密命オメガは二つの愛に乱される

朝顔

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本編

8、かりそめの番

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 雨上がりの朝が嫌いだ。
 出かけようとする父親の横顔を思い出すから。
 今日は早く帰ると言ってドアを開けた父親は、湿った生温かい風を受けて、汗を拭っていた。
 蒸し暑いなと言って、シャツの腕をまくった父親は、振り返ってクリスに笑顔を見せた。
 蝶が飛んでいる、とクリスが言うと、父親は、いつもだと返して手を振った後、朝靄の中に消えていった。
 思い出してはその度に、父さんと小さく呼んでしまう。
 記憶と現実を彷徨って、正気に戻る頃、自分も消えたいと思ってしまう。
 だから嫌いなんだ……。



 壁に押し付けられたので、クリスが睨みつけると、男は機嫌が良さそうにクスリと笑った。
「来てくれて、嬉しいよ」
「何が嬉しいだ。来ると分かっていたくせに! この噛みつき野郎! 遠慮なく噛みやがって!」
「はははっ、ずいぶんと可愛い物言いだ。知っているだろう。ヒート中は本能に従って動いてしまう。お互い番がいなければ、抗うことは不可能」
「んっ、なこと……! だからって、何も言わずにさっさと帰るなんて!」
「少し試したんだよ。立場上、既成事実を作ろうと画策する輩が多くてね。君が送り込まれたオメガなら、まずうなじを確認するはずだ。その意味がよく分かっているからね」
 焦っている自分とは違い、余裕を見せている男が気に入らない。それに、先ほどから触れ合っているところが熱いのも、もっと気に入らない。
「君はうなじを確認することもなく、呆然としていた。やっと番になったとわかったから、会いにしてくれたんだね」
「医術院に行って確かめたよ。これは番い関係が成立しているって言われた。だから、解消しにきた」
 そう言うと、クリスを壁に押し付けている男、ノアールはピュウと口笛を吹いて首を傾げた。
「なぜ?」
「なぜって、当たり前だろう! あれは事故だ。お互い望まない関係なのに、番であり続ける必要があるのか?」
「そう言われても困る。番を解消するには、別のオメガを噛まなくてはいけない。そういう相手がいないんだ」
「なっ……!? お前、あれだけ遊んでいて!?」
「ん? 僕のこと、よく知っているみたいだね」
「それは……、お前は有名人だから、みんな知っているし、噂も聞いている」
「へぇ、興味を持ってくれていたんだ。それは光栄」
 耳元でクスリと笑われて息がかかる。
 その刺激だけでたまらなく胸が熱くなる。
 何だこれはと混乱する頭で、どうしたらいいのか、クリスは必死に考えるが答えが出ない。
「仕方ないだろう。お前の近くにいないとまともに眠れない。寝不足で今にも倒れそうなんだ。クソっ、なんでこんなことに……」
「それなら、代わりの相手が見つかるまで、僕といればいいんだよ」
「はぁ?」
「感じない? こうやって触れ合っていると、ピリピリと肌が痺れるくらい気持ちいいでしょう?」
「あっ……っ、やめろっ!」
 ノアールの手が胸元を弄り、ゆっくり下に滑り降りていく。
 悔しいが、言われた通り快感しか感じない。
「僕を睨みつけながら、こんなに大きくしていたの? 可愛いね」
「くっ……やめっ……あっやめ……ろっ、て……」
 何とか身をよじらせて、ノアールの腕の中から抜け出そうとするが、ソコに手を這わされて、擦られたらビクビクと反応してしまう。
「あっ……ううぅ……ああっ」
「いい声、もっと聞きたい。番になるってすごいね。ヒートじゃなくても、触れただけで、後ろが濡れているよ。シミになってる」
「う、嘘だ……」
 そう口にしながら、クリスは気づいていた。
 ノアールに触れられた瞬間から、後ろがグズグスに溶けて、早く欲しいと緩んでいくのを……。
「ちゃんと眠りたいんでしょう? ここをどうしてほしい?」
「うぅ……くっ……」
「欲しくてたまらないくせに。我慢することはないんだよ。だって僕は君の番だから」
 必死に保っていた理性が、ノアールの一言で堰を切ったように崩れてしまう。
 クリスはノアールの腕につかまって、熱い視線を向けた。
 否定したいのに、罵りたいのに、そんな言葉が出てこない。何とか絞り出したのは、自分でも信じられないくらい、甘い声だった。
「ほし……ほしい……」
「いい子だね。じゃあ、ちゃんと名前も教えてほしいな。君の名前は?」
 頭の中でノアールの言葉がぐるぐると回る。
 アルノと出かかって、昼間のエルヴィンと夜のエルヴィンは違うのだと思い出した。
 二人が本当に頭の中で会話できるなら、その名前は出さない方がいい。
 他に思い浮かんでくるものがなく、口を開いたら押し出されるように声が出た。
「……クリス」
「クリスか、君にピッタリの可愛い名前だ。さぁ、クリス、四つん這いになって、すぐに気持ちよくさせてあがるから」
 ああやっと。
 眠れないくらいほしかったものだ手に入る。
 玄関の床に手をついたクリスは、尻を突き出すように持ち上げた。
 手早くズボンと下着を下ろされて、あらわになった後ろに、熱くて硬いものが当てられる。
「ほら、クリスがねだるから、僕もこんなになってしまったよ」
「ああ……早く、挿れて……お願い」
 恐ろしい。
 オメガの性、番とは、こんなに恐ろしいものなのか。
 今まで生きてきたクリスは消えてしまい、剥き出しの本能だけが体を支配する。
 抗えない。
 ノアールが欲しくてたまらない。
 濡れて緩んだ蕾の中に、灼熱の杭が押し当てられて、ズブズブとナカをえぐるように挿入ってくる。
「あ……あ……あああ……あ……ぅ……」
 これが番同士の交わり。
 何もかも頭から抜けて、快感だけがとめどなく溢れてくる。
 ノアールのモノがズブリと奥まで挿入されたら、たまらない熱さに押し出されて、クリスは精を放った。
 床に飛び散った白いものを見て、頭に浮かぶのは歓喜だ。
 ああ、気持ちいい。
 ぜんぶ食べてくれ。
 それしか浮かばない。
 すぐにパチパチと肉がぶつかる音を立てて、ノアールが抽送を始める。
 会ってすぐ交わり合うなんて、まるで獣だ。
 だがこの獣のような交わりが、この上なく気持ちいい。
 これが欲しかった、満たされたと体中が叫んでいる。
「ああっ、あっ、またイクっっ!」
 奥を突かれたら、クリスはダラダラと白濁をこぼした。
 それを見て、立ったままクリスを貫いているノアールは、クスクスと笑う。
「またイッたの? そんなに僕の、コレが好き?」
「あっ、ああっ、す……すき、突いて、いっぱい」
 こんなのは自分じゃない。
 違う違う違う!
 頭の中でそう繰り返す度に、それをおかしくなったように喘ぐ自分の声が打ち消す。
 角度を変えて、何度も打たれた後、床に仰向けに転がされて、今度は正面からノアールが挿入ってきた。
 喘ぎながらクリスは、ノアールの首の後ろに手を回した。
「呼んで、名前……」
「の、ノアール」
「クリス……」
 お互い名前を呼び合うと、もっと快感が強くなる。
 ノアールの顔が近づいてきて、熱い唇が重なった。
「ん、んっふっ……んっ……」
「はぁ……んっ……クリス……クリス」
 腹の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、ノアールは激しく口づけてくる。
 息ができなくて苦しい、でも気持ちいい。
 ノアールの重さで押し潰されて、呼吸が苦しくなるがそれも気持ちいい。
 終わりはどこにあるのか。
 クリスが何度果てても、終わらない。
 ノアールはお構いなしに中に精を放つ。
 腹の中がノアールの匂いでいっぱいになる。
 それが苦しくて、嬉しくて、幸せに感じてしまう。
 こんなの間違っている。
 そう思いながら、クリスは目を閉じた。
 

