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本編
お試し同居生活の終わり、で俺の結論
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「アリアス・イエロールーン様」
廊下を歩いていたら突然ご丁寧に名前を呼ばれて振り返ると、見知らぬ男が立っていた。
「主人より伝言を承っております。ぜひ来ていただきたいと……」
男は俺の手に手紙を乗せた後、スッといなくなってしまった。
俺は手の上に乗せられた手紙の差出人を見て、驚いて声を上げてしまった。
「ハシュール・デイト・カラーズ……ってまさか、あの、第二王子か!」
そういえばまた会いたいとかなんとか冗談かと思っていたが、何の用かと手紙を開封してみると、それは王宮で開かれる夜のダンスパーティーの招待状だった。
「俺を……ダンスパーティーに?なぜ?」
男同士でダンスなんて飲み会の罰ゲームかよと思いながら、ため息をついて考え込んでいると背中を軽く叩かれた。
「なに悩んでんだ?」
「デューク……」
遠目からでも目立つ派手な赤髪は今日も太陽に当たって燃えたつように鮮やかに見える。そういえば保健室に顔も出さないし、会うのは久しぶりだった。
「少し痩せた?今はジェラルドだったな。アイツ…調子に乗って先生に無茶してるんじゃないだろうな」
「ううっ……!ええっと……」
Sっ気たっぷりのジェラルドとは濃厚過ぎる時間を過ごしてしまった。
ライジンの玩具プレイでぶっ飛んでしまってからは、そこまで激しいものではなかったが、毎日のようにお仕置きだご褒美だとせっせと開発されている。
昨日も散々乳首だけを責められて、触れずに達するまで許してくれなかった。
やみつきになる、わけではないが、最近はジェラルドを見ると条件反射で涎が出そうになって困っている。
「くっ…アイツ…!絶対変態みたいなことしているだろ!許さない……!」
「だっ……、ほら、もうすぐ二週間だから…、こんな事も終わりだし……」
怒りで燃え上がりそうだったデュークの背中を撫でて笑いかけると、デュークは心配そうな目をして俺の頭をポンと撫でてきた。
そうなのだ。
もうすぐジェラルドとの同居生活も終わる。
これで婚約者候補全員との時間が終わり、いよいよ俺は選択しなければいけないのだ。
誰だって冗談でもこんなバカげた事に貴重な時間を使うわけがない。
一緒に暮らして一人一人の思いを俺はこれでもかと感じてしまった。
デュークの物言いたげな視線を感じるが、俺自身どうしていいか全く答えが浮かんで来なかった。
「もちろん俺はアリアスに選んで欲しいけど、アリアスが幸せになるなら……どういう選択をしても受け入れるよ」
「デューク……」
物分かりがいいのは主人公の特権だけど、こんなに切ない目で見られると心が痛んでたまらなかった。
「それより、何それ?」
デュークが手に持っている招待状を指さしたので、ああこれかとデュークに見せるように中身を開いた。
「ハシュール殿下からダンスパーティーの招待状だって。これ、断ったらヤバいかな」
「ヤバいに決まってんだろ。直々に招待されるなんて普通は家中大騒ぎだ」
確かに親父が知ったら、命に変えても出ろと怒鳴られそうな案件だ。
「……もしかしてアリアス、殿下に狙われてるのか?」
「いや…ないでしょ。だって…一瞬会っただけでろくに喋ってもいないのに……」
俺の言葉なんて信用できないみたいに、デュークはまずいまずいと言って頭を掻き出した。
「今届いたのか?とにかくジェラルドに早く伝えて!こっちも作戦を立てないと…!」
デュークはぶつぶつ言いながら焦った様子で走って行ってしまった。何がそんなにまずいのかよく分からないが、言われた通りジェラルドに伝えにいく事にした。
魔法学の授業が終わったばかりのジェラルドに声をかけて招待状を見せると、案の定顔がさっと曇ってしまった。
とりあえず来てくれと言われて準備室に連れて行かれ、出されたお茶を飲んでほっこりしていたら、渋い顔をしたジェラルドがぽつりぽつりとハシュール殿下との話をしてくれた。
「ハシュール殿下は幼い頃から遊び相手で、虐げられていた俺を救ってくれた俺の恩人でもある。しかし、どうにも悪癖があってな……」
「それがミレイルってやつのことですか……」
