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本編

犬猿の仲はやめて、仲良くなりましょう

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「ごめん。ジェラルドは好きだけど、僕はやっぱりあの方がいい」

 彼は目に涙を浮かべながら、俺を見つめてきた。純粋で美しいと思っていた瞳はあの頃と変わりない。その中に自分の存在を探していた時を思い出した。

「僕が王族になりたかったこと、知っているでしょう。側妃でもいい、僕はずっとそう願ってきた。一度はだめだと思って君と婚約したけど、それが良かったのかなぁ…、ついに僕が欲しいって言ってくれたんだ」

 俺は泣きながらも嬉しそうに話す彼を見て、心がえぐられるような痛みを感じていた。

「ねぇ、いいでしょう。ジェラルドはいつも僕の幸せを願ってくれたよね。たった一ヶ月の婚約期間なんて誰も覚えていないよ。ジェラルドなら望めば他にいくらでもいるしさ」

 欲しかったのは彼だけだった。他なんてどうでもよかった。
 彼と幸せになりたかった。
 可愛くて残酷な彼は、俺の頬にキスをして鳥のように飛び立って行ってしまった。



 月日が経つのは残酷だ。
 何も知らずに遊んでいたあの頃の三人に戻れたら、一人取り残された俺は過去の思い出にすがるしかなかった。

 幼くして強大な魔力を発動させた俺は、ブラック家を出て神殿に入れられた。
 神殿では同じように魔力が強すぎて制御できない子供達が集められていた。
 魔力が強いから魔術士になれるわけではない。
 神殿で厳しい訓練を受けて、魔力の制御や使いこなす力を手に入れなくてはいけない。
 でなければ、自らの魔力が暴走して死に至ってしまう。
 俺と同じ時期に神殿に入った子供で残ったのは俺だけだった。

 親元を離れた孤独、仲間が消えてしまった悲しみと寂しさ、背負いきれないものに押しつぶされそうだった時、ハシュールに出会った。

 神殿は王宮の中にあり、王族達は定期的に祈りに来ていたが、自分と同じくらいの歳の子供を見つけた。
 目が合った瞬間、お前!暇そうだな、俺と遊ぼうと言われたのが最初だった。

 ハシュールが王子だと知ったのは遊び始めてから、しばらく経った頃だった。
 護衛も付けずにいつも俺の部屋にひょっこりと顔を出した。
 当時教会は子供に対してひどい扱いをしていた。修行だと称してろくに食事も与えず、体を洗うこともできなかった。そんなひどい環境を知ったハシュールが、王に訴えてくれたおかげで、やっと人間らしい生活を手に入れることができた。
 ハシュールは友人であり、命の恩人のような存在になった。

 そんなある日、ハシュールが連れてきたのがミレイルだ。王宮には各地から貴族平民問わず、見た目の良い者がまだ子供のうちから集められた。王子達の将来の相手候補として早いうちに確保されるのが理由で、選ばれなければ王宮でそのまま働くことになる。ミレイルは平民出身でまだ幼くて可愛らしい少年だった。

 面白いやつだからとハシュールに連れ回されていて、その流れで俺のところにも来たようだった。
 ミレイルも入って三人で遊ぶことが多くなった。ミレイルは可愛らしい外見とは違い気の強い性格で、自分が中心にいないと気が済まなかった。初めて会うタイプで戸惑いながらも、それが純粋で可愛らしいと思っていた。
 そして、ミレイルにどんどん惹かれていった。

 ミレイルはいつも王族になりたいと話していた。選定者と呼ばれる、王宮へ子供を連れて行く者達にも自分から話しかけてアピールした。
 ずっと貧乏な暮らしだったから、王族になって死ぬまで贅沢に暮らしたいと夢を語っていた。
 そうして歳を重ね、三人ともやがて年頃になった。政略的な事が大きかったがハシュールは有力貴族の令息と結婚することになった。ミレイルは何度も自分と婚約して欲しいとハシュールに訴えていたので、かなりショックだったようだ。

 そして、俺に抱きついてきた。
 辛くて一人は嫌だから自分と婚約して欲しいと。
 自分勝手に思える言葉も、俺にとっては喜びだった。ミレイルが自分を選んでくれたなら、理由なんて何でもよかった。

