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第一部
⑲ 空音
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一人で馬車を拾い、街に行くことも慣れた。
行き先を書いた紙を御者に見せて、目的地まで本を読んで静かに過ごす。
馬車が止まって、着きましたよという声が聞こえたら、レアンはパタンと本を閉じた。
出かけると言うとロックが服を用意してきて、上から下まで全部着せられてしまう。
最初はシエルと二人で、ロックの手作り服を着せられていたが、シエルは趣味が合わないからと言って、早々に自分で買った服を着るようになった。
ロックは伝説の元傭兵のお爺ちゃんだが、趣味に目覚めてからは、その手先の器用さを活かして、オーダーメイドショップを開いて服の製作をしていた。
可愛い子に可愛い服を着せるのが、至福の喜びだと言うロックは、シエルに断られてショックを受けていた。
あまりにも可哀想だったので、レアンだけは断らずに言われるままにしていたら、すっかりロックの着せ替え人形状態になったいた。
今日も水玉のドレスシャツにピンクのコートを着せられそうになって、それだけはやめてくれと首を振って抵抗して、やっと薄ピンクのリボンシャツにブラウンのコートで落ち着いた。
それでも男性は、黒やグレーのシックな装いが理想とされている中で、可愛すぎる格好に思えた。
すでに美少年として誰もが振り向くシエルならきっと着こなせるだろうが、自分にはとても無理だと、窓ガラスに映る自分の姿を見て、レアンはため息をついた。
馬車から降りたら、本を斜めに掛けた鞄にしまって、レアンは辺りを見回した。
何度かロックと来たことはあるが、一人で来るのは初めてだった。
防具を着けた強そうな男性達が歩いてくる姿を発見して、レアンは彼らの後に付いて歩き出した。
都の外れ、砂の多い広い敷地の中に、治安部隊の合同練習場はあった。
カイエンとエドワードは普段ここで訓練を受けていて、何かあれば出動するということになっていた。
前回ロックとこの場所に来たのは、買い物のついでに、二人の訓練を見学した時だった。
カイエンもエドワードも、剣に関しては達人のレベルまで達していたが、あまりに強くなりすぎると目立ってしまうので、こういった場では力を抑えていた。
今日一人でこの地を訪れたのは他でもない、カイエンからのお願いのためだった。
カイエンがレアンに頼んだのは、迎えに来て欲しい、ということだった。
どんな大変なことをお願いされるのかと身構えていたレアンだったが、なんとも気の抜けるお願いに拍子抜けしてしまった。
一人で来て欲しい、できればお菓子を作って持ってきてくれたらもっといい、と言われたので、チョコレートを使ったマフィンを焼いて、籠に入れて持ってきた。
練習場に近づくと、人集りができてたので、レアンはそちらに近づいて行った。
集まっていたのは、若い女性達だった。
みんなキャーキャーと黄色い声を上げて、囲いになっている鉄柵にしがみついていた。
その視線の先を見て、レアンは納得してしまった。
そこにはカイエンがいて、ちょうどエドワードと対戦を終えたところだった。
「ねぇ、あの噂聞いた? カイが笑いかけてくれたって勘違いした子、恋人気取りで嫉妬して……」
「ああ、他の子に石で殴りかかったとか……、でも、ちょっと分かる。あの笑顔を独り占めできたらって、思っちゃうよねぇ」
集まっている女の子達から、カイエンの話が出てきて、ついレアンは耳が大きくなった。
彼女達の話だと、カイエンは誰にでも優しいので、よく勘違いさせてしまうらしい。
何度も揉め事は起きていたが、今回は怪我人まで出てしまったことで、話が大きくなり、警備任務からは外されてしまったそうだ。
小説の中でもカイエンは、女の子から大変モテて、そのことで頭を悩まされると書かれていた。
まさにそれと同じ状況だなと思って、レアンは一人で頷いていた。
