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本編
13、甘い毒
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月明かりを頼りに、二人の男が音を立てずに廊下を歩く。
見張りが交代のため移動した隙を狙って角を曲がり、突き当たりにある大きな部屋の前に立つ。
クリスは手際よくドアの鍵を開け、ジャックとともに部屋の中に入った。
クリスとジャックの格好は闇に紛れる黒装束。対象の邸に忍び込む時は、いつもこの格好だ。
クリスは、調査対象であるカルバイン男爵の不在を確認して、夜を待ってからジャックと一緒に男爵邸に忍び込んだ。
目的は、カルバイン男爵を探ること。
潜入や忍び込みは、青の薔薇としての活動でよくあることだが、やはり何度やっても緊張してしまう。
二人で男爵の自室である執務室に入ったが、ジャックの方は慣れた様子で、執務机の中を探り始める。
事前の情報だと、この執務室と地下室は主人以外入室禁止で、部屋の前に立ち止まることも許さないそうだ。
クリスはまず、金庫でもないかと、部屋の中を確認することにする。
天井まで高くそびえる本棚をチェックしながら、クリスは息を吐いた。
集中しなければいけないのに、気が散ってしまう。
目を閉じると、エルヴィンの告白を思い出して、身を震わせてしまうことの繰り返しだ。
「男爵家の帳簿を見ているが、不審な点はないな」
ジャックの言葉に反応が遅れてしまい、クリスと名前を呼ばれてしまった。
「しっかりしてくれよ。そっちは? 何かめぼしい物は?」
「……いや、経済の本が並んでいるだけです。危険な思想を示すようなものはない。こっちの棚も、鉄道関係の資料があるだけですね」
「邸は大きいが、かなり儲けているはずだ。それなのに、豪華な調度品はないし、他の貴族より地味だ。収入は投資に回して、暮らしぶりは質素にってやつか?」
つまらないと言って、ジャックは机の中に帳簿を戻した。
「男爵は夜のエルヴィンのように、夜遊びもほとんどせず、酒や賭け事、女にも興味がない。金だけ稼いで何がしたいんだか」
「……そうでもなさそうですよ」
クリスは棚の奥に見つけた物を手に取って、ジャックに見せる。
「女の似姿絵か……。大事に持っているということは、別れた女かな。初恋が忘れられないタイプには見えんが」
棚の奥にあったのは、大事そうに額に入れられた、女性の似姿絵だった。
色白で線が細く、綺麗な若い女性だ。 栗色の髪に、魅惑的な目をしているが、その目がやけに気になってしまう。
「好きだったけど……手に入らなかった女性」
「ああ、ピッタリだ。男爵はいかにもベータといった外見だからな。性格も気難しそうだし、とても女にモテるとは思えない」
そう言ったジャックは、机の上にあった資料の中から、一枚の紙を取り出してクリスに見せた。
「反アルファ、排斥連盟の署名書ですか……。この団体に多額の寄付をしていますね。よほどアルファが嫌いらしい」
「一部にそういう話を聞いたことがある。アルファばかり優遇されていると騒ぐ連中だ。まぁ、だいたいアルファに敵わなかった負け組の集まりだ」
アルファのジャックがそう言うと、嫌味に聞こえてしまうので、クリスは聞かないことにする。
とにかく、厚いベールに包まれていた、男爵という人間が少し見えてきた。
