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本編
11、露呈
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ひとつ、ふたつ。
作品が競り落とされていくのを、クリスは指を折って数える。
冷たい汗が流れ落ちていく。
競りの最中に立ち上がるのは目立つので、抜け出すときたら休憩時間だ。
まさか本業でノアールに会うとは思わなかった。
女の趣味かもしれないが、美術品などに興味はないだろうと考えていたからだ。
カンカンと音が鳴って、休憩時間だと知らされた。
今だと思ったクリスは席を立ったが、背中から匂いを感じて、思わず鼻から深く吸い込んでしまう。
「少しいいですか?」
耳元から聞こえてきたのは、間違いなくノアールの声だ。
優しく、柔らかい声色だが、そこに含まれた甘い毒を浴びて、途端に体が痺れてしまう。
壊れた人形のように、ぎこちない動きでクリスは振り返った。
「すみません、知人に似ていたので、声をかけてしまいました」
いつの間に後ろまで移動していたのか、やはり立っていたのはノアールだ。クリスを見下ろして、微笑んでいた。
「ああ、やっぱり。よく似ている。ひょっとして、貴方、クリスという名前では?」
今度は正面から近づいてきたノアールに、また耳元で甘く囁かれた。
途端にゾクゾクと快感がはしって、しがみつきそうになるのを何とか耐える。
人違いだ、口を開いてそう答えるはずだったのに、そこにドカドカと足音が聞こえてきた。
「あれ? ディナイト子爵? おかしいな、この辺に座っていたのに……」
忙しく走り回っていたはずのオーナーが、何の用なのか、クリスを探しに来てしまった。
この状態でオーナーにまで見つかったら、もっとマズいことになる。
クリスはマスクを着けたまま、ノアールの手首をガシッと掴んだ。
「ちょっと、こっちへ来い」
ノアールの手を引くと、嫌がるかと思ったが、ノアールは大人しく従う。
そのまま会場から出て、クリスが先ほど作業していた倉庫までやってきた。
中の美術品はとっくに運び出されて、倉庫の中は空っぽだ。ここなら、誰にも見られることなく、話ができる。
クリスは着けていたマスクをやっと外した。
「ほら、やっぱり! 思った通り、クリスじゃないか。こんなところで会うなんて。人の趣味に付き合うのも悪くないね」
「こっちは仕事だ」
「ああ、美術関係って言っていたね。それにしても、会場に入ったらすぐに匂いでわかったよ。目が合ったのに、無視するなんてひどいなぁ」
「うぅ、それは……」
どうやら同じ空間にいると、お互い嫌でも匂いで気づいてしまうらしい。困ったものだと、心の中で頭を抱える。
「あれ、もしかして、僕が女性連れだったから怒っている?」
「はぁ? 誰がっ!」
「誤解しないで。ナタリー嬢は、色々教えてくれたから、今日はお礼に付き合っただけ。それに、クリスと番になってから、女性とは寝ていないよ。ヒートを起こされたらわからないけど、コレが使い物にならないから」
ノアールが自分の下半身を指さしたので、意味がわかったクリスは鼻から息を吸い込んだ。
「別に……、お前のプライベートや、そっちの事情なんてどうでもいい。俺がイラついているのは、自分ばかり番の影響に振り回されているからだ」
「僕だってそうだよ。だけど、クリスは家も教えてくれないし、会いに行けないじゃないか」
「それは……」
いくら番になったとはいえ、仮の関係であるため、全て話すようなことはできない。
クリスが黙り込むと、それを見たノアールはクスリと笑った。
「派手に遊び回っているっていう噂は間違いではないけど、ある目的のために、仲良くなるしかなくてね」
「目的、だと……?」
「ほら、僕って女性にモテるでしょう。歩くだけで誰もが振り向いてしまう」
「おい、自分で言うのかよ」
「ふふっ、それに気づいてから、利用することにしたんだ。本当は苦手なんだよね、女の子って」
「はぁ!?」
