまま、日は落ちていき、夜の匂いが辺りを包んだ。
祭りの始まる時間になった。
□□□
君塚邸の大きな庭が望める広縁で、棒アイスを口に咥えたまま馴れ馴れしく話しかけてきたのは、佳純の幼馴染である椎崎だ。
じめっとした熱さで溶け出したアイスがポタポタと垂れているのを全く気にする素振りがない。
俺の隣でごろんと寝転びながら、今夜の祭りのことで話しかけてくるので、適当に返していたが疲れてしまった。
俺はラップトップをパタンと閉じて、仕方なく話に付き合うことにした。
「………ありません。そういうところは、色んな人が来るし危険な誘いが多いからって」
「おいマジかー、同じ金持ちの家でも、佳純んところとはえらい違いだな。マジで箱入り息子ってやつだ」
自分で分かってはいるが、他人から改めて指摘されると愉快な気持ちではない。
バカにされたように感じてムッとしてしまった。
「ごめん、ごめん。怒らないでよ。明日帰るんだろう? せっかくだから記念に佳純と遊びに来てよ。俺、焼きそば作ってるからさー」
この屋敷に留まることになった原因の大雨と強風が吹き荒れた天気はやっと終わった。
というか、ちょうど終わったくらいに俺は発情してしまったので、部屋からでてまともに動けるようになった頃には、周囲の状況も回復していた。
道路の倒木や崖崩れは修復されて通行止めは解除されて、鉄道も通常通り再開してた。
山の中にある君塚陶器の窯元にも被害がなかったと聞いてホッとした。
来週からいよいよ作業が開始されるらしく、佳純の仕事も忙しくなると聞いた。
俺も一度会社に戻って、諸々報告をしないといけない。
まずは婚約というかたちにして、佳純が本社に戻ってから籍を入れて、現当主である珠代氏の元に報告に向かうという流れを決めた。
あの濃厚すぎる発情の期間を佳純と過ごして、まだ番にはならなかったが、俺の心と体はすっかり佳純に染まっている。
離れてもどこにいるのか気にしてしまうし、これが恋なのだと痛いほど胸に熱く、火が灯っているのを感じていた。
「お前らさー、デキてんだろう?」
ストレート過ぎる椎崎の物言いに、後ろの障子に頭をぶつけそうになった。
この男が佳純の幼馴染で友人だというのがいまだに信じられない。
素直な人なのだろうというのは分かるのだが。
「そう、ですね。正式にはまだですが、婚約というかたちになりました」
「へぇー、アイツがねぇ。レーカちゃんと以外とは結婚しないと思ってたぜ」
その言葉にズキっと心臓が痛くなってしまった。
確かに発情によって結ばれた俺達だが、玲香のことはずっと心に引っ掛かっていた。
少なくとも十年は思い続けた恋心だったはずだ。
それが昨日今日現れた俺を、多少いいと思ってくれたとしても完全に好きになるなんて思えない。
同情心から抱いてくれたのではないか。
その気持ちがこびりついて離れない。
自分の気持ちが恋だと気がついてから、恐くてハッキリと聞くことができなくなってしまった。
「………椎崎さんは、佳純さんとは幼馴染なんですよね」
「ん? ああ、タイプが違い過ぎるから疑ってんだなぁ。アイツは小中とこっちの学校に通っていたから、ずっとクラスが一緒だったんだよ。町でも有名な名家のお坊ちゃんだし、みんなビビって話しかけられなかったんだよ。で、俺はそーゆーの気にしないし、他のやつにするようにヘラヘラ話しかけて、最初はウザがられたけど、仲良くなったってワケ」
「なるほど……」
どう見てもチャラそうに見える椎崎と佳純の組み合わせが想像できなかったが、懐かれるように来られたら、優しい佳純のことだから受け入れたのだろうと思った。
「いつの頃からだったかな……。好きな人ができた、結婚の約束までしたって言い出して、本気かよって思っていたんだ。初恋だからずっとレーカちゃんを忘れられなかったってヤツだな」
「……………」
忘れられない初恋の人。
玲香とは考えが違ったと分かって、傷ついているはずだ。
自分の欲のために、佳純を利用してしまったのではないか。
そう思い始めたら、ズンと胸が重くなった。
「おっ、そんな顔してるってことは、家同士で決められたってワケじゃなくて、諒ちゃんの方は……ほうほう、そうか……」
わけ知り顔になってニヤニヤと笑い出した椎崎を見て、またムッとして睨んだ。
なんでこの男に自分の気持ちを見透かされるのか、そんなに分かりやすいのかと嫌になってしまう。