「俺には、経営に関すること以外では、ひどく人間不信というか、人と関わることを避けているように見えます。派手な暮らしをしないのも、まるで目を付けられたくないみたいで……見られては、知られては困るようなことがあるのでは?」
「おっ、クリスの推理は、男爵には大きな秘密があるってやつか。あの方は、反逆者を支援しているではと考えておられるが、もっと別の何か……知られたくない過去でも……」
その時、外から声が聞こえてきて、静かな夜が騒がしくなったのがわかった。
裏口の扉を壊して邸に入ったのだが、それが見つかったのかもしれない。
「おっと、予想より早かったな。ここが見つかるのは時間の問題だ。そろそろ出よう」
ジャックが逃走用に窓を開けてクリスを手招きする。クリスは似姿絵を元の場所に移そうとしたが、そこで本の奥に隠れた鍵穴を発見した。
「こんなところに隠し扉が……、金庫かもしれない」
「できるか?」
「はい、任せてください」
クリスはポケットの中から、専用の金具を取り出した。様々な訓練を受けたが、クリスが一番得意としたことは鍵開けだった。
手早く本を動かして、細い金具を鍵穴に差し込込むと、すぐに手応えがあった。クリスの頬をたらりと汗が流れ落ちた時、カチっと音が鳴った。
クリスが仕掛け扉を開くと、ジャックも中を見ようと横に並んでくる。
「小さな収納のようですね。中は……書類か……」
「契約書や権利書の類だな。金塊が並んでいるかと思ったが、ただの真面目な経営者か……」
仕事上に必要そうな書類を発見して、とりあえず目を通した後、ジャックはおかしなものではないと言って元に戻した。
クリスは一番下に置かれていた冊子を手に取って、ペラペラと中をめくって確認する。
「これは……事業の計画書だ」
かなり前に書かれたものなのか、ところどころ紙が色褪せているが、びっしりと文字が書かれている。
鉄道会社を起こすための、資金繰りや、投資先から始まり、人員の確保、買収する土地の候補、資材の確保、重要な取引先などが丁寧にまとめられていた。
驚くことに、それらは何十年先にも渡って、どのように会社を大きくしていくかまで事細かに書かれていたので、これはまさに男爵にとって命の次に大切と言える資料だろうとわかった。
「あれだけの会社を作ったのだから間違いないけど、男爵は本当にすごい人だ。こんなに細部まで計算されていたなんて……。これは確かに誰かの手に渡ったら、大変なことになる。金庫に入れるべき物ですね」
「戻しておけ。そろそろヤバい。出るぞ」
手をつけたことがバレないように、元通りの状態にして、クリスは金庫の扉を閉めようとした。
その時、先ほど見た計画書の背表紙に、子供の描いたような絵が見えた。あんなに大事な物に子供の落書きなど、絶対に許さなそうな人だと見えたのだが、おかしいなと思ってしまう。
「足音だ! 早くしろ!」
ジャックの焦った声にハッとしたクリスは、急いで金庫のドアを閉めて鍵をかけ、本を元に戻した。
侵入した痕跡を消し、窓から二人で体を滑り込ませて外へ出た。
後は窓枠を利用して一階に下りて、闇に紛れて逃げるだけだ。
見つからないように、ジャックとは二手に分かれて逃げることになっているので、先にジャックが手すりを使って器用に下りていくのを確認する。
続いてクリスも下り始めたが、そこで侵入者がいたぞと声が聞こえてきた。
どうやら逃げ遅れたので、見つかってしまったようだ。
急いで身を隠すために、近くのベランダに飛び降りたクリスは、次の逃走経路を考えようとしたが、そこでガラリと音がして、ベランダの窓が開けられた。
マズい! 完全に見つかってしまった!