パーティーでは両手に花で、夜な夜なデート三昧の日々を送ってきた男が、何を言うのかとクリスは呆れてしまう。
「お前な、俺をバカにしているのか? よくまぁそんな冗談を……」
「冗談じゃないよ。無理をしていたから、番ができたことで、おかしくなった。クリスでしか反応しない」
ほら、と言われてノアールに手首を掴まれた。導かれた先にあったものに触れたら、そこはすでに盛り上がって硬くなっていた。
「おっ、おい……いま、話しているだけで……」
「話しているだけでこうだ。クリスの匂いが良すぎて、興奮するんだよ。今も……触れられているだけでイキそうだ」
「なっ……んんっ」
強引に押されたクリスは、背中を壁にぶつけたが、抗議をする前に、その唇を塞がれてしまう。
「や……やめ、ろ……んっ、な……んっ」
壁に押し付けられて、胸元を弄られる。クリスはもがいて、押し返そうとするが、間近でノアールのフェロモンを吸い込んでしまい、一気に頭の中が熱くなり弾けた。
「あ……あ、あぁぁ……あ…………」
「ああ、ごめん。嬉しくてつい……たくさん出しちゃった。飛んじゃったね」
染まる、染まる。
ノアールの色で染まる。
頭の中に、エルヴィンが笑う顔が浮かぶ。
同じ顔なのに、目の前でクリスの服を脱がしている男は、違う笑顔を見せてくる。
そして、その目が紫色に光っているのを見て、クリスは思わず手を伸ばした。
「ん? 目の色が変わったから気になる? アルファのフェロモンが濃くなると、目の色が変わるんだよ。気持ち悪いかもしれないけど……」
「きれい……」
クリスは自分の口から出た言葉なのに、理解できなくて戸惑ってしまう。オメガの本能が言わせた言葉なのか、ノアールも驚いた顔でクリスを見ている。
クリスはこの色を知っていた。
もっと濃い色だったけれど、よく似ている。
好きだったあの色に……。
懐かしさと嬉しさに押されて、ノアールに顔を近づけたクリスは、彼の目の上にキスをした。
「すき……」
「え……?」
「いろが……すき」
そう言ってクリスが下半身を擦り付けたので、少し息を吐いてから、ノアールはクスリと笑った。
「クリスはいつも強気なのに、溶けちゃうと可愛いね。ほら、綺麗な服は脱いだから、自分で足を持ち上げて……うん、いいよ」
ノアールの手によってクリスのズボンと下穿きは脱がされて、下は何も身につけていない状態だ。
ノアールの言葉に反応して、快感が身体を突き抜ける。クリスのソコは大きくなって、だらだらと蜜をこぼしている。
クリスは自ら片足を持ち上げて、うっとりした目をノアールに向けた。
「ふふっ、どこもかしこもこぼして……後ろもすっかり濡れているね」
クリスの後ろに手を這わしたノアールは、指を入れて中の具合を確かめた。
「ふっ……うぅ……んっ」
フェロモンに酔って、完全に自分を失っているクリスの口からは、甘い声しか出ない。
くちゅくちゅと音を立て指で掻き回されたら、クリスは片方の手で、ノアールの背中に掴まって、後ろをギュッと締めた。
認めたくないけれど、体はハマっている。
欲しくてたまらなくて、後ろからトロトロと溢れてくるのがわかる。
「はぁ……ハァハァ……」
「クリス、どうしたい?」
ノアールは浅いところを指で擦ってくる。もっと刺激がほしくて、クリスは腰を揺らしてしまう。
「指だけでイカせてあげようか?」
「ん……ぁっっ、…………ぁっ……や……だ」
クリスが薄く目を開くと、ノアールの口元から出ている尖った歯を見つけて、熱で茹でられていた頭が一瞬正気に戻る。
自分だけが乱れて熱くなっていることが気に入らない。
クリスはノアールの襟元を掴んで、強く引き寄せた。
「……挿入れたいのは……お前だろ、早く突っ込め……」
一瞬虚をつかれた顔をしたノアールだったが、すぐにニヤッと笑ってクリスの首筋をベロリと舐めた。
「君は本当に……たまらないよ」
カチャカチャと音が聞こえて、下穿きの中から、ノアールが自分のモノを取り出したところが見えた。