「お察しの通りですよ。それに、もしかして私がオメガだったことも気がついていますか?」
なんとなく、ここにフラッと現れてから匂いを嗅がれている気がして、そんな予感がしていた。
「まぁね。俺、鼻がいいから、普段の微弱なフェロモンでもすぐに感知しちゃうからさ。それにしても、最近発情した? なんだか、甘ったるいのが微妙に残ってる」
クンクンと鼻を鳴らして俺の匂いを嗅いできた椎崎に、こいつは犬かと思ってガッと後ろに飛び退いた。
そんな俺を見て椎崎は、わりーわりーと言ってゲラゲラ笑った。
「恐ろしい嗅覚ですね。それ以上近寄らないでください……先週には終わって、今は落ち着いたところです」
「大丈夫だって。そんな弱いのじゃ誘発されないから。ってか、先週ってことは、もしかして佳純が相手をしたのか? そういえばアイツしばらく顔見せなかったな」
ここにいる間の話なのだから、そういう想像も考えられるだろう。しかし、なぜそれを具体的に言わないといけないのか、恥ずかしくなって頬が一気に熱くなった。
「そっ、それは……、私のフェロモンのせいでご迷惑かけてしまったのは……確かに、そう……ですけど」
「ちょっと待て。フェロモンって、アイツが発情したのか!?」
「だって、それは……誘発されるかたちになれば、アルファなら……」
話が噛み合わなくてお互い首を傾げる事態になっていた。腕を組んで考え出した椎崎はポンと手を叩いて顔を上げた。
「そうか、なんだ簡単なことだ。佳純も諒ちゃんが好きってことか。お互い両思いで良かったじゃないか」
「えっ! だっ……だって、それは……。全部、佳純さんの優しさです。俺に……同情してくれて、すごく優しい人だから……」
「家同士の約束だからって言いたいのか? 諒ちゃんー、優しい優しいってアイツのことを言ってるけど、言っておくけど愛想がいいのは上辺だけで、実際は気が向かないことは絶対にやらないし容赦なく切り捨てるタイプだぜ。それに今はお綺麗にしてすました顔をしてるけど、実は子供の時はもっとぽ……」
「篤史、何を話しているんですか?」
いつの間にか縁側に続く部屋入り口に佳純が立っていて、氷のような目を椎崎に向けていた。
分かりやすくビクッと肩を揺らした椎崎は、ゆっくり近寄ってきた佳純に、焦ったように笑顔を見せた。
「いやぁさ、今日の神社の祭りに、諒ちゃんを誘ってたのよ。もちろん、佳純と一緒においでってさ、ね! 諒ちゃん!」
「あ……ええと、そうですね」
「へぇ、まあいいです。篤史には後でじっくり話がありますから。それで、諒さんは祭りに行きたいのですか?」
「えっ……と」
行ったことがない場所は不安だったが、椎崎が神仏でも拝むように手を合わせてくるし、何より佳純と一緒に出かけるということを考えたら、行きたい気持ちがむくむくと湧いてきてしまった。
「佳純さんと、一緒なら……」
迷惑にならないかなと思いながら、少し声を控えめに出して佳純を見上げた。
本格的に仕事が始まるのに、遊び歩けるわけないと断られてしまうかとビクビクしていた。
佳純はまた貼り付けたような笑顔だったが、ゔゔーと謎の声を上げた後、椎崎の前にもかかわらず、がばっと俺を抱きしめてきた。
「何でしょう、この生き物は何ですか!?」
「俺に聞かれても知るか!」
佳純の変な言葉に椎崎がすかさずツッコんだ。
やはり幼馴染、息ぴったりだなと思っていたら、頭ごと抱えられて、頬でぐりぐりと擦られてしまった。
これは喜んでいい反応なのか、俺はまだ戸惑っていた。
「……ったく、見せつけんじゃねーよ。俺の言った通りじゃないか」
「何の話ですか? というか、篤史はいつまでここにいるんですか? こういう時、気を使うものだと思いますけど」
へいへいと言いながら、椎崎は重そうな腰を上げて、庭先に降りてそのまま出て行ってしまった。
佳純の腕の間から、食べ終わった棒を口の端に咥えて、ニヤニヤしながら手を振っている椎崎の姿が見えた。
よけいに恥ずかしくて赤くなってしまった。
「私の会議中に二人でお喋りなんて……篤史と何の話をしていたのですか?」
お喋りというか、縁側で仕事をしていたら、庭から侵入してきた椎崎に話しかけられていた状態たった。
「あの……お二人の子供時代のお話とか……」