息を呑んだクリスが顔を上げると、そこにいたのは、見覚えのある金髪と青い目、夜の闇に映える白い肌、人形のように立っているエルヴィンだった。
エルヴィンはバスローブ一枚で、髪からはポタポタと水が滴り落ちている。
思わず、エルヴィンと声をあげそうになったところで、手で口を塞がれ、部屋の中に引き入れられた。
「嬉しいな。こんなところまで、会いに来てくれたの?」
落ち着いた中に、妖艶な声色を感じて、ノアールだと気がついた。そもそも今は夜なので、この時間に会うならエルヴィンではなく、ノアールということだ。
エルヴィンの告白を受けてから、頭の中がエルヴィンで染まっていて、すっかり入れ替わりの事情が抜けていた。
「こういう格好も悪くないね。目だけ見えているのもセクシーだ」
クリスは口元を布で覆っていたが、微笑んだノアールはその上からキスをしてくる。何をするんだと、ノアールの肩を押そうとしたら、そこにバタバタと足音が聞こえてきた。
すぐにドンドンとドアを叩く音がして、クリスの心臓は一気に冷えて、体が固まり動けなくなる。
「エルヴィン様、夜分に申し訳ございません。警備から侵入者の連絡が……、中を確認させていただけますか?」
ドクドクと心臓の音が激しく鳴る。
マズい、このままだと見つかってしまう。
目を閉じたクリスの腕がグッと引かれて、次の瞬間、背中に柔らかい感触が広がった。
「どうぞ」
ノアールが許可したので、ドカドカと足音が聞こえて、何人か男が部屋に入ってくる。
彼らから緊張したように、息を呑む音が聞こえてきた。
「悪いけど、今取り込み中なんだ」
ノアールが着ていたバスローブは部屋のどこかに落ちている。
そして今、ノアールはベッドの中に入ったクリスの上に乗っている。背中に薄いシーツをかけているので、男達からクリスの姿は見えない状態だ。
「しっ……失礼しました! 怪しい者がいたら、すぐにお知らせください!」
慌てた様子で男達がドカドカと部屋から出て行った音が響き、クリスは緊張から力が抜けてしまった。
「おじさんに呼び出されて邸に泊まっていたら、外からクリスの匂いがして驚いたよ。情熱的だね。窓から会いにきてくれるなんて」
「……この格好を見て、なんとも思わないのかよ」
「ん? 目元以外は黒い衣で隠していて、禁欲的で、逆にそそるね」
「はぁ? 何を考えて……っあ、こらっ!」
クリスの胸に手を這わせたノアールは、布越しに胸の尖りを指で摘んできた。
「ここ、すっかりエッチな形になったね。下着は着ていないんだ。こんなに突き出たままなの? 布で擦れるでしょう?」
「くっ……誰のせい……だ……っっああっ……」
クリスの言葉に、妖艶に微笑んだノアールは、布の上から胸の尖りに思い切り吸い付いてくる。
遠慮なく歯を立てられて噛みつかれたので、クリスは背中をそらしてブルリと震えた。
少し前までジャックと仕事をしていたのに、今は素っ裸のノアールと、ベッドの上で何をやっているのだと目眩がしてしまう。
「はぁ……はぁ、やめっ……うぅ……ぁぁ」
ノアールに触れられると、体はぐずぐずに溶けてしまう。熱くなった下半身と、後ろからトロリと愛液がこぼれ出す感覚がして、クリスは首を激しく左右に振った。
何を考えているのか分からない男に触れられて、体は歓喜に震える。快楽に弱すぎる自分が悔しくて、ノアールの肩を叩こうとしたが、空振りして首元にしがみついてしまう。
クリスの口元を覆った布をわずかにズラして、クスッと笑ったノアールは、唇ごと噛み付くように口付けてきた。同時に下半身に伸びてきた手が、熱くなったソコを揉みしだいてきたので、クリスの抵抗はあっさり終わってしまう。
もう否定しようがない。
男に抱かれたことなどなかった。
けれど、この快感を知って、元に戻れる自信がない。
体は完全にノアールに溺れている。
喘ぎ続けるクリスを満足そうに見つめたノアールは、クリスのズボンに手をかける。
クリスの足を持ち上げて、わずかに尻を露出させると、凶器のように大きくなった自身をズブズブと挿入した。
「あああっっーー、くっっ、んん、んっ、ああっ」
部屋の外では侵入者を捜索中の男達が走り回っている。
けれど強すぎる快感に、声を我慢することなどできない。だらしなく顎を持ち上げて、クリスは嬌声をあげる。
ノアールの灼熱の杭で最奥を突かれたら、たまらずビクビクと腰を揺らして達してしまった。
自ら放った精が顔にかかったが、それすらも快感に思えてしまう。