 
「はぁ……」
 シーツにくるまってため息をつくと、隣でくつろいでいる男はクスッと笑ってクリスの頭を撫でてきた。
 今まで男にそんなことをされたら、振り払って殴っていただろう。
 それなのに、怒りが少しも湧いてこない。
 心地良くすら感じてしまい、クリスは唇を噛んだ。
「そう、難しく考えないでさ。僕の相手が見つかるまで、こういう関係を続ければいいよ。溜まったら会って、セックスして番の欲求を発散する。もちろん、ヒートの時は、協力する。いい関係だろう?」
「…………」
 また、ヤってしまった。
 誘われたのは確かだが、クリスも限界で、自分から尻を突き出して求めたのは否定できない。
 もうこれで、事故だからなんて言い訳ができなくなった。
 文句を言って、解消しろと詰め寄るつもりだったのに、玄関でヤった後、ベッドになだれ込んでまた何回も……。
 もっと深い関係になって、二人で仲良く並んで仮眠までしてしまった。
 窓の外を見ると、もうすぐ夜が明けそうな気配がする。
「俺は……誰かを愛するつもりなんてないし、番を作るなんてごめんだ」
「……それでいいよ。全部、僕のせいにすればいい」
 そう言って背を向けていたクリスのことを、ノアールが後ろから抱きしめてきた。
 目を閉じると、朝霧の中に消えていった父親の後ろ姿が浮かぶ。
 手を伸ばしても二度と触れることができない。
 もうそんな経験をしたくない。
 それなら、孤独を選ぶ。
 それが、クリスの人生だ。
「さぁ、少しはクリスのことを教えてよ。僕はこの通り、遊び人と噂の、カルバイン男爵の息子だ。昼間は真面目に働いているけど、夜は羽目を外している。相手に困ったことはない。でも、こんな風に相性のいい相手ができて嬉しく思っているんだ」
「俺は……ジサイア通りに住んでいる。平凡な男だ……。美術関係の仕事をしている」
「へぇ、平凡ね……。オメガだけど、引き締まっていて、男らしくて綺麗な体……。とても平凡には見えない。こんな色っぽい顔で、今まで誰にもモテなかったの?」
「……ベータの女にはモテた。言った通り、オメガ性が薄くて、誰にも気づかれなかった。男はお前が初めてだ」
 そう言うとノアールはもっと強く抱きしめてきて、硬くなった下半身を押し付けてきた。
「っっ、お前っ、もう無理だ」
「心配しないで。もう出ないといけない時間なんだ。鍵は玄関に置いておくから、持っていって。夜なら、いつでも来ていい」
 もう少しだけこうさせて、と言ってノアールはしがみつくように抱きしめてくる。
 自分ばかり孤独だと思っていたが、ノアールの腕の強さに、何かを感じたクリスは、振りほどくことができなかった。