気のせいかもしれないが、チッっと舌打ちの音が聞こえてきたような気がした。
怒っているのかと思ったが、佳純の態度は変わらずに俺の頭を優しく撫でてきた。
「何を言ったか分かりませんが、半分冗談でできている男ですから気にしないでください」
抱きしめられていると心臓の音が速いのが分かる。
完璧に見えるこの人でも動揺したりすることがあるらしい。
恥ずかしいだけか、よほど言えない過去でもあるのかと勘ぐってしまいそうだ。
「……お祭り、連れて行ってくれるんですか?」
「大したものじゃないですよ。地元の子供達が集まる小規模なものです」
「私は人の多いところにはあまり行ったことがなくて、それくらいがちょうどいいかもしれません。ちょっと不安ですけど、佳純さんがいてくれたら、どこにでも行けるような気がして……、すみません、いい歳して子供みたいなことを言って……」
佳純はすぐに返事をしてくれなかったが、代わりに今までよりももっと強く、ぎゅっと抱きしめてきた。
「はぁ……昼間っから理性を試されているような気がします」
「え?」
佳純がボソボソと呟いた声が聞こえなくて、佳純の口の近くに耳を寄せたら、耳にチュッとキスをされてしまった。
「んんっ……」
「あれ、可愛い声。耳が弱いんですか? あの時はお互い余裕がなかったですからね。これからじっくり諒さんの好きなところを探していきましょう………。ああ、楽しくてたまらない。本当に、もう、私に何をしたんですか?」
「私は……別に何も……」
何かしたのなら佳純の方だ。
二人きりでいると、心臓の音を聞かれてしまいそうなくらい激しく揺れているし、佳純の笑顔に胸の奥がキュッと苦しくなってしまう。
冗談じゃなくてまた発情してしまいそうでぶるっと震えた。
「少しくらいいいですよね。私達はもう結婚するのですから」
「あ……佳純さ……んんっ……」
佳純の腕の中にしっかりと包まれて、顎を持ち上げられたら、すぐに佳純の唇が降ってきた。
人の唇がこんなに柔らかいものだなんて知らなかった。
しっとりと重ねられて、伸びてきた赤い舌が俺の唇をこじ開けた。
ゆっくりと迎入れたら、俺の反応を見るように口の中を舐められていく。
時折、口の端から漏れる佳純の熱い息を肌に感じると、そこから溶けてしまいそうだと思ってしまった。
「ううぅ……ぁ……んっ………はぁ………ハァは……」
ペチャペチャと舌に吸いついて舐め合う音が部屋に響き渡っている。
キスがこんなに気持ちいいのだって知らなかった。
お互いの肌を弄り合って、息をするのも忘れて唇を吸い合う。
和装の佳純のソコは反応しているのか分からないが、俺の方はもうむくむくと勃ち上がってしまった。
このまま擦り合えないかな、などと淫靡な欲にまみれたもので頭が埋め尽くされた時、トントンとドアをノックする音がした。
「佳純様、税理士事務所から電話で、至急確認して頂きたいことがあると……、後、関西支社から工場の視察について電話が……」
「んぁぁーーーー、良いところで次々と!」
佳純は俺を縁側に押し倒して、アソコに手を這わせてきた。しかしそこで呼ばれてしまったので、頭を床に打ち付ける勢いで悔しがっていた。
「佳純さん、お仕事に戻らないと」
佳純の腕の間からするりと逃れて、俺は上半身を起こした。もっとくっ付いていたいが、仕事先の人を待たせたら申し訳ない。
「うぅ諒さんまで……仕方ないですね。では、祭りですが、後で浴衣を持ってきますので、楽しみにしていてくださいね」
名残惜しいように俺のおでこにキスをした後、佳純は音もなく優雅に立ち上がって部屋から出て行った。
「はぁ……、好きすぎておかしくなりそう」
この気持ちはもう間違いなく好きで、でも今までろくに恋をしたことなく生きてきた俺は、この気持ちを伝えていいのか分からなかった。
迷惑にならないだろうか。
それに、もし温度差があって、嫌な顔をされてしまったら……。
下半身に残る熱は、俺の気持ちと一緒でなかなか冷めそうもない。
溢れてしまうくらいの好きを抱えきれずに、畳の上にこぼして歩く。
佳純がそれを見つけて、俺の気持ちに気づいてくれたらいいのに。
都合のいい妄想に頭を抱えたまま、日は落ちていき、夜の匂いが辺りを包んだ。
祭りの始まる時間になった。
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