「あれっ、レアじゃないか。一人か? 何してんだよ」
先に訓練を終えたエドワードが出てきて、人集りの中にいたレアンを見つけて声をかけてきた。
レアンは口をカイと大きく動かして、練習場の方を指差した。
「あいつに用があるのか? もしかして呼び出された?」
隠れファンが多いというエドワードが話しかけているレアンに、チラチラと視線が集まった。
人に見られるのがレアンは苦手だ。
緊張するし、何か間違ったことをしたらどうしようかと赤面してしまう。
「とりあえず、ここを離れるか。人が多いから……」
エドワードがレアンの腕を掴んだ時、先ほどからじっとレアンの顔を覗き込んでいた女の子達の声が聞こえてきた。
「見て、あの顔……、ひどい傷……」
「もしかしてあれ、鞭で……」
顔の傷は目立つので、どこに行っても見られることはある。あからさまに、それは鞭の痕なのかと聞かれたこともある。
鞭を使われるのは主に奴隷なので、レアンのことを冷たい目で見てくる者もいた。
だから、どう思われようとかまわないはずだった。
ただ、エドワードが近くにいるので、迷惑をかけたくないと顔を伏せたその瞬間……
「レア! 来てくれんだね」
ふわっと体が浮く感覚がして、目線の位置が高くなった。
何が起きたのか考える前に、目の前にカイエンの顔があって、レアンは大きく息を吸い込んだ。
それは周囲も同じだった。
目の前で何が起こっているのか、判断しかねて静寂が広がった。
いつの間にか外に出てきたカイエンが、レアンを抱き上げて、額にキスをしたのだ。
一瞬間が空いて、すぐにギャーっという悲鳴のような叫び声が一斉に上がった。
「お待たせ、俺のスイート。待たせてごめんね。帰ろうか? 俺のためにお菓子を持って来てくれたんだね。いい匂いだ。食べながら帰ろう」
今でも何が起きているのか分からないレアンが、ポカンと口を開けている横で、エドワードが頭を抱えていた。
「カイ、これは……どういうこと?」
「この人、綺麗な顔しているけど、男の人よね……?」
「嘘でしょ、いやっ、私のカイが……」
「ごめんね、君達。大事な人ができたから。これからは彼と一緒にいたいんだ」
女の子達は無言でポケットからハンカチを取り出して、口に咥えて泣き始めた。
なんていう光景なんだと唖然とするレアンを抱きかかえたまま、カイエンはスイスイとその間を縫って歩き出した。
耳元でレアごめんねと声が聞こえたが、レアンはこれが何のことなのかもサッパリ分からなかった。
帰りの馬車の中、全員が乗り込んだら、エドワードがすぐに口を開いた。
「アホっ、なんだあの茶番劇は!!」
「茶番ってひどいな。完璧だったでしょう。あぁするしかなかったんだよ。日に日に人は増えていくし、隊長にも怪我人までだして、どうにかしろって言われて……。そのために女の子と付き合うのも悪いし。レアに話していなかったのは悪かったけど、これでみんな諦めてくれるから平和的解決ってやつ」
ちゃっかりレアンの隣に座ったカイエンは、マフィンを頬張りながら、上手くいったと言って得意げに指を立てて笑って見せた。
「あのなぁ……、レアはいいのか? こんなやつと付き合ってることにされて……、ある事ない事、へんな噂とか、色々言われるかもしれないのに」
みんなの前で持ち上げられたことが衝撃的過ぎて、やっと事態が飲み込めてきたレアンは、ぼんやり考えを巡らせた。
どうしてもモテてしまうカイエンは、レアンを偽の恋人に仕立てて、事態の鎮静化を図ったということだ。
なるほど考えたなと思ってしまった。
シエルに頼んだとしても絶対に嫌だと言われるだろうし、レアンなら頻繁に外にも出ることもなく、他の人との交流も少ない。
影響がなさそうな相手を選んだのだろうと思ったら納得した。
悩んでいるのなら力になりたいのは確かだったので、レアンはニコッと笑って頷いた。
「お前なぁ……、お人好しすぎるぞ。俺は知らないからな、こんな話……あいつの耳に入ったら……」
微笑みながら、ぶるっと震えたカイエンが、今日は鍵を掛けて寝ることにすると言ったので、レアンはまた何の話をしているのか分からず、すっかり二人の会話から置いて行かれてしまった。
