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終章 モブのエンディング

⑦囚われた心。

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 皇宮から帰りの馬車の中で、俺はイグニスとこれからのアピス対策について話し合った。
 この世界ではゲームのお蔵入りアイテムが、古代の禁具という設定になっているのでややこしい。
 頭の中で切り替えるのを間違えてしまいそうだった。

「発動条件があるんだ。太陽の光に弱いから夜のシーンでしか使えない。魅了状態にするには、好感ど…じゃなくてすでに仲がいいならネックレスを一目見るだけで、強制ならネックレスを見せてからしばらく見つめ合わないといけない。だから邪魔が入るとだめで、一対一でないと成功しなかったんだ」

「そうか、その本に詳しく書いてあってよかったな。これなら、強制的にってのは何とか防げそうだ」

 俺はそうだねと頷いた。禁具についてイグニスは知識がないので、詳しいところまでツッコまれなくて助かった。ここはもうとにかく本で見たとして説明するしかなかった。

「ディセルやノーベンはどうだ? どうにか元に戻れないのか?」

「ネックレスをアピスに外してもらうしかない。……もしくは強制的に奪い取る、とか……。一般的な人間は触れることができないから、剣を使ってネックレス自体を切ってしまうのもアリかもしれない。でも場所が場所だし無理にするのは危険だよね……」

「ん? 一般的な人間ってことは、俺みたいな力を持ったやつは例外じゃないのか? 俺が直接奪うのはどうだ?」

「そうだね…、確かに力持ちの人間は一般的からは外れそうだ。上手く近づいて、魅了される寸前で隙を見せた瞬間を狙って……って、難しすぎるよ!?」

「難しくてもやるしかない。あいつは頼んだって自分で外すような人間じゃないだろう」

 魅了の効果解除には物理的にネックレスを破壊する必要があった。
 アピスが自分からやるわけがない。もともとの性格もそうだし、禁具に込められた力に、使用者自身も心を囚われてしまうと聞いたからだ。
 何としてでもネックレスを守ろうとするだろう。
 ディセルやノーベンに命令をして攻撃させるかもしれない。

「俺にかかってるってわけか。心配するな、上手くやってやる」

 イグニスは笑ったが、俺の心の中は不安で埋め尽くされていた。
 アピスの指示でディセルやノーベンはブラッドソードを出した状態でも継続的に攻撃可能だ。
 それに対してイグニスは対抗できるブラッドソードを出したら動ける時間が限られている。
 もし、アピスが今後邪魔になると判断したら、イグニスを消滅させようとする可能性も……。

 イグニスが何も言わず俺の手を掴んできた。不安なのはイグニスだって同じだ。
 むしろ、イグニスの肩に全てかかってしまったのだ。
 俺が不安な顔をしていたら、もっと苦しくなってしまうかもしれない。
 慌てて顔を引き締めた俺は、イグニスの目を勇気付けるように見つめた。

 とにかく二人を助けるには、アピスと直接対決する必要がある。

「向こうは俺達がここまでつきとめた事を知らない。必ず俺に接触してくるはずだ。その時、ディセルやノーベンがいなければチャンスだ」

「……そうだね。それしかない」

 頭の中の記憶の箱をひっくり返して探し回ったが、これ以上ヒントになりそうなものが出てこなかった。

 迫りつつある魔の手はついにイグニスに向かった。
 そしてその機会はすぐ次の日にやってきた。



 三年生は校外学習で終日不在、ノーベンは研究棟に行っていて、緊張していたが朝から静かな一日だった。
 しかし、そんな平和を破るかのように、イグニスの元に一通の手紙が届けられた。
 届けにきたのは一年の男子、すでにアピスの手足となって動く者がいるらしい。
 イグニスが中を開くと、大事な話があるので、放課後訓練場に来て欲しいと書かれていた。

「いかにもな誘いだな。ディセルとノーベンはいないから、チャンスと言えばチャンスだ。ここで決めるしかない」

「誰か助けを呼んだ方がいいよね、ファビアン先生に伝えて、他の先生方にも……」

「いや、もし大勢で隠れているのがバレたらアピスは魔法具を出さないだろうし、慎重にいこう。アピスが魔法具を出したらテラは出てきて気を散らしてくれ。その一瞬でネックレスを奪い取る」

 正直言って色々と穴のある作戦だ。
 イグニスだってそう思っているだろう。
 イグニスがもし自由に動けなかったら、例外にならなくてネックレスに触れることができなかったら、考え出すとキリがない。
 しかし、俺もイグニスも二人を失って焦っていた。
 わずかな突破口が見えたので、これはもうやるしかないとアクセルを踏んた。
 そう、俺達は駆り立てられるようにチャンスだと飛びついた。

 慎重に進めばいい、だが、光が見えたはずなのに進む道は真っ暗で先が見えなかった。








 夕日に赤く染まった訓練場。
 校舎からは少し離れたところにあり、この時間には誰もやって来ない。
 静かでひっそりと静まり返っていた。
 イグニスはど真ん中に立ってアピスを待っていた。俺は観覧席に身を隠していた。合図があればすぐにでも飛び出すつもりだ。