「ほとんど肌を露出していないのに、僕の番はこんなに色っぽいなんて、ダメだよ。甘い匂いを振り撒いて、他の人間を誘惑したら許さない」
「んっ、ぁっ、……んんっ、ふっ……あ、あ、あっ」
膝立ちになったノアールは、クリスの足をまとめて持ち上げてから、緩急をつけ打ち付けてくる。
突かれて揺れて、抜き挿しされる度にイキそうになる。必死にシーツを掴んで耐えているが、気持ちいいこと以外、何も考えられない。
薄く開けた目に、ノアールが映る。
彼もまた、口を半開きにして、気持ちよさそうな顔をしている。
紫色に光った目が美しい。
震えるくらい綺麗だ。
見つめられると、快感が増してしまう。
エルヴィンの愛の告白を受けて、クリスは何も返すことができなかった。
少し、考えさせてくれと言って、その場から逃げるように帰った。
ノアールに抱かれているはずなのに、エルヴィンに抱かれているように思えて、後ろが切なくぎゅっと締まる。
「あぁ……いく……」
息を吸い込んだノアールが、深く突き入れたところで爆ぜた。
ドクドクと体内に熱い放流を受けて、クリスもまた何度目かわからない白濁を放つ。
しばらくお互い熱い息を吐いて、快感の余韻に浸った後、ノアールはズルリと自身を引き抜いた。
「うぅ……」
わずかに声が漏れてしまったクリスのおでこを撫でて、ノアールは優しく口付けてくる。
「教えてよ、クリス」
「ん……」
「エルヴィンのことをどう思っているの?」
ノアールの口から出た問いに、微睡んでいたクリスは、一気に現実に引き戻されて目を大きく開く。
「エルヴィンがアルファ性を取り戻すには、クリス、君が必要だ」
別人格は全てを見ているという、エリザの言葉を思い出した。
息を呑んだクリスが口を開こうとした時、再びノアールにベッドへ縫い付けられた。
クリスは何をするんだと顔を上げようとしたが、ノアールの口に尖った歯が見えて息を呑む。
すると、すぐにノアールの顔が近づいてきた。
首元は布で覆われていたが、ノアールは構わず布の上からクリスのうなじに噛みついた。
ズブリと歯が皮膚を貫く感触がして、クリスは声にならない声を上げる。
痛いけど、心が震えるほど気持ちいい。
甘く切ない感覚が全てを覆った。
見張りが交代のため移動した隙を狙って角を曲がり、突き当たりにある大きな部屋の前に立つ。
クリスは手際よくドアの鍵を開け、ジャックとともに部屋の中に入った。
クリスとジャックの格好は闇に紛れる黒装束。対象の邸に忍び込む時は、いつもこの格好だ。
クリスは、調査対象であるカルバイン男爵の不在を確認して、夜を待ってからジャックと一緒に男爵邸に忍び込んだ。
目的は、カルバイン男爵を探ること。
潜入や忍び込みは、青の薔薇としての活動でよくあることだが、やはり何度やっても緊張してしまう。
二人で男爵の自室である執務室に入ったが、ジャックの方は慣れた様子で、執務机の中を探り始める。
事前の情報だと、この執務室と地下室は主人以外入室禁止で、部屋の前に立ち止まることも許さないそうだ。
クリスはまず、金庫でもないかと、部屋の中を確認することにする。
天井まで高くそびえる本棚をチェックしながら、クリスは息を吐いた。
集中しなければいけないのに、気が散ってしまう。
目を閉じると、エルヴィンの告白を思い出して、身を震わせてしまうことの繰り返しだ。
「男爵家の帳簿を見ているが、不審な点はないな」
ジャックの言葉に反応が遅れてしまい、クリスと名前を呼ばれてしまった。
「しっかりしてくれよ。そっちは? 何かめぼしい物は?」
「……いや、経済の本が並んでいるだけです。危険な思想を示すようなものはない。こっちの棚も、鉄道関係の資料があるだけですね」
「邸は大きいが、かなり儲けているはずだ。それなのに、豪華な調度品はないし、他の貴族より地味だ。収入は投資に回して、暮らしぶりは質素にってやつか?」
つまらないと言って、ジャックは机の中に帳簿を戻した。
「男爵は夜のエルヴィンのように、夜遊びもほとんどせず、酒や賭け事、女にも興味がない。金だけ稼いで何がしたいんだか」
「……そうでもなさそうですよ」
クリスは棚の奥に見つけた物を手に取って、ジャックに見せる。
「女の似姿絵か……。大事に持っているということは、別れた女かな。初恋が忘れられないタイプには見えんが」
棚の奥にあったのは、大事そうに額に入れられた、女性の似姿絵だった。
色白で線が細く、綺麗な若い女性だ。 栗色の髪に、魅惑的な目をしているが、その目がやけに気になってしまう。