 パタンと音がして、静かな時間は終わりを告げた。
 緊張の空気に包まれた部屋。
 クリスの目の前に座るシソニア伯爵夫妻は、二人で目線を合わせた後に頷いた。
「いいでしょう。わかりやすい報告書だったわ」
 そう言って夫人がカップからお茶を飲むと、隣に座った伯爵もそれに続いてカップを手に取る。
「ありがとうございます」
「君の調査によると、エルヴィンは真面目に仕事をしていると書かれているね。周囲の評判も上場だと……」
「ええ、カルバイン男爵は厳しい方なので、何かと叱責を受けることが多いですが、周りからは真面目で丁寧だと評価されています」
「夜の方は、その反動だと?」
「そうですね。仕事で我慢している分、夜遊びに出ては、開放的になるようです。それをどう捉えるかは、お二人次第かと」
 クリスがそう言うと、伯爵は怪訝な顔をしたが、夫人の方は興味なさそうに視線を窓に向けた。
「貴族は男性社会ですから、ある程度の遊びは想定内よ。重要なのは、悪い連中と付き合って、犯罪に手を染めるようなことよ」
「ええ、そちらに書きました通り、私の調査中、彼にそう言った交友関係はなく、怪しげな薬に手を出しているというのも、彼を妬んでいる連中が話している噂に過ぎないようです」
 シソニア伯爵夫妻より依頼された、エルヴィンの最終報告は、依頼時と同じ部屋で行われている。
 仮面を着けたクリスの隣には、上司のジャックが無言で座り、ことの成り行きを見守っていた。
 クリスの説明が終わり、顔を合わせた夫妻は、納得してくれたようだ。
「それでは、報酬はこの通り、いただきました。こちらが受取書です」
 ジャックが懐に金の入った袋を入れて、書類を渡すと、伯爵は持ってきた鞄にそれをしまった。
 
「ところで……」
 夫妻が帰り支度を始めたところで、クリスは口を開くと、二人は手を止めてクリスを見てきた。
「ご息女のバース性はオメガですか? 失礼ですが、少し気になったもので」
「……ええ、そうよ。貴方達には分からないでしょう。オメガは大変なの。事故を避けて、外へ出すことなく育ててきたわ。だから娘には、優秀で立派なアルファを見つけたいと探していたの。これである程度、懸念事項はなくなったわ」
 貴族の令嬢といえば、家のために犠牲になるもの、そんな考えが蔓延っているが、夫妻が大切に育てた娘を思う気持ちが伝わってきた。
 ただプライドだけで、依頼したのではないのだなと思うと、なぜだかクリスの胸はザワザワとした。
 夫妻が部屋を出ていった後、仮面を外したクリスは息を吐いてソファーに座り直した。
 立ったまま窓の外を見ていたジャックは、クリスの方に振り返って、鋭い目を向けてきた。
「何かあったな」
 ジャックの言葉に、ドキッと心臓が揺れて、カップを持つ手が震えてしまう。
「お前が報告を終えてから、依頼人に質問をするのは初めてだ。いつもさっさと帰れとばかりに、興味をなくすくせに。なぜ、娘がオメガか確認したんだ?」
 必死に動揺を隠しているが、親代わりのジャックに嘘は通用しない。
 話すべきか迷っている。
 どう答えればいいか、煙を掴むような思いで考え続けた。
 
 
 
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