(続)
行き先を書いた紙を御者に見せて、目的地まで本を読んで静かに過ごす。
馬車が止まって、着きましたよという声が聞こえたら、レアンはパタンと本を閉じた。
出かけると言うとロックが服を用意してきて、上から下まで全部着せられてしまう。
最初はシエルと二人で、ロックの手作り服を着せられていたが、シエルは趣味が合わないからと言って、早々に自分で買った服を着るようになった。
ロックは伝説の元傭兵のお爺ちゃんだが、趣味に目覚めてからは、その手先の器用さを活かして、オーダーメイドショップを開いて服の製作をしていた。
可愛い子に可愛い服を着せるのが、至福の喜びだと言うロックは、シエルに断られてショックを受けていた。
あまりにも可哀想だったので、レアンだけは断らずに言われるままにしていたら、すっかりロックの着せ替え人形状態になったいた。
今日も水玉のドレスシャツにピンクのコートを着せられそうになって、それだけはやめてくれと首を振って抵抗して、やっと薄ピンクのリボンシャツにブラウンのコートで落ち着いた。
それでも男性は、黒やグレーのシックな装いが理想とされている中で、可愛すぎる格好に思えた。
すでに美少年として誰もが振り向くシエルならきっと着こなせるだろうが、自分にはとても無理だと、窓ガラスに映る自分の姿を見て、レアンはため息をついた。
馬車から降りたら、本を斜めに掛けた鞄にしまって、レアンは辺りを見回した。
何度かロックと来たことはあるが、一人で来るのは初めてだった。
防具を着けた強そうな男性達が歩いてくる姿を発見して、レアンは彼らの後に付いて歩き出した。
都の外れ、砂の多い広い敷地の中に、治安部隊の合同練習場はあった。
カイエンとエドワードは普段ここで訓練を受けていて、何かあれば出動するということになっていた。
前回ロックとこの場所に来たのは、買い物のついでに、二人の訓練を見学した時だった。
カイエンもエドワードも、剣に関しては達人のレベルまで達していたが、あまりに強くなりすぎると目立ってしまうので、こういった場では力を抑えていた。
今日一人でこの地を訪れたのは他でもない、カイエンからのお願いのためだった。
カイエンがレアンに頼んだのは、迎えに来て欲しい、ということだった。
どんな大変なことをお願いされるのかと身構えていたレアンだったが、なんとも気の抜けるお願いに拍子抜けしてしまった。
一人で来て欲しい、できればお菓子を作って持ってきてくれたらもっといい、と言われたので、チョコレートを使ったマフィンを焼いて、籠に入れて持ってきた。
練習場に近づくと、人集りができてたので、レアンはそちらに近づいて行った。
集まっていたのは、若い女性達だった。
みんなキャーキャーと黄色い声を上げて、囲いになっている鉄柵にしがみついていた。
その視線の先を見て、レアンは納得してしまった。
そこにはカイエンがいて、ちょうどエドワードと対戦を終えたところだった。
「ねぇ、あの噂聞いた? カイが笑いかけてくれたって勘違いした子、恋人気取りで嫉妬して……」
「ああ、他の子に石で殴りかかったとか……、でも、ちょっと分かる。あの笑顔を独り占めできたらって、思っちゃうよねぇ」
集まっている女の子達から、カイエンの話が出てきて、ついレアンは耳が大きくなった。
彼女達の話だと、カイエンは誰にでも優しいので、よく勘違いさせてしまうらしい。
何度も揉め事は起きていたが、今回は怪我人まで出てしまったことで、話が大きくなり、警備任務からは外されてしまったそうだ。
小説の中でもカイエンは、女の子から大変モテて、そのことで頭を悩まされると書かれていた。
まさにそれと同じ状況だなと思って、レアンは一人で頷いていた。
「あれっ、レアじゃないか。一人か? 何してんだよ」
先に訓練を終えたエドワードが出てきて、人集りの中にいたレアンを見つけて声をかけてきた。
レアンは口をカイと大きく動かして、練習場の方を指差した。