立って向かい合ったまま、クリスの蕾に押し当てたら、ぐりぐりとねじ込ませて一気に貫いた。
「ゔ、はぁぁっーー! くっ……ぅぅあああっ」
クリスは片足を自分で持ち上げていたが、衝撃で手を離して、ノアールの首にしがみついた。
「あああ……いきな……ふか……いっっ」
「すご……ナカ、とろとろだよ。やば、フェロモン、出し過ぎ、すぐ……イキそ……」
クリスの首元に鼻を寄せたノアールは、クンクンと匂いを嗅ぎながら、下から打ちつけてきた。
奥を突かれる度に、クリスの視界は白くなる。
壁に背中を預けながらも、両足でノアールにしがみついてしまう。
お互いの吐く息が部屋の中を染めていく。
ノアールはクリスの腰を掴んでガンガンと腰を打ちつけながら、激しく攻め立てる。
喘ぎ声をあげて喉をさらすと、そこに歯を立てたノアールが甘く噛み付いてくる。
それがとてつもなく気持ちよくて、クリスはダラダラと精を放つ。
オークション会場からは、客達の歓声がこ聞こえてきた。
壁を隔てた部屋で、それよりももっと熱く、濃厚な二人の交わりは何度果てても終わらなかった。
「ほら、汚れていないでしょう」
先に脱がせたから綺麗だよと言って、手柄のように服を目の前に掲げられたので、クリスは無言でそれを受け取る。
散々ヤった後に着替える時間は気まずいものがある。人が来ないとはいえ、こんな場所で盛ってしまった自分にも恥ずかしくなった。
手早く着替えを済ませると、体が軽くなっているのを感じる。
番と交わったことで、精神的にも肉体的にも満たされたのだと分かる。厄介だなと思いながら、深く息を吐いた。
クリスが着替えている間に、ノアールは床や壁に飛び散っていたモノを拭って綺麗にしていた。そういうところは、ちゃんとしているんだなと思って見ていると、視線に気づいたノアールはクスッと笑う。
「他の人に見られたくないんだ。自分の番のものは、たとえ一滴たりとも……」
ノアールの視線の強さに、背中にゾクッと寒気が走ったが、クリスは動揺を隠して、ゴホンと咳払いをした。
「ほら、目の下のクマが消えている。これでわかったでしょう? 夜になったら僕の家に抱かれにおいで」
「くっ……」
妖艶に微笑まれて、目を逸らしたクリスは唇を噛んだ。わかりましたと素直に頷くことができない。
目線を合わせないのが、せめてもの抵抗だった。
「……目的は何んだ?」
「ん?」
「さっき言っていただろう。本当は女性が苦手だけど、目的のために彼女達を利用しているとか何とか」
「ああ、覚えていた? ちょっと興奮して、言わなくてもいいこと言ってしまった」
覚えているに決まっていると、クリスが睨みをきかせると、今度はノアールが視線を逸らす。
「人を、探しているんだ」
「人探しだって?」
「そう、関わりのありそうな人に、片っ端から声をかけている。いきなり聞くと警戒するからさ、まずは仲良くなって、それから聞き出す感じ」
人探しに関しては、クリスもプロだと言っていい。
なかなか口を割らない相手へ聞き込む時に、関係を持つことはあるが、それにしても、手当たり次第になんて、無茶だろうと思った。
「ずいぶん強引なやり方だ」
「まぁね。これでも必死なの。ただ、クリスのせいで使えなくなっちゃったからさ、その代わりに、こうやって趣味に付き合って、話を聞く方法もアリかなって」
クリスはノアールの話を疑いながら聞いていた。
本当の目的は、その体を完璧に支配すること。派手に遊んでエルヴィンを苦しめて、出てこれないようにするつもりなのではないか。
ノアールは掴みどころがなくて、何を考えているのかわからない。
今もまったく読めない顔をしている。
これ以上触れてくれるなという色をした瞳は、元の青色に戻っていた。
「そういえば、お前、連れがいただろう? 一人にして大丈夫なのか?」
オークションは終わりに差し掛かっているのか、会場からは、拍手と歓声が聞こえてくる。
そっと倉庫のドアを開けたクリスは、周囲に人がいないことを確認した。
「ん、大丈夫。話はついている。彼女はここへ入場する時に、目立って周りを萎縮させたいっていう作戦だったから。もう役目は終わり」