「そうだ……。俺達の婚約はまだそれほど広まっていなかったから、平民出身のミレイルが側妃になるなんて、夢物語として国民に知れ渡っている。みんなが祝福する中、俺一人叫んでもいい事なんてなにもなかった。それに、ハシュール殿下はやはり恩人であるから…憎むことなんてできない」
人の事ながら聞いているだけで腹の立つ話だった。地位が高いからといってなんでも自分の思い通りにしないと気がすまないハシュール、ジェラルドの好意をのし上がるために利用したミレイル、二人ともクズだと頭が熱くなって止まらなかった。
「小さい頃助けてもらった感謝があるのかもしれないけど、それとこれとは話が別です。友人の好きな相手を奪うなんてもう友人ですらないです!!ミレイルもジェラルドを利用しただけのクズ男です。そんなヤツのためにいつまでも心を痛めているなんてやめてください!」
「アリアス……」
「スケールは小さいけど…気持ちは分かります……。お…俺も、六股の六番目でしたから!」
「はっ……?ろ…六股?」
「そうです!ずっと好きでやっと結ばれたと思ったのに…!金だけ奪われて六番目うるせーって言われて捨てられたんです。そりゃ悲しくて…信じられなくて……でもそんなヤツのためにずっとヘコんでるなんて悔しいじゃないですか!」
話しながら涙がポロポロ落ちてきて、鼻水もズルズルで酷いことになってしまった。
そんな俺を驚いた顔で見ていたジェラルドがハッと気がついたように慌て出した。
「わっ…分かった。そんなにぼろぼろに泣いて……」
「悲しいし悔しいんです。ジェラルドだって、そうでしょう。平気な顔してそんな話するから……これは、ジェラルドの涙も入ってます。ていうか、勝手に想像して入れました」
泣きすぎて、訳の分からない説明になってしまったが、ジェラルドには伝わってくれたみたいだった。
いつも顔の半分を覆っていた影がスッと消えたように、幾らか明るい顔つきになったように思えた。
「……そうだ、俺は悲しかった。ずっと認めたくなかった…。認めたら壊れてしまいそうだったから……」
席を立ったジェラルドは俺の側まで来て、膝をついて座り、俺の手を取ってギュッと握ってきた。
悪魔みたいな男なのに、温かくて柔らかい優しい手だった。
「でももう大丈夫だ。アリアス…、お前に話せてよかった」
微かに目元を潤ませたジェラルドは座ったままの俺の足元に抱きついてきた。もしかしたら、泣き顔を見られたくないのかもしれない。俺は黙ってジェラルドの頭を撫でてあげた。
「もしハシュール殿下が悪癖で俺欲しいと言っても拒否します。ああいう偉そうで傲慢なタイプは大嫌いですから」
「……アリアスが拒否しても、相手はあのハシュール殿下だから、どうとでもしてしまう。とりあえず招待は受けることにして、後は任せてくれ」
異世界の王族とか貴族や家とかの関係がいまいち理解できていない俺に出来そうなことなど何もない。自分の婚約者選びのこともあるし、分りましたと言って素直に頷いておいた。
「……ところで、お前に六股をかけた野郎はどこのどいつだ?」
「へっ…?」
「今からでも遅くない…、アリアスにそんな仕打ちをしたなんて我慢できない。八つ裂きにして塵に……」
「いや、もう無理だし。…あっ…どこで何しているか分からないからもういいですって。それより次の授業が始まりますよ」
不機嫌そうに眉を寄せて本当にやってしまいそうな顔のジェラルドの背を叩いて、授業がない自由な立場の俺は腕を抜けてするりと立ち上がった。
じゃあまたなんて気楽な感じで手を振って準備室を後にしたが、ドアを閉めた後、背中に感じる重みに目を閉じた。
ジェラルドもまた、自分のことを真剣に考えてくれている。
俺は誰とどうしたいのか、まだ答えが出せずにいた。
こうして、親父の命を受けて始まった結婚相手探しは、婚約者に名乗り出た全員との共同生活を終えて、いよいよ俺が選択する時となった。
俺が招待を受けた王宮で開かれるダンスパーティーだが、今回の候補者はみんな参加することになったので、ちょうどいいからそこで誰にするか決めようという話になってしまった。
ハシュール殿下の思惑がよく分からないので、そんなところで俺の個人的なやつをやっていていいのかと思ったが、その方が都合がいいからとジェラルドに言われてしまったので、とりあえず従うしかない。
久々に自宅に戻った俺は自分のベッドに転がって攻略本を眺めていた。
このわけの分からない男だらけの異世界、転生したのはエロしか取り柄のない変態保健医、そして親父の一言で始まった俺の結婚相手選び。
怒涛の勢いで全てが過ぎて行った。