「好きだったけど……手に入らなかった女性」
「ああ、ピッタリだ。男爵はいかにもベータといった外見だからな。性格も気難しそうだし、とても女にモテるとは思えない」
そう言ったジャックは、机の上にあった資料の中から、一枚の紙を取り出してクリスに見せた。
「反アルファ、排斥連盟の署名書ですか……。この団体に多額の寄付をしていますね。よほどアルファが嫌いらしい」
「一部にそういう話を聞いたことがある。アルファばかり優遇されていると騒ぐ連中だ。まぁ、だいたいアルファに敵わなかった負け組の集まりだ」
アルファのジャックがそう言うと、嫌味に聞こえてしまうので、クリスは聞かないことにする。
とにかく、厚いベールに包まれていた、男爵という人間が少し見えてきた。
「俺には、経営に関すること以外では、ひどく人間不信というか、人と関わることを避けているように見えます。派手な暮らしをしないのも、まるで目を付けられたくないみたいで……見られては、知られては困るようなことがあるのでは?」
「おっ、クリスの推理は、男爵には大きな秘密があるってやつか。あの方は、反逆者を支援しているではと考えておられるが、もっと別の何か……知られたくない過去でも……」
その時、外から声が聞こえてきて、静かな夜が騒がしくなったのがわかった。
裏口の扉を壊して邸に入ったのだが、それが見つかったのかもしれない。
「おっと、予想より早かったな。ここが見つかるのは時間の問題だ。そろそろ出よう」
ジャックが逃走用に窓を開けてクリスを手招きする。クリスは似姿絵を元の場所に移そうとしたが、そこで本の奥に隠れた鍵穴を発見した。
「こんなところに隠し扉が……、金庫かもしれない」
「できるか?」
「はい、任せてください」
クリスはポケットの中から、専用の金具を取り出した。様々な訓練を受けたが、クリスが一番得意としたことは鍵開けだった。
手早く本を動かして、細い金具を鍵穴に差し込込むと、すぐに手応えがあった。クリスの頬をたらりと汗が流れ落ちた時、カチっと音が鳴った。
クリスが仕掛け扉を開くと、ジャックも中を見ようと横に並んでくる。
「小さな収納のようですね。中は……書類か……」
「契約書や権利書の類だな。金塊が並んでいるかと思ったが、ただの真面目な経営者か……」
仕事上に必要そうな書類を発見して、とりあえず目を通した後、ジャックはおかしなものではないと言って元に戻した。
クリスは一番下に置かれていた冊子を手に取って、ペラペラと中をめくって確認する。
「これは……事業の計画書だ」
かなり前に書かれたものなのか、ところどころ紙が色褪せているが、びっしりと文字が書かれている。
鉄道会社を起こすための、資金繰りや、投資先から始まり、人員の確保、買収する土地の候補、資材の確保、重要な取引先などが丁寧にまとめられていた。
驚くことに、それらは何十年先にも渡って、どのように会社を大きくしていくかまで事細かに書かれていたので、これはまさに男爵にとって命の次に大切と言える資料だろうとわかった。
「あれだけの会社を作ったのだから間違いないけど、男爵は本当にすごい人だ。こんなに細部まで計算されていたなんて……。これは確かに誰かの手に渡ったら、大変なことになる。金庫に入れるべき物ですね」
「戻しておけ。そろそろヤバい。出るぞ」
手をつけたことがバレないように、元通りの状態にして、クリスは金庫の扉を閉めようとした。
その時、先ほど見た計画書の背表紙に、子供の描いたような絵が見えた。あんなに大事な物に子供の落書きなど、絶対に許さなそうな人だと見えたのだが、おかしいなと思ってしまう。
「足音だ! 早くしろ!」
ジャックの焦った声にハッとしたクリスは、急いで金庫のドアを閉めて鍵をかけ、本を元に戻した。
侵入した痕跡を消し、窓から二人で体を滑り込ませて外へ出た。
後は窓枠を利用して一階に下りて、闇に紛れて逃げるだけだ。
見つからないように、ジャックとは二手に分かれて逃げることになっているので、先にジャックが手すりを使って器用に下りていくのを確認する。
続いてクリスも下り始めたが、そこで侵入者がいたぞと声が聞こえてきた。
どうやら逃げ遅れたので、見つかってしまったようだ。
急いで身を隠すために、近くのベランダに飛び降りたクリスは、次の逃走経路を考えようとしたが、そこでガラリと音がして、ベランダの窓が開けられた。
マズい! 完全に見つかってしまった!