名家の令嬢の、アクセサリーとして使われたのだなと思うと、ますますノアールのことがわからなくなった。
そんなことをして、何の意味があるのだろうか。
人探しというのは、本当なのか、少しも見えてこない。
「クリスの方こそ大丈夫なの? 仕事の方は?」
「ああ、それはもう終わっている」
「そう、それはよかった。さっき、オーナーが呼んでいたから心配になっちゃって」
「あれはオークションを見ているか確認に……」
そこまで言いかけてクリスはしまったと口を閉じた。息を呑んだ音を聞かれて、顔を上げると、クリスを見て、ニヤッと笑ったノアールと目が合う。
「やっぱり、態度がおかしかったから、もしかしてって……」
「……いや、これはその……」
「ディナイト子爵」
名前を呼ばれて、クリスの背中を冷たい汗が流れた。
「これで、僕の方からも、会いに行けるね」
近づいてきたノアールが、チュッと音を立てて頬に吸い付いてくる。
混乱して頭が真っ白になっていたクリスが、やっと反応して瞬きをすると、いつの間にかノアールは、会場へ向かう廊下の向こうに消えていた。
身元を知られてしまった。
しかしまだ、知られたのは表の顔だ。
出会った時は、給仕の真似事をしていたので、貴族がそんなことをするなんてありえない。明らかに何か企んでいると思われるだろう。
本来なら、ここで留まるべき危険な域に入っているが、関わらずにいられない相手ということで、余計に混乱してしまう。
「くそっ、どうすりゃいいんだよ……」
考え過ぎて頭痛がしたクリスは、窓に手を当てて息を吐く。
さっきまで熱かった体が、嘘のように冷たかった。
作品が競り落とされていくのを、クリスは指を折って数える。
冷たい汗が流れ落ちていく。
競りの最中に立ち上がるのは目立つので、抜け出すときたら休憩時間だ。
まさか本業でノアールに会うとは思わなかった。
女の趣味かもしれないが、美術品などに興味はないだろうと考えていたからだ。
カンカンと音が鳴って、休憩時間だと知らされた。
今だと思ったクリスは席を立ったが、背中から匂いを感じて、思わず鼻から深く吸い込んでしまう。
「少しいいですか?」
耳元から聞こえてきたのは、間違いなくノアールの声だ。
優しく、柔らかい声色だが、そこに含まれた甘い毒を浴びて、途端に体が痺れてしまう。
壊れた人形のように、ぎこちない動きでクリスは振り返った。
「すみません、知人に似ていたので、声をかけてしまいました」
いつの間に後ろまで移動していたのか、やはり立っていたのはノアールだ。クリスを見下ろして、微笑んでいた。
「ああ、やっぱり。よく似ている。ひょっとして、貴方、クリスという名前では?」
今度は正面から近づいてきたノアールに、また耳元で甘く囁かれた。
途端にゾクゾクと快感がはしって、しがみつきそうになるのを何とか耐える。
人違いだ、口を開いてそう答えるはずだったのに、そこにドカドカと足音が聞こえてきた。
「あれ? ディナイト子爵? おかしいな、この辺に座っていたのに……」
忙しく走り回っていたはずのオーナーが、何の用なのか、クリスを探しに来てしまった。
この状態でオーナーにまで見つかったら、もっとマズいことになる。
クリスはマスクを着けたまま、ノアールの手首をガシッと掴んだ。
「ちょっと、こっちへ来い」
ノアールの手を引くと、嫌がるかと思ったが、ノアールは大人しく従う。
そのまま会場から出て、クリスが先ほど作業していた倉庫までやってきた。
中の美術品はとっくに運び出されて、倉庫の中は空っぽだ。ここなら、誰にも見られることなく、話ができる。
クリスは着けていたマスクをやっと外した。
「ほら、やっぱり! 思った通り、クリスじゃないか。こんなところで会うなんて。人の趣味に付き合うのも悪くないね」
「こっちは仕事だ」
「ああ、美術関係って言っていたね。それにしても、会場に入ったらすぐに匂いでわかったよ。目が合ったのに、無視するなんてひどいなぁ」