 しかし、ハシュールは人のものを欲する悪癖があり、俺とミレイルが婚約してから急にミレイルを見る目が変わった。
 そして、恐れていたことが起きてしまった。
 婚約して一月が経った頃、ハシュールがミレイルに求婚したのだ。
 ミレイルは俺との別れの言葉を、愛を交わし合った直後、ベッドの上で告げてきた。
 それが彼なりの贖罪の気持ちだったのかは分からない。
 温もりだけ残したまま、ミレイルは去って行ってしまった。

 たった一月の婚約。
 それは、ずっと思い続けてきた相手と結ばれたと思っていた俺だけが見ていた悲しい幻だった。

 俺が人を愛する気持ちは、あのベッドの上に置いてきた。
 もう二度と人を愛おしいと思うことなどないと、そう思ってきた。



「……寒い」

 いつの間にか眠ってしまったらしい。
 気だるさと寒さを感じて目が覚めた。窓から僅かに朝日が差し込んでいた。
 いつも眠りは浅いので、朝まで眠れたという事はかなり疲れていたのだろう。

 昨夜はハシュール殿下の直接の依頼で一仕事してきた。隣国の情勢を探る仕事だったが、向こうも簡単には情報を教えてくれない。なかなか骨の折れるものだった。

 おかげで必要な情報が手に入ったと殿下はご機嫌だったがその後が余計だった。
 そういえば、面白そうな事をやっているらしいなと殿下が急に言い出した。
 できるならアリアスの事は知られたくなかった。
 ハシュール殿下にはすでに妃が側妃も合わせると三人もいる。人数に制限はないので、まさかとは思うが、あの悪癖が出てしまうとも限らない。
 ちょっと挨拶したいとか、顔が見たいと言って、泊まりの予定だったのに急遽自宅に帰らされることになった。寝ているからという理由で丸め込もうとしていたら、アリアスが自分で部屋から出てきてしまった。
 断るのに必死になりすぎて、廊下でうるさくしてしまったらしい。

 アリアスを見て殿下が興味を持った事は明らかだった。俺がこんな事に参加しているからというのもあるが、アリアスの匂いに反応していたところから見ると間違いないだろう。

 アリアスの体からルナソルの魔力の痕跡をすぐに見つけた俺は、事前にルナソルに説明をするように求めていた。
 何か不正を働くことも考えられたので、必要な事だったが、ルナソルは反論する事なく淡々とアリアスの体の事情を話してきた。

 もしかしてと思ってはいたが、やはりアリアスはスペルマだった。アリアスとルナソルはずっと前に出会っていて、その時にルナソルがアリアスのスペルマとしての力をある程度封印したらしい。しかし、本能的な強さまでは抑える事が出来ず、相性の良い相手には反応してしまう事。そして、アリアスを欲する者には匂いは抑えられないという事を説明された。

 ルナソルは魔力については俺の半分もないが、その分使い方を熟知している。そして、自ら術を組み変えて魔法を作り出す事ができる稀有な存在だ。
 魔法というのはほとんど先人が作り出したものを真似しているにすぎない。
 恐ろしい男だと思った。
 しかし、魔力差で見れば俺には圧倒的に敵わない。その実力を理解しているから、すんなり教えてきたのだろう。

 その時に、気をつけてくださいと一言加えてきた。
 アリアスの匂いに気づく人物は彼を狙っているという事ですから、と。
 候補者同士で争っているが、他の人間の存在を忘れていた。いくらアリアスが反応しなくても、あれだけの美貌を持ち、色気を放っている男を周囲が放っておくわけがないのだ。


 アリアスはいけすかない同僚だった。
 好みの生徒を保健室に連れ込んでやりたい放題だったのは有名な話だ。一年という期間で生徒が変わることもあって、大きな問題にならずに上手くやっていたのかもしれない。
 もともと放蕩息子で家族も手を焼いていたなんて噂も耳にした。
 適当に遊んでいる俺が人のことは言えないので、あまり関わらないようにしていたが、どうも向こうからは強く敵視されていた。