息を呑んだクリスが顔を上げると、そこにいたのは、見覚えのある金髪と青い目、夜の闇に映える白い肌、人形のように立っているエルヴィンだった。
エルヴィンはバスローブ一枚で、髪からはポタポタと水が滴り落ちている。
思わず、エルヴィンと声をあげそうになったところで、手で口を塞がれ、部屋の中に引き入れられた。
「嬉しいな。こんなところまで、会いに来てくれたの?」
落ち着いた中に、妖艶な声色を感じて、ノアールだと気がついた。そもそも今は夜なので、この時間に会うならエルヴィンではなく、ノアールということだ。
エルヴィンの告白を受けてから、頭の中がエルヴィンで染まっていて、すっかり入れ替わりの事情が抜けていた。
「こういう格好も悪くないね。目だけ見えているのもセクシーだ」
クリスは口元を布で覆っていたが、微笑んだノアールはその上からキスをしてくる。何をするんだと、ノアールの肩を押そうとしたら、そこにバタバタと足音が聞こえてきた。
すぐにドンドンとドアを叩く音がして、クリスの心臓は一気に冷えて、体が固まり動けなくなる。
「エルヴィン様、夜分に申し訳ございません。警備から侵入者の連絡が……、中を確認させていただけますか?」
ドクドクと心臓の音が激しく鳴る。
マズい、このままだと見つかってしまう。
目を閉じたクリスの腕がグッと引かれて、次の瞬間、背中に柔らかい感触が広がった。
「どうぞ」
ノアールが許可したので、ドカドカと足音が聞こえて、何人か男が部屋に入ってくる。
彼らから緊張したように、息を呑む音が聞こえてきた。
「悪いけど、今取り込み中なんだ」
ノアールが着ていたバスローブは部屋のどこかに落ちている。
そして今、ノアールはベッドの中に入ったクリスの上に乗っている。背中に薄いシーツをかけているので、男達からクリスの姿は見えない状態だ。
「しっ……失礼しました! 怪しい者がいたら、すぐにお知らせください!」
慌てた様子で男達がドカドカと部屋から出て行った音が響き、クリスは緊張から力が抜けてしまった。
「おじさんに呼び出されて邸に泊まっていたら、外からクリスの匂いがして驚いたよ。情熱的だね。窓から会いにきてくれるなんて」
「……この格好を見て、なんとも思わないのかよ」
「ん? 目元以外は黒い衣で隠していて、禁欲的で、逆にそそるね」
「はぁ? 何を考えて……っあ、こらっ!」
クリスの胸に手を這わせたノアールは、布越しに胸の尖りを指で摘んできた。
「ここ、すっかりエッチな形になったね。下着は着ていないんだ。こんなに突き出たままなの? 布で擦れるでしょう?」
「くっ……誰のせい……だ……っっああっ……」
クリスの言葉に、妖艶に微笑んだノアールは、布の上から胸の尖りに思い切り吸い付いてくる。
遠慮なく歯を立てられて噛みつかれたので、クリスは背中をそらしてブルリと震えた。
少し前までジャックと仕事をしていたのに、今は素っ裸のノアールと、ベッドの上で何をやっているのだと目眩がしてしまう。
「はぁ……はぁ、やめっ……うぅ……ぁぁ」
ノアールに触れられると、体はぐずぐずに溶けてしまう。熱くなった下半身と、後ろからトロリと愛液がこぼれ出す感覚がして、クリスは首を激しく左右に振った。
何を考えているのか分からない男に触れられて、体は歓喜に震える。快楽に弱すぎる自分が悔しくて、ノアールの肩を叩こうとしたが、空振りして首元にしがみついてしまう。