「うぅ、それは……」
どうやら同じ空間にいると、お互い嫌でも匂いで気づいてしまうらしい。困ったものだと、心の中で頭を抱える。
「あれ、もしかして、僕が女性連れだったから怒っている?」
「はぁ? 誰がっ!」
「誤解しないで。ナタリー嬢は、色々教えてくれたから、今日はお礼に付き合っただけ。それに、クリスと番になってから、女性とは寝ていないよ。ヒートを起こされたらわからないけど、コレが使い物にならないから」
ノアールが自分の下半身を指さしたので、意味がわかったクリスは鼻から息を吸い込んだ。
「別に……、お前のプライベートや、そっちの事情なんてどうでもいい。俺がイラついているのは、自分ばかり番の影響に振り回されているからだ」
「僕だってそうだよ。だけど、クリスは家も教えてくれないし、会いに行けないじゃないか」
「それは……」
いくら番になったとはいえ、仮の関係であるため、全て話すようなことはできない。
クリスが黙り込むと、それを見たノアールはクスリと笑った。
「派手に遊び回っているっていう噂は間違いではないけど、ある目的のために、仲良くなるしかなくてね」
「目的、だと……?」
「ほら、僕って女性にモテるでしょう。歩くだけで誰もが振り向いてしまう」
「おい、自分で言うのかよ」
「ふふっ、それに気づいてから、利用することにしたんだ。本当は苦手なんだよね、女の子って」
「はぁ!?」
パーティーでは両手に花で、夜な夜なデート三昧の日々を送ってきた男が、何を言うのかとクリスは呆れてしまう。
「お前な、俺をバカにしているのか? よくまぁそんな冗談を……」
「冗談じゃないよ。無理をしていたから、番ができたことで、おかしくなった。クリスでしか反応しない」
ほら、と言われてノアールに手首を掴まれた。導かれた先にあったものに触れたら、そこはすでに盛り上がって硬くなっていた。
「おっ、おい……いま、話しているだけで……」
「話しているだけでこうだ。クリスの匂いが良すぎて、興奮するんだよ。今も……触れられているだけでイキそうだ」
「なっ……んんっ」
強引に押されたクリスは、背中を壁にぶつけたが、抗議をする前に、その唇を塞がれてしまう。
「や……やめ、ろ……んっ、な……んっ」
壁に押し付けられて、胸元を弄られる。クリスはもがいて、押し返そうとするが、間近でノアールのフェロモンを吸い込んでしまい、一気に頭の中が熱くなり弾けた。
「あ……あ、あぁぁ……あ…………」
「ああ、ごめん。嬉しくてつい……たくさん出しちゃった。飛んじゃったね」
染まる、染まる。
ノアールの色で染まる。
頭の中に、エルヴィンが笑う顔が浮かぶ。
同じ顔なのに、目の前でクリスの服を脱がしている男は、違う笑顔を見せてくる。
そして、その目が紫色に光っているのを見て、クリスは思わず手を伸ばした。
「ん? 目の色が変わったから気になる? アルファのフェロモンが濃くなると、目の色が変わるんだよ。気持ち悪いかもしれないけど……」
「きれい……」
クリスは自分の口から出た言葉なのに、理解できなくて戸惑ってしまう。オメガの本能が言わせた言葉なのか、ノアールも驚いた顔でクリスを見ている。
クリスはこの色を知っていた。
もっと濃い色だったけれど、よく似ている。
好きだったあの色に……。
懐かしさと嬉しさに押されて、ノアールに顔を近づけたクリスは、彼の目の上にキスをした。
「すき……」
「え……?」
「いろが……すき」
そう言ってクリスが下半身を擦り付けたので、少し息を吐いてから、ノアールはクスリと笑った。
「クリスはいつも強気なのに、溶けちゃうと可愛いね。ほら、綺麗な服は脱いだから、自分で足を持ち上げて……うん、いいよ」
ノアールの手によってクリスのズボンと下穿きは脱がされて、下は何も身につけていない状態だ。
ノアールの言葉に反応して、快感が身体を突き抜ける。クリスのソコは大きくなって、だらだらと蜜をこぼしている。
クリスは自ら片足を持ち上げて、うっとりした目をノアールに向けた。