 どうやらアリアスのお気に入りだった生徒が俺のことが好きで口説けなかったとかそういう理由でライバル視されて、それ以来ずっとつっかかって来るようになった。
 小綺麗な見た目はしているが、性格は最悪なので見れば気分が悪くなるし、適当にあしらってもしつこいので度々怒鳴り合うくらいの言い合いになる事があった。

 周囲からも、もう少し仲良くしてくれないと職場の雰囲気が悪くなるからなんて言われるほどの関係だったと思う。
 それが今年の入学式を境に、急に人が変わったように別人になってしまった。
 割と何でもそつなくこなすタイプだったクセに、教職員の挨拶を聞いていなくて指名されて戸惑っていた。
 時間がかかると嫌なので仕方なく教えてしまった。後で余計なことをするなとうるさく言われそうだったが、何故か青くなって目を潤ませている顔を見たら助けてしまった。

 式が終わって声をかけてきたアリアスは、もう明らかにおかしかった。
 いつもキリッとして睨みつけてくる目が、とろんとした甘い目になっていて、素直にお礼を言ってきたのだ。
 その時、俺も自分がおかしいのか、アリアスがおかしいのかよく分からなくなってしまった。今までならありえないが、アリアスが可愛く見えてしまったからだ。
 そしてその瞬間漂ってきた甘い匂いに頭が沸騰しそうになって慌てて逃げ出した。
 あれはなんだと自問自答する日々が始まったのだ。


 それからアリアスは校内でごく普通に話しかけてきた。他の同僚にはやけに警戒しているようだが、入学式で助けた事がよほど嬉しかったのか、俺にはまるで前からの友人のように屈託のない笑顔を見せてきた。
 その度に胸がざわざわとして落ち着かない日々が続いた。

 おまけに人が足りなくてこれから水泳の監督やるんですなんて言いながら、海パン一枚で廊下を走ってきた時は鼻血が噴き出しそうになった。
 慌てて自分のローブを脱いでこれを絶対着ていろと言ってぐるぐる巻きにした。

 会うたびにむせかえりそうな甘い匂いは強くなり、ついに魔法学の準備室に無防備に入ってきたところで俺の我慢の糸は切れてしまった。
 成人したというのにまるで十代の覚えたてのように、アリアスに襲いかかってしまった。
 しかも、甘い匂いは頭を狂わせて、行為が終わってもなおアリアスを求めて止まらなかった。
 これはただ匂いのせいだと思う事にしていたが、アリアスを狙う男は他にもいた。彼らといるアリアスを見た瞬間、胸の中がカッと火がついたみたいに熱くなった。
 もう子供じゃないからこの熱さの意味は痛いほど分かっている。
 これは嫉妬だ。
 あの笑顔を俺の物にしたい。可愛がってぐちゃぐちゃにして俺のモノを注ぎ込みたい。
 それしか考えられなくなった。
 だからアリアスが結婚の話をした時、余裕なフリをして焦りながら急いで手を挙げた。

 アリアスを誰にも渡したくない。
 同じ候補者の事ばかり考えていたが、まさかハシュール殿下が出てくるとは迂闊だった。
 ハシュール殿下はその身分もあるが、太陽のような男だ。いつもギラギラと輝いていて、周囲の者を引きつけて離さない。
 彼がひとたび心を寄せて手を差し伸べたなら、誰もが全て奪われてその手を取る。殿下に愛される甘い夢を見てしまう。

 ミレイルも同じだ。ハシュール殿下に心を奪われて、今は第三側妃として王宮で優雅に暮らしている。子が出来たという話は聞いていないが、思い通りになったのだから満足して幸せに暮らしているだろう。

 昨夜の殿下の態度からして嫌な予感しかしない。
 俺はため息をつきながら寝返りをうった。
 今日は一人で寝るベッドがやけに寒く感じた。そして、隣室にアリアスがいるというのに、なぜ一人で寝ているのかとふと疑問に思って体を起こした。

 そう言えば昨日は興奮しすぎて少しひどくしてしまったかもしれない。アリアスを見るとついついいじめて泣かしたい気持ちが湧き上がってくる。泣き顔を見て興奮するなんて初めてだ。まったくこんなに俺をおかしくさせるなんて困ったものだ。

 少しだけ…、様子を見に行こうと思いベッドから降りて隣室へ向かったのだった。



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