クリスの口元を覆った布をわずかにズラして、クスッと笑ったノアールは、唇ごと噛み付くように口付けてきた。同時に下半身に伸びてきた手が、熱くなったソコを揉みしだいてきたので、クリスの抵抗はあっさり終わってしまう。
もう否定しようがない。
男に抱かれたことなどなかった。
けれど、この快感を知って、元に戻れる自信がない。
体は完全にノアールに溺れている。
喘ぎ続けるクリスを満足そうに見つめたノアールは、クリスのズボンに手をかける。
クリスの足を持ち上げて、わずかに尻を露出させると、凶器のように大きくなった自身をズブズブと挿入した。
「あああっっーー、くっっ、んん、んっ、ああっ」
部屋の外では侵入者を捜索中の男達が走り回っている。
けれど強すぎる快感に、声を我慢することなどできない。だらしなく顎を持ち上げて、クリスは嬌声をあげる。
ノアールの灼熱の杭で最奥を突かれたら、たまらずビクビクと腰を揺らして達してしまった。
自ら放った精が顔にかかったが、それすらも快感に思えてしまう。
「ほとんど肌を露出していないのに、僕の番はこんなに色っぽいなんて、ダメだよ。甘い匂いを振り撒いて、他の人間を誘惑したら許さない」
「んっ、ぁっ、……んんっ、ふっ……あ、あ、あっ」
膝立ちになったノアールは、クリスの足をまとめて持ち上げてから、緩急をつけ打ち付けてくる。
突かれて揺れて、抜き挿しされる度にイキそうになる。必死にシーツを掴んで耐えているが、気持ちいいこと以外、何も考えられない。
薄く開けた目に、ノアールが映る。
彼もまた、口を半開きにして、気持ちよさそうな顔をしている。
紫色に光った目が美しい。
震えるくらい綺麗だ。
見つめられると、快感が増してしまう。
エルヴィンの愛の告白を受けて、クリスは何も返すことができなかった。
少し、考えさせてくれと言って、その場から逃げるように帰った。
ノアールに抱かれているはずなのに、エルヴィンに抱かれているように思えて、後ろが切なくぎゅっと締まる。
「あぁ……いく……」
息を吸い込んだノアールが、深く突き入れたところで爆ぜた。
ドクドクと体内に熱い放流を受けて、クリスもまた何度目かわからない白濁を放つ。
しばらくお互い熱い息を吐いて、快感の余韻に浸った後、ノアールはズルリと自身を引き抜いた。
「うぅ……」
わずかに声が漏れてしまったクリスのおでこを撫でて、ノアールは優しく口付けてくる。
「教えてよ、クリス」
「ん……」
「エルヴィンのことをどう思っているの?」
ノアールの口から出た問いに、微睡んでいたクリスは、一気に現実に引き戻されて目を大きく開く。
「エルヴィンがアルファ性を取り戻すには、クリス、君が必要だ」
別人格は全てを見ているという、エリザの言葉を思い出した。
息を呑んだクリスが口を開こうとした時、再びノアールにベッドへ縫い付けられた。
クリスは何をするんだと顔を上げようとしたが、ノアールの口に尖った歯が見えて息を呑む。
すると、すぐにノアールの顔が近づいてきた。
首元は布で覆われていたが、ノアールは構わず布の上からクリスのうなじに噛みついた。
ズブリと歯が皮膚を貫く感触がして、クリスは声にならない声を上げる。
痛いけど、心が震えるほど気持ちいい。
甘く切ない感覚が全てを覆った。
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