「ふふっ、どこもかしこもこぼして……後ろもすっかり濡れているね」
クリスの後ろに手を這わしたノアールは、指を入れて中の具合を確かめた。
「ふっ……うぅ……んっ」
フェロモンに酔って、完全に自分を失っているクリスの口からは、甘い声しか出ない。
くちゅくちゅと音を立て指で掻き回されたら、クリスは片方の手で、ノアールの背中に掴まって、後ろをギュッと締めた。
認めたくないけれど、体はハマっている。
欲しくてたまらなくて、後ろからトロトロと溢れてくるのがわかる。
「はぁ……ハァハァ……」
「クリス、どうしたい?」
ノアールは浅いところを指で擦ってくる。もっと刺激がほしくて、クリスは腰を揺らしてしまう。
「指だけでイカせてあげようか?」
「ん……ぁっっ、…………ぁっ……や……だ」
クリスが薄く目を開くと、ノアールの口元から出ている尖った歯を見つけて、熱で茹でられていた頭が一瞬正気に戻る。
自分だけが乱れて熱くなっていることが気に入らない。
クリスはノアールの襟元を掴んで、強く引き寄せた。
「……挿入れたいのは……お前だろ、早く突っ込め……」
一瞬虚をつかれた顔をしたノアールだったが、すぐにニヤッと笑ってクリスの首筋をベロリと舐めた。
「君は本当に……たまらないよ」
カチャカチャと音が聞こえて、下穿きの中から、ノアールが自分のモノを取り出したところが見えた。
立って向かい合ったまま、クリスの蕾に押し当てたら、ぐりぐりとねじ込ませて一気に貫いた。
「ゔ、はぁぁっーー! くっ……ぅぅあああっ」
クリスは片足を自分で持ち上げていたが、衝撃で手を離して、ノアールの首にしがみついた。
「あああ……いきな……ふか……いっっ」
「すご……ナカ、とろとろだよ。やば、フェロモン、出し過ぎ、すぐ……イキそ……」
クリスの首元に鼻を寄せたノアールは、クンクンと匂いを嗅ぎながら、下から打ちつけてきた。
奥を突かれる度に、クリスの視界は白くなる。
壁に背中を預けながらも、両足でノアールにしがみついてしまう。
お互いの吐く息が部屋の中を染めていく。
ノアールはクリスの腰を掴んでガンガンと腰を打ちつけながら、激しく攻め立てる。
喘ぎ声をあげて喉をさらすと、そこに歯を立てたノアールが甘く噛み付いてくる。
それがとてつもなく気持ちよくて、クリスはダラダラと精を放つ。
オークション会場からは、客達の歓声がこ聞こえてきた。
壁を隔てた部屋で、それよりももっと熱く、濃厚な二人の交わりは何度果てても終わらなかった。
「ほら、汚れていないでしょう」
先に脱がせたから綺麗だよと言って、手柄のように服を目の前に掲げられたので、クリスは無言でそれを受け取る。
散々ヤった後に着替える時間は気まずいものがある。人が来ないとはいえ、こんな場所で盛ってしまった自分にも恥ずかしくなった。
手早く着替えを済ませると、体が軽くなっているのを感じる。
番と交わったことで、精神的にも肉体的にも満たされたのだと分かる。厄介だなと思いながら、深く息を吐いた。
クリスが着替えている間に、ノアールは床や壁に飛び散っていたモノを拭って綺麗にしていた。そういうところは、ちゃんとしているんだなと思って見ていると、視線に気づいたノアールはクスッと笑う。
「他の人に見られたくないんだ。自分の番のものは、たとえ一滴たりとも……」
ノアールの視線の強さに、背中にゾクッと寒気が走ったが、クリスは動揺を隠して、ゴホンと咳払いをした。
「ほら、目の下のクマが消えている。これでわかったでしょう? 夜になったら僕の家に抱かれにおいで」
「くっ……」
妖艶に微笑まれて、目を逸らしたクリスは唇を噛んだ。わかりましたと素直に頷くことができない。
目線を合わせないのが、せめてもの抵抗だった。
「……目的は何んだ?」
「ん?」
「さっき言っていただろう。本当は女性が苦手だけど、目的のために彼女達を利用しているとか何とか」
「ああ、覚えていた? ちょっと興奮して、言わなくてもいいこと言ってしまった」
覚えているに決まっていると、クリスが睨みをきかせると、今度はノアールが視線を逸らす。