 間もなく夜の帳が下りる頃、ようやくアピスが姿を現した。
 金糸のように輝く髪を靡かせて、極上の笑みを浮かべながら茶色い土の上を音もなく歩いてきた。


「呼びつけたにしてはずいぶんと遅い登場だな」

「すみません、お待たせしました。来ていただけて嬉しいです」

 イグニスの怒りのオーラなど全く気にせずに、アピスはふわりと笑いながら颯爽と場内に入ってきた。主役の登場に周囲からは甘い花の香りが漂ってきた。

「話とはなんだ? ディセルとノーベンに何をしたんだ?」

 まずは自然に会話をして相手の警戒心を解くこと。イグニスは事前に打ち合わせた通りに喋り出した。

「そんな事を言われるなんて…心外です。ただ仲良くなっただけですよ……」

「……仲良く、ね。どう見てもお友達には見えないな」

「ねぇイグニス様。僕なら君をラギアゾフ家の当主にしてあげられる。あの恋人の彼にはそんなことできないよね。地位と権力、それに僕という花を手に入れることができる。そっちの方がずっといいと思わない?」

 アピスは妖艶な笑みを浮かべながら、ゆっくりとイグニスに歩み寄った。
 細くて長い指を動かして、イグニスの頬に触れてするりと滑らせた。

「何一つ興味がないな。家は好きなやつが継げばいいし、お前のことなど少しもいいと思わない」

 イグニスがキッパリと断ると、艶やかに微笑んでいたアピスの顔にぴきっとヒビが入った。
 眉が吊り上がり、目には仄暗さが宿った。
 いつもの可愛い顔は雲の中に隠れてしまったようだ。

「気持ち悪いくらい兄弟で同じことを言うんだね。あぁ嫌だ、一人くらいまともなオモチャが欲しかったのに、これじゃ全員人形じゃない。まぁ、僕が目指すのはもっと先だから、使えればもう、何でもいいけど……」

 面倒くさそうにため息をつきながら、アピスはシャツの上のボタンを外した。その下からやはり思った通り、真っ赤な宝石が付いたネックレスが現れた。

「よく見て、イグニス。しっかりとね……」

 どうやらこれでロックオンされたようだ。囚われたように目を見開いたイグニスがわずかに片手を上げたのが見えて俺は立ち上がり、観覧席から走って飛び出した。

「待て! アピス!」

 大きな声を上げて、アピスの注意をそらした。俺の邪魔が入って金縛りが解けたみたいに、ハッと気がついたイグニスがアピスの首にかかったネックレスに手をかけた。
 イグニスはしっかり掴んだので、触れることができたのだと安堵した。
 これで、ネックレスを奪えば全て元に戻る。
 手を強く握ってその瞬間を待っていた俺の首にピタリと冷たい物が当てられた。

「イグニス! いいの? テラがどうなっても……」

 今にもチェーンごと引き千切ろうとしていたイグニスが、青くなった顔で俺のことを見てきた。

 大丈夫だ。
 心配ない。

 安心させる言葉をかけたいのに、喉に当たる氷のような刃の冷たさが俺の声を奪った。

「二人はセットだからテラもいると思ってたよ。それに僕が本当に一人で来ると思った? ディセルもノーベンも授業なんて休ませて、ずっと僕と一緒にいるのにね」

 身動きが取れないように腕を掴むのはディセル。
 そして俺の首に双剣のブラッドソードを当てているのはノーベン。

 俺はどこからか出てきた二人に捕らえられてしまった。

「このネックレスのこと知ってたの? 後もう少しだったのに、惜しかったね」

 アピスはイグニスの目の前で赤い宝石を指で揺らした。イグニスは目をそむけながらもネックレスを掴む手を離さなかったが、その手は小刻みに震えていた。

「引っ張ってもいいよ。でもその瞬間、テラの首も飛ぶことになるけど……」

「イ…グニス…」

「さあ、イグニス、躊躇うことがある? あの男の犠牲で、ディセルとノーベンは戻り、僕を倒すことができるんだよ」

「ふざけんな! そんなの……できるはずない! やめてくれ! 絶対に嫌だ!」

「だったらどうするかは…もう決まっているよね」

 イグニスがネックレスを掴んでいた手の力抜けて、その手はするりと下に落ちた。

「テラ……」

「う…嘘、イグニス…いやだ…イグニスっっ!!」

 もう首に当てられた刃などどうでもいい。今すぐイグニスの側に駆け寄りたいのに、ディセルが俺を掴む手は石のように硬く、もがいても叩いても離してくれなかった。

「テラ逃げろ、逃げるんだ。俺達に近づいたらだめだ」

「イグニス!! いやだって!」

「アピス、テラには危害を加えない事を約束してくれ」

「………いいけど。どうせ、兄弟達がいなければ、テラなんてその辺の石ころみたいなものだから。そうだね…この後のテラを見るのも楽しみだから、生かしておいてあげるよ」

 下を向いて目を逸らしていたイグニスは、意を決したように顔を上げた。
 目の前に掲げられたネックレスを視界に捉えて、二つの目でしっかりと見つめた後、俺を見たイグニスは悲しげに微笑んだ。

「テラ、愛している……」

「いっ…いや! 離せ! 離せよ! 離して…お願い…離してくれぇ!!!イグニスーーーー!」

 俺の叫び声は真っ黒な夜空に吸い込まれるように消えていった。






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