夢も希望もなくて、逃げることしか考えられなかったけど、今回ゲームの主人公と攻略対象者達と過ごして、俺の中で確実に何かが変わった。
具体的にコレだというのは分からない。
ただ逃げるだけではなく、一人一人と向き合うことで、この世界で生きていくことが楽しくなってきたのは確かだ。
そして誰の手を取って歩きたいか考えると浮かんでくるのは、デュークであり、ライジンであり、ルナソルであり、ジェラルドで……、それぞれの顔が同じだけ俺の胸の中を占めていた。
攻略本を何度も読み返しているがこの中に答えはない。
みんなそれぞれトラウマや孤独を抱えていた。基本ヘタレでスペルマなんて変な特性が付いた俺を選んでくれた人達。
きっと誰を選んでも分かったと言ってくれるだろう。ルナソルだけは不安だが……。
何度も考えた。
それでも答えが出なかった。
「おう、帰っていたのか、アリアス」
「あっ…おや……お父様」
俺の混乱の原因を作った親父がニヤニヤ笑いながら、のしのしと巨体を揺らして部屋に入ってきて、ドカンとベッドに座った。衝撃で埃が立って俺の体はぽんっと浮いた。
「どうだ?好きなヤツは決まったか?結婚は一生の問題だからな。たくさん希望者がいて良かったじゃないか。しっかり相手を選ぶんだぞ」
「………はい」
「お前の母さんはほとんど家にいなかったからな。俺も忙しくてろくに面倒を見てやれなかった。俺はお前に家族でいることの幸せを知って欲しいんだ」
親父も俺のことを考えてこんな提案をしてくれた事はよく分かっている。その思いが決めきれない俺の胸に痛みとなって沈んできた。
「……お父様、俺……どうしたらいいか分からなくて……」
「最近のアリアスはずいぶんと弱気になっちまったなぁ。まあ、相手の事を考えられるようになったのは良い事だ。ややこしい事考えずに自分の気持ちに素直になれ!俺から言えるのはこれだけだ」
親父のアドバイスはシンプルすぎて参考にならなかったが、なんとなく励まされたようで、俺の心は少し軽くなった。
散々悩んだが、親父の一押しで俺の気持ちはだいたい固まった。
自分でも何でこんな結論にというくらい信じられないのだが、もうこうなるしか考えられない。
週末はいよいよダンスパーティーだ。
アリアスとしての俺の人生において、大きな転機となる日になるに違いないと思った。
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廊下を歩いていたら突然ご丁寧に名前を呼ばれて振り返ると、見知らぬ男が立っていた。
「主人より伝言を承っております。ぜひ来ていただきたいと……」
男は俺の手に手紙を乗せた後、スッといなくなってしまった。
俺は手の上に乗せられた手紙の差出人を見て、驚いて声を上げてしまった。
「ハシュール・デイト・カラーズ……ってまさか、あの、第二王子か!」
そういえばまた会いたいとかなんとか冗談かと思っていたが、何の用かと手紙を開封してみると、それは王宮で開かれる夜のダンスパーティーの招待状だった。
「俺を……ダンスパーティーに?なぜ?」
男同士でダンスなんて飲み会の罰ゲームかよと思いながら、ため息をついて考え込んでいると背中を軽く叩かれた。
「なに悩んでんだ?」
「デューク……」
遠目からでも目立つ派手な赤髪は今日も太陽に当たって燃えたつように鮮やかに見える。そういえば保健室に顔も出さないし、会うのは久しぶりだった。
「少し痩せた?今はジェラルドだったな。アイツ…調子に乗って先生に無茶してるんじゃないだろうな」
「ううっ……!ええっと……」
Sっ気たっぷりのジェラルドとは濃厚過ぎる時間を過ごしてしまった。
ライジンの玩具プレイでぶっ飛んでしまってからは、そこまで激しいものではなかったが、毎日のようにお仕置きだご褒美だとせっせと開発されている。
昨日も散々乳首だけを責められて、触れずに達するまで許してくれなかった。
やみつきになる、わけではないが、最近はジェラルドを見ると条件反射で涎が出そうになって困っている。
「くっ…アイツ…!絶対変態みたいなことしているだろ!許さない……!」
「だっ……、ほら、もうすぐ二週間だから…、こんな事も終わりだし……」
怒りで燃え上がりそうだったデュークの背中を撫でて笑いかけると、デュークは心配そうな目をして俺の頭をポンと撫でてきた。
そうなのだ。
もうすぐジェラルドとの同居生活も終わる。
これで婚約者候補全員との時間が終わり、いよいよ俺は選択しなければいけないのだ。