「あいつに用があるのか? もしかして呼び出された?」
隠れファンが多いというエドワードが話しかけているレアンに、チラチラと視線が集まった。
人に見られるのがレアンは苦手だ。
緊張するし、何か間違ったことをしたらどうしようかと赤面してしまう。
「とりあえず、ここを離れるか。人が多いから……」
エドワードがレアンの腕を掴んだ時、先ほどからじっとレアンの顔を覗き込んでいた女の子達の声が聞こえてきた。
「見て、あの顔……、ひどい傷……」
「もしかしてあれ、鞭で……」
顔の傷は目立つので、どこに行っても見られることはある。あからさまに、それは鞭の痕なのかと聞かれたこともある。
鞭を使われるのは主に奴隷なので、レアンのことを冷たい目で見てくる者もいた。
だから、どう思われようとかまわないはずだった。
ただ、エドワードが近くにいるので、迷惑をかけたくないと顔を伏せたその瞬間……
「レア! 来てくれんだね」
ふわっと体が浮く感覚がして、目線の位置が高くなった。
何が起きたのか考える前に、目の前にカイエンの顔があって、レアンは大きく息を吸い込んだ。
それは周囲も同じだった。
目の前で何が起こっているのか、判断しかねて静寂が広がった。
いつの間にか外に出てきたカイエンが、レアンを抱き上げて、額にキスをしたのだ。
一瞬間が空いて、すぐにギャーっという悲鳴のような叫び声が一斉に上がった。
「お待たせ、俺のスイート。待たせてごめんね。帰ろうか? 俺のためにお菓子を持って来てくれたんだね。いい匂いだ。食べながら帰ろう」
今でも何が起きているのか分からないレアンが、ポカンと口を開けている横で、エドワードが頭を抱えていた。
「カイ、これは……どういうこと?」
「この人、綺麗な顔しているけど、男の人よね……?」
「嘘でしょ、いやっ、私のカイが……」
「ごめんね、君達。大事な人ができたから。これからは彼と一緒にいたいんだ」
女の子達は無言でポケットからハンカチを取り出して、口に咥えて泣き始めた。
なんていう光景なんだと唖然とするレアンを抱きかかえたまま、カイエンはスイスイとその間を縫って歩き出した。
耳元でレアごめんねと声が聞こえたが、レアンはこれが何のことなのかもサッパリ分からなかった。
帰りの馬車の中、全員が乗り込んだら、エドワードがすぐに口を開いた。
「アホっ、なんだあの茶番劇は!!」
「茶番ってひどいな。完璧だったでしょう。あぁするしかなかったんだよ。日に日に人は増えていくし、隊長にも怪我人までだして、どうにかしろって言われて……。そのために女の子と付き合うのも悪いし。レアに話していなかったのは悪かったけど、これでみんな諦めてくれるから平和的解決ってやつ」
ちゃっかりレアンの隣に座ったカイエンは、マフィンを頬張りながら、上手くいったと言って得意げに指を立てて笑って見せた。
「あのなぁ……、レアはいいのか? こんなやつと付き合ってることにされて……、ある事ない事、へんな噂とか、色々言われるかもしれないのに」
みんなの前で持ち上げられたことが衝撃的過ぎて、やっと事態が飲み込めてきたレアンは、ぼんやり考えを巡らせた。
どうしてもモテてしまうカイエンは、レアンを偽の恋人に仕立てて、事態の鎮静化を図ったということだ。
なるほど考えたなと思ってしまった。
シエルに頼んだとしても絶対に嫌だと言われるだろうし、レアンなら頻繁に外にも出ることもなく、他の人との交流も少ない。
影響がなさそうな相手を選んだのだろうと思ったら納得した。
悩んでいるのなら力になりたいのは確かだったので、レアンはニコッと笑って頷いた。
「お前なぁ……、お人好しすぎるぞ。俺は知らないからな、こんな話……あいつの耳に入ったら……」
微笑みながら、ぶるっと震えたカイエンが、今日は鍵を掛けて寝ることにすると言ったので、レアンはまた何の話をしているのか分からず、すっかり二人の会話から置いて行かれてしまった。
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