「人を、探しているんだ」
「人探しだって?」
「そう、関わりのありそうな人に、片っ端から声をかけている。いきなり聞くと警戒するからさ、まずは仲良くなって、それから聞き出す感じ」
人探しに関しては、クリスもプロだと言っていい。
なかなか口を割らない相手へ聞き込む時に、関係を持つことはあるが、それにしても、手当たり次第になんて、無茶だろうと思った。
「ずいぶん強引なやり方だ」
「まぁね。これでも必死なの。ただ、クリスのせいで使えなくなっちゃったからさ、その代わりに、こうやって趣味に付き合って、話を聞く方法もアリかなって」
クリスはノアールの話を疑いながら聞いていた。
本当の目的は、その体を完璧に支配すること。派手に遊んでエルヴィンを苦しめて、出てこれないようにするつもりなのではないか。
ノアールは掴みどころがなくて、何を考えているのかわからない。
今もまったく読めない顔をしている。
これ以上触れてくれるなという色をした瞳は、元の青色に戻っていた。
「そういえば、お前、連れがいただろう? 一人にして大丈夫なのか?」
オークションは終わりに差し掛かっているのか、会場からは、拍手と歓声が聞こえてくる。
そっと倉庫のドアを開けたクリスは、周囲に人がいないことを確認した。
「ん、大丈夫。話はついている。彼女はここへ入場する時に、目立って周りを萎縮させたいっていう作戦だったから。もう役目は終わり」
名家の令嬢の、アクセサリーとして使われたのだなと思うと、ますますノアールのことがわからなくなった。
そんなことをして、何の意味があるのだろうか。
人探しというのは、本当なのか、少しも見えてこない。
「クリスの方こそ大丈夫なの? 仕事の方は?」
「ああ、それはもう終わっている」
「そう、それはよかった。さっき、オーナーが呼んでいたから心配になっちゃって」
「あれはオークションを見ているか確認に……」
そこまで言いかけてクリスはしまったと口を閉じた。息を呑んだ音を聞かれて、顔を上げると、クリスを見て、ニヤッと笑ったノアールと目が合う。
「やっぱり、態度がおかしかったから、もしかしてって……」
「……いや、これはその……」
「ディナイト子爵」
名前を呼ばれて、クリスの背中を冷たい汗が流れた。
「これで、僕の方からも、会いに行けるね」
近づいてきたノアールが、チュッと音を立てて頬に吸い付いてくる。
混乱して頭が真っ白になっていたクリスが、やっと反応して瞬きをすると、いつの間にかノアールは、会場へ向かう廊下の向こうに消えていた。
身元を知られてしまった。
しかしまだ、知られたのは表の顔だ。
出会った時は、給仕の真似事をしていたので、貴族がそんなことをするなんてありえない。明らかに何か企んでいると思われるだろう。
本来なら、ここで留まるべき危険な域に入っているが、関わらずにいられない相手ということで、余計に混乱してしまう。
「くそっ、どうすりゃいいんだよ……」
考え過ぎて頭痛がしたクリスは、窓に手を当てて息を吐く。
さっきまで熱かった体が、嘘のように冷たかった。
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奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

ポンコツアルファを拾いました。
おもちDX
BL
オメガのほうが優秀な世界。会社を立ち上げたばかりの渚は、しくしく泣いているアルファを拾った。すぐにラットを起こす梨杜は、社員に馬鹿にされながらも渚のそばで一生懸命働く。渚はそんな梨杜が可愛くなってきて……
ポンコツアルファをエリートオメガがヨシヨシする話です。
オメガバースのアルファが『優秀』という部分を、オメガにあげたい!と思いついた世界観。
※特殊設定の現代オメガバースです
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