誰だって冗談でもこんなバカげた事に貴重な時間を使うわけがない。
一緒に暮らして一人一人の思いを俺はこれでもかと感じてしまった。
デュークの物言いたげな視線を感じるが、俺自身どうしていいか全く答えが浮かんで来なかった。
「もちろん俺はアリアスに選んで欲しいけど、アリアスが幸せになるなら……どういう選択をしても受け入れるよ」
「デューク……」
物分かりがいいのは主人公の特権だけど、こんなに切ない目で見られると心が痛んでたまらなかった。
「それより、何それ?」
デュークが手に持っている招待状を指さしたので、ああこれかとデュークに見せるように中身を開いた。
「ハシュール殿下からダンスパーティーの招待状だって。これ、断ったらヤバいかな」
「ヤバいに決まってんだろ。直々に招待されるなんて普通は家中大騒ぎだ」
確かに親父が知ったら、命に変えても出ろと怒鳴られそうな案件だ。
「……もしかしてアリアス、殿下に狙われてるのか?」
「いや…ないでしょ。だって…一瞬会っただけでろくに喋ってもいないのに……」
俺の言葉なんて信用できないみたいに、デュークはまずいまずいと言って頭を掻き出した。
「今届いたのか?とにかくジェラルドに早く伝えて!こっちも作戦を立てないと…!」
デュークはぶつぶつ言いながら焦った様子で走って行ってしまった。何がそんなにまずいのかよく分からないが、言われた通りジェラルドに伝えにいく事にした。
魔法学の授業が終わったばかりのジェラルドに声をかけて招待状を見せると、案の定顔がさっと曇ってしまった。
とりあえず来てくれと言われて準備室に連れて行かれ、出されたお茶を飲んでほっこりしていたら、渋い顔をしたジェラルドがぽつりぽつりとハシュール殿下との話をしてくれた。
「ハシュール殿下は幼い頃から遊び相手で、虐げられていた俺を救ってくれた俺の恩人でもある。しかし、どうにも悪癖があってな……」
「それがミレイルってやつのことですか……」
「そうだ……。俺達の婚約はまだそれほど広まっていなかったから、平民出身のミレイルが側妃になるなんて、夢物語として国民に知れ渡っている。みんなが祝福する中、俺一人叫んでもいい事なんてなにもなかった。それに、ハシュール殿下はやはり恩人であるから…憎むことなんてできない」
人の事ながら聞いているだけで腹の立つ話だった。地位が高いからといってなんでも自分の思い通りにしないと気がすまないハシュール、ジェラルドの好意をのし上がるために利用したミレイル、二人ともクズだと頭が熱くなって止まらなかった。
「小さい頃助けてもらった感謝があるのかもしれないけど、それとこれとは話が別です。友人の好きな相手を奪うなんてもう友人ですらないです!!ミレイルもジェラルドを利用しただけのクズ男です。そんなヤツのためにいつまでも心を痛めているなんてやめてください!」
「アリアス……」
「スケールは小さいけど…気持ちは分かります……。お…俺も、六股の六番目でしたから!」
「はっ……?ろ…六股?」
「そうです!ずっと好きでやっと結ばれたと思ったのに…!金だけ奪われて六番目うるせーって言われて捨てられたんです。そりゃ悲しくて…信じられなくて……でもそんなヤツのためにずっとヘコんでるなんて悔しいじゃないですか!」
話しながら涙がポロポロ落ちてきて、鼻水もズルズルで酷いことになってしまった。
そんな俺を驚いた顔で見ていたジェラルドがハッと気がついたように慌て出した。
「わっ…分かった。そんなにぼろぼろに泣いて……」
「悲しいし悔しいんです。ジェラルドだって、そうでしょう。平気な顔してそんな話するから……これは、ジェラルドの涙も入ってます。ていうか、勝手に想像して入れました」
泣きすぎて、訳の分からない説明になってしまったが、ジェラルドには伝わってくれたみたいだった。
いつも顔の半分を覆っていた影がスッと消えたように、幾らか明るい顔つきになったように思えた。
「……そうだ、俺は悲しかった。ずっと認めたくなかった…。認めたら壊れてしまいそうだったから……」
席を立ったジェラルドは俺の側まで来て、膝をついて座り、俺の手を取ってギュッと握ってきた。
悪魔みたいな男なのに、温かくて柔らかい優しい手だった。
「でももう大丈夫だ。アリアス…、お前に話せてよかった」
微かに目元を潤ませたジェラルドは座ったままの俺の足元に抱きついてきた。もしかしたら、泣き顔を見られたくないのかもしれない。俺は黙ってジェラルドの頭を撫でてあげた。
「もしハシュール殿下が悪癖で俺欲しいと言っても拒否します。ああいう偉そうで傲慢なタイプは大嫌いですから」
「……アリアスが拒否しても、相手はあのハシュール殿下だから、どうとでもしてしまう。とりあえず招待は受けることにして、後は任せてくれ」
異世界の王族とか貴族や家とかの関係がいまいち理解できていない俺に出来そうなことなど何もない。自分の婚約者選びのこともあるし、分りましたと言って素直に頷いておいた。
「……ところで、お前に六股をかけた野郎はどこのどいつだ?」
「へっ…?」
「今からでも遅くない…、アリアスにそんな仕打ちをしたなんて我慢できない。八つ裂きにして塵に……」
「いや、もう無理だし。…あっ…どこで何しているか分からないからもういいですって。それより次の授業が始まりますよ」
不機嫌そうに眉を寄せて本当にやってしまいそうな顔のジェラルドの背を叩いて、授業がない自由な立場の俺は腕を抜けてするりと立ち上がった。
じゃあまたなんて気楽な感じで手を振って準備室を後にしたが、ドアを閉めた後、背中に感じる重みに目を閉じた。
ジェラルドもまた、自分のことを真剣に考えてくれている。
俺は誰とどうしたいのか、まだ答えが出せずにいた。
こうして、親父の命を受けて始まった結婚相手探しは、婚約者に名乗り出た全員との共同生活を終えて、いよいよ俺が選択する時となった。
俺が招待を受けた王宮で開かれるダンスパーティーだが、今回の候補者はみんな参加することになったので、ちょうどいいからそこで誰にするか決めようという話になってしまった。
ハシュール殿下の思惑がよく分からないので、そんなところで俺の個人的なやつをやっていていいのかと思ったが、その方が都合がいいからとジェラルドに言われてしまったので、とりあえず従うしかない。
久々に自宅に戻った俺は自分のベッドに転がって攻略本を眺めていた。
このわけの分からない男だらけの異世界、転生したのはエロしか取り柄のない変態保健医、そして親父の一言で始まった俺の結婚相手選び。
怒涛の勢いで全てが過ぎて行った。
夢も希望もなくて、逃げることしか考えられなかったけど、今回ゲームの主人公と攻略対象者達と過ごして、俺の中で確実に何かが変わった。
具体的にコレだというのは分からない。
ただ逃げるだけではなく、一人一人と向き合うことで、この世界で生きていくことが楽しくなってきたのは確かだ。
そして誰の手を取って歩きたいか考えると浮かんでくるのは、デュークであり、ライジンであり、ルナソルであり、ジェラルドで……、それぞれの顔が同じだけ俺の胸の中を占めていた。
攻略本を何度も読み返しているがこの中に答えはない。
みんなそれぞれトラウマや孤独を抱えていた。基本ヘタレでスペルマなんて変な特性が付いた俺を選んでくれた人達。
きっと誰を選んでも分かったと言ってくれるだろう。ルナソルだけは不安だが……。
何度も考えた。
それでも答えが出なかった。
「おう、帰っていたのか、アリアス」
「あっ…おや……お父様」
俺の混乱の原因を作った親父がニヤニヤ笑いながら、のしのしと巨体を揺らして部屋に入ってきて、ドカンとベッドに座った。衝撃で埃が立って俺の体はぽんっと浮いた。
「どうだ?好きなヤツは決まったか?結婚は一生の問題だからな。たくさん希望者がいて良かったじゃないか。しっかり相手を選ぶんだぞ」
「………はい」
「お前の母さんはほとんど家にいなかったからな。俺も忙しくてろくに面倒を見てやれなかった。俺はお前に家族でいることの幸せを知って欲しいんだ」
親父も俺のことを考えてこんな提案をしてくれた事はよく分かっている。その思いが決めきれない俺の胸に痛みとなって沈んできた。
「……お父様、俺……どうしたらいいか分からなくて……」
「最近のアリアスはずいぶんと弱気になっちまったなぁ。まあ、相手の事を考えられるようになったのは良い事だ。ややこしい事考えずに自分の気持ちに素直になれ!俺から言えるのはこれだけだ」
親父のアドバイスはシンプルすぎて参考にならなかったが、なんとなく励まされたようで、俺の心は少し軽くなった。
散々悩んだが、親父の一押しで俺の気持ちはだいたい固まった。
自分でも何でこんな結論にというくらい信じられないのだが、もうこうなるしか考えられない。
週末はいよいよダンスパーティーだ。
アリアスとしての俺の人生において、大きな転機となる日になるに違いないと思った。
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